7月15日②

 区民ホールに戻ると、エントランスからホールまでかなりの人が集まっていた。

 他大学の人もかなり多く、これだけの学生が集まる場もそうはないだろう。


 八代先輩は他大学にも有名なのか、幾人かの視線を集めていた。

 多分軽音というより陸上選手として有名というのもありそうだ。


「……お、ちょっと行ってくるね」


 他大学の知り合いを発見したようで、八代先輩が去って行った。


 取り残された一年三人、どうしなきゃいけないわけでもないが、どうしたらいいか路頭に迷う。


「白井君お疲れ~!」


 っと声がかかった。

 清田先輩と、水木先輩、小寺先輩、清水寺トリオそろい踏みだ。

 初めての場なので場馴れしている人が一緒にいてくれると心強い。


「椎名君と林田君も! 楽しみだな!」

 

 そして普通に会話を始める三人。

 ……しかし意外だ。


「清田先輩とあの二人って面識あったんですね」


 水木先輩と小寺先輩に聞いてみた。


「だって白井とめぐる達がゲーセン行ったの密告したの藍だし」

「……内通者の存在」


 ……奴も首狩り族の一員だったのか。


「白井、わかってると思うけどあいつアホだからね」

「……後先何も考えない」


 春バンド、いい終わり方したと思ってたのにチクショウ。


 清田先輩は林田とシンパシーがあるのか仲良さそうにしている。

 椎名の様子を見る限り多分会話は成立していない。


「他の先輩ももう来てるんですか?」


 会場が広く見落としているのかもしれないが、清水寺トリオ以外は見当たらない。


「二年はまだ来ないと思うよ。うちの大学今回トリだし」

「自分の大学だけ見に来るも多い」


 なるほど、しかしそういうものか。

 他大に興味ない人だっているだろうし、別に不思議でもない。

 それに、それは他大にしてもそうだろう。

 会場から遠い大学も多いし、全部員が揃うわけではなさそうだ。


「ウチらも去年はそうだったから。今年は藍が最初から見ようって」


 春バンドで心境が変化したのだろうか。

 そう言った水木先輩も、横で頷く小寺先輩も、最初の頃とは違うような印象だ。


 ライブホールに移動すると、一年を始めとする軽音部員がいた。

 合流したあたりでホールの電気が消され、ステージが照明で照らされると、舞台上に各大学の部長が現れた。


 歓声が上がって、ライブの幕開けを告げるMCが始ま……。


「グラフェス!!」


 それだけを大声で、マイクを持った我らが部長、ヒビキお兄さんが叫ぶ。

 メインMCなのか……。


 そして本当にそれだけ言って全員舞台袖にはける。

 ……マジでなんだったのか。


 やっぱあのデブ面白いな、などと聞こえてきたので、他大学にもキャラは知れ渡っているのかもしれない。

 七大学も集まるライブの開演MCであんなことやる勇気ある人他にいないだろう。


 そして一つ目のバンドが登場し、開始前のちょっとした音出しを始めた。


「もう上手いんだけど……」


 並んでそれを見る自分以外の一年も皆わかったようだ。

 最前列でなく最後列に近いところだから、楽器の音がよくわかる。

 曲は始まっていないのに、少しフレーズを奏でるだけで上手いとわかる。

 多分全大学こんななんだろうと割り切っておかないと身が持たなそうだ。


 そして大仰な演出もなく、演奏が始まった。

 ライブというのも二回目だし、ホールもまだ満員ではなく熱気もそこまでだからか、冷静に演奏を聴く。


 いかにもブラックという選曲だが本当に上手い。

 八代先輩の言うとおり、実力だけならうちの大学と同じレベルかもしれない。

 大袈裟だが、一バンド目にして世界の広さを思い知るような感覚だ。

 このレベルに自分が達することはあるのだろうか、それほどまでの実力差を見せつけられた。


 一曲目が終わると、会場全体から大喝采が起きた。

 曲が続くに連れホールも熱気で充満していき、セットリストが終わるころには開始前とは打って変わって最高潮に近くなっていた。

 

「すげぇな他大」


 横にいる椎名が声を漏らす。

 それはその場の一年全員の共通認識だった。

 感想にならない感想がそれぞれの口から出ては、合同ライブのレベルの高さを形容していった。


 二つ目、三つ目と続く大学もブラックメインの選曲。


 知っている曲もそれなりにあった。

 ここで聴いて好きになる、そう八代先輩が言ったのがよくわかる。

 圧巻のパフォーマンスは憧れを以て然るべし、そう思えるほどカッコいい。

 よりブラックミュージックの魅力を深く知れるような気さえした。

 実力に驚くこともそうだが、音楽の魅力を知る体験の素晴らしさを改めて知れる場として、この『グラフェス』というステージがいかに貴重な体験かを思い知った。


 三つ目の大学が終わり、次のバンドに転換中。

 いつの間にか横にいた八代先輩が話かけてきた。


「次の大学面白いよ~」


 面白い、とは何だろうか。そのまま質問にして返した。


「まぁ見てればわかるよ」


 次の大学は……あそこか。

 偏差値的には参加大学で一番低い、スポーツがやたら強い某有名私立。

 ステージで準備する様を見ると……ホーンがいない。ブラックじゃないのか?


 お、準備が終わったようだ。

 演奏が始まる……え?


 一曲目はモロJ-pop。ブラックどころか洋楽ですらない。

 ……知ってるぞこれ、レキシだ。

 ブラック主体のライブと聞いていたから面を食らった。

 しかも実力的にも他に及ばないように聞こえる。

 それでも会場の熱気は冷えるどころかどんどん上がる。

 その理由は演奏者を見ればすぐにわかった。


 本当に楽しそうにライブをする人達だ。

 やるジャンルに固執せず好きなことを本気でやっている、それが見てわかる。

 サイゼで八代先輩が言っていたこと、まさにその実例かもしれない。

 並んでそれを見る自分達も盛り上がり、気付いたら最後列からどんどん前へ向かっていた。


 面白いといった意味もよくわかった。

 唯我独尊であるかのように演奏された曲目は、本当に音楽が好きだと伝わってくるもので、それがどれだけ素晴らしいことか思い知った。


 結局ブラックは一曲もやらず演奏が終わると、それまで以上の歓声が起こった。

 七大学もあればこういうエンターテイナー的なバンドがいてもいい、そんなように思えるいいライブだった。


「ね、面白かったでしょ?」


 熱気を冷ますため転換の間にエントランスに出ると、八代先輩が言った。

 冷めやらぬ興奮が言葉に出たような返事をした。

 そして嬉しそうな笑みを浮かべて、色々と教えてくれた。


 今の大学は歴代のメンバーもそんなに上手くなく、七大学の中で実力的に負い目があったと。

 そして次第に伝統ばかりに囚われてブラックをやるよりも、本当に好きな音楽をやるという方針になっていったと。

 ガチガチのブラックしかやらない大学からは非難も受けるそうだが、ある程度ファンクに寄せているし、結局盛り上がるのでアリらしい。


 もっとブラックミュージックの祭典的なものを想像していたが、良い意味で俗っぽいバンドが見れたのは良い体験だった。

 それに当てられた熱気はその後も続き、会場は最高潮に達したままトリのバンドを迎えた。

 言わずもがな、我が大学の代表バンドだ。


 部員一同最前列に行くと、転換のためにぞろぞろとメンバーが出てきた。

 自分はステージ下手しもての方、鍵盤の目の前に移動した。


 相変わらずすごい声援……。

 というか他大学の人もかなり前に来ている。

 トリだからという以上にメンバー人気があるように思える。


 ステージ上手かみてのホーンパートの前には三人娘のそれぞれのファンか、異様な熱気だ。

 ……秋風先輩が他大学の人にもありがてぇって崇められてる。

 そしてその宗教まがいの集団を見る冬川先輩の冷たい目よ。


「今回キーボードも女の子じゃん! しかも超可愛いぞ!」


 代表バンド初参加の月無先輩も早速注目を集めている。

 ちょっとぶっ○ろしてやりたくなったがまぁ仕方ない。超可愛いから。

 顔面偏差値ぶっちぎりだとか、男帰れとか色々言われている。

 ネタなのはわかるが部長に至っては罵声の方が圧倒的に多い。


 そして準備が終わり、いよいよ演奏が始まる……。

 声援は一向に止む気配もない。

 

 あれ、巴先輩どこ行くんだ……。 


 ……!!


