7月15日④
どうも、神です。
基本的には白井が喋らない話のみなのですが……。
今回の一幕は白井の脳内が描写されるとあまりにもキモすぎるので、神です。
途中、白井が語る能力を失う未来も待っているので、バトンタッチで神です。
「八代先輩ってやっぱ体鍛えるの趣味なんです?」
部屋に招かれた緊張のせいか、いきなり会話を墓場に持ち込む白井。
八代はコンビニで買ってきたものを冷蔵庫に入れながら返事をした。
「ん~? いやそんなことないけど。走るけどね。何で?」
八代はスポーツが好きだし、走り込みは習慣になっているが、別段体を鍛えているわけではない。運動神経に関しては単純に元からおかしい。
「いやダンベルあるので」
実際のところ白井は八代のことを脳筋キャラ認定しかかっている。
全く失礼な話だが、ゲーセンでの一幕や午前中のライブ設営でのフィジカルモンスターっぷりからそう思ったようだ。
「あ~それ? 去年の誕生日にヒビキがくれたんだよ。アイツ同学年全員に何か渡すから」
笑いを取ることに身をささげるヒビキらしいプレゼントである。
「テレビの横の写真立てとかは奏がくれたやつだよ」
「へ~。なんかいいですね、そういうの。いい写真ですねこれ」
写真立てには去年の合宿の写真。女子勢の集合写真。
楽しそうに笑うめぐるの姿もそこに写っていた。
白井は、そうした自分が知らない頃の軽音楽部の営みが見れることを特別に感じ、しばらくその写真を眺めた。
「ほらここ、
「あ、ほんとだ。なんだろう、らしいっていうか」
まだそんなに絡んでいない先輩に対して失礼である。
ちなみに夏に白井と同バンドになる正景は、軽音楽部共有のアルバムの中にもハッキリと映った写真が存在しない。
「よし、じゃぁピザ頼むか。白井どれ食べる?」
適当にピザを選ぶと、早速というように八代は例の議題を始めた。
「まぁめぐるが可愛いのは当たり前だからそれはいいとして」
「いや名目どこに行ったんですか」
いきなり議題がすっ飛ばされる。
白井も意味のない名分なのはなんとなくは予想していたが、八代としてはそれよりも聞きたいことがあった。
「白井が軽音に入ったのって、やっぱりめぐるがいたからなの?」
そしていきなり核心に迫る質問をした。
白井としてもそれはもう認めたところだが、人に話すつもりもなかった。
八代がそれをバラすことは絶対にないと確信があっても、覚悟がいる。
「じゃぁ今日のことは全部オフレコで……」
そう前置きして、白井は八代に色々なことを話した。
入部するに至ったことから、今までのことまで。
そして話すほどに全てがめぐるに繋がり、どれだけ好きか痛感した。
「どんだけ好きなのよ」
あらかた聞いた後、八代は半ば呆れるかのようにそう返した。
八代は白井が話す内容のほとんどに予想はついていたが、それでも予想以上、興味で聞いたことを少し申し訳なく思うほど。
白井にしても同じで、自覚以上のものであったことに驚いた。
「いや言ってわかりましたけど超恥ずかしい奴ですね俺」
「うん、そこまでいくと結構ヒく」
「ヒドい」
重いとは少し違うとは二人ともわかっているが、大学生でそこまで考えて人を好きになることなどまずあり得ないこともわかっている。
「普通同じ環境にしばらく置いておけばすぐ
「カブトムシですねそれ」
冗談を言う反面、八代は白井の自制心の強さに感心していた。
実際のところ、その自制心すらもめぐるを想ってのことであるが、それも結局普通の大学生ではまずあり得ない。
「でも何でかよくわかったよ。めぐるがゲーム音楽好きだって私に教えてくれた時のこと」
白井にはピンと来ない話だった。
頭に疑問符を浮かべると、八代は続けた。
「いや、すっごい剣幕だったでしょ。めぐるの努力だけは否定しちゃいけないって」
「あ……確かにそんなことありましたね」
「前からそうだと思ってたけどね、あの日だよ。確信したの。こいつ本気で好きなんだなって」
面と向かって言われると本気で恥ずかしくなる内容。
口ごもる白井に八代はフォローのように続けた。
「でもあれなかったら応援することもなかったかもね。私以外の三年もそうだけど、めぐるはあんなんだからさ、軽い気持ちで寄ってたら絶対許さないし」
「……親?」
「いや親じゃないけど……。でもそんなもんかもね」
めぐるの周りのガードが異常に固いのは、軽音全体が認識している。
本人が緩いというわけでもないが、特に三年勢の溺愛っぷりは相当なもの。
ゲーマーの印象が強い残念美人とはいえ、実際には相当モテる容姿と性格をしているめぐるに男の影が全くないのはそうした理由もある。
春原に関しても同じで、男子のほとんどは手を出したら死ぬくらいに思っている。
三年女子はそもそも相手にしてくれない、めぐる達には手を出したら死ぬ。
軽音男子勢の置かれた環境は、他の部に比べて圧倒的に過酷なのだ。
「私はもう認めてるけど~、他は大変だぞ~」
