幕間 禁忌 前編
部室、それは軽音部員の憩いの場。
めぐると白井、その二人がゲームをしているのも最早いつもの風景ではあるが、ことはそこで起こる。
入部以降、この日初めて白井はめぐるを困らせることになる。
「そういえばなんですけど」
「んー?」
「月無先輩が一番好きな曲って、やっぱゼロムス戦なんです?」
「そうだね。あれが始まりみたいなもんだし」
発端は白井の好奇心。何も悪気はないし、ただの興味でふった話。
以前にFFⅣの『最後の闘い』が一番好きで、自身の原点と語られた。
それならそれに次ぐものは何であろうかという、取るに足らない疑問。
「じゃぁなんですけどー。10位までランキングとかつけたら他にどんなのあります?」
この質問が始まりだった。
「ランキング……。ランキング?」
「はい。好きな曲ランキング的な」
めぐるにしては予想外の質問ではない。
「ランキング……。好きな曲の?」
「……今そう言ったじゃないですか」
予想外の質問ではないが、非常に困る質問。
「それって全部の中から?」
「そう……ですね。じゃぁゲーム音楽全部の中から」
めぐるは非常に困惑している。
ゲーム音楽の話をする相手ができればいつか来る話題であっただろうし、ある程度予測はしていたしある種夢でもあった。
「どうしよう……。めっちゃ困る」
「え、そんなです?」
答えを用意していなかったわけではないし、めぐるとしてはむしろ喜ぶべき話題。
「あたし、それ決められたことないのよ……」
「……全部好きだからってことですか?」
「うん」
何度か考えたことはある。
考えたことはあるが、結局決め切れずに途中で投げ出してしまう。
マニアではよくあることだが、めぐるもその例外ではなかった。
「じゃ、じゃぁいいですよ、無理して決めてもアレですし」
「いや……決める。なんか決めなきゃいけない気がする」
非常に悩ましく困る話題ではあるが、めぐるにしてみれば白井からゲーム音楽の話を振ってくれたことが何より嬉しい。
めぐるはジレンマを抱えつつも、それを断ち切るべきではないとは思った。
「それって作品被ってもいい?」
「え……。じゃぁ作品被りなしで」
可能な限りレギュレーションを厳密化することによって選びやすくする、今のめぐるにとっての最善手。
そうでもしないと頭がパンクするというのが実情。
「じゃぁ……曲のジャンル縛っていい? バトル曲とか、フィールド曲とか」
「そうですね……」
ここで白井に邪念が宿った。黒井爆誕である。
そしてあろうことか要望の意図を理解した上で答えた。
「ダメです。それは別の機会にしましょう」
「むー……」
再びめぐるは困る。
そして白井はその状況を心の中で少し面白がっていた。
「ゲームのジャンルとかは? RPGで~、とか」
「ダメです。オールジャンルで」
白井も頑なである。
しかし実際はいやがらせではなく、本当にそのランキングに興味がある。
選択肢を狭めれば決めやすいのは事実であろうが、本物のゲーム音楽オタクであり、音楽自体も相当に詳しいめぐるが選ぶトップ10、それがどれだけよいものであろうかという期待があった。
「でも本当に決められないよう……」
「……わかりました、じゃぁこうしましょう」
少しかわいそうになってきたので白井はある提案をした。
「ランキングじゃなくて十選ってどうです? これなら順位とかじゃないですし」
「十選……。後から変わってもいい?」
「いいですよ」
「お、おぉ。それならなんとか」
十選ならば、とめぐるに光明が差す。
実際のところ、白井はめぐるが本当にオススメするゲーム音楽に興味があるだけで、ランキングでなくとも構わない。
「いや、ちょっと困ったのが面白くて。実際いい曲が知りたいだけですよ」
「むー、意地悪だな! ……でもそういうことなら!」
白井の意図を知り、めぐるは喜んだ。
以前よりももっと、ゲーム音楽に興味を持ち始めたような言葉が嬉しかった。
「よし、あたしが珠玉の十選を! ……あ、それなら知らない曲の方がいい?」
「あー……。いやそこは気にしなくてもいいですよ。知ってる奴なら共感出来てそれはそれでいいですし」
ゲーム音楽の話で盛り上がれる、めぐるにとってこれ以上にない喜びであるし、白井にとってもそれは同じ。
その後あれこれと決めごとをし、めぐるのゲーム音楽十選企画はスタートした。
『めぐる・ゲーム音楽十選』 選考基準
・飽くまで本人の好きな曲とする。
・ゲームジャンル及びゲーム内の場面の制限はなし。
・ゲームの年代は問わない。
・各タイトル一曲まで。各シリーズも通算で一曲まで。
・アレンジ版は含めない。原曲のみ。
・リメイク版に関してもアレンジと同様の扱いとする。
・アレンジ版、及びリメイク版に選評の中で触れることはよい。
・主題歌はなし。
・アーケードゲームはサウンドトラックが発売されているものに限る。
・状態異常発症歴のある曲はなし。
「ふー、こんなもんですかね」
「オッケー、これならいける」
無駄に真面目に決められたレギュレーションを紙にまとめた。
めぐるはその紙を嬉しそうに見つめた後、大事に鞄にしまった。
「よし、じゃぁバンド練行ってこよう!」
