幕間 公開裁判 後編

 前編の不穏なあらすじ


 部会にて部内の意見、苦情、陳情の発表が行われる。

 有意義なものからふざけたものまで、イベントのように盛り上がる中、部長のヒビキがとある投書に審議、明かされたその内容は白井に対する個人攻撃であった。

 白井、お前はやりすぎたのさ。ここらで一度痛い目に会うがいい。



 

 何故か裁かれるような空気。しかも部員全員の前で。

 俺悪いこと何もしてないのに……。


 部長はわざとらしく重々しい空気で語りだした。


「……が、この咎人にものっぴきならない理由があるのかもしれん。お兄さん的には公平に見る必要があると思う。ここは心当たりのある女子部員に証言を聞こう。心当たりあるもので意見があるもの……。はい、八代」


 いきなり嫌な予感しかしないんだが。


「私よくその子とよく喋るんだけど……。まぁ正直な子かな。何にとは言わないけど。あとやる気はハンパないね。これも何にとは言わないけど。あと昨日かな、めっちゃ抜けたとか言ってたね。何がだろうね」


 もう絶対誤解招くために言ってんじゃんこれ。


「ふむふむ、犯人は何らかに正直でやる気がハンパなくてめっちゃ抜くと。業が深ぇなぁこいつぁ!! ……お、はい、春原」


 春原先輩もこの流れ乗るのかよ……。どんぐりの鬱憤を俺で晴らす気やん。


「この前静かに半地下廊下で練習してたらその人に見つかったんですけど」


 いや人聞き悪い感じに言わないでって。事実だけど。


「見つけるなりすごく話しかけられて怖かったです……」

「うんうん、怖かったんだね、スーちゃん。よしよし」

「めぐるちゃんなぐさめて」

「うんうん、大丈夫だよ。もう怖いお兄さんいないよ。……ブフッ」


 くっそ、小芝居しやがって……月無先輩笑い堪えられてないじゃんか。

 しかし言い方じゃアレだけど一応事実だから反論の余地がない。

 みんな冗談だとはわかってくれるだろうけど……もう後ろ向けない。


「なるほど、春原は怖い思いさせられたと。春原が相手となると事案の可能性も出てくるな。見境ねぇなぁオイ!!!」


 ……もうこうなったら本気で誤解する人がいないことを祈るしかない。


「お、はい巴」


 え、ここで巴先輩!?

 今まで以上にイヤな予感しかしないんですが。


「私この前深夜練開けで部室で寝てたんだけど~。その時にたまたま会ってね~」


 具体的なエピソードはほんとやめてマジで……。

 川添こっち見んな。「お前、巴先輩とも!?」みたいなんやめろ。ゼロ距離でガン飛ばすな。


「代表バンド女子とは特に仲がいいみたいだね~。話した感じでは悪い子じゃないけど、取りいるのが上手いのかな~?」


 ほんと勘弁してマジで……。

 話したことあんまりない先輩にそういう奴だと思われたらほんと居づらい……。

 ほら視線が痛いって。みんなもう白井って気付いてるって。

 小沢指バキバキすんなって。ふしゅーじゃねぇよ。


「っていうのは冗談で~、練習頑張ってるみたいだから自然と先輩に気に入られてるだけだと思うよ~。いい噂しか聞かないもん~」


 え? 何? どういうこと?


「ハァ……本人限界そうだから私も言っておくけど、本当にいたって真面目よ。部活頑張ることで精一杯って感じだったわ」


 ふ、冬川先輩!


「ハハハ、お? 氷上」

「一応俺からも言っておくが、よく練習しているぞ。ちゃんと目的意識を持って練習しているから他の部員も見習え」


 ひ、氷上先輩! 


 ……いや「え、男もイケんの?」じゃねぇよ誰だバカ。ひそひそすんな!

 普通に白井って聞こえてくるし!


「ハッハッハ、まぁ氷上までそう言ってるんだからそうなんだろ。冗談はこれくらいにしとこうか。俺もこいつのことはよく聞いてるが、いい一年生なんじゃないか? 女子部員の方が今は多いからそうなるのも当然だしな」


 助かった……のか?

