何でもない一日 前編
六月下旬 大学構内 部室
「あら~」
何故だ……。
「あらあら~」
わからない……。
「あら~、また勝っちゃったわ~」
「吹先輩強過ぎです~……」
全く理由がわからない。
「何でそんなに上手くいくんですか?」
「何ででしょうね~」
部室で繰り広げられるぷよぷよ大会。
自然に集まった面子でそれは行われていた。
床に座る春原先輩と夏井、そしてソファーには謎のラッキー連鎖、幸運を超えた奇跡を起こし続ける癒しの像こと秋風先輩。
誰でもできるしキャラクターも可愛いと四人で始めたこのゲーム、月無先輩も今はいないしいつもの戦場感はない。
「吹先輩、めぐるちゃんでも勝てない」
修羅さえ屠ると言われる女神には全く歯が立たない。
……いや自分もそこまで強くないけど、ここまで差がでるゲームだったかこれ。
「うふふ、じゃぁ交代ね~。はい、スーちゃん」
「スー先輩そのキャラ好きですね! 可愛いですよね、シゲ!」
「……シグだよ」
それでも楽しいし、みんなも楽しんでいる。
春原先輩もぷよぷよが好きらしく、男の子のシグが大のお気に入り。
夏井は例の如く色んなキャラを見ては可愛いと喜んでいる。
ちなみに秋風先輩はマスコットキャラのカーバンクルを使う。
……それが何故かまた怖い。そこはかとなく。
「わ、わ……。あ! 勝っちゃいました!」
「負けた……」
勝ったり負けたり一喜一憂、そんな風にぷよぷよで楽しむ。
これだ、これこそがみんなでわいわい楽しくやるゲームの魅力だ。
というか月無先輩とのいつものは戦闘訓練の類だ。
「白井君次やろう」
スマブラの時もそうだったが、春原先輩は意外とゲーム好き、というか割と好戦的だったりする。
圧倒的に弱いが手加減無用と戦闘意欲旺盛な春原先輩、操作がよくわかっていないがとにかく楽しそうな夏井、時折女神による圧倒的蹂躙を受けることはあれど勝ち負けを気にせず楽しく。
そんな平和な時間が過ぎ、勢いよく部室の扉が開いた。
「あ、ぷよぷよやってるー!」
あ、あぁ……つかの間の平和だったようだ……。
修羅降臨でございます。
「あれ、夏井ちゃんだよね! 部室では初めましてだ!」
「は、はい! お疲れ様です! 夏井です!」
そういえばこの二人、ほとんど喋ったことがないと言っていた。
自分や林田の出来事を思い出すと初絡みがゲーム中なのはなんだか不安だ。
「そんなにかしこまらなくて大丈夫! 夏井ちゃんとはお話してみたかったんだ~」
「こ、ここ光栄です!」
目に見えて緊張しているのが面白い。
いやでもこの前あんだけ俺に月無先輩のこと質問したろ。
その時の勢いはどこにいったんだ。
「なっちゃんって呼んであげて」
「わかった! なっちゃんだね!」
そして月無先輩はソファーに座った。
似た者同士だし、早速雑談を始めているあたりすぐに仲良くなりそうだ。
「あたしもぷよぷよやろっかな! 白井君勝負しようぜ~」
背後から元気な声でそう聞こえた。
ほら来たよ、
振り返ると笑顔の修羅、正直どれくらい強いのか把握してからやりたい。
またわけのわからない初見殺しのような目にあうのは何か嫌だ。
特に秋風先輩と春原先輩には負けるところを幾度となく見られているので「白井=何やっても勝てない人」みたいに思われそうで何か嫌だ。
たかがゲーム、とは月無先輩の前で割り切ることすら許されないのも何か嫌だ。
「お、俺は見てますよ。さっきまで結構やってましたし」
尊厳を守ろうとした逃げの一手。皆さんで楽しんでくださいよと妥当性を付与し、プライドを守るための誇りなき敵前逃亡。
それだけが今の自分にできることだった。
ふ、これは意外だろう。困れ。
みんなで楽しむという名目、いくらあなたでもそれを壊すわけにもいかな……。
「何だ逃げるのか?」
お?
「負けることが怖いのか?」
おぉ? 何だこのキャラ。
「負け癖が染みついてとうとう戦うことまで諦めたか?」
いや誰だあなた。
「唯一出来ることが背を見せて逃げる、ってワケねぇ……まぁ仕方ない。惨めに怯えて震えることしかできない、君の価値はその程度だということ」
何故ゲームごときでこれほどまで……!
