迂闊な考え 前編
七月中旬 大学構内 部室
合同ライブ前日。
夏休みに入ってほとんども人のいない大学。
自分の楽器を回収しに来たわけだが、大学の近くに下宿しているとこういう時に小回りが利いて便利だ。
予定は他には全くないが、何もせずに帰るのもつまらないので、改めて何があるかと、部室にある豊富なゲームを物色しに寄った。
家でやりたいものがあったら借りていこう。
「ハードがないのばっかだな……」
やりたいものはハードが実家、下宿先に持ってきたハードでやりたいのがない、と収穫は無しに終わってしまった。
夏休みに部室に通ってやるのも馬鹿らしい。
……そして完全にやることがなくなってしまった。
「何しに来たんだ俺……」
大学には誰もいないし、部室棟の閑散とした空気も先ほど肌で感じた。
「そうだ、曲聴こう」
家にはロクなスピーカーがないし、部室のスピーカーでしっかり音楽を聴く時間にしよう。
言い訳がましくやることを見つけたが、こういう時間も必要だ。
月無先輩から借りて、聴き切れないでいたままの音楽を流す。
誰もいないし結構音上げてしまおう。
雑音が全くないところで、大音量で音楽に浸るのもいいもの。
色々と気付くことも増えていたので、一曲一曲に収穫がある。
のんびり曲に聴き入っていると……ドアの覗き窓に人影が。
誰だ……。
身長的に女子ではないし、ここまでの接近を許すまで気づかないとは。
そしてガチャリとドアノブが周り、開いた先にいた人。
「あれ、土橋先輩? お疲れ様です」
「白井か。お疲れ」
まさかの土橋先輩登場。
部室に来る人だとも思っていなかったので本当に予想外だ。
なぜ部室にと訊きたいところだったが、それはあちらも同じこと。
言葉が出ないのでとりあえず大音量で流していた音楽を消す。
「邪魔したか?」
「あ、いえ全然。楽器取りにきただけだったので」
一応の理由を説明しておく。
休日に部室に入り浸っていると思われるのは何か嫌だ。
「俺も同じだ。ついでに掃除してしまおうと思ってな」
そういえば誰かがいつも掃除していると月無先輩が言っていた。
もしかしたら土橋先輩だったのかもしれない。
そして土橋先輩はドラム機材をを置いて、黙々と掃除を始めた。
自分もやれることを探し、とりあえずモノを整頓する。
土橋先輩はソファーをファブったり掃除機をかけたり、慣れた手つきで部室を綺麗にしていく。
「いつも掃除してくださってるんですか?」
「……たまにな。土曜に授業入れてるからそのついでに」
なるほど、だから誰も気づいていなかったのか。
しかし先輩に掃除させていたと考えると何か申し訳ない。
洗濯するものなどもそれなりにあるので、一人でやるのは結構大変だ。
「やることはこれくらいだな。あとは適当に」
屋上に干した毛布や洗濯物を日に晒し、後は時間の経過を待つだけ。
……しかし何をすれば。
夏は同じバンドになるとはいえ、あまり話したことのない先輩と二人きりでただ待つって結構難易度高いぞ。
そんな自分の心境を悟ってか、土橋先輩が口を開いた。
「さっきは何を聴いていたんだ?」
「あ、ゲーム音楽聴いてました」
月無先輩から借りたものというのは憚られた。
そして土橋先輩は何も言わない。
……なんだろうこの無言の間。怖い。氷上先輩とはまた違う。
少し間を置いて、また土橋先輩が口を開いた。
「好きなのか? ゲーム音楽」
「あ、はい。結構よく聴きます」
……一応音楽の話だよなこれ。
振ってくれてるのだろうけど、どうやったら弾むんだこれ。
ゲーム音楽に偏見があったりしたらこれっきりだろうし……。
「いい曲多いよな」
……え? 意外な反応に面を食らった。
「土橋先輩もゲーム音楽好きなんですか?」
すごく気になる。
偏見はないようなので話題として続けてみたい。
「詳しくはないけどな。やったゲームの曲だけ」
そう言ってまた黙った。
間の持たせづらさは話題よりも単純に無口が理由なのか。
ゲームは結構やるのかと訊くと、たまにと返ってくる。
しかし間が持たない…そうか、俺は試されているのか。
面識の少ない先輩を前にして後輩としてどう立ち回れるか、この先の部活動生活で待つ困難に対しての対応力を測れられているのか。
月無先輩然り秋風先輩然り巴先輩然り冬川先輩然り、部室は初対面の先輩との試しの間でもあるのか。無意味に黙っているわけではおそらくない。
「あぁすまんな、無口ってよく言われる」
……やっぱり単純に無口だった。
再び察してくれたか、土橋先輩が提案をしてくれた。
「オススメのゲーム音楽とかあったら聴かせてくれ」
……何やて。オススメ……だと。
多分こちらがゲーム音楽好きと聞いてしてくれた提案だけど、人にオススメするとなると結構困る。
月無先輩程詳しければ相手の好みにパッと合わせられるだろうけど、そこまでの対応力がないし、何より土橋先輩の好みは知らない。
取り敢えず的を絞るためにどんなのが好きか訊いてみた。
「白井の好きなのでいいぞ」
オウ……。作戦失敗だ。
でもこれからバンドを組む後輩の好みを知っておくという、ありがたい意図だ。
その申し出を無碍にするわけにはいかない。
ふむ、しかし自分の好みもあんまり考えたことがない。
少し時間をもらって、思い返してみることにした。
