時期尚早 後編

 前編の無慈悲なあらすじ


 スタジオ廊下で春原先輩、そして同じく一年生の夏井なついに会った白井。

 代表バンドの練習を夏井と一緒に覗いてその姿に再び憧れを抱き、「アドリブ」や「ソロ」という音楽技術にも興味を持つのであった。

 そして白井はいつもと同じように月無先輩に部室に連行され、パンを食おうとしたらポチョムキンバスターを食らって背骨を折られたのであった。




「やる曲のソロについてなんですけど、ちょっと教えてもらっていいですか?」

「ソロのこと? いいよ!」


 そしてたったの数分。


「なるほど……そんな感じでいいんですね」

「うん。でも一台しか使わないんだし音色切り替えの時だけは注意してね。慣れないうちは結構やらかすから。それくらいかな!」


 的確なアドバイスで抱えていた問題については一瞬で解決してしまった。

 やはりすごいなと感心し、さらに深く知るためにと、先程夏井と話し合った「ソロというもの」について訊いてみた。


「ソロってどう考えるんですか? やっぱりアドリブばっかりなんですか?」


 一番気になっていたのはアドリブに関して。

 先輩は少し考えるような仕草をして、その質問に答えてくれた。


「一口に言えないからなぁ。毎回同じフレーズ弾く人もいるし、ある程度固定で後アドリブの人もいるし。今はそこまで知る必要はないと思うよ! あたしも大学からわかっていったし」

「そうだったんですか? 意外……」

「だってゲーム音楽アドリブ普通ないじゃん。氷上さんにスケール教えてもらってから少しずつわかっていったかなぁ」

「スケールわかればってことなんですか?」


 スケールとは音階のこと。

 例外はあるが簡単に言えば、調によって決められた、12音階の中で使っていい音。

 すると先輩はまた少し考えてから話し始めた。


「一応ね。スケール把握してればほとんどの場合確かに弾けるんだよ。技術は度外視すれば。小節頭をルートに対しての協和音のどれかから始めれば、あとは単音で弾く分には経過音として何使ってもいいから」

「……なるほどわからん」

「でもこれだけで完全に対応できるかっていうのはまた別。実際にコード進行がスケールを完全に守るとも限らないし、テンションコードでスケール自体が変わることもあるし」

「……余計にわからん」


 言っていることがほとんどわからない。

 少しは知識もついたし、どれも聞いたことある言葉だったが、中々繋がりをもってくれない。


「うん、だからそれでいいの。焦らずゆっくり、曲をやってるうちに段々わかってくるよ。部活三年間あるわけだし! 無理に知ってもキャパ超えしちゃうだけだよ」


 なるほど、わざとわからない前提で話したのか。

 恰好いいからと余計なことに手を染める時間があったら、地道に続けて基礎から積み重ねろと諭されたのかもしれない。


「出来ることを今はしてた方がいいってことですね」

「そうそう。ゲームで言えば~……慣れないシステムで育成効率考えてる暇あったら、とりあえず育成した方が結局早いし楽ってことあるでしょ、それと同じ」

「……結局そのうち効率が身に着くみたいな感じです?」

「そういうこと! 物分かりがよくてよろしい! 習うより慣れろっていう部分だね。これは。あ、ちなみにこの前貸したFFⅣのピアコレ、アドリブのとこは譜面にアドリブって書いてあるよ。面白いよね!」


 音楽の道の奥深さを痛感した。

 でも自分の今やるべきことを再確認するいい機会だったかもしれない。

 一曲一曲、吸収するつもりでやる気持ちが大切だということだ。


「ちなみにギルティの曲もソロ入ってる曲あるよ! さっきも流れてたカイの曲とか。気付かなかった?」

「聴いてる余裕なんて皆無でしたよ……」

「あはは、それもそうか。ちょっと聴いてみよっか」


 そう言うと先輩はカイのテーマ曲『Holy Orders』を流した。

 アウトロには確かにシンセサイザーのソロがあり、駆け抜けるかのように曲のラストを盛り上げてくれる。


「これは典型的なシンセのアドリブソロだね。定番のスケール使いしてるけど」

「なるほど……。言われてから聴くと確かにそうですね」

 

 ギルティは曲ごとにそういった見方が出来るとのこと。

 クリフの曲『Pride And Glory』等はアドリブ技術寄りのメロディ。

 メイの曲『Blue Water Blue Sky』等は全く逆にキッチリしたメロディの曲。

 それだけでなく、ジョニーの曲『Liquor Bar & Drunkard』のようにギタリストの癖で作られてる曲だったりと、曲ごとに違いがある。


 一般的なゲーム音楽と違って、ループでなく終わるようになっていたり、ソロがあったり、曲は曲として一つの完成品であることも特徴だという。

 それぞれ一曲ずつが大切に、個性あふれるキャラに合うように工夫されていることを思うと、改めてゲーム音楽から見える技術のすごさを思い知った。


「ゲーム音楽を音楽単体として楽しませるっていう気概が見えるよね! ただ聞こえるってだけのBGMには終わらせないっていうさ!」


 以前ファルコムの曲について聞いた時もそんな話があった。

 BGMとして終わらせないというのは、ゲーム音楽の一つの悲願に思える。


「サントラ版だとソロが追加されてるゲームもあったり。やっぱり聴かせるんだっていう気持ちがきっとあるんだよ! この辺ファンサービスとしては最高だよね!」

「まさに先輩のためって感じですね」


 そこからゲーム音楽におけるソロのあり方だったり、アドリブ的フレーズのあり方だったり、それがどうプレイヤーに作用するかだったり、ソロがあってはむしろいけない場面やゲームだったり、先輩は予想を交えつつ色んな見解を話してくれて、まるで論文のような内容だった。


 ソロという観点でゲーム音楽を見るとまた面白いことが沢山見つかりそうだ。

 もちろん先輩ほど分析するようなことはできないが。


「考え過ぎずに普通に楽しんで聴けばいいんだけどね」

「なんか今回えらく学術的でしたね。なんか頭よさそうに見えました」

「研究してるからね! 今日は学者モードというわけだよ! ほんとはもっと繋がるよ。でもまだちゃんと整理できてない部分あるし、白井君死ぬから切り上げたけど」


 ……気を遣うということを学んだことに衝撃を受ける。


「研究って、前に言ってたのですよね。」

「うん、色んな角度からね。曲のルーツとかももちろんそうだし。何でソロがゲーム音楽で取り入れられたかだって、沢山理由が考えられるでしょ? いくらでも話繋がっちゃうからキリがなかったり。多分オール飲みの時間全部語れちゃうよ」

「……それは勘弁して下さい」

「フフッ、しないしない! こういうのは聞いてても面白くないから。 あたしが勝手にやって、自分が納得するためのものだし」


 なるほど……とはいえそんなに本気で分析しているのなら、それだけに終わるのももったいない気がする。

 偶然とはいえ自分がその聞き手になれたのはよかった。


「でも白井君って話真面目に聞いてくれるから、ついつい喋りすぎちゃうんだよね」

「あ、それこの前氷上先輩にも言われました。聞いてるだけなんですけどね……」

「そんなことないよ? ちゃんと話に興味もってくれて、ちゃんと反応返してくれるから、あたしも話しちゃうんだから」


 自分の思っている以上に人の話を聞くのが好きなのかもとは思っていたが、先輩からのその評価は意外だった。

 月無先輩自身に対しての興味という意味合いが強いとも思うが、話に対して続けてもらうような応答はしていたかもしれない。


「それに白井君、最初っからそうだったよ。しっかり返してくれて、しかも予想以上に嬉しい答えで、本当に嬉しかったんだ。白井君はそんな気もなかったかもしれないけど、真面目に聞いてくれる人だってすぐに思ったよ。そうじゃなきゃいきなりあんなことにならないって! あはは……」

