サブカルチャー・ミュージック 後編
前編のキュアキュアなあらすじ
何の気なしに楽器屋へ向かうと、威圧メガネの氷上に遭遇する。
ツンデレコンボをかまされ、喫茶店に入ると音楽の話題に。
軽音楽部の実態や白井の置かれている状況について話し、今度はアニソンの話に。
プ○キュアも欠かさず見るアニメ大好き氷上さん、サブカルチャー関連の音楽はバンドではやらないと言うが、その真意はいかに。
「そうだな……。アニソンというのはそれだけである程度偏見があるだろう」
「そう、ですね。なんとなくわかります。あ、嫌いとか言う意味じゃないですよ!」
なんとなく気を悪くさせるような気がして、自己弁解をしつつ肯定した。
「いや、いい。実際にそうだとは俺も思っている。偏見も大分なくなったとも思うがな。しかしまぁ……俺はな、自分の好きなものがそう見られるのが嫌いなんだ」
ん? どこかで聞いたような言葉だ。
「例えばの話だが、アニソンをバンドでやればどうなるか。……アニソンと一笑にふされる、その可能性は否定できない。そうは思わないか?」
「……アニメ見ない人からとかは特にそうってことですか?」
「そうだ」
あぁやはり。パズルが解けるような感覚だ。
「サブカルチャーというものに付随する以上、それは避けられないだろう。音楽の質によらない評価を下す人間は一定数いるものだ」
「アニソンいい曲いっぱいありますもんね」
「よくわかってるな。だが好きか嫌いかによらず、ライブでやるものではないという見方をする人間もいる。そういった人間にとってはアニソンはアニソンというひとくくりでしかなくて、曲の良さなど関係ないんだよ」
もしかしたら、いや確実にそうだ。
氷上先輩のアニソンへ対する見方は、月無先輩のゲーム音楽に対する見方と非常に似ている。
「それに、アニソンをやるだけでただのアニオタと看做す人間もいるものだ」
「そういうもんですかね?」
「そういうこともあるという話なだけだ。実際に俺はアニソンしか聞かない人間とバンドをやるつもりはない。大抵音楽そのものでは会話が出来ないからな。それと同じと思われたくはないし、そういうのは大抵他の部活に行く。適材適所だ」
多少キツいが氷上先輩の考えはことごとく、月無先輩と一致するような気がする。
サブカル音楽好きというだけでなく、音楽そのものが好きだからこその発言だし、その中で一番好きだと誇りを持って言えるからこそ真剣に考えるんだ。
的確に言葉を選ぶ理知的な喋り方もあってか、納得することがほとんどだった。
「だから俺は軽音楽部にいる以上、機会がない限りはやらないことにしている」
ほとんど予想はついていたが、改めて確認した方がいいと思った。
……部室での一幕について。
「じゃぁ前に部室で月無先輩が出した曲のことはそういうことだったんですか? ……その、一笑にふされるのがっていう」
「……まぁそういうつもりだったが。ヒビキが選曲を振ったというのもあるが、あまり曲を出さない月無が自分からやりたいと言っていたし、ゲームが好きなのだったらあの曲は月無の本当に好きなものだったんだろう? それがゲームというだけで偏見を受けるのはどうかと思ってな」
やっぱりそうだったのか……。
しかしあの言い方では氷上先輩が偏見を以て否定したようにも見えてしまう。
「今思えば勘違いされたかもしれないな……。月無には悪いことをしたかもしれん」
「多分伝わってないと思います」
勇気を出して……いやそんな気もなく、気付いた時には声にしていた。
「それに、月無先輩言ってたんです。氷上先輩が言ってたのと全く同じこと。ゲーム音楽をゲーム音楽ってだけで否定してほしくないって」
「……そうか」
「多分月無先輩はあの場ですごく勇気を出してあの曲を出したんだと思います。演奏した後で結局そういう目で見られる可能性があるっていうのも覚悟して」
「……そうだな」
思い返せば入部して間もない一年生の言うべきことではない。
しかも、責めるかのようにして。
それでも氷上先輩は思うところがあったのか、不機嫌になるようなこともなく、静かに聞いてくれた。
「だから正直思ってたんです。先輩達の実力があればそんな下らない評価覆せるんじゃないかって。むしろゲーム音楽すごいって知らしめられるんじゃないかって」
本当におこがましい。
二つ上で、部内の立場も天と地ほどの開きがある人に、勝手な言い分を少し感情的になりながらぶつけていた。
「いや、お前の言っていることが最もかもしれん」
「……え?」
「実際にあのアルバムは後で聴いたのだが、一枚のフュージョンアレンジアルバムとして確かな完成度だった。……俺も考えすぎだったのかもしれんな」
全く機嫌を悪くすることもなく、氷上先輩は自分の言葉を受け止めてくれた。