 こいつらの溜飲も下がってくれるとありがたいんだが……。


「よしじゃぁ次の投書……。お、秋風? はい」


 何だろう。

 秋風先輩がこういう流れに乗るとは思えないけど……。


「冗談なのはわかるけど~、誤解生む可能性もあったんだからあとでちゃんと謝っておかなきゃダメよ~?」

「お、おぉ。まぁ誤解ないだろうし、いいんじゃないか?」

「ダメよ~?」

「は、はい」

「真面目に頑張ってるから人が集まるんだから~。妬んだりしちゃダメよ~?」


 ……完全に鎮圧した。さすが秋風先輩。


 さっきまでこっちにガンくれながらわざとらしく悪態ついてた隣の川添と小沢の姿勢が良くなってる。そういやこいつら二回目の救済だな。

 部員全体が秋風先輩が言うならみたいな感じになってるあたり、本当にすごい……というかもう神託みたいなもんだ。


 でもあちこちからありがてぇって聞こえてくるのやめて欲しいんですけど。


「啓示が出たし一年は仲良くやるということで。まぁこれをここに投函できるあたり仲いいんだろうけどな。よし、じゃぁそろそろ次行こう次。……お、ってか最後だ。……うわ。冬川、これ」

「え、何またなの? ……これはさすがに直接的すぎてマズいんじゃない?」

「え~、冬川さんからNG出たので最後の投書は見送ります。お兄さんもこれはちょっとアレです」


 何だったんだ……目茶苦茶気になる。部員全員からブーイング出てるぞ。


「まぁこんなところだろ。結構いい意見も出てたし。今年度第一回ヒビキボックス開封終わるぞー。See You Next HIBIKI BOX!!ドゥーン」


 多少心残りがあるような形で目安箱の開封イベントは終わった。


 次回への取りきめとして、個人に対する投書は限度をわきまえる、投書できるのは一人二つまでなど、多少ルールが追加された。

 ちなみに投書数制限は夏井のと思われるものが五つもあったため。


 §


 部会も終わり、では解散と人もまばらになった教室。

 部長と冬川先輩はまとめることがあるのか、教壇で何やら話しあっている。

 残って喋っている人もまだいて、自分も川添と椎名の三人でまだ残っていた。


「でも白井ってほんと世渡り上手だよな」

「いいヤツだし」

「パワプロかよ」

 

 しかし本当にこれといって何をしているわけでもない。


「別にお前ら蔑ろにしてるわけじゃないんだが……」

「いや、それもわかってるけどさ」

 

