幕間 ルート分岐 前編


 いよいよ明後日にせまった他大との合同ライブ、通称『グラフェス』。

 我らが代表バンド、その本番のステージで、本日の部会はそれに関すること。


 空き教室に一同集まり、部長が段取りを説明する。


「あ~、いよいよ明後日なわけだ。設営について説明しまーす」


 午前中に現地に集まり、貸し切ったホールで機材搬入やらステージ設営をする。

 一年から三年まで、軽音男子は全員駆り出されるとのこと。


「とまぁ……ぶっちゃけ面倒だよなぁヤロウども!」


 いや確かにそうだけど部長がそれぶっちゃけていいのか……。


「朝から機材搬入とかしたくないよな! 理不尽だよなぁ!!」


 なんか皆盛り上がってるし。暴動前みたいだな。


「ということで、ヘイ冬川。あれを」


 冬川先輩がホワイトボードをひっくり返す。


「お前らこれが楽しみだったんだろ!! 恒例! グラフェス弁当くじ!」


 あ~……そういやこんなんあるって言ってたな。完全に忘れてた。

 始まったのは合同ライブ毎の恒例行事。午前から重労働を強いられる男子に、女子が弁当を作るというしきたり。それのペアを決めるくじ引きだ。


 そしてヒビキボックスが机の上に置かれた。なんだか装飾が変わっている。


「ヒビキボックスもこの為にリニューアル! 見ろ……ハートフルだろぅ?」


 やたらピンクでキモい。しかも二個ある。

 早速引くぞと部長が構えると、一年から手があがった。


「お、どうした夏井ちゃん」


 また君か質問魔め。変なこと言い出さなきゃいいが。


「あの、ペアのとこのHBってなんですか? 濃さですか?」


 ホワイトボードに記された文字。

 ペアの名前を書く為にハイフンが並べてあるが、一番右下にHBと書かれている。


「よく気付いたな夏井ちゃん。優れた洞察力だ。10ヒビキポイントを上げよう」


 使い道あるのかそのポイント……。


「何に使えるんですか?」

「……いや、それはアレだよ。……マジか君」


 マジレスやめてやれよ……。むごすぎるぞこのボケ殺し。


「まぁ気を取り直していこう。このHBは濃さではない。これは我が軽音の暗部。そう、代々受け継がれし闇の掟」

「……や、闇の掟」


 なんだこの無駄なやりとり。夏井もいちいち間に受けるな。


「その昔の軽音……男子比率が多かった時にできたといわれる」

「早くしなさいよ」

「あ、はい。ッス」


 冬川先輩いないと話進まないなほんと。


「まぁ簡単に説明すると、一つだけ男同士のペアができるってわけだ。HBってのはホモ弁の略な」


 ……絶対当たりたくないんだが。見所なんだろうけど。


「まぁ一部そういう需要もあるかもしれんしな。なぁ水木」

「三次はないです」


 ……三次はないのか。


「ちなみに去年は俺と氷上でした。ね、ヒカミン?」

「……美味かったぞ」


 ヒューと声が上がる。なんかイヤだなこれ。当たったら来年こうなるのか。

 ってか氷上先輩こういう時意外とノリいいな。


「じゃあ早速引いてくぞ~」


 ホモ弁に当たらないことがまず第一目標だが……正直月無先輩がいい。


「あ、ちなみに代表バンド勢は免除な~」


 くそぅ……。ならばせめて知っている女子! 春が同じバンドだった人がいい。

 八代先輩か清水寺トリオか夏井……頼む!