「ゲーム音楽だからなどと気にする必要もなかったかもしれないな。……完璧な技量があればの話だが。中途半端な技量でサブカルチャーの音楽をやるほど興が冷めるものはない」
「あ、それは本当にそう思います」
「完璧な演奏でゲーム音楽か。むしろ悪くはないかもしれんな。俺から提案するものではないが」
自分の言葉を受けてかというと自意識過剰な気もするが、氷上先輩も前向きな考えを示し始めてくれた。
技量に関しては痛烈な印象を受けるが、それは事実でしかない。
「下手にやると見方が歪むからな、完璧である必要はある。そういった観点からすれば難しいのはやはり事実だがな」
「見方が歪むというのは……」
独自の見解だろうか、珍しく抽象的な表現が出た。
「あぁ、例えばの話だが……。下手にアニソンをやる連中は、音楽が好きなのかアニメが好きなのか、区別がつかない。少なくとも俺にはそう見える」
「はぁ……さっき言ってたことですかね?」
「そうだ。……言ってしまえば中途半端に見えるんだよ。上手ければそうではない、ということでもないが、下手にやられると音楽に対してのプライドが全く感じられなくてな。そういう連中には悪いが、俺はそういった評価しか下せない。俺は好きな曲を中途半端にやられるのも我慢ならないしな」
そういう見方もあるのか。
聴く側の寛容さにも左右されるし、多少厳しすぎる印象は受けるが、言いたいことはわかる。好きな曲を適当に演奏されたらムカつく、それと同じだ。
「下手でも本当に好きなのが伝わればいいのだがな。とりあえずこのアニメ見てたからやる、というように見える時がある。本当に好きな音楽はそういうものでは決してないはずだろう。俺は楽器が弾けるだけのアニメ好きというものにはなりたくないし、少なくともそう見られないためには技量が必要なんだよ。まぁ選曲の動機など普通は気にしないのだろうがな」
「なるほど、確かにアニソン特有かもしれませんね……」
「まぁそういうことだ。そういう人間と同列に扱われるのも嫌だからな。俺が部内で普段アニソンをやらないのはそういう理由も大きい」
音楽に対して真面目であるが故の考え方だろう、多少見解は違えど、やはり月無先輩と似ている。
氷上先輩はアニソンをアニメ好きの延長で好きなわけでなく、一つの音楽として本当に好きなんだと改めてよくわかった。
「まぁいい機会かもしれんな。去年の合宿では俺がアニソンに付き合わせたし、今年は月無のやりたいゲーム音楽をやるというのも悪くない」
氷上先輩が提案を口にした時、ふと気になった。
「というか先輩、月無先輩がゲーム音楽好きなの気付いてたんですか?」
自然な流れで忘れていたが、月無先輩から話すことはあまりないはずだ。
「……おそらく部室に来る人間はみんな気付いているだろう。あれだけゲームしているんだ、何も意外なことではない」
「あ、そうですよね」
「詳しい人間が他にいないから話題にはならないがな」
それもそうかと思う。
ちなみに貸出棚にゲームのサントラを置いていることもバレていた。
……ってか貸出棚といえばアニソンコーナーみたいなんもあったけどこの人か。
「まぁ月無の気持ちはわからんでもない。次に機会があれば俺も少し言い方に気をつけよう。……お前には話すのか? ゲーム音楽が好きなこと」
「そうですね、もうかなり。……あ」
「どうした?」
しまった……自分が言いふらすようなことではない。
領分を越えてしまった。
「……まぁいい、本人が言うことだしな」
察したのか氷上先輩もそれ以上は言わなかった。
サブカルチャー関連の音楽を好き同士、月無先輩に共感があるんだろう、詮索するべきではないとわかってくれた。
そうして尊重してくれる氷上先輩が蔑ろにすることは絶対にないだろう。
「好きな音楽のことを話せる後輩が出来て月無もよかったんじゃないか。話が出来て、これだけ思ってくれる後輩がいるんだ、あいつも幸せだろう」
「え……。あ、そうですかね! だったら嬉しいですね」
……思うってそういうことだよな、想うじゃなくて。あぶねぇ。
「人の話をここまで真面目に聞くのもお前くらいだしな」
「そう……ですかね?」
自分としてはそんな気はないんだが……。
「そうだな、俺も雑談以外でここまで話したことはない。普通は好みの話とかじゃないと続かんだろう。特に……あの林田とか言う奴はダメだな」
「え!? すいません林田が何か問題でも!?」
「いや、ただ日本語が通じなかっただけで具体的な問題はない。あんなバカ初めて見たぞ。少し気をつけた方がいいな」
あぁ、よかった、ただバカなだけだった。
「俺からも言っておきます……」
「フッ、次に会った時にシバくとでも言っておいてくれ」
「……え?」
「どうした?」
「氷上先輩って冗談言うんですね……」
「お前からシバくぞ」
「いえ、すいません本当に」
氷上先輩はフッと笑って時計を見た。
「随分話しこんだな……。疲れただろう」
「いえ、そんなことは。本当にためになりました」
最初は威圧感でゴリゴリ消耗する感覚があったが、今は不思議とそうではない。
怖いには怖いが、本当に真面目で後輩想いな、いい先輩という印象の方が強くなっていた。
無口な印象とは対照的に実は結構喋る人だというのも意外な一面だ。
「今日はこのくらいにしておくか。まぁ心配はしていないが白井も月無の期待に応えられるように頑張るんだな」
「はい!」
氷上先輩の話は本当にためになった。
自分にも月無先輩にも必要なことが沢山あったし、確実に、何かしらの答えにつながるようなもの、そんな気がした。
サブカルチャーに関する音楽、それに対する見方は人それぞれで、氷上先輩の言うとおり考えすぎることでもないのかもしれない。
それでも本当に好きな人ならではの悩みもあることは確かだ。
好きな人もそうでない人も両方が納得できる折り合いの付け方、もう少し知っていけばそういうこともわかるかもしれない、そう思えた。
自分の中に感じつつあるもの、それの正体は未だにはっきりしないが、そこに繋がりを感じるような話だった。
「ちなみになんですけど……」
「なんだ」
「去年アニソンって、何やったんですか?」
「……『おれはウサミミ仮面』だ」
……え、何事? 急に自己紹介始めたぞ。
「おねがいマイメロディの曲だ。知らんか?」
「あ、あぁ……アニメの名前だけは」
「まぁギターない曲だったから俺はボーカルだったがな」
……やべぇ、めっちゃ面白そう。
隠しトラック
――金髪ツインテだったら ~楽器屋から喫茶店まで~
とりあえず一周して出ようと店内を回っていると、まさかの事態が生じる。
「え、あ!? し、白井君!?」
まさかの知り合いにエンカウント、しかも氷上先輩だ。
音楽理論等を教えてもらったこともあり、尊敬する先輩の一人だが、ウザい。
ただの会話でもいちいちトゲがあり、いちいち疲労が溜まる。
「こ、こんなところに何の用っていうのよ!」
観念するような気になって、これまでのいきさつをかいつまんで説明した。
「バ、バカね! ……私も同じことしたことあるけど。ゴニョゴニョ」
罵倒されて少しイラッとしたが、まさかの同体験が語られ鼻で笑いそうになる。
「か、買いものだったら、まだ買うものあったりするんじゃないの?」
そういえばそうだった、シールドがない。
種類がわからないので調べてからにしますというと……。
「ギターのと同じで大丈夫だから……。私が一緒に選んであげるわ!」
教えてもらった時も思ったが、この人やたらと自分に構ってくる。
とはいえ実際助かる話、気分は乗らないが教えてもらおう。
「私と同じでいいわよね! こ、これが一番コスパいいし……。……べべべ別におそろいがいいとかじゃないから! 勘違いしないでよね!」
するとシールドコーナーに掛けてあるそれを手に取り、レジに向かう。
言葉も発さなくなってしまったので、よくわからずについて歩くと、氷上先輩はレジにそれを置き、財布を取り出した。
いや何か言えよ……ってまさか。
「え、氷上先輩?」
「今日だけだからね! 特別なんだからね!」
「それは悪いです、ほんとに! 自分で出しますから! 借り作りたくないんで!」
「素直に受け取りなさいよ! そ、それに、たまたまポイントが貯まってただけなんだから!」
……ありがてぇけどめんどくせぇなぁ。
問答を続けてもぶっちゃけ疲れるだけなので、結局奢ってもらった。
機嫌を損ねない程度に感謝の意を言葉にして品物を受け取った。
楽器屋を出て、とりあえず駅へ向かって歩く。
「本当にありがとうございました。必要な機材揃いました」
「ふ、ふんっ、せいぜい喜んでおくといいわ!」
いちいちトゲがあるのでやはり体力は減るが、多分話しかけないと逆に機嫌悪くなるから適当に何か訊いてみよう。
「今日はこのあと用事あったりするんですか?」
「楽器屋来る時はいつも一人よ。きょ、今日はたまたまあなたに会ったけど」
「え、じゃぁ俺すごい邪魔しちゃったんじゃ……」
「じゃ、邪魔とは言ってないじゃない! それに……ちょっと嬉しかったし。
……し、白井君いつも練習真面目だし!」
「そんなことは……ありがとうございます」
……まぁ実はすごく後輩想いのいい方だ。
言葉の裏が丸見えなのがイタイタしいけど。
「白井君はもう帰っちゃうの?」
「あ、買えるもの揃ったのでそろそろ帰ろうかと」
「……喫茶店」
「え?」
「のど乾いたから喫茶店寄るって言ってるの!」
「あ、はい」
*作中で名前が出た曲は曲名とアーティスト名を記載します。
『おれはウサミミ仮面』― 置鮎龍太郎
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