幕間 眠り姫と氷の世話役 前編

 

 ライブも間近と迫ってくるとスタジオも人で賑わってくる。

 とはいえ朝から人は早々いないし、月無先輩も珍しく朝練習をしていなかった。

 少し残念な気もしたが、自分の練習に打ち込むいい時間になった。


 練習を終え、二限の終わりに部室に来ると、鍵の保管所に軽音楽部のものはない。

 月無先輩だろうか、この時間に部室に来る人はそう多くないはず。


 軽音楽部の部室の前まで来ると……妙なことに気付く。

 ドアのすりガラスから光が漏れていない。電気も点けずに誰だろうか。

 まぁ大袈裟か、なんて自嘲しつつもゆっくりとドアを開けた。


「お疲れです~……」


 挨拶をしながら開けてみても、誰もいない。

 ……いや。誰かいる。ソファーに。

 間違いなく寝ている。女子が。


 誰かわからないのでチラッと覗きこんでみる。

 顔はうずもれていて判別できないし、茶髪気味で少しクセっ毛、そんな特徴にに心当たりもない。……誰だマジで。


 メガネが置いてあるということは普段メガネの人だろうか。

 そんな人いたか……? 不肖メガネ好き白井、いたとすれば把握しているはず。

 不測の事態に一旦部室を出て思案した。


「誰だ今の……」


 全然知らない先輩。困った。

 別にどうというわけでもないが……困った。

 起こすわけにもいかないし、初対面の先輩が寝てる環境に居座る勇気はない。

 なんでこんな時に限っていないんだ月無先輩……!


 スタジオに戻ろうにも何か面倒、かといってスタジオや部室以外に居慣れた場所も学内にはない。食堂やラウンジに一人で座するなんてもってのほか。

 部室の扉の前でそうこう考えていると、


「お、白井君おはよ~」


 はい来ました救世主メシア。本当に助かります。


「ってか何してんの? 部室の前で」


 そりゃそうだ。挙動不審にしか見えなくて当然だ。


「いや、誰か寝てて」

「寝てる? あ、わかった。大丈夫大丈夫。はいろ?」


 心当たりがあるのか、何にせよ助かった。

 少し大袈裟だが危うく学内で路頭に迷うところだった。


 扉を開けると月無先輩は寝ている人の顔を覗き込んで確認した。


「あ、やっぱりともえさんだ。深夜練だったから多分そのまま来て寝たんだ」

「深夜練?」

「うん、代表バンドの。あたしも午前中家で寝てた」


 なるほど、だから朝スタジオに来てなかったのか。

 しかし誰だ? 巴さん? この人知らないぞ。


「あれ? 知らない? ボーカルだよ」


 あぁボーカル……とはいえ見かけた記憶が全くない。

 多分PRイベントで見た以来だし、何より舞台上ではメガネを掛けていなかった。


「ま~普段見掛けない人だから。寝かしといてあげよ」

「あ、はいわかりました。起こすつもりもないですけど」


 結局少し釈然としないまま部室に入っていつも通りの場所に座った。

 何かやろうぜといつものごとくゲームをせがむ月無先輩を制して、とりあえずパン喰らう。

 いったんゲームが始まると次の授業開始ギリギリまでノンストップになることはわかっている。ここはいくらぶ―垂れても聞きませんとも。


「むー、早く食べて~」

「食べる時くらいゆっくりさせてくださいよ……」

「師匠を待たせるなんて弟子失格だな!」

「どんなワガママ師匠ですか……」


 このやりとりも慣れたものだ。

 ふてくされるのが可愛いから、わざとやってるところもあったりする。


「君たち仲いいね~」


 まぁ確かに仲はいいのかもしれないですけ……ん?


「あ、起きた!」

「おはよ~めぐる~」


 声の方向に目を向けると……。

 先程まで寝ていた例の方がニヤニヤとこちらを見ているではないか!

 しかしまずは起こしたことを謝らねば。


「す、すいません、起こしてしまって」

「いいよいいよ~、結構寝れたし~。なんだか微笑ましいやりとりが聞こえちゃったからさ~」


 う……微妙にばつが悪いというか居づらいというか。

 初対面の方にあまり見られたくない場面をいきなり見られてしまった。


「そういえば君初対面だよね?」

「一年の白井君ですよ! あたしの弟子です!」


 うん、そういうのは自分で言いますから、師匠。

 先輩の名前は、そういえばさっき月無先輩が言ってたな。


「巴先輩、ですよね? 一年鍵盤の白井です。よろしくお願いします」

「お~、いきなりファーストネーム呼びとは白井君はプレイボーイかな~?」

「え……? あ、すいません! てっきり苗字かと」


 苗字じゃなかったのかい! ヤバいよやらかしだよ。


「冗談冗談、知らなくても無理ないよ~。私は君のこと知ってるけど。巴でいいよ、苗字あんまり好きじゃないんだ~」


 あぁよかった。

 しかしなんだかマイペースというか。例の如く知られてるし。

 八代先輩もからかってくるけど、それとはまた違ったつかみどころのない人だ。

 若干苗字が気になるが、初対面の先輩にズケズケと質問するのもよくないか。


「巴さんは隠しキャラだから! 白井君ラッキーだよ。ふふっ」


 月無先輩と巴先輩は顔を合わせてねーと笑った。

 察するに、学校にあまり来ない人なのだろうか。

 見落としていただけかもしれないが、部会でも飲み会でも見かけた記憶がないし、本当にPRイベント以来だ。


「まぁ私に遠慮しないでいいよ~。二人でゲームするんでしょ?」


 そう促されるが微妙に困る。

 本当に気にしないのだろうが、初対面の先輩を前にして、ゲームに興じるのは後輩としていかがなものか。

 とあれこれ思案しているこっちを尻目に、月無先輩は何をやろうかなといつもの調子でゲームを選び始めた。


「うむぅ、迷うね。スマブラとギルティはいつもやってるし白井君嫌がるし~、バイオはこの前やったし~」

「嫌というわけでは……。何にしましょうかね」


 気をつかってくれてるのはわかるが遠慮することもないのに。

 というかいつも遠慮なくサンドバッグにしてるじゃないか。

 ……とはいえちょっと放っておいてみよう。四つん這いで選んでる姿が可愛い。


「二人はよくゲームしてるの~?」


 ソファーでだらける巴先輩が話かけてきた。


「そうですよ~。白井君そこそこ強いんで楽しくって!」

「あはは、めぐる強いもんね~」


 先輩に尻を向けたまま返事をするな……。

 自分も何か話した方がいいだろうか。というかなんとなく自己弁解した方がいい気がする。練習サボってると思われるのはやはりアレだ。


「鍵盤教えてもらう傍らサンドバッグにされてます」


 多少ユーモアを交えつつ練習もしてるアピール。

 小心者にはこれが限界だがきっと心証は悪くはならないはず……!


「へ~、そっか~」


 え、それだけ……か。まぁそんなものか。

 それにしてもこの人、すごく覇気のない喋り方のせいで妙に調子が狂う。

 会話のペースは絶対握れないタイプだ。

 他の先輩もみんなそんな感じけどその比じゃなさそうだぞ。


「よし、これにしよ。カービィ」


 と、選び終わったようだ。

 先輩が選んだのは星のカービィ64。

 やったことあるが相当昔。小学校低学年のころだったか。


「64のですか、随分古いですね。部室にWiiあるんですし、毛糸とかもっと最近のとかないんです?」

「あるけど~、なんとなく? これ大好きなんだよね。交代交代でやろ!」


 古き良きに触れるのもいいか。中々やれる機会もないし。


「あ~、カービィ可愛いよね~」


 お、巴先輩もカービィわかるのか。


「巴さんもカービィ好きなんですか!?」

「うん、可愛いよね~。64のはやったことないけど~」


 おぉ、それならちょうどいいチョイスだ。オーディエンスが好きなものなら、やっていても印象は悪くないかもしれない。

 ゲームをしているという事実に変わりはないがまだマシな気になれる。

 

 ゲームを開始し1ステージ目が終わり自分の番に。

 クリスタルちゃんと回収してねと釘さされつつコントローラーを渡されたタイミングで部室の扉が開いた。


「あ、かなでだ~。どうしたの~?」


 代表バンドの冬川ふゆかわ先輩だ。

 この方もほぼ初対面、喋ったことはほとんどない。


「どうしたのってあなた……。連絡しても来ないから探したんじゃない。寝てるかと思って部室来てみたら案の定だし」

「起きてるよ~?」

「起きてるとかじゃなくて、連絡返しなさいよ。また三限サボる気だったの?」

「あ、ごめんね。さっきまで寝てたから気付かなかった~」

「やっぱり寝てたんじゃないの……」


 入ってくるなり始まる気の抜けたやりとりに面を食らってしまった。

 月無先輩は見慣れた光景なのか笑って見ているが、正直自分には何がなんだか。

 これはいつものことなのだろうか。


「ごめんね、めぐると~……」

「あ、白井です、お疲れ様です!」


 今度は迅速に……と自分から挨拶をする。

 何故かこの部に入って以来こんなんばっかりな気がする。


「ふ~ん、君が白井君ね。ごめんね二人とも邪魔しちゃって。ほら、とも、行くよ」


 ……何だろうこの感じ。

 自分のことを知っていてくれたようだけどなんだか値踏みされるような。

 何か目をつけられるようなことしただろうか。


「え~、今日は部室で過ごす~」

「何言ってるの……。あなた今年はちゃんと単位取るって約束したでしょ」

「一日くらい平気だって~。……ほら! 後輩とコミュニケーション」


 やりとりでうすうす気づいてたけど、巴先輩はダメ人間の類じゃないかこれ。

 問答が終わりそうにもないので、ずっと笑ってる月無先輩に説明を求めた。


「先輩、これどういう状況なんです?」

「うん? あ~、いつものことだよ。巴さんは眠り姫で~、カナ先輩はそのお世話」


 なるほど……本当にいつものやりとりのようだ。


「不本意だけどね。この子、昔からこんなんだから。今もバンドがない時は寝てばっかり」

「いえ~い、眠り姫で~す。ま、寝る子は育つってさ」


 うむ、今気付いたが確かに育っている。

 デカい、けしからん。そしてメガネ超似合う。

 なるほど、巴先輩がどんな人かは大体わかった。

 冬川先輩もクールな印象だったけど、今のやりとりを見る限り、そんなことないのかもしれない。


「はい、じゃぁコミュニケーション終わり。授業行くよ。準備」

「え~、いいじゃん今日くらい~、奏ももっとお話しようよ~。深夜練開けで授業とか気ぃ狂ってるって~」


 ……本当にダメだこの人。

 月無先輩と同じでステージ上と全く違うタイプだ。

 しかも結構よく喋るわりには覇気のない声でマイペースだから、毒気も抜かれるというか脱力してしまうというか。

 自分が苦笑いしているのがよくわかったし、冬川先輩もひときわ大きいため息をついていた。


「まぁまぁ、深夜練開けですし、カナ先輩もゆっくりしていきましょうよ!」


 うん、月無先輩もやっぱり授業の優先度低いな。困った困った。


「……今日だけよ、とも。明日からちゃんとでるわよ」

「わかったわかった。明日からちゃんと本気出すって~」


 あぁ、聞いたことがあるぞこれ、絶対出さないヤツだ。

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