幕間 異端審問 後編

 前編の奇妙なあらすじ


 バカに連れ去られた先に待ち構えていたのは一年生男子の三人。

 名前のついたモブ、川添かわぞえ小沢おざわ椎名しいなの三人に、「美人の先輩と仲がいい」と嫉妬の目から裁判にかけられた白井。

 呆れながらも流していたが、月無先輩のことに触れられてブチ切れたことから結果として白井の無実は証明された。何言ってるかわからねぇだろうが本当なんだ。




「俺帰っていい?」


 無実は証明されたということでいい加減帰ろうとすると、ちょっとだけ待ってと椎名に止められた。


「何だよ、もう疲れたぞ」

「いや、もう裁判とかいうんじゃないんだけど……。実際なんでそんな仲良いの?」


 ちきしょう何で食い下がりやがる。


「何、お前ら先輩達と仲良くなりたいの?」

「はい、不肖ながら」


 切実そうなのが少し笑えたが、本当にどうでもよかったし、こちらとしても本当に理由などない。

 でも無視するのも何かと思うし……事実だけを話しておくか。


「いや本当に偶然だぞ。月無先輩は同じパートだし春原先輩は同じバンドだし。別に何をしたからというわけでもないって」

「確かに言われてみれば……」

「もう本当にわかってくれ。理由とか弁解とかマジでないんだって」

「そうだよな、すまん」


 そう言う椎名に同調する様子を見る限り、皆納得してくれたようだ。

 とはいえ一応考えつく理由くらいは挙げておくか。


「強いていえばよく練習してるからとか? 自分で言うのもなんだけどさ」

「あー……。なるほど」

「実力主義って言われてる部活なんだし、俺ら一年が先輩に認められるにはそれしかない気が」


 最もらしいことを加えてみたが、だが実際そうなった方がいいのも事実だし、氷上先輩と話したことでそういう意識が芽生えていたのも事実だ。


「なるほどとしか言えんわ! 下心とかいらなかったわ」


 川添が目が醒めたようにそう言うと、他の二人も頷いた。

 多分意味がわかっていないバカは数に入れない。

 自分のボルテージが下がっていくのも感じられたし、毒気も抜かれていった。

 いつもの調子に戻った一年同士、話を切り替え普通に会話を楽しんだ。


 ――


 ……ふと気付く。


 五人が囲むテーブルからそれほど遠くない位置、そこにいる。

 見間違いではない。

 

 いつから……。

 一体いつからそこにいたのだろうか……。

 こちらが気付いたことに気付き、ひらひらと手を振ってくる。

 無視できるわけもなく会釈すると、自分の正面に座る川添が気付いた。


「ん? 誰? あ……。お疲れ様です!!」


 示し合わせたわけでもないのに、全員立ち上がり挨拶をする。

 いつの間にか降臨なされていた女神、秋風先輩に。


「みんな楽しそうね~」


 そういってこちらへ来る。


「何してたの~?」

「あ、今裁判にかけられてました」

「え? しろちゃんが~?」

「はい、謂れなき罪で」


 こちらの番だ……。こちらには神の加護がある。

 言うなよと思っているに違いない三人にこのまま反撃開始。

 っと思ったがそんな気もしなくなっていた。


「というのは冗談で、どうやったら先輩達と仲良くなれるかみたいな話です」

「仲良いじゃない~」

「そ、それを白井に聞いていたところです!」

「あ、君たちがってことね~。そうね~……。自然にそうなるんじゃないかな~?

