幕間 バカと破壊神と私 前編


 二限の授業が終わり、軽音の同期と昼食を取りに学食に来た。

 林田はやしだは口調は軽いがノリのいい奴で、ギターをやっている。

 先程受けていた授業の初回の時に話しかけられ、その時からの仲だ。

 大学入学時に上京してきて一人暮らしをしているようで、実家がそれほど遠くもないが同じく一人暮らしをしている自分とは自然と話題が合った。


 示し合わせたわけでもなく、二人とも値段の割に量の多いカレーをもって、長テーブルの一つに腰を下ろした。


「そういえば白井ってさー」

「んー?」

「授業と部活の時以外どこにいんの?」


 空き授業などの時はどうしているのかという質問だろう。

 実際スタジオにいないときは大抵部室にいるので、そう返した。


「あーそういえば部室あるんだっけか。行ったことねぇや。部室って何あんの?」

「んー、まぁゲームがあるな」


 すると林田も少しゲームをするようで、ソフトは何があるのかと訊いてきた。


「なんでもあるんじゃないかな。スマブラとかよくやるけど。大抵月無先輩が一人でゲームしてる気がする」

「月無先輩って代表バンドのキーボードの? あの人ゲームするのか」


 首肯すると林田はさらに続けた。


「いいよなーお前。美人の先輩に直接教えてもらってて。そのうち白井殺害計画でも企画されんじゃね」


 物騒な……と思ったがあり得ない話ではない。

 同パートが自分だけということもあって、他の新入生に比べて月無先輩と接触する機会は圧倒的に多いし、何よりこれまでもかなり目をかけてもらっている。

 ビジュアル的にも月無先輩はめちゃくちゃ可愛いし、他の新入生から妬まれる可能性は大いにあるというわけだ。

 先輩の素を知っている自分からすればおかしなことのように思えたが、それを知らない新入生からすれば憧れの的であるに違いない、そんな人なのだ。


「まぁ……同パートだしな。他にいないし、俺初心者だし」


 ふーんと若干訝いぶかるような視線を感じたが、何もないと判断してくれたようだ。

 実際何もないのだから、勝手にまとにされても困るというもの。


「よしじゃぁ飯食ったら部室行こうぜ。スマブラやろうスマブラ。俺地元じゃ一番強かったから」


 了承しつつも月無先輩が部室にいないことを祈る。

 先程の話題を引きずってのことではない、ゲームについてのことゆえだ。

 ……林田は多分強いのだろう。スマブラの競技人口を考えれば、どこかのコミュニティで最強となればある程度以上の実力があるのは予想できる。


 ……しかし、月無先輩は話が違う。

 人間界と修羅界という点でまず隔絶されている。

 「自称・地元最強」は大抵、本物の実力者になすすべなく屠られるもの。


「月無さんゲーム好きなら、勝てばいいとこ見せたことになるよな!」


 ……短絡的な結論で期待するのは何よりだが、これから林田のプライドがズタズタになると思うと既に同情を禁じ得ない。


 §


 食事が終わり、二人して部室に向かった。


「林田って三限あるんじゃないの?」

「遅刻していくからヨユー」


 悪い奴ではないが随分と適当なとこがある。

 というかまぁ……言っちゃなんだが部内では既にバカで有名だ。

 無遠慮な性格も垣間見えているので、もし先輩方がいた時に粗相をしないか心配でしょうがない。


 到着して部室の扉をあけると、案の定月無先輩がゲームをしていた。

 ソファの定位置には秋風先輩、それだけでなく春原先輩も床にぺたーっと座り一緒にゲームをしている。


「お、白井君おは~!」

「お疲れ様です。今日はなんかお揃いですね」


 可愛らしく女の子然とした佇まいの春原先輩とは対照的に、月無先輩はいつもどおりジーパンなのをいいことに無造作にあぐらをかいている。

 いつもの調子で秋風先輩がこちらに挨拶をし、春原先輩もちょこんと手を振る。


 促されるままに部室に入ろうとすると、後ろから服を引っ張られた。

 何事かと思い振り向くと……さっきまでの威勢はどこへやら、明らかにテンパる林田がそこにいた。

 代表バンドのメンバーであり、かつ顔面偏差値の高い三人を間近で見て言葉を失っているのか。……面白っ。


「後ろにいるのは~、ギターの一年生?」


 月無先輩の質問に代わりに紹介すると、遮るように林田が声を出した。


「じ、自分一年ギターの林田ッス! よろしくお願いしまッス!

 自分……あ、ギター弾けるッス! でもスマブラやりに来たッス! 