月無先輩は大袈裟な口調と共に立ち上がり、ソファーからテレビの前に移動した。
そして視線はこちらに向けず……まだ続けた。
「もし自分の価値が証明したいのなら……。そうだな、十秒くれてやろう。竦んで前に出ないその足が飾りでないと証明したまえ。それとも……。今からしっぽを巻いて帰るかい? 白井健!」
「やってやるよぉぉ!!!」
「よっしゃやろうぜ~」
かくして因縁の対決は始まった。
「なんだったんですか今の……」
「仲良いでしょこの二人」
§
何戦かして気付く、意外なことに月無先輩はぷよぷよがそこまで強くない。
強いには強いが、少なくとも大会出場者などの次元の違うレベルでない。
結局勝利できぬまま続いているが、自分もかなり慣れてきてからはほとんど善戦で追い詰めることも多かった。
気付けばみんな熱中して観戦し、いい勝負の連続を楽しんでいた。
「あ、惜しかったです~。もう少しでしたね!」
「ふ~、危な~」
月無先輩に危ないとまで言わせたのは自分にとって大きな一歩だ。
そして迎えた10戦目。
「あ! 白井君が勝ちました!」
ついに勝利を導いた。
月無先輩に対して、入部してからの初勝利だ。
しかし無邪気に喜んでいいものか……。
月無先輩が一度負けた後に起こった惨劇はこの身に深く刻まれている。
……また破壊神にならんよな。
恐る恐る先輩に目を向けると、
「ま、負けただと……。この私が……!」
そのキャラまだ続いてたのか。
しかし破壊神が顕現なされる様子もない。
「やっぱ楽しいね! こう、極限下の命の削りあいみたいなかんじ!」
言っていることは相変わらず戦狂いのそれだが、本当に楽しそうだ。
なんでも覚醒するのは絶対的な自信があるゲームの時だけで、ぷよぷよは人並みと割り切っているらしい。
「ぷよぷよまず吹先輩に勝てないしな~。あれどうなってるんですか?」
「う~ん、どうなってるんだろうね~」
理由はわからないが、どうやっても秋風先輩にはたまにしか勝てないらしい。
自分が勝ったところが自然と一区切りになり、月無先輩はコントローラーを置いた。
「なっちゃん、こっち!」
「……? なんですかー?」
「いいからいいから!」
再びソファーに座り夏井を呼んだ。
隣に座らせ何かを始める。
「白井君、私とやろ」
背後のその様子が気になったが、小さな
断る理由もないし、春原先輩との対戦は何故か安らぎを感じるので、先程の緊迫感の中で削られたものを癒すいい機会だ。
春原先輩とぷよぷよを続ける中、背後から声が聞こえた。
「こうしてこうして~」
「今どうなってますかー?」
「うふふ、可愛いわよ~」
何が起きているんだ……!
しかし後ろを確認しようかという素振りをすると……。
「白井君、集中」
小動物の制止が入る。
「スー先輩って結構ゲーム好きですよね」
「うん、楽しい」
しばらくそうやって、後ろから聞こえてくる声を聴きながら春原先輩とぷよぷよを続けた。
「かんせ~い」
「できました!? どうなってますか!?」
「うふふ、すっごく可愛いわよ~」
完成したようだ。
何が完成したのだろうか、すごく気になる。
ゲーム画面に熱中していた春原先輩もそっちを見たので、自分も釣られてそこに目を向ける。
「に、似合いますかね!?」
おさげになった夏井がいた。あらま可愛い。
「ほら見て白井君可愛いでしょ!」
「ま、まぁ似合ってると思います」
「ほんとですか! やったぁ!」
なんとも女子らしいやりとりだ。……自分の場違い感がすさまじい。
「あたしはこうして可愛い子を見つけてはおさげにして愛でるのが趣味なのだよ!」
……迷惑じゃないのかそれ。
「先輩っておさげ好きなんですか? なんかゲームキャラもおさげばっか好きだし」
パワプロのあおい、スパロボのフィオナ、ぷよぷよでもりんごを使っていた。
他にも今までの会話で好きといっていたキャラはおさげが多かった気がする。
「お、よくぞ気付いた! そう、あたしはおさげキャラをこよなく愛するおさげマイスター」
いや何それ。
「そ、そうだったんですか……!」
「いや夏井も真に受けんなよ……。それにしても、だったら自分もすればいいのに」
正直かなり似合うと思うが。
「あたしは見るのが好きだからね」
「でもめぐちゃん確かに似合いそうね~」
ほら女神もそう仰ってますよ。
ヘアピンで左を流したセミロングも可愛いが、そんな月無先輩も見てみたい。