 大体部活動を続けていって~、色んなお話して~……。気が付いたら仲良くなってるかな~」


 女神のありがたき啓示が降り注ぐ。

 全員が全員、先程までの愚行を悔い、救済されていった。


「氷上君とか、話かけてあげると喜ぶよ~」


 それは実際そうだ、間違いない。

 しかしその名を聞いたバカが一瞬ビクッとなる。


「最初は焦らず、バンドを頑張るのが一番いいと思うよ~。頑張ってない子に話かける先輩ほとんどいないから~」


 誰も口を開かず、女神の教えを享受する。

 説得力という表現は最早適切ではなく、真理に近い。

 あと前々から思っていたが結構ズバっとものを言う。


「うふふ、だからみんな頑張ってね~。仲良さそうで嬉しいわ~」


 そう言って女神は去っていった。



「「「「女神……」」」」


 全員の声が奇跡的に揃う。


「……俺、間違ってたよ」


 小沢が口を開く。ノリがおかしい。


「あぁ……。大事なことを見失うところだった」


 椎名もそれに乗る。ノリがおかしい。


「心が洗われるようだ……。性欲なんて……いらなかったんだな」


 川添も浄化されている。直接的な言葉を出すな。


「なんかこう、オーラ? みたいなん見えね?」


 うるせぇバカ。


「なぁもう行かない? いつまでここにいるの」


 仕切り直すにしても場所を変えたかったので提案すると、


「俺、練習してくる」


 川添が練習する意思表示をし、すぐに他の二人も乗っかった。

 そうか、と返し四人で食堂を後にした。

 一年生の気が引き締まったのはいいことだ。

 バカの口は未だ緩んだままだが。


 秋風先輩の浄化作用のおかげか、自分も何故か晴れやかな気持ちになっていた。

 ……あの人は日々こうやって人々を救済しているのだろうか。


 ――


 それからというもの、スタジオの内でも外の廊下でも、一年生の姿がよく見られるようになった。

 ライブが近くなってきたので当然と言えば当然だが、もしかすればあの拷問裁判もきっかけの一つかもしれない。

 いつの間にか氷上先輩が川添、小沢の二人にすごく懐かれているのは意外だ。


「よっ、白井君。今日は廊下練の日?」

「あ、はい。最近一年みんなでよく来てて」

「おぉ~偉い! 部活って感じでなんかいいよねこういうの」

「ハハ、わかります」


 スタジオ内で直接指導を受けている川添達を見ながら、月無先輩は続けた。


「この前ちょっと川添君と、小沢君かな? と話したんだけどさ。廊下で一生懸命練習してたからさ。白井君のお陰だって言ってたよ! よかったね!」

「あいつらが? そんなこと……」

「そんなことじゃないよ。真面目にやってたからでしょ。照れない照れない!」


 これまでのことが少し報われたような気がした。

 実際真面目だなんて自覚はないし、ただやることをクリアするのに精一杯だっただけ。

 思いの外夢中で、苦しいとかそういうことも考える暇もなく続けていただけ。


 何のためかも考えたことがないくらい、波に飲まれるように没頭していた。

 まだライブを行ってすらいないのに、部活動が第一になるほどに。


「やらなきゃついていけないからってだけなんですけどね……」

「それが真面目っていうことじゃない? 普通出来ることじゃないよ。あたしもピアノ始めた時そんな感じだった! とにかくやらなきゃ弾けるわけないんだって!」


 そうか、月無先輩も……。

 今初めて下した自己評価にどこか既視感があった。

 比べるおこがましさはあったが、月無先輩がゲーム音楽にあそこまで夢中になれる理由が、少しわかったかもしれない。


「でも実際秋風先輩のおかげですよ。俺じゃなくて」


 恥ずかしさを紛らわせる気もあって出た言葉だったが、一年生の練習態度は事実それで好転した。


「頑張るのが一番だよ~って。なんか異常な説得力で全員納得してましたし、すぐにみんな練習に向かいましたし。なんかもう女神みたいでした」

「あ~……」


 ……? 何か心当たりでもあるのか。


「救済でしょ救済」

「そうそう、まさにそんなかんじです」

「吹先輩がいるだけで場が収まるっていうこと、今までも結構あるんだよね……」


 やはり……。


「多分なんかヤバいパッシブスキル持ってるんだと思う」

「それが救済……と。マジで女神みたいですね」

「そう。眼力だけで人殺せるしね」

「ブフッ」


 冗談めかしくそんなオチがついたが、本当にそんな気がした。

 部活の人と交流するにつれ、色んな人の色んな部分が見えてくるのは面白い。

 偶然のものであれ、先輩も同輩も、すごくいい人達と巡り合えたと思う。


 裁判官と証人A、Bの三人も、自分のことを悪く言うことは全くせず、むしろ白井のお陰と言ってくれているようだ。

 ……いやそれはそれで本当に止めて欲しいんだけどね。


 入部して間もない今はまだ、部活をしているという感覚に酔いしれて現実が見えていないだけの可能性もある。

 きっと暗い部分もあるし、長く部活を続けていれば楽しいだけではない、そんなものは当たり前でいつか直面する時だって来る。

 それでも自分のやれることをやれる限り続けると無意識に決めていたし、今はただ単純にそれが楽しかった。




 隠しトラック


 ――バカVSアニオタ ~特設リングにて~


「赤コーナー……。177Cm 67Kg~。

 低クオリティは許さない! 

