新たなる世界 前編

 7月中旬 大学構内 部室


 中間考査の最終日前日。

 テスト日程はすでに終わっていて、レポートを提出しに来ただけ。

 大学構内も人は少なく、廊下練習をしていても誰もいない寂しさが勝って、結局部室に移動した。


「あ! 白井君お疲れ~」


 期待する気はあったが、案の定いる月無先輩。

 同じくレポートを提出しに来ただけで、練習前にくつろいでいるとのこと。

 代表バンドの本番は三日後だ。


「あれ、スマホでゲームなんて珍しいですね」


 ゲームはいつものことだが、TVでなくソファーに寝転がりながらスマホ。

 ソーシャルゲームをやっているところは見たことがなかった。


「うん、無印ロックマン! モバイル版全部買っちゃった!」


 なるほど、ソシャゲではなくスマホ移植の昔のゲーム。

 やりづらそうだが、ファンとしてはできるだけでも嬉しいのかもしれない。


「ほんとロックマン好きですね。ロボと筋肉ばっかな気がする」

「無印は見てただけだったし、これを機にってね! でもロボと筋肉キャラ好きだけど、女の子キャラも好きだよ」


 なんか往年のゲーマーみたいだな……。


「オッサン趣味っぽい」

「失礼な」


 先輩は流れる曲にあわせて鼻歌を歌いながらゲームをする。

 正直言って超可愛いのでバレないように、それを見続けた。


「曲全部覚えてるんですか?」


 そう聞いてみると、もちろんと元気よく返ってきた。

 ステージが変わっても寸分違わずメロディーをなぞって鼻歌を歌う。

 ティウンティウンすると「あ」と止まって、復帰するとすぐまた歌い始めるのが超可愛い。なんだこれは。


「ふんふふふ~てれれ」


 お、知ってる曲。

 無印ロックマン2の有名なアレだ。

 ゲーム音楽ファンなら通ってる人も多い曲。


「ふんふふふふ~。ウ~ルトラマンセブン」


 そこは歌うのかよ。

 無言のツッコみが聞こえたのか、こちらの視線に気づき先輩が提案した。


「白井君もやる? 折角だからやろうよ!」


 そう言って床に座る自分の横に来た。


「でも俺無印全然ですよ。ダッシュ出来ないんですよね?」

「ファンはそれを乗り越えてきたのだよ」


 なるほど、甘えか。

 ならばとオススメを聞いた。


「1と2はスライディングないし難しすぎるから~。3かな!」

「チャージショットあるのはいつからです?」

「4からだね」

「じゃぁ4がいいです」

「3かな!」


 3好きなのか……。

 一応理由はあり、チャージの音が曲を聴くのに邪魔だとのこと。

 本当に音楽優先でゲームをやる人だ。


「弱点武器はありですか?」

「なし! と言いたいところなんだけど、見てたのずっと昔だから覚えてないんだよね。探り探りでやろう!」


 初見のようなもの、そういった状況でゲームを二人でするのは始めてだ。

 敵の動きやらは見れば思い出すということで、先輩はアドバイスに徹する形。


「おぉ、やったことないけどなんか懐かしい感じ。うわロックマンめっちゃこっち見てくる。ヤダなこのタイトル画面」

「しかもなんか寄り目なんだよね」


 ……先輩が声を出して気付く。


 寄り目でガン見してくるロックマンにも面食らったが、それどころではない。

 横から先輩が覗き込む形、距離が近すぎる。ゲーセンの時以上の近さで非常に困る。しかもこの人そういうこと全く気にしない。でも言えない。気が気でない。


 心頭滅却するように煩悩を捨てゲームに挑む。


「ステージセレクトの曲いいよね! てれれれってってってって~」


 ちょっと待て鼻歌やめろ。

 ただでさえ可愛いのに真横でやられると脳が溶ける。


「めぐる先輩、鼻歌我慢」

「えー! わかった。む~……」


 集中できる気が全くしない。

 しかし気を取り直そう。


「誰から行けばいいんですかね」

「ん~……。タップマンが弱かった気がする。こいつ。あと曲めっちゃカッコいい」

「曲聴きたいだけじゃん」


 とはいえ情報はまるでないのでタップマンを選択。


「お~この感じ。ロックマンって感じですね」


 ステージが始まる。

 とりあえず操作をということでスタート位置で確認。


「音上げよ音!」

「うわめっちゃやりづらい」


 しかしXシリーズである程度操作は慣れているので、そこそこ軽快に進んでいく。


「曲カッコいいですねー」

「ね! ファミコン時代からこれだもん。ほんとすごいよね」


 先輩の言うとおり。

 しかし曲に集中している余裕はないので操作に集中した。


 しばらく進んであえなくティウンティウン。

 見本を見せてくれと操作を頼んだ。


「オッケー! じゃぁやっぱりティウン交代にしよう」

 

 前にロックマンXをやった時に作られた謎ワード。要は死んだら交代だ。


 人がやっている時は曲に集中できるということで、見ながら曲を聴いてみた。

 ……まぁそれよりも先輩との距離が近く、画面を覗き込む気恥ずかしさが勝って、聴覚に集中する方がまだ楽というのが本音だが。


「メロディの音メッチャいいですね。音繋がったまま下がるのカッコいい」


 聴き流していた時には気付かなかった。

 思った以上に音色に工夫があり、単純だと思っていた印象はすぐに覆される。


「お! いいこと気づいた! このリバーブがかったピッチベンドがこの曲の一番の聴きどころだよ~」


 曰く、昔のゲーム音楽の特徴的な音遣いの一種だと。

 集中して聴いたことがなかったから、こんなに深みのある音が鳴っていると気付いていなかった。


「こうして聴くと全然安っぽいって感じしませんね」

「そう! どれだけ良い聴こえにするかって工夫が凄まじいのよ~」


 そんな風に喋りながらタップマン撃破。

 やはり先輩は全く危なげないプレイング。


「よし、次の面は白井君からね!」

「曲いいとこ行きましょう」

「じゃぁスネークマンかジェミニマンだね!」


 そして選択したのはジェミニマン。

 これも思った以上に曲がツボで結構聴いてしまう。

 しかし曲をしっかり聴きながらプレイしようとしても月無先輩のようにはいかず、集中を持って行かれてやはりティウン。


「白井君今曲集中してたでしょ!」

「あ、はい。超いいですねこれ」


 先輩は嬉しそうにしていた。

 以前喋りながらやっていて無様な死に方をした時、ゲームに集中しろとダメ出しを食らったことがあるが、曲が原因なら許されるようだ。

 再び操作を譲り、曲に集中して聴いてみた。


「このベースの音クセになりますね」

「ね! PSG特有の低音ってほんとクセになるよね! ミドルが抜けてくるかんじ」


 軽快なドラムとのリズムの噛み合いもたまらない。

 メロディに細かく入ってくる前打音も、要所で聴こえるアラビアンテイストなフレーズも最高だ。


「思いましたけど、これやっぱこの音源だからこそって感じありますよね」

「この曲とかさっきのタップマンの曲は特にそうかもね!」


 ゲーム音楽、特に昔の生音でないものを聴いている時に前々から思っていた。

 生演奏の方がカッコよくなると思う曲もあれば、そうでない曲もある。

 これは完全に後者な気がする。

 生演奏にしたとして、それでも勿論カッコいいのだろうけど、原曲の良さとは別のものになるような。


 そしてふと、音色という観点を持って思いついた。


「これ、実際に演奏しようとしたら何の楽器の音にすればいいんですかね」


 今聴いているジェミニマンの曲。

 多分高音で鳴っている長い音符を、安易にストリングスにしたりしてもカッコよくはならない。

 メロディにしてもオルガンは合わなそうだし、ピアノ的フレーズだからと言ってピアノやエレピでやれば曲の勢いが殺されそうだ。


 すると先輩も考えたことがあるのか、嬉々として話し始めた。


「そこ悩むよね! 元が完全な電子音だから、生楽器の音だと相性悪かったりするし! 迂闊に楽器でアレンジしようものなら逆にダサくなったりするし」


 だからこそ古い曲でも一定のファンが付くって言えるか。

 懐古的なものだけではなく、本当にそれ自体に良さを感じると。


「生音使えるようになってからもシンセの音がよく使われるのは、ゲーム音楽っぽいって以上にシンセじゃないと出来ないこと多いからだろうし」


 電子音には電子音にしかできない役割があると。

 安易にそれを使っても確かにゲーム音楽っぽくはなるだろうけど、本質とはかけ離れてしまうのかも。……難しい。


「昔からやってる作曲家はそういうところ本当に上手いよ! やっぱり音色の扱い方の次元が違うね! これしかないって音色の使い方するの!」


 音色それぞれの魅力を最大限に活かす、上手い人はそれが本当に上手いという。

 様々な音色を使うゲーム音楽作曲家ならではの特性なのかもしれない。


「なるほど……例ってあります?」


 ピンと来そうで来ないので、実例を求めてみよう。


「あるよ~。でも今ゲームしてるし~……」

「正直曲の方が気になっちゃって……」

「……ふふ、そっか! そういうことなら曲を聴こう!」



*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。

『Dr.WILY STAGE 1』――ロックマン2

『タップマンステージ』――ロックマン3

『ジェミニマンステージ』―― ロックマン3

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