迂闊な考え 後編


 前編の迂闊なあらすじ


 部室で音楽を聴いていると三年ドラムの土橋が登場。

 迂闊にも再び口が滑り、月無先輩のゲーム音楽好きをバラす白井。

 しかし土橋はゲーム音楽に全く偏見がなく、むしろいいと認めてくれている新事実が発覚する。

 ゲーム音楽に前向きな土橋を前に、白井はどう出るのか。

 迂闊なことを言ってチャンスを台無しにするのはアカンぞ……!




 アルバムを通して全部流した後、土橋先輩が言った。


「そのCD貸してもらっていいか?」


 聴いている間にも色々と感想を言ってくれたし、かなりお気に召した様子。 

 単純にいい音楽として認めてくれたようで嬉しい。

 そう思うとゲーム音楽バンドの企画に、土橋先輩を誘わないのはかなりもったいない気がする。


「土橋先輩はライブでゲーム音楽とかやるのって、抵抗ないんですか?」


 ロックマンのあの曲もやるとなれば、何か有益な情報は得られる気がする。

 結構つっ込んだ質問になってしまったが、少し考えて答えてくれた。


「ないと言えばない、と言った感じだな」


 ハッキリしない解答、自分にはそうとしか取れないものが返ってきた。

 わかるようでわからない。更につっ込んでみようにも、良い問いが浮かばない。


「インストだし、曲の主張が強いからな。セトリの兼ね合いが難しい」


 なるほど……セットリスト、つまり演奏する曲目の相性か。

 しかし喋り方のせいか、情報が小出しなので理解しづらい。

 少し考えて、自分なりに答えを出した。


「浮くってことですか?」


 すると無言で頷いた。

 多分、ゲーム音楽の存在感の強さは他の音楽に上手く混ぜられないということ。

 下手に一曲入れたりすれば、浮いてしまってセットリストを台無しにすると。


「誰が聴いても良い曲……だったとしてもな」

 

 ゲーム音楽特有のわかりやすさは両刃の剣にもなるということだ。

 差別的な目がなくとも、そういう難しさは確かにあるかもしれない。


「だからやるなら……馴染みやすい曲だな」


 だからロックマンのあの曲というわけか(春編『心に隠した音楽』参照)。

 月無先輩も「ゲーム音楽ってわかりづらいから」と言っていたし、フュージョン系でセットリストを組んだら上手く馴染みそうだ。

 ゲーム音楽らしすぎるゲーム音楽だと、一曲の印象だけ確かに浮く。


 代表バンドのライブの素晴らしさがセットリストから計算されていたことを考えれば、土橋先輩や氷上先輩がそこに慎重になるのも頷ける。

 抵抗がないからといって迂闊な選曲はしないし、好き勝手やるわけでもないと。


 そして土橋先輩は話を続けた。


「そんなに難しい話でもない。ジャンルの統一性の問題だ」


 普通のセットリストを組む時も同じと。

 極端な話、ブラック主軸の中にメタルが入ればそれは浮くし、最悪ネタにしかならない。

 いいライブはセットリストの時点で決まっているとのこと。

 しかしある意味で、土橋先輩の発言はゲーム音楽を一つの音楽ジャンルとして見ていることの証左にも思えた。


「勉強になります……」

「そうか、ならよかった」


 そしてまた無言になった。


 しかしゲーム音楽だけで考えても、思うところがある。

 今聴いた世界樹Ⅲのアレンジ版も、セットリストが一つのストーリーを物語るような隙のなさだ。

 アレンジCDはそう言った選曲と曲順になっているのも多いけど、裏を返せば、一つではなく数曲の集まりで完成するとも言える。


 上手くやるには、好きな曲だけ選ぶのではいけないんだろう。

 これはこの先の軽音生活ですごく重要なことにも思える。


「そろそろ乾いたかな」


 そう言って土橋先輩が立ちあがったので、自分も洗濯物を取り込みに同行した。


 屋上での作業中、土橋先輩が言った。


「白井はゲーム音楽がやりたいのか?」


 ハッとなった。

 ここまでこれだけゲーム音楽に触れていたのに、今まで考えたこともなかった。


 自分で弾くのは好きだ。

 でもそれはピアノ単体、一人で演奏する時のこと。

 月無先輩ありきでしか、バンドでやることは考えたことはなかった。

 やってみたいのはもちろんそうだが、自分からではなく、受動的に参加する形。

 迂闊なことも言えないし、完全に不意打ちで全く考えがまとまらなかった。

 むしろ、考えたところで答えがないようにさえ思えた。


「バンドでやりたいかどうかは……」


 結局明確に答えることが出来ず、ぼかしたままにした。

 土橋先輩も、そうかと返してそれ以上は何も言わなかった。


 洗濯物も取り込み、部室清掃の全工程が終わると、土橋先輩はすぐに帰った。

 明日の本番に備え、外部のスタジオで個人練習をするようだ。

 このストイックさがあってこその実力かと脱帽する。


 §


 口数は少なかったけど、土橋先輩の話はすごくためになった。

 ゲーム音楽をライブでやること、そのことについて考えさせられるもの。


 そして最後の質問……。

 自分自身がやりたいのかどうか。

 家に戻ってそれについて真面目に考えてみた。

 

 ゲーム音楽を好きかどうかで言えばもちろん好きだ。

 色んな音楽に触れる機会は増えたが、自分の中心になっているのは間違いない。

 月無先輩に語られる内に余計好きになっていたし、本気で好きと言える音楽。


 やりたいかやりたくないかで言えば、もちろんやりたい。

 でも今の企画は自分主導ではない。

 月無先輩が主導で、参加する形。


 ……月無先輩がいなかったら?


