幕間 イノセント・アサルト 前編


 授業が終わり、練習もひと段落ついたので切り上げた午後。

 月無先輩に勝つべく、部室でギルティ・ギアを練習。

 今日は月無先輩もおらず、コンピュータとの実践練習が捗る……ハズだった。


「あ、今度の敵はヨーヨー持ってますよ! ヨーヨー! この子可愛いですね!」


 隣には何故か夏井が座っている。

 一人でゲームをしていたところ夏井が部室に登場、面白そうだから見させてくれと言ってきたのだ。


 昨日代表バンドの練習を一緒に覗いた時もそうだったが、あまり距離を気にしないようで、遠慮なく横に座ってくる。

 嫌というわけではもちろんないが、月無先輩と似た遠慮のなさが気恥ずかしい。


「あ、また勝ちです! 白井君ゲームも上手いんですね~。でもさっきの子可愛かったのに……」

「あのキャラ男だよ」

「え!? お、男の娘……」


 画面内に一喜一憂する様は面白いし、素直に褒めてくるので悪い気はしない。

 でもそもそも何故部室に来たのだろうか。


「部室に何か用事あったんじゃないの?」


 すると夏井ははっとしたような反応を示すが、特に何も言わない。


「何ででしたっけ……。あ、私のことはいいので続けてください!」


 ……理由ないのか?


