7月15日①


 七月中旬 都内某所 区民ホール


 他大との合同ライブ『グラフェス』当日。

 待ちに待った代表バンドの本番、この為に部員一同頑張っていると言っても過言ではない、軽音楽部でも一番目玉の行事だ。


 軽音学部男子一同、準備のために午前中から現地で機材搬入やらステージ設営やらと、業者の指示に従って動いていく。

 300人は余裕で入れそうな大ホール、そのステージと搬入口を行ったり来たり。

 これが結構な重労働で、弁当がなければ確かにやっていられない。


 あらかた片付き、一息ついていると部長がやってきた。

 夏バンドを組む椎名と林田も一緒だ。

 お疲れ様と互いを労い、昼休憩にしようと部長が提案した。

 大体弁当を渡す時間は今くらいの時間のようで、椎名ももう受け取ったようだ。


 四人でロビーの一角に座り、昼食の準備を始める。


「ほら、林田。愛情たっぷりヒビキ弁当を食らうといいんだぜ!」

「あ、あざっす! 超嬉しいっす! っす!」


 やたらピンクの可愛らしい弁当箱。

 でもデカい……何でそんなの持ってるんだ。

 そして部長は自身の分も取り出して腰を下ろすと、また何か取り出した。


「あとこれスープな。特製のヒビキ汁だぜ」


 旨いんだろうけど絶対飲みたくない。


「あれ、てか白井どーすんの?」


 林田がこちらのことに気付く。

 八代先輩からはそろそろこちらに着くと連絡があった。

 バンドメンバーで揃って一緒に食べるとのこと。

 ちなみに椎名と林田にはまだ、八代先輩に夏バンド加入のOKをもらったことは言っていない。サプライズということだ。


「お、揃ってるなー」


 林田の疑問に応えるように、タイミングよく八代先輩が現れた。

 椎名と林田は見事に面を食らって、事情がまるでわかっていない。

 