 多分企画することは全くなかった。

 月無先輩に会わなかったら、一般ウケしないという偏見を捨て切れなかった。


 いや、それ以前にバンドすら始めていなかった。

 色んな人に会って、色んなことをして、新しい楽しみを知って、夢中になれるものを見つけた。

 かけがえのない体験、それすら全くなかった。


 ……改めて考えると全部あの団体PRからなのか。

 きっかけなんて人それぞれあるだろうし、入部するのに大した理由なんてない人の方が多い気がする。

 まして個人に対するあこがれからだなんて……ドラマじゃあるまいし。


 一番長く時間を過ごしているからそう思うだけかもしれない。

 周りが囃したてるのと同じように自分も、何でも月無先輩に繋げてしまうだけなのかもしれない。


 考えを急いて変な答えを出す必要もない。

 繋がない方がいい点だってあるものだ。

 少し自嘲するような気になって、脳内での恥ずかしい問答を切り上げた。


「しかし土橋先輩、ゲーム音楽バンドに誘えないかな」


 話題を切り替えるためにわざと独り言を声に出してみた。

 軽音オールスターみたいにしたいと言っていたし、実際に重要な問題だ。


 ……でも八代先輩と痛恨のパート被り。

 ジョブチェンジするのも意味がないし……結局自分では解決策が思い浮かばなかったりする。


 結局ここに廻るのかなんて思いながら、月無先輩に連絡してみる。

 今日たまたま会って、世界樹の曲を気に入ってくれたと。

 月無先輩のゲーム音楽好きがバレただの、そんな内容は避けてそれだけ。


 するとすぐに連絡が返ってきた。


 めぐる 『確保ーーー!!!』


 ……いや反応に困るわ。どうしろってんだ。

 打つ文面を考えていると、その間にまたメッセージが来た。


 めぐる 『誘えそうかな?』


 それは大丈夫そうと返した。

 続いてパート被りはどうするのかと訊くと『打楽器なんでもいけるっしょ』と適当そうに返される。

 でも確かにパーカッションという手もあるし、月無先輩ならその点の解決策は簡単に導けそうだ。

 ……となればあとは月無先輩自ら誘うだけ。


 めぐる 『企画のことはまだ話してないよね?』


 肯定する文面を返し、続けて頑張って下さいと返した。

 秋風先輩、そして八代先輩の時は二人からだった。

 月無先輩自身から言うことに意味がある。


 めぐる 『うん、頑張る!』


 心の底から応援したいがそれを文面に起こすなど恥ずかしくてしょうがない。

 切り上げるつもりで『きっとイケます!』だなんて少し無感情な返信をした。

 するとまた返信が来る。割と二人とも会話の切りどきがわからないタイプだ。


 めぐる 『有益な情報をもたらした白井君にはご褒美を与えよう!』


 ……何だ一体。


 まぁ期待はせずにいよう。

 そんな風に返すと、むーとだけ返ってきた。

 キリがなさそうなので明日の本番頑張って下さいと返すと『絶対見ててね!』と返ってきた。

 言われずともそうするが、結局淡白にならない程度に、はいと返してやりとりは終わった。


 明日はついに合同ライブ。代表バンドの方々の集大成が披露される。

 余計なことは考えず本気で楽しもう。


 ……あ、でも八代弁当楽しみ。






 隠しトラック


 ―― ブラジリアン脱水 ~部室棟屋上にて


「あ、まだ乾いてませんね。タオルだけ日陰になっちゃってました」

「貸してみろ」


 え、何すんだろう。なんか気合い入れてるし。


「……パァン!!!!!」


 え、マジか。


「……終わったぞ」


 ……マジか。


 なんてパワー、そしてスピード……。

 一振りで脱水したぞ。

 相当なバランス感覚ないとあんなオーバースローできないぞ……。

 球投げたら150kmくらい出んじゃね……。


「他にはあるか?」

「あ、はいあと何枚か」

「貸してみろ」


 もう一回見れちゃうっていうね。

 正直めっちゃ面白い。


「……パァン!!!!!」


 ダメだ、スゴすぎて笑いそうになる。


「……野球か何かやってたんですか?」

「そうだな。野球は結構やっていた」


 なるほど。しかし……。


「……パァン!!!!! ……よし、行くか」


 ……これパァンって口で言ってんだよなぁ。

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