 しばらく何でだっけなどと独り言を言っていたが、結局さしたる理由もないのか、まぁいいかと開き直っていた。

 色んなキャラがいるのが楽しいようで、折角だからと順々に各キャラと闘えるキャンペーンモードを続けていると、何戦目かに憎き宿敵であるポチョムキンが現れた。


「わぁ……。おっきいです……」


 いやお前それは……。

 ちょっと危ない反応だが初めて見た感想としては妥当か。


「あれ腕ですか!? 私くらいありますよあれ!」

「もっとデカいんじゃね」

「あ……!」

「……何?」

「思い出しました! 吹先輩がよく部室に行くって言ってたので来てみたんでした!」


 まるでポチョムと秋風先輩が繋がったような思い出し方はやめていただきたい。

 しかしそういうことか、理由という理由が本当になかったようだ。

 憎きポチョムを倒したところで、一旦休憩を入れた。


「あれ、終わっちゃうんですか?」

「うん、指痛くなるから休憩」


 何か話題はないか……あ、そうだ。


「そういえば昨日アドリブの話あったでしょ」

「あ! ありましたね」

「月無先輩に訊いてみたら、まだ早いから今はとにかくコピって練習しろってさ」


 言われたことをかいつまんで説明すると、夏井がはっという反応を示した。


「私も昨日冬川先輩に同じようなこと言われました!」

「あ、そうなんだ。じゃぁやっぱりそういうことなんだね」

「あと憧れの人を見つけて、真似するといいそうです! ……あれ、音だっけな」


 やはり真似しているうちに身に着くということか。

 憧れとは目標に定めることか、恐らく夏井は話し下手なので補填しつつ理解した。


「やっぱわかってる人は同じこと言うんだね。冬川先輩もカッコよかったよなぁ」

「そうなんです! スラッとしたモデル体系に流れるような黒髪! はぁ……。憧れます~……」

「はは……。そっちかよ……。冬川先輩ってどういう人なの?」


 冬川先輩とは全く話したことがない。

 スタジオで見かけることはあっても会話になったこともなく、凛々しい見た目の印象から近寄りがたい空気を感じていた。


「カッコいいです!」

「いや情報増えてないよねそれ」


 抽象的すぎて何も伝わってこない。


「ん~……。くーるびゅーてぃーって言うんですかね」

「冷静な感じ?」

「そうです!」

「大体わかった」


 何だろう、このポンコツ感。

 感情先行型の夏井からはこれ以上の情報は得られなそうだ。

 見た目通りの性格をしている方なのだろうと予測しておくことにした。


「でも憧れの音ってどういうことなんでしょうか。私吹部上がりでバンドって詳しくないので……」

「俺もそういうのいないかなぁ……」

「へ? 月無先輩がいるじゃないですか。」


 いやプロの話じゃないのか。何か色々とごっちゃになってそうだ。

 ……しかしある意味的を射ているかもしれないし、むしろ正解かもしれない。

 鍵盤奏者のプロでイメージはわかないし、実際に月無先輩に憧れて入部した。


「鍵盤っていう意味では確かにそうかも」

「そういう人が身近にいてうらやましいです!」

「でもそれなら夏井もそうじゃない? 種類違ってもサックスならスー先輩がいるじゃん」

「あ、確かに……。私も身近にいました」


 ポンコツというよりやはり天然か。

 でも二人とも同じように、身近にそういう人がいるのは幸運かもしれない。


「先輩に恵まれてる気がするよね」

「そうですよね! 八代先輩にもすごくお世話になってますし!」

「氷上先輩が言ってたよ。八代先輩が一年生のこと考慮した選曲してくれてるって。俺達のために組んでくれたバンドでもあるのかもね」

「へ!? そうだったんですか……。本当に恵まれてます」


 互いの境遇を喜び合う感覚はいいものだ。

 二人とも、バンドだけでなく部活動での環境はすごく恵まれている。

 夏井も昨日のホーン会議は勉強になったようだし、バンドの違う冬川先輩や秋風先輩にもいろいろアドバイスがもらえたようだ。


「あれ? 白井君携帯鳴ってますよ」


 『着信 川添』


 ……何故だろうか、この前の異端審問のせいかイヤな予感しかしない。

 スタジオで会ってそのまま遊びに行くとかする時は全然気にならなかったが、呼び出しとなると少し身構える。


「もしもし」

「あー白井? 今みんなでマ○ックにいるんだけど!」

「……俺なんかした?」

「いや違うって! ダベろうぜってだけ!」

「わかった、後で行くわ」


 今は疑義をかけられることもなく、あの件以降は良い方にしか言われていない。

 考え過ぎか、切り替えよう。


「川添君ってドラムの人ですよね。どうしたんですか?」

「いや、マ○ックにいるから来いってさ。いつものメンツでダベるだけだと思う」


 大概誰かの門限、最悪誰かの終電の時間までグダグダとダベるだけの集まり。

 お金があまり掛からないある種節約的な遊び方で、一年男子では恒例。

 先日の異端審問の後は特に、その時にいた五人が揃うことが多かった。

 ……えん罪が深めた仲というのもバカらしい話だが。


 というわけで、とゲームの電源を切り支度を始めた。


「私も行きたいです!」

「え!?」


 予想外にも夏井が同行したがる。


「ダメですか?」

「いや、ダメじゃないけど……。男しかいないよ?」

「同級生だけで集まってみたかったんです! 大学生ってかんじで楽しそうじゃないですか!」


 一年生だけで集まった機会も確かにそう多くないし、好奇心の強そうな夏井なら当然の反応か。

 しかしあのメンツの中に夏井を放り込むのは若干のためらいがある。


「ダメ……ですか?」


 ……うわめっちゃ行きたそう。子犬みたい。


 しかもまるで無邪気なので無碍にすることもできない。

 月無先輩もそうだが、こういう類の人の頼みは断りづらくて困る。


「じゃぁ行こうか。でもほんとしょーもないから期待しない方がいいよ?」