「はい、女子は……夏井ちゃん。で男子は……。お、一年同士。川添!」


 羨ましい。そして取り敢えずといった感じでヒューと声が上がる。


「よしじゃぁどんどん行こう」


 次々とペアが決まる中、自分の名は未だ呼ばれず。

 残っている知り合いは八代先輩と清田先輩。

 頼む、八代先輩当たってくれ。そしたら超嬉しい。

 清田先輩でも嬉しいがアホだから料理とかできなそう。


「あ、男子残り三人だわ。次が男女ペア最後だ」


 マジか。好奇の目を寄せるな皆。椎名てめぇ聞こえたぞ、ざまぁって。

 しかも残ってる男子って、後はバカと知らない先輩じゃん。


「はい最後。お、女子は清田」


 俺来い俺来い……。ホモはイヤだホモはイヤだ。


「お、白井、ホモはイヤかね」


 察してくれるな。組み分け帽か。


「はい、男子は……。お、正景」


 なんだと……。

 残っていたのか正景先輩。そしてホモ確定。残っている組み合わせからホモ弁のお相手はバカに確定。

 おいバカ絶望的な顔するな、俺も同じ気分なんだ。


「ホモ弁は……林田と白井! はいお幸せに~。みんな拍手! ちなみに弁当作る側は準備免除なので話あって決めてな」


 最悪極まる。……仲良い奴だからマシだと思うしかないのか。

 うわ皆めっちゃ盛り上がってんなぁ。


「……やりすぎたのさ」


 うるせぇぞ川添。お前のペアの夏井にヤバいもん仕込むよう頼むぞ。


「おし、じゃぁ今日のやることは終わったから解散にするぞ~。準備絶対サボるんじゃねぇぞ~」


 なんとも言えない気分のまま部会は終わった。

 その場に残った面々でホモ弁の行く末を決める。


「林田、どうする」

「俺……作れねぇぞ弁当なんて」


 なんで作る側の気でいるんだよ。

 しかし準備は行ったほうがいいし、コンビニ弁当でいいか……。


「じゃぁ俺適当に済ませるからいいよ。準備も俺やるから」

「おま……でもそれもよくなくないんじゃないか?」


 何語だよ。

 しかし期待してないし、面倒だろうからと結局押し切きった。

 どちらにせよ準備は体験しておいた方がいいからと伝えると、バカも結局準備に参加することに決まった。弁当は無しだが、これでいいか。


 結局ホモ弁は消滅、いじりがいを失ってその場は解散となった。


 §


 登校最終日の人のいない食堂。例の件について話し合うために集まった。

 自分と、巴先輩、冬川先輩、そして土橋先輩。

 土橋先輩とは会話すらほとんどしたことがない。


「あ、土橋先輩。白井です。よろしくお願いします」

「……あぁよろしく」


 寡黙な印象そのままに口数少ないようだ。

 清水寺トリオの小寺先輩も話さない人だったが、それとも少し違う。

 なんというか、重厚さがハンパじゃない。


「あ、そうか。土橋と話すの初めてだもんね~。緊張しなくていいよ~。ちなみにヒカミンと吹はバイト~」


 それ以上に面子のスゴさに緊張するわけだが……巴先輩のユルい口調はこういう時本当に助かる。


「で、話ってどんなこと~? まさか……怖気づいた?」


 ……冗談なのはわかるが、そうとられてもしょうがない。


「あ、いえ。そうでなくて……」


 かなり言い出しづらかったが、待ってくれた。勇気を振り絞って言ってみる。


「夏バン、掛け持ちしてもいいでしょうか。サポートなんですけど……」

「いいよ~」


 え、即答。ダメと言われてもしょうがないと思って来たのに。


「大体予想ついてたし~、ちゃんと考えたんでしょ?」

「……はい。絶対に迷惑かけないよう頑張ります」


 すると土橋先輩が口を開いた。

 初めての話題がこれというのもなんだか申し訳ない。


「大変だぞ。……思ってるよりも」


 ……やはり前向きではないのかもしれない。

 それはそうだ。ただでさえ実力不足の一年生が無理をしようとしているんだから。


「巴がいいと言うなら俺は口出しするつもりはないが……全力でやるんだな?」


 即答したかったが。少しだけ考えた。

 これに答えれば後戻りはない、そう思うような言葉の重みだった。

 続く言葉が思い浮かばず、自分なりに真摯に、はいとだけ答えた。


「それならいい。夏バン、頑張ろうな」


 土橋先輩は控えめな笑顔でそう言った。

 歓迎してくれてるということがわかる、そんな表情。

 それが嬉しくて今度は迷いなく、はいと答えた。


「お~、ブラジリアンスマイルが出たね~」


 なんだそれは……。

 しかし気になるのが、冬川先輩が未だ一言も喋らないこと。

 おそるおそる目を向けてみると、初めて会った時のような視線を感じた。

 目が合うと、覚悟を試すような視線に貫かれる。

 そしてふぅっと息をはき、口を開いた。


「大丈夫そうね。元々途中で投げ出すようなことはしないと思って誘ってるし。それに鍵盤二人だけだから、掛け持ちするのは考慮してあるわよ」


 正直、まだ迷う気持ちはあったが、それも込みで認めてくれたような気がした。


「前々から思ってたんだけど、白井君って悪い方に考える癖ない? 本当に大変だとは思うけど、ちゃんと出来ればすごく有益よ」


 言われてみれば……。最近再三、自信をつけるという目標を考えさせられるが、これもそういうことかもしれない。ネガティブな癖の改善もしっかり考えねば。


 冬川先輩の発言を受けてか、巴先輩と土橋先輩も緊張を解くように少し大きめの息を吐いた。


「よかったね~白井君。二人に認めてもらえて~」

「はい、皆さんありがとうございます」

「その言葉遣いが堅いのもほぐしてこ~ね~。真面目すぎるぞ君」


 巴先輩は笑ってそう言った。

 堅い自覚はあるが、特に冬川先輩と土橋先輩の前では仕方ないと思って欲しい……。


「ま~こんなだけど土橋も親しみやすいから~。安心して掛け持ちしなよ~」

「親しみやすいぞ」


 ……なんだこの重厚な親しみやすさ。

 でもそのおかげでやっと笑えた気がする。

 氷上先輩も秋風先輩も、連絡した時点で察していたらしく、巴先輩達に任せたようだ。


 後は自分が頑張るだけ。部内で一位を目指すバンドということ、そして巴先輩の唯一のバンドということを、もう一度心の中で確かめた。

 重圧に折れぬよう、課題にしっかり立ち向かわねば。


「ところで、誰と組むの?」


 冬川先輩が改めて掛け持ちの話に触れる。


「あ、ヒビキさんです。この前、一年で打ち上げやってる時にたまたま来て、そこで決まって」

「お~、ヒビキまで攻略しようとするとは君中々すごいね~」


 ……ギャルゲーみたいな言い方しないで欲しい。

 しかし図らずも今の代表バンドのメンバー全員とやる機会を得たのは、普通考えられないことだ。

 冬川先輩がそれなら安心と言うと、今度は土橋先輩が口を開いた。


「ドラムは誰なんだ?」


 現状の問題その②だ。

 掛け持ちの話がクリアできたので、次に進むにはこれが必要。


 これから八代先輩を誘えたらと話すと、土橋先輩が即座に必ずそうしろ返した。

 三年生ドラム二人は双方信頼があるようだし、巴先輩と冬川先輩の反応からしても、八代先輩が全幅の信頼を得ているのは明白だった。


「ちなみに、辞退したけどヤッシーは部長候補だったんだよ~」


 意外……というほどでもなく納得だ。 

 それほどまでに後輩をよく見てくれているし、誰にでも好かれている。

 何より差別的な目もなく誰にでも分け隔てなく接してくれる。これ以上ないほど世話になっていて心酔しているところもあるが、実際確かだろう。

 部長をやるには甘すぎる、実力が足りない、そんな理由を挙げて辞退したそうだ。


「でも声かけるなら早くしたほうがいいわよ。めぐるとやるバンド以外、今はないみたいだけど」


 そうか、冬川先輩は月無先輩と同じく夏は一緒なのか。なら善は急げだ。


「じゃぁすぐ連絡した方がいいですよね。ちょっとラインしてみます」

「しなくていいんじゃない~?」


 そう言って巴先輩が指差した先。八代先輩と月無先輩が窓の外からニヤニヤ。


 ……もうなんか全部行動筒抜けだな。


「君愛されてるね~」

「……面白がられてるだけです」

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