 実際一年男子勢ともよく遊ぶし、話す。

 二年男子の方とも、それほど頻度は多くなくとも、絡みはある。

 ただ……いらない描写ってだけだ。漫画だとしたらね。


「まぁ秋風先輩の言うとおりだよな。真面目にやってればってヤツ」


 その通り。

 とはいえ、一年男子勢がそれなりに頑張ってるのはきっと伝わっているだろう。


「何だ、お前ら心配性だな」


 その会話が聞こえてたのか、部長が声をかけてくる。

 話し合いが終わったのか、議事録を整理しながら。


「心配というか何というか……。ちゃんと見てもらえるかなって」


 そうか、川添は小沢、椎名、バカとともに一年生だけのバンドだ。

 恵まれている自分とは境遇が真逆と言っていい。

 椎名も同じ気持ちだろう、不安なのは仕方ない。


「大丈夫よ、不安にならなくても。みんなちゃんと見てくれるし、ヒビキが最前列で騒いでくれるから」


 冬川先輩も優しい言葉をかけてくれた。

 真面目に練習している様子をこの二人は見てくれていただろうし、適当に宥めるための言葉ではないのもわかった。


「私だって最初は不安だったわよ。部内とはいえ人が多いところでのライブって初めてだったし」

「まぁ冬川は速攻で脚光浴びたけどな」

「それはたまたまソロが上手く決まって……」


 ソロを取るのが一番上手いのは冬川先輩と聞いていたし、実力とビジュアルを完全に兼ね備えてるんだから一年時から脚光を浴びそうだ。


「軽音入ってから何人フったんだっけ?」

「ちぎるわよ」

「……はい、すいません。ッス」


 こうやって色んなところで笑いを取りに来る部長も、それが素だとしても後輩想いな気がする。


「ちなみにお前ら何やるんだっけ。マルーンとオアシス?」

「あ、はい、あとボンジョヴィとか……」

「おー、いいとこつくねお前ら! わかりやすくて最高じゃねぇか」


 川添と椎名も、そうして部長が振ってくれた音楽の話題で盛り上がる。


 先輩方が好きな曲は下級生からすると迂闊にはやりづらかったり、有名すぎる曲をやっても面白くないなどの風潮もありそうだ。

 それでも部長はそういったものは全然気にしないようで、嫌みなく楽しみだと言葉をかけていた。


 そのおかげか、二人の表情も晴れていった。

 川添達が鍵盤なしの四人バンドで何が出来るかと悩んでいたのも知っているので、自分も何だか救われた気がした。


「ふふっ、本番前にヒビキと話せてよかったかもね、川添君たち」

「俺も昨日八代先輩に助けられました。みんないい人ですねほんと」


 本当にそのとおり。

 先輩方は一年のことも立ててくれるし、自然にそういうことが出来る人達。


「といっても、ライブでド下手だったら浴びるのは歓声じゃなくて罵声だけどね」

「え……」

「冗談よ。そんなことする人いないから、明日はリラックスして出来るといいわね」


 なんだ冗談か……こういう人の冗談は半分本気に聞こえるから心臓に悪い。


「奏~。終わった~?」


 部会の事後整理を待っていたのか、教卓のそばの席に突っ伏していた巴先輩が冬川先輩に声をかけた。


「あ、終わったわよ。じゃぁ行きましょうか」

「うん、帰ろ~」


 あ、帰る前に言っておかねば。

 さっきの部会での一幕。


「巴先輩、さっきはフォローしてくれてありがとうございました。冬川先輩も。おかげで命拾いしました……」


 あそこで話を切り替えてもらえなかったらと思うと……。

 冗談にすぎないとは皆わかっていただろうけど、巴先輩には感謝だ。


「あ~、一応ね~。わかってても冗談ってはっきりさせとかないと~。……でもこれで本番ダメダメだったら冗談じゃなくなっちゃうんだけどね~、ラブコメ君」


 にやりと含みのある表情で怖いことを言ってくる。

 そうなったら割と冗談じゃない。あとラブコメ君って本当に嫌だ。


「ある意味白井君が一番厳しく見られるかもね」

「冬川先輩まで……」


 最期の最後でプレッシャーをかけられ、かたまりながらガンバリマスとしか返せなかったが、そんなこちらの様子を見て二人は冗談冗談と笑った。

 ……冗談でも心臓に悪いんですって。


「よし、そろそろ教室閉めなきゃいけないから行くか。もうみんな帰ったな。飯行く? 残った六人で」

「ヒビキの奢りならいく~」

「いや六人は冗談キツいって」


 結局その後、自分と部長、冬川先輩、巴先輩、川添、椎名と、異色のメンバーで夕飯を食べにいった。

 先輩の計らいに一年男子勢の本番への緊張もすっかり解かれ、いい形でライブを迎えられそうだ。


 ちなみに巴先輩の冗談は結局本当になり、部長は六人分の食事代を出した。

 俺は忘れない。支払う時に少しだけためらって諭吉さんを出した男の背中を。






 隠しトラック


 ――粛清 ~駅前和食チェーン店にて~


「うわ~、めっちゃ緊張してるね~、あれ」

「……誰でもああなりますよ、あれ」

「四人席しかないからねこの店~。なら面白いテーブル割りしないと~」

「冬川あいつらと話したことないだろうし、あいつらも乗り越えなきゃな」

「いや、夕飯食いにきて試練与えられるのも……」

「川添はまだアレだが椎名なんて特に免疫なさそうだしな」

「ね~、一年生男子って感じ」

「……弄んでません?」


 ――10分後


「お、あっち見て~、結構慣れてきたみたい~」

「あ、ほんとだ。普通に会話してますね」

「まぁ冬川、話せば普通のめっちゃいい人だからな」

「そのギャップがまた可愛いよね~。そりゃモテるって~」

「……そういえばすごい数フったみたいな」

「あ~、何人なの? 実際。巴知ってる?」

「秘密だよ~。ごにょごにょ」

「「え、マジ!?」」

「声落として~」


 ――10分後


「あ、奏~。話弾んでる~?」

「……とも、ヒビキ。余計なこと言わないの」

「「は、はい。すいません」」

「……なんかお二人こればっかですね」

「……白井君も。余計なこと聞かないの」

「は、はい! すいません! ッス!」

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