「大丈夫です!」


 まぁさっきまでの様子を見てると勝手に楽しみそうな気もする。


 §


 トレーを持って店の二階で待つ川添達の元へ。

 夏井はあまりマ○ックに来たことがないらしく、メニューにすら一喜一憂。

 レジは運よく空いていたため目立ちはしなかったが、微笑ましい光景とはいえ店員も自分もちょっと苦笑いだ。


「おー白井! と……夏井ちゃん?」


 合流するなり川添が早速驚いた。まぁそうだろう。


「じょ……。女子……だと?」


 いやその反応はどうだ椎名よ……。


「わたしは一向にかまわんッッ!!」


 だから刃牙バキかお前は。小沢海王か。


「オレ……オレ……。……林田!」


 うるせぇバカ。


 川添、椎名、小沢の三者+バカ、それぞれの反応が見れたところで席に着いた。

 夏井は面喰らうわけでもなく嬉しそうだ。


「たまたま白井君と一緒にいたので付いてきちゃいました!」


 連れてくるのが躊躇われた理由は、またあらぬ誤解が生じる可能性である。

 夏井も夏井で天然なところがあるので、いらぬことを言わないか心配になる。

 発言を吟味するタイプではないのがまた怖い。


「あ~、同じバンドだもんな」


 川添のファインプレーによって第一関門突破。まぁ警戒し過ぎだったか。

 よく考えれば秋風先輩の救済によってこいつらの邪気は祓われた。

 ダベるといえど下世話な話が人を対象にするようなことはなくなったし、心配することはなかったかもしれない。


 特に何事もなく音楽の話題などで盛り上がった。

 最近の一年生の練習態度の向上や各バンドの進捗など部活らしい話題、生産性のある話が続いていた……ハズだった。


「白井君って月無先輩のお弟子さんなんですよね? 月無先輩ってどういう人なんですか!?」


 ほら来たよ……。男子全員がピクッとなる。

 この前の異端審問以来、タブーではないがデリケートな話題になっていた。

 何にもないとは理解しつつも、触れるべきではないと判断してくれていたようで、その日から今日まで、月無先輩の話題を振られるようなことはなかった。


 とはいえ事情を知らない夏井からすれば単純にただ先輩の話に過ぎないし、自分にとっても同じ鍵盤パートの先輩でよく接するというだけだ。


「明るい人だよ」


 緊張が悟られないように一言で。


「話すとってことですか? 演奏中はすごくクールに見えますよね!」

「うん、すっごい喋るよ」

「そうなんですか!? 私もよく喋るって言われますけど、それよりですか!?」

「あ~……。同じくらいじゃないかな」


 しばらく月無先輩に関しての問答が繰り返されるのを、男子三人はその様子を黙って見ていた。

 川添がそろそろ解放してやれというような顔をしている。

 椎名も心配そうな顔を向けてくるし、小沢に至っては何かに祈りを捧げている。

 バカはひたすら人のポテトを食っている。


 ……というかお前らもお前らでこの前の一件を気にし過ぎだ。


「ゲーム大好きなのですか……! 意外な面が明らかになりました……!」


 夏井は夢中で質問を続けその様子に全く気付かない。

 どうでもいいような話題ばかりなので今のところ大丈夫だが、とにかく質問量が多いのでそのうち微妙な話題に当たりそうなのが怖い。

 正直話題を変えたいが全く以て無邪気であるのと、時折部活の重要なことが挟まれるせいで、切り替えづらい。

 なんとか活路を……少しだけずらしてみよう。


「しかしそんなに月無先輩のこと知りたいの?」


 男子三人には暗に勘弁してくれと言ったのが伝わったようで、話題が変わることを期待する目をした。


「だってあんまり話したことないので! ホーンの先輩方やバンドの先輩方はよく話すのですが……。それに白井君、月無先輩ととても仲良いって聞いたので!」


 あぁ……割と真っ当な理由だ。

 余計に話題が変えづらくなってしまった。一同の落胆ぶりも目に見える。

 ほらほら小沢、目を伏せている間にお前のポテトが盗られたぞ。


「でもあんな美人の先輩と二人きりで指導ってドキドキしそうです!」


 おっとスレスレだ、非常にマズい。

 言葉を間違えればあらぬ方向に行く。


「ま、まぁ何もな……」

「好きになっちゃったりしないんですか!?」


 言葉を選ぶまでもなく遮られた。

 「それ聞いちゃうの?」という視線が夏井に集まった。

 しかしこの前の異端審問の経験は無駄じゃない。悪気のない取り調べに冷静さを失わずこちらも返してみせますとも。


「部活のことで精一杯なんだからそんなこと考える余裕なんてないよ。月無先輩そういうの嫌いそうだし」


 よくやったと聞こえてくるようだ。川添達も頷いた。


「そうですよね……。私達もっと頑張らなきゃですよね」

「そうそう、それに気付いてから俺達もスタジオによく行くようになったんだ」


 ……フォローはありがたいが下手くそすぎるぞ椎名。

 しかもお前スタジオじゃボーカル練習しづらいってあんま来ないだろ。

 そんなことよりとっくにお前のポテト喰い尽されてることに気付け。


「でもこの先わからないですよね! 師弟関係から発展する恋! 

 はぁ、素敵ですぅ~……」


 それで止まるような子じゃないよねこの子は。わかってたよ。

 ほらほらみんな困ってるじゃないか……そろそろマジで勘弁して下さい。


「な、夏井ちゃん、白井困ってるし。はは……」


 川添本当にありがとう。あとでシェイクおごってやるぞ。


「あ、ごめんなさい! 勝手に捗ってしまいました!」

「捗るって……。まぁいいよ大丈夫」


 なんとか収束したか、助かった。ダメージは最小限に収まった。

 無邪気な襲撃が収まったことで全員から安堵が漏れた。


 やっと安心したところでトイレへと席を立つ。

 気を悪くしたわけではないが少し場を離れて気分転換をしたかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る