 またしても不意打ち。

 巴先輩が舞台上からはけたと同時に演奏が始まる。


 春原先輩のソロ、テナーサックスメインのインスト曲。

 Tower of Powerの『Boys From The Bay』。

 演奏する音量に負けないほどの大声援が響き渡った。


 圧巻のソロ、フレーズから何やらまで全部すごい。

 他大学の演奏で色んなソロは見たし、上手い人も沢山いたが、ここまで会場の注目をさらったものはない。

 いつの間にか横にいる夏井も異様なはしゃぎようだ。

 周りの他大の人には面を喰らっている人さえいる。

 それはそうだ。中学生、下手すれば小学生くらいにしか見えない合法ロリがプロ顔負けの演奏をしているとなれば、頭がそう追いつきはしまい。


 曲のクライマックスに合わせて巴先輩がステージ中央に戻ってくると、流れるように次の曲に入る。

 ギターのイントロから歓声が上がる。


 ここにいる人なら皆知っているんだろう、自分もこれは知っている。

 Daft Punkの『Get Lucky』。

 ともすればクラブミュージック寄りだし、他大が演奏していたガチガチのブラックとは幾分離れているが、一曲目との緩急が最高に素晴らしく決まっている。

 歌が入ると鳥肌が立った。

 男性ボーカル曲なのに、巴先輩は違和感を全くさせない程歌いこなしている。

 曲を選ばずここまで見せつけられるやはりこの人だけだ。


 メンバーそれぞれをフィーチャーするようなライブ作り、この人達以外では絶対にできないそれだと思い知らされる。

 そして聴き手に投げかけた言葉うたに引きこまれる一体感、完璧に思えるセットリストにコントロールされる心地よさ、それに全て身をまかせたくなるほど幸福に思えた。


 終わってしまうのが惜しくてたまらないが、それも残すところあと一曲。

 始まってしまえば後戻りできない、そんな気さえする最後の一曲。


 部長のスラップから曲は始まった。

 そして一つ気付く。周りも気付いている。


 ……曲被りだ。よりによって最後の最後で。

 ジャミロクワイの『Canned Heat』。

 アーティスト被りは多かったが、曲被りは今ライブ初。

 ブラックミュージック主軸で七つもバンドがあればあり得ない話ではないが、予想外の展開だった。


 しかしベース以外の音が鳴った途端、その不安は一蹴された。

 さっき聴いたものとは格が違う。むしろ、それを見せつけるためにわざと曲を被せたのかと思うほどだ。

 それぞれの大学の精鋭が集まる中でさえ、しかもまだイントロにも関わらず、それがハッキリとわかった。


 ホール全体もそれを認めるような大歓声に包まれた。

 アレンジ自体がまるで違うのもあるが、別モノではなく別格。

 自分は今はただ聴衆の一人、同じ部活の一員であるだけなのに誇らしかった。


 歌が入ると膨張しきったはずの熱気が更に加熱される。

 本物さながらでなくとも、妖艶な程に目を攫う巴先輩のパフォーマンスに皆釘づけになっている。


 楽器隊の、原曲と全然違うアレンジはライブの醍醐味を思わせる。

 そしてひたすらカッコいいオルガンの音に耳を持っていかれて月無先輩に目が行った。

 超然として、絶対的に思えるその弾き様。他にもそう思う人は何人もいるだろう。

 間奏に入って楽器の音だけになると余計にそれが際立った。


 ……あれ、見たことない鍵盤がある。

 クロノスの上に二段スタンドで小さな鍵盤……ここまで気付かなかった。

 もしかしてあれ、一緒に鍵盤を買いに行った時のアレか?


 そんな疑問を得たところでギターソロが始まった。


 ……無茶苦茶カッコいい。

 氷上先輩の間違いなく本気のギターソロ。

 長身で直立で淡々とした弾き方から奏でられる最高にクールでアツいそれは、間違いなく今ライブ一番のそれ。


 そしてソロの終わりに合わせ巴先輩が下手しもてに目線を誘導する。

 月無先輩のソロが来る。


 月無先輩の弾いたソロ、特徴的なフレーズが耳を奪い去るそれは二台目のシンセサイザーによるものだった。


 ……どう考えてもカッコよすぎる。声援もこれまでの比じゃない。

 今までも月無先輩のソロは聴いた。奏でる音だって何度も聴いた。

 でもそのどれとも違ったソロは、まるでゲーム音楽のような音色、わざとらしい程の電子音。

 どこまでも美しく気高ささえも感じるそれは、これが私の好きな音楽だと本気で伝えるような音。


 ブラックで定番のオルガンでもエレピでもなく、シンセの音。

 しかし、確実に曲にマッチする最高峰の音作り。

 フレージングにしてもそう、この音色だからこそ真価を発揮するそれ。

 他の音色じゃ十全に奏でられることがないとすら思える、計算しつくされたもの。


 他の人には絶対にできない月無先輩だけの、ゲーム音楽を愛する彼女だからできたソロ。

 その場の全員を確実に納得させる、それほどまでにソロ。

 ゲーム音楽でないはずの曲で、月無先輩は存分にゲーム音楽していた。


 どれだけの想いがこれに込められているか。

 それが伝わった気がして、涙が出そうになるくらい感動してしまった。


 そしてソロが終わり、いよいよ大サビに入る中で、見たもの。

 余韻に浸り、立ち尽くして釘付けになった視線の先でもの。


 偶然かもしれない、誰に向けたものでもないのかもしれない。

 むしろそうあってほしいと願っただけかもしれない。

 そこに映ったのは、いつも見ていたハズのもの。

 それでも、今までのどれよりも煌めくもの。


 ……全てを出しつくしたような、本当に晴れやかな月無先輩の笑顔だった。


 繋ごうとしなかった点が否応なしに線になる。

 心の底に閉じ込めて、言葉には絶対にしなかった感情。

 ただそれだけが、これまでをなぞるようにして廻っていった。


 ――この人が好きだ。この人の、この笑顔が本当に好きだ。

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