大抵RPGばっかりだし、それをメインに考えよう。
戦闘曲は好きだ。うん。
月無先輩の言うとおりゲーム音楽の花形、わかりやすいカッコよさがある。
世界樹みたいにストレートなのも好きだし、FFみたいに凝ったプログレチックなのも、アトリエみたいに世界観やキャラに合わせた作りのも好きだ。
ポケモンのも全部好きだし、アクションゲームのボス戦だって全部カッコいい。
軌跡シリーズもテイルズもサガも最高……。
でも違う。
なんとなくだけどもっと好きなのがある。
そしてフィールド曲やらダンジョン曲やら、キャラのテーマ曲やらを色々思い浮かべて、一つ当たりがつく。
強く思い出したのは月無先輩が弾いてくれたエアリスのテーマ。
ゲーム音楽の体験、その中でいつまでも頭の中を廻ったのはそれだった。
多分、バラード寄りのものが好きだ。
一番好きな一曲はバラードとは違うけど、大概気に入りやすいのはバラード系。
そしてFF7『エアリスのテーマ』のオーケストラ版を流した。
「白井はバラードが好きなのか?」
曲が始まるとすぐに土橋先輩は口を開いた。
何か言おうにもやはりまとまらないので、はい、とだけ答えた。
土橋先輩は何も言わず、目を閉じて曲に聴き入っていた。
「いいよな、この曲」
気に入ってくれたようだ。
月無先輩が始めて弾いてくれたもの。
自分にとってゲーム音楽であるという以上に思い入れが強い曲。
それが認められたことが単純に嬉しかった。
……しかしまてよ。今なんと言ったか。
「知ってるんですか? この曲」
「エアリスだろ?」
元から知っていたようだ。
でも有名な曲だし、不思議ではないか。
共通点が見つかったようで少し気が緩んだ。
……そして弾みのように言ってしまう。
「元から好きなんですけど、月無先輩に弾いてもらってから余計に好きになっちゃって」
……言ってすぐ気付く。何故口を滑らせてしまうのか。
間を持たせようとして思いついたことを吟味せず言ってしまった。
他人の前で月無先輩とゲーム音楽を繋げるようなことはしないと決めていたのに。
偏見はないようだし何事もなく流してくれることを祈るしかない。
「それは俺も聴いてみたいな」
……あぁよかった、状況はいい方向に向かった。
曲の良さと月無先輩の実力だけに注目してくれたようだ。
自分もいちいち気にし過ぎだったか。
しかし掘り下げたい話題でもないし、話を他に移したいのが本音でもある。
そして内心結構テンパったせいであらぬことを言ってしまう。
「土橋先輩がゲーム音楽に偏見なくてよかったです」
……こんなこと言って何になるんだ。
逸らし方もわざとらしくなってしまった。
次に言うべきことが何も思い浮かばないでいると、土橋先輩が言った。
「いい音楽はいい音楽だからな」
土橋先輩にとってはゲームであるかは関係ないようだ。
当然のものかもしれないが、その言葉は救いのように思えた。
「月無程音楽を知ってる奴が好きならそれはそうだ」
懸念は無駄だったかも知れない。
部長にしろ氷上先輩にしろ、月無先輩のゲーム音楽好きをわかっているようだ。
他の誰から聞いたわけでもないそうで、自然に気づいたとのこと。
少し間を置いて、再び土橋先輩が口を開いた。
「ロックマンの曲だっけか、あれも夏バンで氷上がやろうって言ってたな」
……マジか。エラいこと聞いた気がするぞ。
普段曲決めであまり曲を出さない月無先輩を
よかったですね、月無先輩。一つ夢が叶いますよ。
「あ、これ言っちゃいけないんだっけか」
……普段無口な人でも口は滑るものらしい。
「言わないでおきます。すごい喜びますよ」
「頼む」
そうして話が一段落となって、また静寂が訪れる。
土橋先輩がやったことないゲームの曲を流してくれと言われて、個人的にかなり気に入っている世界樹の迷宮Ⅲのアレンジアルバムを流した。
ドラマーらしく曲に合わせて足と手でリズムを取っている姿が印象的だ。
「このラリー・カールトンみたいな曲いいな。氷上が好きそうだ」
……誰だ。
でも氷上先輩が好きなら多分フュージョンの人だ。
今流しているのは『街景 日輪照らす水面』。
街のテーマ曲で、爽やかな雰囲気が水上都市といった空気を醸す名曲。
原曲とは違い全て生音。サックスのメロディ、ギターソロ、華やかなアンサンブル、これがまた最高に素晴らしく納得がいくもの。
一曲として完成するアレンジ版ならではの曲構成、ラストへ向けての緩急も筆舌に尽くしがたい。
原曲の平和な感じも好きだが、この盛大なアレンジが物語を感じさせるようでたまらなく好きだ。
「……でも編成的に無理だな」
確かに楽器が多すぎて……え?
もしかしてバンドやることを考えて言ったのだろうか。
気に入ったからなのか、月無先輩を考慮して言ったのか定かではないが、土橋先輩はゲーム音楽を演奏することにかなり前向きなのかもしれない。
合宿のお楽しみライブで企画しているゲーム音楽バンド、そのメンバーになってくれるかも……でもドラムはすでに八代先輩に決まっている。
それに誘うのは自分ではなく月無先輩か。
迂闊なことは言えない、と結局その場ではそれに触れずに終わった。
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