 アニソンやるなら俺を呼べ! 

 弾けない曲などほとんどない!

 アニソンを愛し、アニソンを知りつくし、アニソンにその身を捧げたガチオタク!

 呼びたいならば好きに呼べ、俺に恥など一切ない、あるのは円盤の予約履歴!

 フュージョン好きの皮を被った軽音最恐の威圧メガネ! 

 恐れ、慄き、その名を呼べ!

 氷上ィィィィィィッ!!!ゆ~づ~るゥゥゥゥゥゥゥッ!!」


 ワァァァァァァ!! 

 キーモーオタ! キーモーオタ! キーモーオタ! キーモーオタ!


「青コーナー……。自称170Cm 60Kg~。

 他の追随は許さない! 

 はるか高みに俺はいる! 

 好きなジャンル? 知らないね。何故なら区別がつかないからだ! 

 ギターが聞こえりゃそれでいい!!

 笑いたければ笑うがいい、俺はそれには気付かない。

 悪口さえもわからない!

 マークシートは運で攻略! 大学に迷い込んだバカの化身! 擬人化したバカ! 

 それが! バ~カ~の~……、ハーヤーシーダァァァァァァァッーーーー!!」


 ワァァァァァァ!!! バーカッ! バーカッ! バーカッ! バーカッ!


「さぁ最強の弦楽器奏者を決める『シールドシバき合い対決』もいよいよ決勝です。

 シールドと言えばエレキギターやベースをアンプに繋ぐケーブル、言わば生命線……しかし今回ばかりはそれも命を断つ魂のムチ……ここまで数々の死闘が繰り広げられてきました。

 確かな実力で順当に勝ち上がってきた氷上選手。

 そして気付いたら勝ってた、と何をしていたか覚えていない林田選手。

 両者ともに素晴らしいシールダーなのは間違いありません。

 両者激しく睨み合っ……一方的に林田選手が絡んでおります。

 それに対し氷上選手、ゴミを見る冷え切った目で林田選手を見返します。

 えー、何をやるか全くわからないと言われている林田選手ですが、解説席の秋風さん、どうご覧になりますか?」


「ん~、そうね~。…………」


「はい、ありがとうございます。さぁ両者ギターシールドを握りました。

 ……おっと林田選手、レフェリーに止められていますね。

 何か問題があったのでしょうか。

 ……レギュレーションの5mを超えた長さのシールドを用意していたようですね。

 恐らくあれは……7mのものですね。長さがわからなかったのでしょうか。

 試合前インタビューでは『決勝のために色を変えた』というコメントがありましたが、長さまで違うものを用意していたようです。

 ここまではたまたま5mだったということでしょうか。

 今ちらっと『長さとか違いあったのかよ』などと聞こえてきましたが、流石です。

 開始前からバカの名に恥じない非常に高いポテンシャルを見せつけております。

 今ので会場の熱気も最高潮、と言ったところでしょうか。

 彼にしか出来ないこのリングパフォーマンス、秋風さん、どうご覧になりますか?」


「……バカね~」


「はい、ありがとうございます。

 対して氷上選手、非常に冷静なスタンスで試合に臨んでおります。

 あれは……ジャックの部分が上手く相手にあたるよう握りを調整していますね。

 『氷上の洗礼』で早々に決着をつけるつもりなのでしょうか。

 相手から距離をとる、アウトシールダーの氷上選手が最も得意とする技です。

 準決勝では防御力に定評のあるヒビキ選手が泣きながらギブアップする、という凄惨な場面も見られました。

 一撃必殺の攻撃力は場内全体に知れ渡っています。

 喰らえばいくら痛みにすら気付かないとされる林田選手でも悶絶必死でしょう。

 バカ相手には一撃でも喰らうつもりはないと言っていたのは本気のようです。

 そのあたり、秋風さんはどうご覧になりますでしょうか」


「……痛そうね~」


「はい、ありがとうございます。

 両者準備が整ったようですね。

 会場は割れんばかりの声援で包まれています。

 さぁ間もなく始まります」


「両者、前へ。

 シールドを確認。

 ……問題ないですね?

 それでは両者位置へ。

 ……ファイ!!」


 カァァン!



「……ハッ! …………続き!!」


 白井は愉快な夢を見た。

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