「あ、今日スタジオ練って代表バンドでしたっけ」
「うん、だから明日は十選間に合わないかも。ちょっと時間ちょうだい!」
「すいません時間奪っちゃって。支障ないですか?」
支障がないといえば嘘になる。
めぐるにとって一番時間がかかる作業の可能性も大いにある。
代表バンドである以上、本番のライブが終わるまでは出来るだけそういったことは避けるべきかもしれない。
それでも、何事にも勝るほど、めぐるは今回の件が嬉しかった。
「師匠の心配するなんて百年早いぞ! 大丈夫! じゃ、行ってくるね」
そう言ってめぐるは部室を後にした。
§
代表バンドの練習が終わり、機材を片づけている最中、めぐるはずっと上機嫌に鼻歌を歌っていた。
その様子を見ていた秋風がにこやかに話しかける。
「めぐちゃんなんだか今日とっても嬉しそうね~」
「あ! わかっちゃいます?」
代表バンドメンバーの中でも、めぐるは春原と同じく二年生としてとても可愛がられていて、他のメンバーもそれを微笑ましく見ていた。
「今日はいい日ですよ~! 家に帰るのが楽しみで! ……いや、帰るまでもですね!」
「へ~、何があったの~?」
「大方新作ゲームの発売日かなんかだろう」
秋風の質問に氷上が続ける。
新作の発売日はいつも機嫌がいいので氷上にすれば確信した予想だ。
「むふふー、氷上さん、甘いですよ!」
「……ほう」
「今日はそれ以上にいいことです!」
しかしめぐるにとって、新作ゲームをやる以上に嬉しいことだった。
ゲーム音楽の話をする、ただそれだけのことがゲームをすること以上に。
「え~、気になる~」
秋風はめぐるがどうしてそこまで嬉しいのか気になったし、めぐるにとってゲームよりもいいことなど、その場の誰にも心当たりがなかった。
「う~ん、内緒!」
内緒と笑うめぐるに一同色々な予測を立てる。
一体何故ここまで嬉しいのか。しかも、ゲームに勝る程。
「彼氏でも出来た?」
同学年という距離の近さ故か、春原が思い切った質問をした。
他のメンバーもひょっとしたらというところがあったか、めぐるに目を向けた。
「あぁ、それはないない。時間の無駄」
あまりの即答ぶりに一同唖然とした。
時間の無駄とまで言い切る様に、人によっては誰にとは言わないが同情してしまう、そんな断言。
結局誰も答えに見当をつけられず、その場はそれで流れた。
バンド飯はバイト等で人が集まらないのでそのまま解散となり、めぐるも挨拶をしてすぐに帰った。
§
「なんだったのかしらねー」
「全然わかりませんでしたね」
帰りの電車内、春原と秋風はめぐるの様子がまだ少し気になっていた。
「でもよかったですね、彼氏じゃなくて」
「そうね~。危なかったわね~」
「……え?」
何が危なかったのか春原は戦慄するが、なにも聞かなかったことにした。
§
帰宅し夕飯も早々に済ませると、めぐるは自室で早速十選を決める作業に入った。
「十選……。十選かー。とりあえずこの曲は絶対だよなー」
真剣ながらも期待に胸を膨らませて顔がほころぶ。
嬉しさのあまり、それが曲を選ぶ思考を鈍らせてしまうほど。
「あんまりマニアックなのはアレだよなぁ。でも何でもって言ってたしなぁ。でもPSG音源はまだ白井君には早いよなぁ」
白井が喜びそうな選曲を、大好きな曲を聴き返しながら選んでいく。
「う~ん困った。一作品一曲か。ロックマンだけで十曲選んじゃダメかな……」
レギュレーション通りに、選んでいく。
実際どのタイトルでもシリーズであればそれぞれ十曲選べるくらいには候補があり、タイトルの中から絞るのも一苦労。
「よし、じゃぁプレイ中に感動したものにしよ」
自分の中で改めて選考基準を決め、作業を続ける。
「うん、カービィならこの中からかな。でもどれにしよう、古いのばっかでもアレだしなぁ。ロボボプラネットの曲もいいしなぁ。でも毛糸もいいしなぁ。でもやっぱ定番のスーパーデラックス? 64も……」
感動したものと選出しても、いい曲が多いシリーズでは毎回感動しっぱなし、結局元の木阿弥である。
「『火炎狐に氷の刃』か、定番の『熱血マン』か……。あぁっでも『夕焼けウォント・ユー』も最高すぎて。ってかこのゲーム神曲多すぎでしょ。はぁ最高……がんばりすぎだよゴエモン」
タイトルを絞ってもまたその一作品の中で迷ったり、聴き返しながら思い出と曲の良さにトリップしたりと……。
「『Trap Factory』か『スネークマンステージ』かジェミニマンかX6のボス戦か。9のワイリーステージ2も捨てがたい……。『怪盗マリノ』か……エグゼ4のナビ戦も……。ぐっ、ここは……『Trap Factory』!」
白井のためとはいえ、めぐる自身も本当に楽しみながら、時間は過ぎて行った。
「うし、こんなもんかな。……あれ、もうこんな時間。寝て明日に備えないと!」
時間を忘れる程楽しんで決めた十選。
どんな反応を示してくれるだろう、どんな話に広がるだろうか、めぐるは明日の発表を心待ちにして、眠りについた。
「……どうしよう、楽しみ過ぎて寝れない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます