幕間 バカと破壊神と私 後編

 前編のあらすじと懺悔


 同期の林田はやしだと一緒に部室へ行くと、月無、春原、秋風の三人が。

 代表バンドの雲上人であり顔面偏差値の高い三人を間近で見てバグったバカ。催眠術をかけ落ち着きを取り戻させ、結局みんなでゲームをやることに。

 バカが失礼なことを言わないか、そしてゲームの修羅(月無先輩)の圧倒的実力にバカの精神は耐えられるのか、色々な心配事に白井の心労は絶えない。

 そして全国の林田さん、本当に申し訳ありません。




 対戦が始まった。

 それぞれ選んだキャラクターは、自分はリンク、林田はマルス。

 春原先輩はというと……プリン。それでいい、それでこそ女の子のチョイスだ。

 それでもって修羅は……いつもの魔王ガノンドロフではなく、カービィ。


「あれ、月無先輩今日キャラ違いますね」

「あー、そうね……。あれ目に毒じゃない?」


 確かに春原先輩のような女の子らしい人にいつものあれは目に毒だ。

 自身の残虐性に自覚があったことも驚きだが、変なところ気を使う。


 そして揃ったところで剣士×2と球体×2の乱闘が始まった。

 いい勝負を演出するためにまず自分は林田に斬りかかる。

 下手に月無先輩のカービィと接触させて圧倒的暴力を前に戦意喪失するくらいなら、実力的に大差ないであろう自分と斬りあう方が幸せのハズだ。


 ステージの右側に林田マルスを追い込み、球体×2から距離をとる。

 広いステージだったことも幸いし、上手いこと一対一×2の状況を作り出せた。


「ちょ、おま、白井おま!」


 うるせぇバカ。

 言葉にならない抗議は全て無視、状況を維持したまま試合を終わらせてみせる。


 一方球体×2の戦闘はどうなっているかというと……恐らくレバーを入れながらボタンを押しているだけだろう、春原プリンの隙だらけのヌルい強攻撃連打を、月無カービィがひらひらと避け続けるだけ。

 戦場にあってひどく平和な光景である。


「うわ惜しかったわー」


 自分が林田に辛勝したころ、球体×2のじゃれあいも春原プリンの自滅で終幕を迎えていた。月無カービィとタイマンの状況になるわけだが、無論勝てるわけもなく一戦目は終わった。


「白井つえーなお前! 最後は惜しかったけど!」


 ゲームで一戦して緊張がほぐれたのか、いつもの調子が林田に戻った。

 それについては少し安心したが……バカの目は節穴だ。今の試合に惜しいところなど一つもなかった。

 月無先輩とのタイマン、この人はいい勝負を演出しつつ、勝たせることまではしない程度に限りなく手加減していた。

 おそらく自分以外誰も気付いていないだろうが、完全に手のひらの上だった。


 無論それは言わない。

 月無先輩なりの気遣いだし、何よりバカが何を言うかわからない。

 適当に乗り気で返し、パーティーゲームを素直に楽しむ自分を演じた。

 ……何故ゲーム中にこんな変な気の回し方をしているんだ俺は。


「やっぱ四人でやると盛り上がるね! もう一戦する?」

「ッス! オナシャス!」


 月無先輩がそう言って二戦目が始まった。

 今度も広いステージなので例の如く分断作戦、と思ったが……。


「白井とばっか闘ってもつまらん!」


 林田マルスはこちらに背を向けて球体に向けて一直線。

 あろうことかどう見ても初心者程度の強さすらない春原プリンに斬りかかる。

 春原プリンを防衛システムのように援護する月無カービィ、狂乱する林田マルスを止めるために斬りかかる白井リンク、四人が入り乱れた大乱闘になってしまった。

 いやまぁこれがタイトル通りの遊び方なのだが。


 ダッシュ攻撃のやり方がわかったのか、立ち回りもくそもなく激戦地にとりあえず頭から突っ込む春原プリンは早々に斃れた。

 そして自分も運悪く巻き込まれ死、月無カービィと林田マルスだけが残った。

 異質の緊張が走る。……心臓に悪い。


「林田君強いね!」


 月無先輩がそう褒めた。

 戦闘中に褒めていられるのも余裕の表れだし、実力を知っている自分からすれば月無先輩に関しては何も心配することはなかった。


「地元最強ですからァァァ!!!」


 褒められて変なテンションになった林田が勢いよく斬りかかる。

 斬りかかる斬りかかる。ひらひらと避けられ続け、地味な攻撃を的確に食らい続けても、なお執拗に斬りかかる。


 いい加減実力差を悟れよと思っていたその時だった。


「「「あ」」」


 林田以外全員が同じような声を出した。

 ソファーに安置されている癒しの像からも聞こえた。


 なんと林田の明後日の方向に適当に振りまわした攻撃がクリティカルヒット。

 バカの読めない動きが最後の最後で発揮され、偶然の勝利を収めてしまったのだ。

 月無先輩も接待しつつ結局は倒す気だったのだろう。

 そう予想していたし、月無先輩の勝利を確信していた一同は唖然とした。


 それをしり目に鈍感なバカは一人喜ぶ。

 無遠慮にひとしきり喜んだあと立ち上がり……。


「じゃぁ俺三限行くッス。ありがとうございました! 楽しかったッス!」


 口笛を吹きながら、旋風のごとく林田は部室を去った。


 これは本当にマズい。

 悪気は全くないのはわかるが、去り際の態度は後輩として普通にマズい。

 それ以上に……勝ち逃げしたこと。

 むしろ勝ってしまったこと自体がかなりマズい。


「なんか元気な子だったね」


 春原先輩が口を開いた。


「お、面白い子だったね」


 癒しの像からも声が聞こえる。いつもの延ばし棒はない。


「すいませんなんか、失礼な奴で……。折角気を使ってもらってたのに……」


 失礼どころではない、バカにも程がある。

 接待してくれていたことに気付かず、自分の実力のようにはしゃぐ後輩などもってのほか、先輩の気遣いを無碍にしたことと同義だ。


 おそるおそる月無先輩の方を見ると……。


「いや~、まさか負けるとは思わなかったよー」


 文面はいつもの通りだが微妙に感情がこもっていない。

 ……目が笑ってないって表現の実例を見れるなんて貴重な体験だ。


 しかし覚醒を抑えるためになんとかフォローをいれねば……。


「ほんとすいません無遠慮な奴で……。折角楽しませようとしてくれてたのに」


 表情から感情が読み取れないことに戦慄する。

 これはもう遅いかもしれない。


「え、大丈夫だよ。そりゃ負けることもあるし。でも白井君あと数戦付き合ってね」


 なるほど、多分怒ってはいないのだろうがすぐに確信した。自分はこの後サンドバッグにされる。


「……お願いします。お手柔らかに」


 ……すでに破壊神として降臨した以上、怒っていないのは当たり前か。

 命を奪うことに何の感情も有さないに決まっている。

 春原先輩はそれをいち早く察したか戦線離脱、すでに秋風先輩の腕の中。

 本家ぬいぐるみモードのマイナス感情浄化作用も、破壊神と化した月無先輩には意味がない。

 ゲーム画面しか目に入っていないし『蹂躙すること』のみが顕現した理由。



 ――たった二カ月だったけど、大学生活楽しかったです。俺は精一杯生きました。



 §


 その後数十分、画面内では圧倒的な暴力の宴が催された。


 それはそれは恐ろしい黙示録的光景。

 ……目に毒と春原先輩を気遣っていたさっきの言葉はなんだったのか。