「何だー驚いて。ここに女子が来ると言ったらこれしかないでしょ、はい白井、弁当」


 礼を言って受け取る。

 八代先輩は自身の分も用意してきたようだ。


「え、白井……マジか?」

「お前……戦争でも起こす気なのか?」


 いや言ってなかったが弁当に関しては事情説明が面倒だな。

 それにしてもなんでこいつらこんなに驚いて……まさか。


「あ、君ら誤解してるようだけど付き合ってるわけじゃないよ」


 八代先輩自ら弁解してくれた。でもサバサバしすぎてて何か傷つく。


「俺も林田も作らないって話をしたら、作ってくれるって言ってもらえたんだよ」

「ま、私の春バンで白井頑張ってくれたからね。ご褒美」


 全く腑に落ちてそうになさそうだが、これが全て。

 そして本題に話を移そうとすると、先に八代先輩が口を開いた。


「で、君らの夏バン、ドラムは私ね。弁当ついでに顔合わせ。ちょうどいいでしょ?」


 おぉ、最もらしい理由もつけてくれた。これなら誤解もないだろう。

 すると椎名と林田が目を見開いて驚いた。


「え、喜んでくれないの? 私やっぱやめようかなー」

「い、いえいえいえ! 本当に嬉しいです! ありがとうございます!」


 早速からかう八代先輩と、慌てる椎名。

 最初の自分と同じで、笑いと同時に嬉しさも起こった。

 林田バカは口を開いたまま何も言わない。


「ハッハ、お前ら白井に感謝しろよ? しっかり八代オトしてきたんだから」


 その言い方やめて。


「はっちゃけたバンドやるんでしょ? 楽しもうね! 一年ども!」


 こうしてメンバーが出揃った。

 自分と部長、八代先輩、椎名、林田の五人。

 こちらの夏バンドも本当に楽しみだ。きっといいものになるに違いない。


 初顔合わせも終わり、みんなで弁当を食べる。

 白米+ハンバーグオンリーの男前弁当を予想していたが、意外とサイズも暴力的でなく色々と他にも手造りのおかずがある。

 自身の食べる分はどうでもいいのか、八代先輩本人のは土橋先輩が言っていたそれだった。

 林田がもらったヒビキ弁当は異様な凝りようでハートまでしつらえてあった。なんかイヤだ。


「あんた氷上の時もめっちゃ凝ってたらしいね」

「あぁ。想いの丈を込めるのが弁当さ。ヒビキ汁は飲んでもらえなかったけどな」


 名称言われたらそりゃ飲まんわ……。


「愛情が一番の隠し味って言うだろ?」

「はいはいキモいキモい」


 ……はは。

 しかし本当に美味しい弁当だった。準備頑張った甲斐がある。

 八代先輩、料理も上手いなんて魅力底なしだな。


 §


 昼休憩が終わると再び大ホールに部員一同集まり、作業再開。

 午後に残った作業は残り少し。気合入れて終わらせるぞと部長が号令をかけた。


「ヒビキ、あんた他大と顔合わせでしょ。後は私がやるから余裕見てもう行きなよ」

「お、悪いな八代。じゃぁ後頼むわ」


 一斉に動き出したところで八代先輩がそう声をかけ、気遣いを受け取って部長は他の場所に向かった。

 部長と部長候補の二人には強い信頼があるようだ。


 そして午後の準備作業もつつがなく終わった。

 部長と交代で準備に入った八代先輩、下手な男子よりも圧倒的に力が強く重いものでもなんでも楽々運んでいた。

 ……本当にとんでもないフィジカルスペックだ。


「あ、代表バンドの人達来たね」


 八代先輩が指差す先、エントランスには見知った顔以外にもたくさんの人が。

 他大学の代表バンドだろう、これからホールでリハーサルを行う模様。


「じゃぁ私達ははけようか。はーいみんな集まってー」


 八代先輩の号令で準備に来ていた部員が集まり、作業の完了と解散が告げられた。


 区民ホールに残っていても邪魔ということでとりあえず一同外に出る。

 段取り説明で集まっている代表バンドのメンバーとすれ違う時、月無先輩と目が合うとこちらに手を振ってくれた。


「さて時間まで何しよっかー。夏バン、ヒビキ以外みんないるしサイゼ○ヤでも行く?」


 椎名と林田はいいんですかと言うような反応をしたが、自分がそれは名案と返すと八代先輩はスタスタと歩き始めた。


「よし、じゃぁ行こっか」


 追うようにして一年男子三人並んで歩いていると、椎名が話かけてくる。


「なんかお前慣れた感じだな」


 ……そうは言われても。

 春も同じバンドだったから今さら緊張もないし、男扱いされてなさそうだから気にしてもしょうがない。


「いや俺も最初緊張したけど。バンド飯とか。女子しかいなかったし」

「うわムカつく。自慢かし」


 ……なんでこいつはストレートに僻みをぶつけてくるんだ。

 すると、こちらの会話を聞いていたのか、八代先輩が振り向いた。


「なんだ~? 面白い話なら私も混ぜてよ」


 ほら面白い話をご所望だ。お前も女子との絡みを望んでいただろ。


「あ、いや何でもないんです」


 ……ヘタレが。

 とはいえ自分も環境に恵まれて慣れただけ、仕方ないか。

 さすがに免疫なさすぎる気もするが。


 サイゼについて四人席を取った。

 席の取り方すら逡巡するようでは先が思いやられるが、椎名から無言の合図を受け結局自分が八代先輩の隣に。


「何でも頼め~。驕らないけど」


 昼食は弁当があったし、ということで全員ドリンクバーのみ。


「何飲みますか? 取ってきます」

「あ、じゃぁコーラお願い。炭酸抜きで」


 刃牙バキかよ。

 緊張をほぐすためにちょくちょくこうしてボケてくれるのは、椎名達にはありがたいことか。


 ドリンクバーの前に並んでいると、椎名がまた話かけてきた。


「なんでお前そんな慣れた感じなの」


 また同じ質問かよ。

 後輩なんだから先輩の分も取りに行くのは当たり前だろと返し、慣れろと伝える。

 一人相手でさえこれだと先が思いやられるぞ……。


 ってかドリンク混ぜんな林田バカ、小学生か。

 ダメージ床みたいな色してんじゃねぇか。


「林田……お前自分の年齢考え」

「サイコソーダ」


 クッソ……こんなので……!