いい機会なのでちょっと攻めてみよう。
「吹先輩もそう言ってますし」
「え~、なんか恥ずかしいじゃん」
人にはやるくせに……。
今日はやられる側の気持ちを味わってもらおう。
「やるんだ、夏井」
「え!? 私ですか? 恐れ多いです……!」
「私がやるわ~」
女神が名乗り出たところで観念したのか、月無先輩も抵抗をやめた。
……いやしかし。……なんだこの絵は。……美しすぎる。
女神に髪を優しく結われる美少女。
まるでルネサンス期の巨匠が描いたかのようなこの世の全ての美しさを超越したそれは何者も及ばぬ価値を持つと確信できるもの。確かに神話をテーマにした作品は多いし女神もよくあるモチーフの一つだがそれらが現実世界に降り立ったとしか思えないこの光景。全盛期のフィレンツェにもここまでの仕事が出来るマエストロはそうはいまい。美しさと可愛さの大連鎖チャンス、不肖白井、心の中でフィーバーモード。ぶっちゃけマジで土下座してでもいいから写真とらせてくださ……。
「白井君、見過ぎ」
「あ、はい」
いかんいかん、月無先輩みたいになっていた。
春原先輩に正気に戻され、目をTV画面に戻す。
「なっちゃんぷよぷよもういいの?」
「あ、じゃぁやります!」
見てるのも好き、と春原先輩はコントローラーを夏井に渡し、もぞもぞとソファーに移動して、夏井と位置を交換した。
……自分はかれこれもう30連戦くらいはしているんじゃないか。
正直休ませてほしいし、後ろに広がる桃源郷を凝視していたいんだが。
うまいこと状況に阻止されている気がする。
「やっぱり白井君強いです~」
「同級生には負けられないわ」
そんな風にゲームを続ける一年生二人。
「めぐちゃん髪さらさらね~」
「ほんとうらやましい」
「吹先輩の美しさには勝てませんよ! スーちゃんだって似合ってて超可愛いし!」
女の子らしいやりとりを続ける上級生三人。
なんと平和な時間だろうか。
やはり自分の場違い感はハンパではないが、部室ならではの落ちつく時間だった。
「かんせい~」
キタ! 待ちわびた。
夏井とやるぷよぷよも楽しかったが、正直自分はこの瞬間を待ちわびていた。
「あ、すごい似合ってます!」
「すごい可愛いわ~」
「軽音の歴史が動いた……」
「よ、よせやい」
そこまでなのか……。
ばっと食いつくように見てはよくないだろう。
あくまで自然にジェントルに、おさげになった月無先輩に目を向ける。
「白井君どう? 似合う?」
とりあえず騒ぎになるのでこれで校舎の方へ行ってはならない。
大袈裟かもしれないがそのくらい可愛かった。
口数を減らさなければ爆発してしまう。
「似合ってますよ」
「フィオナみたい!?」
いやどんだけフィオナ好きなんだ。
しかし言葉を続ければ気持ち悪いことすら言ってしまいそうなので、それ以上は続けられなかった。
「あ、写真取ろう」
写真……だと?
言葉にはできないことを込め、ありったけの念を送る。
それが通じたのか、春原先輩もこちらを見て小さく親指を立てた。圧倒的謝謝。
「こ、これが……。あたし?」
「それ言いたかっただけでしょ……」
春原先輩が撮った写真を見て、月無先輩も自身が意外に似合うことに驚いた。
「でも月無先輩何でも似合いそうですけどね。伸ばしたりはしないんですか?」
ふと本音が出てしまった。
まぁ自分が気にし過ぎなだけで普通の会話なのだが。
「ロングも似合いそうです~」
夏井もそれに同調した。元がいいのだから何でも似合いそうなのは本当だ。
「う~ん、吹先輩みたいな髪も憧れるんだけどね~。手間がかかる髪型にはしないんだ。お兄ちゃんに伸ばしてくれって頼まれたこともあるけど」
「お兄さんそんなこと頼むんですね……」
たまに話に出てくる人だ。
聞く限りでは月無先輩を溺愛してそうな感じだが、どんな人なのか。
「あたしよりゲーマーだよ! というか本物のゲーオタかな」
「めぐるちゃんよりゲームするってお兄ちゃん大分ヤバいね」
言い過ぎじゃね……まぁ何も間違いじゃないか。
「あ~仲良いけどヤバいとこあるかも」
「あるのか……」
「うん、丁度いい話題でいえば髪の話題とかね。え~っとね~……」
先輩は兄のエピソードについて語り始めた。
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