 あと……。え~……。……ッス!」


 様子がおかしいのでちょっとすいませんと言って部室から離れた。


「いくらなんでもテンパりすぎじゃね……。バグったかと思ったぞ……」

「だっておま、アレだぞ! そりゃバグるわ! あの三人アレだぞ! 可愛い先輩ランキグンで常に名前があがる三人だぞ!」

「あー……」


 下世話な話題は好きじゃないのであまり見ていなかったが、一年男子のグループチャットでそんな話題が出てたような気がする。 

 部内に可愛い人は多いが、中でも特に可愛いと挙げられていた中に含まれていた。

 確かに三人ともタイプは違えどすごく高いレベルにいる。


 ――月無先輩は見た目だけなら満場一致の美少女だ。


 ヘアピンで左に流したセミロングの黒髪が健康的な可愛さを演出し、人当たりのよさもあって誰からでも好かれるようなタイプ。何よりあの笑顔。魅力が集約されたかのような、あの笑顔の破壊力は一撃必殺といって過言ではないだろう。


 ――秋風先輩は男の理想を詰め込んだかのような聖母、いや女神。


 お嬢様然とした佇まいにのんびりした性格、腰まで伸びる金髪で理想テンプレの完成だ。溢れ出る母性と美しさは聖母を超えて女神のそれ、崇拝して然るべき存在感を放つ。癒しの像の異名は伊達じゃない。あと胸がめちゃくちゃデカい。


 ――春原先輩は可愛さ一点突破。


 超小柄なその姿は小動物のような愛らしさで、少しクセっ毛のショートヘアーがそれをまた引き立てる。仲良くなると意外とよく喋るというギャップも重要なファクターだ。その姿だからこそ許される仕草には否応なしに庇護欲を駆り立てられる。



 なんだか改めて整理する必要性を感じたので部室にいる三人を思い浮かべてみたが……確かにとんでもなくレベル高いな。

 他にも八代先輩を始めとして何人か挙げられていた方がいた気もするが、今のところ接点がない先輩達ばかりだったのでよく覚えていない。


「ってかお前なんであの三人の前で普通にしてられんだよ!」


 これまでの巡り合わせで感覚が麻痺していたが、新入生からは代表バンドはほとんど神格化されていて、ある種近づきがたい存在だったりする。


「しかもなんか仲良さげだし! 秋風さんにしろちゃんとか呼ばれてるし! うらやましいとかそういうレベルじゃねぇぞオメェ、アレだぞ……アレだ!」

「あ~……アレだよ、偶然って重なるじゃん?」


 説明するのが面倒だし適当に返そう。

 ……しかしよく考えてみればこいつの出方によっては、先程言っていた白井殺害計画が可決されかねない。

 この先が危ぶまれる事態は避けたい。何かいい方法はないものか。


 ……よし、いける。


 未だ落ちつきを取り戻さずテンパる林田に、ぶっつけで作戦を実行する。


「いいか林田、よく聞け……」

「お、おう……。何をだ……」

「さっきお前が見たのは幻想だ」

「え、いや何言って……」

「幻想だ」

「げ、幻想……」


 ……よし、かかった。


「部室には誰もいなかった」

「いやさっき三人い……」

「誰もいなかった」

「だ、誰もいなかった」

「そろそろ三限が始まる」

「さ、三限……」


 思った通り……こいつはバカだ。

 平時の思考を失ったバカ一人操作するのはたやすい。

 本当に暗示がかかってそうなあたりぶっちゃけ引くくらいバカだが今回は好都合。


「あと三分で予鈴がなる」

「あ、あと三分……」

「走らなきゃ間に合わない」

「は、走らないと……」

「GOだ林田!」

「俺、授業行ってくる!!」


 いっけぇぇぇーーー!!!


「二人とも何してんのー、早く入りなよー」

「チィッ!!」


 あと少しのところで月無先輩が部室のドアを開けてこちらを呼んだ。

 正気に戻った林田に腹を括れと言葉をかけ、部室に入った。


「フフッ、林田君だよね? どーぞ座って」

「は、はい! ッス! 林田ッス!」


 林田は未だテンパりつつも、多少落ちつきを取り戻した様子。

 改めての自己紹介含め先輩方と会話のていは成していた。


「そういえばさっきスマブラしに来たとかいってなかったっけ。折角だからしようか。四人いるし」


 月無先輩がそういうのでTVの前に四人で座った。


 春原先輩はコントローラーを握りしめたまま待ちわびていた様子。

 ゲーム好きなのだろうか。


「林田君スマブラ好きなんだ?」

「ひゃ、ひゃい。地元では強かったッス!」


 話しかけられるたびにテンパるものだからこちらもそわそわする。

 そんな中、春原先輩がぼそっと面白いねとこちらにつぶやいた。

 ……確かにこれだけみれば面白い光景だが、これから始まる殺戮ショーに今の林田の精神が耐えられるのか。

 それだけでなくバカさから失言をする可能性等、予測不能な状況にあれこれ考えさせられる。


 ……これだけよくわからない多面的な心配は初めてだ。


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