 席に戻ると早速、八代先輩が向かいに座る椎名に話かけた。


「改めて夏バンよろしくね。椎名はどんな音楽好きなの?」


 すると椎名は微妙に緊張しながら応対を始めた。

 少しばかりやりとりすると、それも和らいでいったようだ。

 椎名にしても最初にバンドを組んだ女子が八代先輩なのは幸運かもしれない。


 林田も交え、四人でしばらくどんな音楽をやりたいかなどで盛り上がった。

 八代先輩は男に囲まれようが全く気にしないご様子。

 そういう壁のなさも、みんなから好かれる要因なのかもしれない。


「でも八代先輩って本当に音楽詳しいですよね」


 話すうちに改めて思った。

 一年が名前を出すアーティストほとんど全部に反応していたし、それならこれもとオススメもどんどん出してくれた。


「そうかもね~。でも悪くいえば一番好きなジャンルみたいなのがないだけかもしれないし」


 謙遜みたいにそう言うが、多分音楽そのものが好きなんだろう。

 だから何でも聴くし好きになれる、そんな気がする。


「私はライブが楽しければそれでいいってタイプだし。やる曲にこだわるよりそっち優先かな」


 なるほど……。

 そういう考えならメンバーを優先した選曲が出来ることも頷ける。

 趣味を押し付けるようなことは一切なさそうだ。


「一番好きなのでそれできたら最高っすね」


 ……同調したくはないがいいこと言ったぞバカ。

 それが出来たら本当に最高だ。

 一番好きなもので、最高に楽しいライブ。


「お、バカいいこと言ったね。やってて楽しいかってのは演奏に出るからね。メンバーの趣味に合わせて曲やるとか、続けてれば結構あるけど、イヤイヤやってる曲ってすぐわかるんだよね」


 もう呼び方がバカになってる……。

 しかも林田にしても、言われるといつもバカじゃねーしって返す癖に従順だ。


 それはさておき八代先輩の言ったことはもっともだ。

 辛いと思ってたり、やりたくないのに周りに合わせてやっても、それはいいライブにならない気がする。

 全員が納得してやりたいと思える曲、そういうのを見つけるにはかなり引き出しが必要そうだ。


「私もヒビキも曲出すけど、あんた達もやりたい曲あったら遠慮なく言っていいからね」


 こうして後輩のこともちゃんと考えてくれる八代先輩なら上手く行くに決まってる、そう思える。

 バンドの方針が少し明確化した感触が生まれた。


「でも白井って音楽何好きなの? 雑食とか言ってたけど」


 椎名が質問を投げかけてきた。

 音楽の話は今まで一年同士で何度もしてきたが、改めて訊かれたのは初めてだ。


「……何だろう。何でもすぐ好きになる気はする」


 大体こんな返ししかしようがない。


 心当たりがないと言えば……嘘だ。

 触れていくうちに多分本当に好きになった気がする。

 でもそれはこのバンドには関係ないし、どうしてもあの人のことが浮かんで口が滑る可能性を避けようとする。

 それに、何故だかわからないが自分のものではないような気もする。


「高校まではただ聴いてたって感じだったからなぁ。大学入って、やりたいと思った曲はいっぱいあるけど」


 言い訳するように、それらしい言葉を並べる。

 それでも事実だし、軽音に入って色んなジャンルの魅力は知った。


「白井、すぐに何でも興味持つしね。軽音向きだよ」


 八代先輩がフォローを入れてくれた。

 気付いてかそうでないかは定かではないが、助けてもらった気がした。


 まぁ問題は特にないだろう。

 椎名にしても好きなものに統一性はなさそうだし、バカに至ってはギターがいればいいくらいの口ぶりだ。

 何よりも重要なのは本当にバンドを楽しむという気持ちだろう。


「大体よくあるのがね~、グラフェス見て憧れてブラック好きになるとか」


 あと数時間に迫ったそれがキッカケになることも多いという。

 確かに元からブラック好きが集まることの方が少ないと、氷上先輩が言っていた。

 こうした機会で見つけていくのが部活の本質でもあるのだろう。

 

「だからってわけじゃないけど、みんなしっかり見ておきなさいよ。うちの軽音、今のメンバーは歴代でも屈指ってOBから言われてるけど、他大だって本当にスゴいから」


 各大学の代表が会するライブ、想像もつかないが本当にすごいのだろう。

 一年の自分達にしては雲上人の集まりでしかないことだけはわかる。


「何か投票あるって聞いたんですけど」


 椎名がそう問いかけた。自分も情報は知っていたが、あるとだけ。

 部会でも説明は特に何もなかったし、どんなものかは知らない。


「あー、あるよ。各大学からベストパート選出が」


 何でも七大学の中から各パートを選出するらしい。要はMVPだ。


「大抵他の大学だけどね。うち部員数少ないし、人数多い大学が大体取っていくよ」


 まぁそれもそうか。他大はもっと人が多いとは聞いていたし、蚊帳の外なら気に留める必要もないということだ。


 その後も色々とグラフェス心得のようなものを色々と聞き、時間は過ぎた。

 いよいよとサイゼを出て、再び区民ホールに向かった。

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