「え……」


 今の今まで、ただゲーム音楽が好きという共通点だけなのだと思っていた。

 予想外の言葉に急激に心拍数があがった。

 先輩はなんの気なしに話すが、ゲーム音楽好きだからというだけでなく、自分だからと聞こえてしまうくらい自意識過剰になっている。


 これ以上は本当にマズい。

 これ以上この話を続けてはいけない。

 そう確信したその次には言葉がもう出ていた。


「めぐる先輩」

「ん、どしたの? あ……」

「ギルティの続きやりましょう」

「……うん! いいよ!」


 先輩はすぐに嬉しそうにしてコントローラーを握った。

 ……なんとか回避できたあたり、誤魔化しに関してはアドリブ力が上がっているかもしれない。


「そんなゲームしたかったんですか?」


 すごく嬉しそうだったので半分はツッコみのつもりで聞いてみた。


「え、違うよ。……今めぐる先輩って呼んでくれたから。この前以来だったから嬉しかったの!」


 ……迂闊極まりなかった。

 あまりにも嬉しそうな笑顔をするので再び直視できなくなり、TV画面に視線を逃がした。


 しかも今日の笑顔は、間違いなく自分の言葉によるものだ。

 恥ずかしさからすぐに目をそらしてしまったが、いつもの何倍も価値があるような気さえする先輩の笑顔は、しっかり脳裏に焼き付いていた。


 ソロについてだけでもすごくありがたかったのに、その話の副産物はそれ以上のものだった。


 §


 ……仕切り直して始めたギルティだが一向に勝ち筋は見えない。

 ポチョムはトラウマということでキャラを代えてもらっても、結局エグい上にポチョムより動きが早いもんだからより防戦一方の感が強い。

 しかもギルティの時は何故か真剣で言葉数が少ないのが怖い。


 最早反撃してくるサンドバッグくらいにしか思われていないんじゃないか。


「なんでファウストもそんな強いんすか……」

「好きだから」

「変なキャラばっか使いますね」

「可愛いでしょ。ファウスト!」

「いや声真似されても」


 少しは強くなった気がするがさすがにカイに飽きてきた。


「俺も他のキャラ使ってみようかな。」

「ダメだよ。まずガトリングちゃんと覚えなよ。1キャラずつしっかり練習しないとギルティは強くならないよ」

「……はい」


 ……ゲーム内でもソロの時と同じようなことを言われるとは思ってもみなかった。

 娯楽といえど遊びと割り切ることは許されないようである。


 ちなみに翌日、スタジオで氷上先輩にアドリブのことを訊くと、お前にはまだ早いとやはり一蹴されてしまった。

 演奏上達の道はまだまだ長いということだ。





 隠しトラック


 ――ホーン三人娘とペット ~駅ビルのテラスにて~


 本編未登場の冬川先輩がいます。クールな喋り方の人です。


「なっちゃんソロは吹けるようになった?」

「あ、はい! 白井君と一緒に練習してかなりよくなりました!」

「そっか。よかったね」

「でもどうやったら皆さんみたいに上手く吹けるんでしょう……」

「……死ぬ気で頑張る」

「死ぬ気で……! 死ぬまで頑張れば……!」

「死んでどうするのよ……。色んな曲やってるうちにそのうちわかるわよ」

「な、なるほど……! 冬川ふゆかわ先輩もそうだったんですか?」

「大体そんなものよ。あとは……憧れの音みたいなのを見つけることね」

「憧れの音……ですか?」

「私もスーもそんな感じよ。好きなアーティストがいて、それを真似して」

「目標があると全然違うよ」

「なるほど……。私ずっと吹部でやってただけなので、そういうものないかもです……」

「TOP以外も今度色々貸してあげる」

「わぁ! ありがとうございます!」


―――数分後


「ところで……。吹先輩が私のことを見つめたままずっと喋らないんですが……」

「あ、いいのよ~。気にしないで~」

「なっちゃん目をつけられた」

「……え!? 私何か悪いことしましたでしょうか!?

 吹先輩ごめんなさい! もうしません!」

「大丈夫よ~、そういうのじゃないから~」

「え……じゃぁどういうのなんでしょうか」

「認定されたのよ」

「……え?」

「ペット認定。スーはリスでめぐるは猫」

「え!?」

「今回は何の動物なの?」

「そうね~……。犬かしら~」

「よかったね、犬だよ」

「お、おぉ……」



*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。

『Holy Orders』

『Pride And Glory』

『Blue Water Blue Sky』

『Liquor Bar & Drunkard』 いずれもGUILTY GEAR XXより。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る