幕間 異端審問 前編


 五限が終わり、教室から出るやいなや林田バカのアンブッシュを受けた。


「え、何事!?」


 腕を掴まれ引きずられるようにして誘導される。

 理由を聞いても意味を成さない返答しか帰ってこない。


「ほんと日本語通じねぇなこいつ」

「いやマジアレだから、いけるいける」


 しかも頭のタガが外れているせいか無駄に力が強いく、結局ふりほどけずに連行された。

 ……なんだこの唐突な展開。出オチじゃん。


「来たか……。白井よ……」


 連れ去られた先、食堂の丸テーブルには一年生男子三人が待ち構えていた。


「え、何これ……。どういう状況?」

「いいから黙って座れ……」


 背中には林田の人差し指が突きつけられている。

 どう考えても得をしない状況なので早く帰りたい。

 大リーガーばりにガムをクチャクチャしながらガンを飛ばしてくる小沢おざわ(ベース)、テーブルに足を乗っけて冷たい視線を向けてくる椎名しいな(ボーカル)と、わざとらしく演出された下らない状況に逃げる気すら失せる。


 ……マジ意味わかんねぇ。


「俺何されんの」

「……わからんか?」

「わかったら俺超能力少年デビューだよ。そのキャラ何だよ」


 先程から謎のキャラで威圧してくる川添かわぞえ(ドラム)に理由を聞くも、自分に聞けと言わんばかりの態度で解答は返ってこない。

 ちょっと面白いがイラッとする。


「まぁいい……。始めようか」

「何を?」

「椎名君、開廷のコールを」


 ……もう聞く耳持ってくれないな。

 適当にあしらって早く退散しよ。


「……さぁみなさんお待ちかね! 第一回! 白井裁判!!」

「ハァ!? 異議あり!!」

「異議は認めませーん」


 ウゼェ……。


 椎名のコールによって急に裁判が始まった。

 裁かれるようなことをした記憶は全くない、これは魔女狩りだと講義すると四人ともふるふると首を横に振った。

 ちょっと面白いが正直ムカつく。


「被告人、静粛に……」

「え、マジで始まんのかよこれ……」

「審議されるのは『白井、美人の先輩と仲良すぎじゃね問題』についてである」

「は!?」


 川添裁判官から罪状が読みあげられた。


 何故……心当たりは……。

 まさかこの前の部室の一件……あいつまさか!

 はっとなり目を向けると、そこにはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる林田がいた。


「林田ァァァァァァ!!」

「被告人! 静粛に!!」


 その場の雰囲気に一応のりつつドラマティックに激昂するも、いつの間にかこちらの背後に回った小沢に取り押さえられる。

 ……こいつ、喋らないと思ったらこのためにいやがったのか。


 面倒になってきたので観念して椅子に座り直した。


「ってかお前らとだってよく一緒にいるじゃんか。何で俺なんだ……」

「わからんか?」


 わからんかって、見苦しい嫉妬じゃねぇか……ウゼェなこのキャラ。


「貴様が俺達一年男子のことを描写する価値のないモブと思っているからだ」

「……意味わかんねぇ」


 でも可愛い女子との絡みの方が記憶には残したいだろ実際。そこは了承しやがれ。

 

「まぁいい、裁判を開始する。小沢君、証言を」


 自分の腕をつかんでいる小沢に証言が振られた。

 こいつとは部活外でそこまで接点はないが仲は悪くなく、どちらかと言えばむしろいい方だ。漫画の話なんかでよく盛り上がる。

 まぁ滅多なことを言われるようなことはないだろう。


「いえ、ね。俺も最初見間違えかと思ったんですわ。だってあり得ないでしょ。入部したての一年と二年生の可愛い人2トップが仲良く学食から出てくるなんて。目を疑いましたわ。こう、スーッっと」

「なんだその喋り方。刃牙バキか」


 もうどう考えてもふざけているので反射的にツッコむと、腕が締めあげられた。


「あだだだ!! ちょ、裁判官! 暴力! これ暴力!」

「クッ、ブフッ。……ひ、被告人、静粛に」

「笑ってんじゃねぇぞテメェ」


 川添裁判官の号令で締めあげが緩んだ。


「被告人、今の事実に間違いはないな」

「……ない。たまたま昼一緒に食べただけ。……これいつまで続くの?」

「……お前の罪が裁かれるまでだ」

「お前この状況でよくキャラ保てんな」

「……お前の罪が裁かれるまでだ」

「笑いこらえてんじゃん」

「し、椎名君、証言を」

「てめぇ逃げやがったな」


 シリアスムードを演出しながら笑いをこらえるのは非常に困難。

 早くも皆限界で既にグダグダにも程があったが拷問裁判は続行した。


 次に指名された椎名は独り暮らし仲間で家も近所。

 カラオケや食事に結構いくし、かなり仲はいい。

 ……しかしだからこその遠慮のなさもあるから油断はできない。


「私が見たのは……。そう、先週のことだったんですけどね……。川沿いを歩いていたんです……。すぐそこの」


 ……川沿い? まさか。


「それでね……。仲よさそうに歩いている人が二人いたんですよ。誰かなー誰かなーって。怖いなー怖いなーって……」


 まさか見られていたのかあれを!? だとしたら本当にマズい!