「なんですかそのボスラッシュ……」
ボスを一人攻略したにすぎない。白井はその事実に
懐の深い八代は事実チュートリアルボスのようなものだ。
「吹とかほんとヤバいからね」
「あぁ……なんかそれ実感あります」
立ちはだかる壁は果てしなく高い。神を攻略する必要すらあるのだ。
しかしそれ以上に大変なものがある。
「でもゲーム音楽に夢中ですし、めぐる先輩のことが好きってだけでいいんですよ」
実際にそうなりたいと思っているわけでもないが、もし白井がめぐると恋仲になることを望むのなら、最も高い壁はそれ。
告白するのかという八代の質問に即答できたのも、それがハッキリとしすぎていたからである。
更に言えば、めぐるの心の中でそれがどれだけを占めているか身を以て知っているから、告白してもダメだと白井は確信している。
何より白井自身がゲーム音楽好きなこともあるし、割って入るようなことよりも、一緒にそれを楽しむことだけを望む、それが白井の出した結論だった。
「付き合いたいんじゃないってこと? ふ~ん……そういうのもあるのか」
八代にしてみれば全く理解できなかったが、白井が望むのは今の日常が続くことだけだった。
「ま、この先どうなるかわからないしね。私は私で楽しもうかな」
「……きわどいのは勘弁してくださいよ」
綺麗に一区切り、といったタイミングで宅配ピザが届いた。
§
ピザを食べて色々と話して数十分。
「大体あの人自分の可愛さに自覚なさすぎるんですよ! 好きになっちゃいけないってこっちがどんだけ我慢してるか知らずに距離感気にしないし思わせぶりなこと平気で言うし!」
……白井は泥酔していた。
もう大学生だし折角だからと飲まされて、タガが外れたようにめぐるへの想いをブチまけまくる。
「缶一本でこれってすごいな白井」
弱さもそうだが、勝手に喋り始めるのが面白いので八代は放置していた。
ちなみに八代はザルである。
「最初はカッコいいと思って憧れたのに笑うと超可愛いとかどんなギャップですかそれ! 二段階惚れですよ二段階!」
「……あんためぐるのこと言えないね~」
めぐるの状態異常ばりに語る白井。
それだけ彼も色々と溜まっていたのだろう。
一番の理解者でなければ聞いていられないような内容を、八代は優しく聞いてあげた。
「う……」
「あー、吐くならトイレな。はいはい」
しばらく語って限界を迎える。
八代は予想の範疇、と手際よく白井をトイレへご案内。
波が収まって数分後。
多少酔いも醒めて我に返った白井は、八代に謝りまくる。
「いいのいいの。色々吐けてスッキリしたでしょ」
「……現物まで吐いてほんとスイマセン」
これ以上迷惑かけられないと、白井は言い訳がましく帰宅の意思表示をした。
実際時間もそれなりに経っていたので、八代もそうかと返した。
「私も少し夜風にあたろうかな」
そう言って八代も白井と共に外に出る。
白井宅へ向かって歩く途中、八代が白井に言葉をかけた。
「変な心配しないように言っておくけど、今日のことは誰にも言わないからね」
「う……お願いします」
心配性な白井に対して、気にせぬようそう言った。
他に言えない話だけでなく軽音入部以来の醜態を晒した白井は、すがるような思いもあった。
「めぐるにそれが伝わっちゃうようなことも言わないからさ」
余計なこともする気はない、と八代は念を押した。
「まぁやっと好きって認めたんだから、頑張りなよ」
白井にしてはここが始まり。
認めた上でどうするか。
一応の結論は出しているが、本人を目の前にしたらどうなるかなど、難儀なことがあるかもしれない。
「あ、そうだ!」
八代がふと何かを閃く。
「めぐるの鍵盤って、運ぶ時いつも私が手伝ってるんだけど~。明日スタジオに戻しに来るから、私の代わりに白井行ってくれば?」
「え!? いや何でですか……」
88鍵の重い鍵盤であるから、ライブのように持ち出す機会では大抵八代が手伝っている。
八代は明日のその役割を白井に渡そうと言うのだ。
白井にしてみれば意図が掴めるようで掴めない提案、当然困惑した。
「いいじゃん、話したいこといっぱいあるでしょ? ……ライブのこととか」
「別に明日じゃなくても……。それにめぐる先輩、オール飲み明けじゃないですか」
「他大とのだし、多分寝てるから大丈夫大丈夫」
ニヤニヤする八代。余計なことはしないと言いつつも、白井の背中を少し押してあげたいとは思っているのだ。
「あれ運ぶの大変なんだよな~。私一応女なんだけどな~」
「……俺よりパワーあるくせに」
「じゃ、明日八時に駅前ね」
結局選択の自由はなく、白井は観念した。
白井も完全に酔いが醒め、八代も言いたいことが言えたのか、それじゃと別れた。
白井にとって本当に長い一日、7月15日。
これまでを振り返るように、色々なことが一つに繋がった、そんな一日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます