何気なく、さりげなく 前編

 

 7月上旬 都内某所 ライブハウス


 いよいよライブ本番、その日を迎えた。

 緊張はないと言えば嘘になるが、色々な先輩方の気遣いでそれが妨げになるほどとは思えないくらいにはリラックスできている。


 自分はホーンが入ったバンドということで、ライブハウスでリハーサル。

 なんでもマイクの数が多いだので事前確認が必要とのこと。

 ホーンバンドは自分のバンドと代表バンド、そしてもう一つの計三つ。

 今しがたその全行程を終えて、ライブハウスの控え室で談話しているところだ。


「リハだったけど、うまく弾けてたじゃん」


 八代先輩のこうした気遣いは本当にありがたい。

 他の先輩方や、自分のリハーサルを見ていた他のバンドの先輩方も褒めてくれた。


「でも残念だったね、めぐる見てなくて」


 そしてまたこうやってからかってくるのもいつものこと……。

 とはいえ確かに、ステージ上から見たときに月無先輩の姿はなかった。

 代表バンドの他の方はいた気がするのだが。


「楽しみは本番まで取っておくとかじゃないの? 弟子なんでしょ? 白井君」


 冬川先輩の予想、そうだったら少し嬉しい気もする。

 自分も代表バンドのリハーサルは、手順を教えてもらっていたので見れておらず、控え室に届く音が聞こえていたくらいだ。

 見たい気持ちはあったが、本番まで観る楽しみをとっておくという気持ちはなんとなく共感出来る。

 

「あ~、楽しみか。そういうのもあるかもね。じゃぁかなで的にはどうだった? 白井」


 本人の目の前でそういうのちょっとやめてほしい……。なんか怖い。


「いいんじゃないの? 固まってるってわけでもないし」


 お、高評価。なのか?


「よかったね~、白井。ほら、軽音一モテる女に褒められたよ」


 いやニヤニヤされても……嬉しいですけど。

 冬川先輩も、巴先輩だけじゃなく八代先輩にもこうされちゃ適わんでしょうに。


「ふぅ、そういう冗談は置いといて。夏井ちゃんいる? ちょっと話あってね」

「ありゃ、流された。さっきスーとコンビニ行ったよ。○ーソンじゃない?」


 話、とはなんだろうか。

 まさか夏バンドの誘い……うらやましい。

 夏井は実力も一年じゃ上だし、ホーンの方々は繋がりが強いから掛け持ちだとしたら両方良いバンドになるだろう。


「あ、戻ってきたね。めぐるもいるじゃん」

「丁度よかった。じゃぁちょっと夏井ちゃんとスー借りるわね」


 あ、連れて行かれた。

 はぁ、うらやましい。


「話ってなんだったんでしょうかね」

「本番前のアドバイスとかじゃない? 奏、世話焼きだし」


 そっちの理由か。しかし本当にいい人だ。

 自分に何もなかったのはいいことなのか……でもうらやましい。


「ヤッシー先輩おつで~す! 白井くんも! リハうまくいった?」

「あ、はい。多分……。自分じゃわからないですけど」


 冬川先輩はああ言ってくれたけど、本番でどういう評価を得られるか。

 ミスったらラブコメ野郎……イヤだ。


「最初はそういうもんだよ! あたしは心配してないけどね!」


 多分いい意味で言ってくれてるから、こう言ってもらえるのは本当に嬉しい。


「めぐる本番までどうする? みんなどっか行っちゃったし」

「あ、どうしましょう。スーちゃん達捕獲されちゃったし、巴さんはのど開ける~ってカラオケ行っちゃったし」

「捕獲て……」


 そういえば巴先輩、常に冬川先輩とセットかと思ったらいなかった。

 月無先輩達といつも一緒にいる秋風先輩もいないし、それぞれ別行動みたいだ。


「じゃぁ私らでどっか行こうか。白井も、ほら」

「え、俺もですか?」

「本番まであと三時間あるのに一人でここにいる気?」

「あ、行きます。寂しい」


 開始まで結構時間がある。

 あと三時間、月無先輩と八代先輩と三人は僥倖だ。


「あ、ゲーセン行きましょ! ゲーセン! すぐそこにデッカいとこあるじゃないですか!」


 ゲーセン……ゲーセン?

 月無先輩ゲーセンも好きなのか? 家庭用ばかりかと思ってたけど。あ、でもプリクラとかやるか女子だし。いやでも油断するな、奴は修羅だぞ? 格ゲーやりこんでたりするに決まってる。まさか八代先輩の前でまでサンドバッグにするおつもりか。

 いやでも……。


「な、何か警戒してない? 白井君」

「あ、いや、なんでもないです」


 結局流れでゲーセンへ。


 移動中、月無先輩は楽しそうに自分と八代先輩の前を歩いている。

 きっとどんなゲームをやろうか……いや何のゲームで俺を血に染めようかとか画策しているんだろう。

 処刑方法を考える拷問卿の愉悦に違いない。


「しかし白井もわかりやすいね~」

「え、何がです?」

 

 月無先輩の届かないくらいの音量で、ニヤニヤ顔で八代先輩が話かけてきた。


「いやだってさっきさ、めぐるが心配してないって言った時、あんたすっごい嬉しそうだったよ。奏に言われた時より」


 ……そんなつもりじゃないし、そうだった自覚もないのだが。

 何か言い訳じゃないけど弁解できないものか。


「アハハ、師匠だもんね。めぐるからそう言われるのが一番嬉しいのは仕方ないよ」


 無自覚だったとはいえ、周りからすればそんなにわかりやすいものか。

 八代先輩だからということもあるか。毎回こうやって別方向の話題に絡められるのは少し疲れるけど、よく見てくれているということかもしれない。


「でも八代先輩はそういう話とかないんですか? 人気ありそうなのに」


 ちょっと仕返ししてやれ。

 三年生といえど、こちらにだって言い返す権利はあるはず。

 言論の自由は行使しますとも。


「え、そういう話ってどういう話? 私わかんない」


 く、くそぅ墓穴ぅ。

 ダメだ、一生マウント取れる気がしない。


「アハハ、でも私はそういうのはあんまかなー。見てる方が好き」

「見てるというかそれをいじるのがって気が……」

「そうだね~、だからまぁ、私の言ってることは気にしなくていいよ。私の楽しみってだけだから、ちょっと許してよ。可愛い後輩たちのそういうの、見るのが好きなだけだからさ」


 別に嫌というわけでもないし、別にいいっちゃいいんだが……。

 それに日頃からお世話になっているし、仕方ないか。


「なんか最近ヤッシー先輩と白井君、やたら仲良くありません?」


 急にいぶかるような目をして、月無先輩がそう言った。

 ご機嫌に前を歩いてこっちの様子など気にしてなかったのに。

 

「ハッ、まさか同じバンドでいつの間にか心が通じて……!」


 何言ってんだこの人……恋愛全く興味ないみたいな素振りいつもしてるくせに。

 ふっ、しかしやはり浅い、カンが鋭いとかもなく見当違いですぞ。

 とりあえずそういうのはやめてくれ。


「アハハ、ないない。絶対ないから」


 ほら見ろ、あなたのおかげで俺だけ傷つく結果に。


「むー、それならいいです」

「あんたの弟子とったりはしないから安心しな」

「むー、そんなんじゃないです!」


 ほらほら、傷口どんどん広がるから。困った困った。子供か。

 ……こういう状況って男側がどうあっても不利なのが納得いかない。


 §


 そんなこんなでゲーセン到着。

 一階はゲーマー感のないプライズゲームとかレースゲーム筐体きょうたいなど、皆で楽しむようなものが並んでいた。

 ……よかったいきなり格ゲーゾーンとかじゃなくて。

 ゲーセンらしいゲーセンというより、アミューズメント施設みたいな感じだ。


「さぁ何やろうか! ヤッシー先輩、何やります!?」


 こらこらはしゃぐな子供か。

 ……一応大学生だよなこの人。


「そうだなー。私ゲームわかんないしな~。……お、じゃぁあれやろうよあれ」


 八代先輩が指差した先にあるのは……フリースローゲーム。

 よかった、平和だ。これなら誰しも楽しめるヤツだ。


「おっけーです! あ、対戦できるヤツですねこれ!」

「うん、じゃぁ私一人対あんたら二人でいいよ。ハンデ」


 ……ナメられてやがるぜ。

 陸上もやっていて運動神経がいいとされる八代先輩。

 しかし俺も男。ハンデなどプライドが許さな……


「あ、白井君、ヤッシー先輩超スゴいからハンデなしでとか無理だよ」

「ありでお願いします」


 かくして始まったフリースロー対決。

 月無先輩&白井チームVS八代先輩。

 男としてここは負けられな……いやしかし狭い、というか近いよ月無先輩。

 そしてはしゃぐな可愛い。


「はい、じゃぁスタート~」


 そんなユルい感じで……!



「ほっ。ほっ」


 しかしまぁ。


「とりゃ! えいっ」


 なんというか。


「ほら白井君! もっとどんどん撃って!」


 ……幸せだなこりゃ。

 一人用の狭いスペース、ちょくちょく肩がぶつかるし真横に聞こえる息遣い。

 幸せだよこれ。

 スコア信じられないくらい差がついてるけど、俺、もうこれでいい。

 勝ち負け以上の何かを手にしたんだよ、俺。


「はい、終わり~。あれ、白井全然ダメじゃん」


 はい、ダメです。


「白井君途中から全然入らないんだもん~」


 はい、あなたのおかげです。

 というかしかし……。


「八代先輩スゴすぎません?」


 こっちも別に運動神経悪いわけじゃないし、月無先輩も結構入れていた。

 でも同じ時間フリースロー撃って二倍以上点差ってつく? キ○キの世代かよ。


「アハハ、ま~私、運動しか取り柄ないから」

「ヤッシー先輩はオリンピック選手並だから!」


 ほとんど何でもできてしまうそう。

 月無先輩のスポーツ版だよこれ。修羅二人目だよ。

 別に勝とうとか思わないけど、この部は何をやっても上がいるような気がする……。


「よし! じゃぁ次何しましょう!」


 よほど楽しいのか、一人はしゃいでいろいろ目移りしている月無先輩。

 再びそれに聞こえないくらいで八代先輩が話しかけてきた。


「で、どうよ白井。あの距離でめぐると一緒ってのは」


 ……謀ったな。しかし正直言って、


「……最高でした」

「アハハ! よかったな白井!」


 少しため息つきたくなるが、月無先輩が楽しそうならいいか。


 そしてその後、定番のホッケーだったりプライズゲームだったりレースゲームだったりをやって回って三人で楽しんだ。

 

「めぐるいいの? なんかもっと、ゲームらしいゲーム? みたいなのやりたかったんじゃないの?」


 確かに、ゲーマーっぽさはここまでゼロだ。

 八代先輩に気遣ってもあるだろうが、いつもの修羅はどこへやら。

 こっちの方が平和と言えば平和だが、らしくないとも言える。


「え? 別に元々そういう気じゃないですよ? ゲーセンあんまり来ませんし!」


 あら意外……とはいえ少し安心した。

 格ゲー筐体の前に入り浸っている様子とかあんまり想像したくないし……。


「たまに来ますけど~……。あ、じゃぁ一ついいですか!」


 お、何かあるようだ。

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