 何がマズいって、月無先輩の知らぬところで暴走状態のことが広まることだ。

 誤解に関してはいくらでも挽回がきくが、あれに関しては月無先輩のためにも絶対に阻止しなければならない。


「椎名それはダメだ! マジで!」

「小沢」

「アダダダ!! いやマジで!」

「余計あやしく見えるぞ、観念しろ白井」


 月無先輩の名誉に関わったら本気で怒るところだが、今はもう椎名を信じる他なかった。


「そんなに必死にならんでも。川沿いを月無先輩と歩いてるとこ見かけたってだけ」

「え、それだけ?」

「チャリ乗ってたし。うらやましいなぁって素通りしたぞ」

「あ、そう」


 冗談ではない空気を察してくれたのか、余計なことも言わなかった。

 あれをもし見られていて、しかも言いふらされたりしたら本当にキレていた。


「でもなんかありそうじゃね。さっきの」


 このバカが。蒸し返しやがって。

 なんでこいつバカのくせにこういうところだけ抑えてくるんだ……!


「被告人、弁解はあるかね」


 そんなもんあるわけがない。

 が、怪しまれた以上別の理由を用意しなければならない。

 脳をフル回転させ、こいつらを納得させるだけの理由を探った。


「いや、川沿いに俺の働いてるコンビニがあるんだよ。お前ら知ったら絶対来るじゃん。特に林田だけは絶対来てほしくないわ」

「あ~、そういうことか」

「俺も働いてるとこ見られるの嫌だ」


 小沢と椎名はなんとかごまかせた。あとは裁判官とバカだ。

 これ以上の情報は出したくないのでなんとかごまかせてほしい。


「マジか! みんなで行こうぜ! バイトならまけてくれるっしょ!」

「お前名指しで来んなって言われたの気付いてないのか。あとコンビニで社割があるわけねぇだろバカが」


 バカ攻略、あとは裁判官。


「被告人、ごまかせたと思ったかね?」

「お前そろそろマジでキレるぞ俺」

「……わかったごめん。いやでもなんかありそうだったからさ」


 ようやく裁判官のツラは剥がせたが……素直に謝ってこられると逆に困る。

 何も言わない空気でもなくなってしまったじゃないか。

 ……仕方ない、これ以上言いたくなかったが。


「……家があの辺らしいんだよ。俺も場所は知らないけど。だからバイト行く時にたまたま途中まで一緒に帰ったってだけ」


 嘘ではないし、これも本当に知られたくないものの一つだ。

 とはいえ実際に女子の先輩と仲がいいのは確かだし、これくらいの情報開示はないと僻みの目は収まらない気もした。


「あ、そうなのか。いやむしろ疑ってすまん、そら知られたくないわ」

「月無先輩すごい美人だろ。そんな人のことペラペラ言えるわけないし、一年が自分勝手に話題にしてもよくないだろ」


 オッケー、閉廷ムード。この裁判勝ったな。

 みんな納得したような反応をしてくれた。

 あとは適当に宥めて事後処理を……


「白井ってメッチャ月無さんのこと好きだよな。マジで」

「ハァ!?」


 何言ってんだこのバカ。


「え、違うの? いやそうっしょ」

「「「あ~」」」


 いやお前らもあーじゃねぇだろ……そんな風に思われていたのか。

 100%そうではないとは言い切れないが、事実ではないと断固否定しなければならない。それに何より、余計な情報の独り歩きは月無先輩に迷惑だ。


「実際何もあるわけないだろ。入部して二カ月だぞ。尊敬してるし教えてもらってるからすごい感謝はしてるけど」

「……まぁそれもそうか」


 小沢グッジョブ! お前の同調でいい流れだ。

 あとはそろそろこのバカを黙らせる必要がある。


「それに仮にそうだとしても、そういうとこ少しでも見せたら多分嫌われるぞ俺。あの人メッチャ真面目だから、音楽以外に現をぬかすとはーとかいうタイプだし。バンドの練習以外やってる時間なんてないし、月無先輩だって代表メンバーで大変なんだから変な噂で迷惑かけたくないし」


 半分は予想だが月無先輩はそういうところがあると思うし、音楽以外のことを考えている余裕も実際ほとんどない。


 それは月無先輩も同じだろう。

 バンド以上にゲーム音楽に夢中だし……実際相手にされてなさそうだし。


「だよな、白井一番真面目だしな。いやすまんかった」


 川添も裁判官のツラを剥ぐと実はいいヤツだ。

 すぐに理解を示してくれたし、一年を奮起させるような言葉も続けてくれた。


 閉廷ムードがただよい始め、皆が前を向くような感覚が生まれた。

 バカだけがまだ明後日の方向を向いているのでいい加減本気で仕留める。


「あと林田」

「あぇー?」


 くっそ頭の悪そうな返事しやがって……。


「お前次会った時にシバくって言ってたぞ。氷上先輩が」


 一撃だった。


 凍りついたバカと、その死を確信した他三人。

 ここは敢えて冗談であることは付け加えず、ダイレクトに事実のみ。

 恐ろしさは十分に伝わっただろう。


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