 一度でも負けると本気になるとは以前言っていたが、修羅の域すら超えた手加減なしの破壊神とは攻防の体すら成すことはなかった。


 何度目かわからない一方的な蹂躙の末、破壊神が一呼吸置いた。


「いやーごめんね。白井君。ちょっとスイッチ入っちゃって」


 ……機嫌が戻ったようで安心した。生の喜びも実感できる。


「めぐるちゃん、一回でも負けるとこうなる」

「久しぶりに見たわね~」


 怒っているわけではなく、単純にこういうものらしい。

 つまり不具合ではなく仕様。

 それでも残る不安を払拭しきれないので、恐る恐る怒ってないか聞いてみた。


「え、あれくらいで怒りはしないって。それに林田君面白いじゃん。失礼とかじゃなくてあれはただのバカでしょ」

「バカだったね」

「そうね~、バカね~」


 三人とも意外とズバズバものを言うが、満場一致でバカなので異論はない。

 バカということで林田は命拾いしたが、彼自身が一生知ることはないのだろう。

 失礼な言動は由々しきもので、それは別問題なのではないかと思ったが、実際本当にゲーマーとしてのスイッチが入っただけで、全く怒ってはいないそうだ。

 秋風先輩達もそれはわかっていたので、特にめはしなかった、と。


「でも後輩の立場であれはマズいので、後で言っておきますね。あいつ礼儀欠けてそうですし」


 改めてそう言うと、月無先輩は少し考えるような仕草のあと、思いついたように言った。


「そうだな~、じゃぁあたしのことめぐる先輩って呼ぶこと! それで今回の件はチャラってことにしよう!」


 この前あった一件を再び持ち出された。


 ……実のところファーストネームで人を呼ぶことに慣れていない。

 あだ名ならいいのだが、自分が呼ばれることにすら抵抗がある。

 ここまで気にする人も滅多にいないのだろうが、何故か昔からそうなのだ。

 やはり気恥ずかしさからそれはと言い澱んでいると……。


「……あーなんか口が滑りそうだな~。……一年全員の連帯責任だな~」


 何かが始まった。身に覚えのある何かが。


「白井筆頭にマジカブいてますよとか言っちゃいそうだな~」


 少なくともカブいた覚えはまるでない。ってかこの人の語彙は何なんだ。

 秋風先輩と春原先輩はくすくすと笑っている。


「めぐちゃん誰に言っちゃうの~?」

「そうですねー。ヒビキさんとか~……。名前を言ってはいけない例の~……氷上さんとか?」


 ひゃーとわざとらしく春原先輩が怖がった。

 冗談なのはわかるが……折れる以外に選択肢はないか、腹を括って要求をのもう。


「わ、わかりました。め……」

「め?」


 三人が声を揃えて期待の目を向ける。


「めぐる先輩……」


 それを聞いて月無先輩はいつものようにふふーと笑った。

 ぬいぐるみモードの二人も微笑ましそうにしている。


「でもほんと、元々ファーストネームで人呼ぶの苦手なのでめぐる先輩だけですよ……」


 月無先輩だから恥ずかしがっていると思われると何か誤解を生みそうなので、一応の自己弁解を加える。まぁ誤解でもないのだが、そうしておきたい。


「え~、めぐちゃんだけずるい~。私も吹先輩って呼んでほしいな~」

「え」


 まさか秋風先輩からもそう飛び出すとは。

 女神へ反逆する勇気もないし状況的にそうせざるを得ない雰囲気なので、仕方なくそれに従った。


「わかりました……。毒を食らわば皿までです」

「えー何それ! あたし毒~?」

「じゃぁ私は皿~」


 そんなやりとりをして、一件は収束した。

 居心地の悪さと良さが混在するかのような心境だったが、自分にとってはもちろんいいことに違いない。

 バカのおかげというのは非常に癪だが、そのおかげでこの三人とより親密になれた気がしたのはとても嬉しいことだった。




 隠しトラック


 ――その頃の三人 ~部室にて~


 ――白井、林田、廊下で問答中


「あの子どうしちゃったのかしらね~」

「今のって多分、一年で有名な子でしたよね」

「めぐちゃん知ってるの~?」

「なんか飲み会の時に確か」

「林田君でしょ? ……すごいバカだって。それよりめぐるちゃん、続きやろ」

「あ、そういえばそんなんだった気がする」

「へ~、バカなのね~」


 ―――数十秒後


「あぁ……。また負けた……。めぐるちゃん強い」

「そりゃあゲーム女だから! スーちゃんはまずABボタンの違い覚えないと」

「どうりで違う攻撃でると思った……」

「うふふ。……あら? 声しなくなったわね~」

「ほんとだ。何の話してたんだろ。吹先輩聞こえてました?」

「めぐちゃん達見てる時に雑音聞くわけないじゃない~」

「あれ、でもまだいるのかな。何やってるんだろ」

「そろそろ呼んできたら? 師匠なんでしょ? ふふ」

「え~、めんど。まぁずっとあのままもあれか」


「二人とも何してんのー? 早く入りなよー。……え、何? コント?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る