日常の彩り 後編

 前編の羨ましいあらすじ


 練習を切り上げ片づけていると、突然の雨でビショビショに濡れた八代先輩が。

 傘もなく立ち往生、移動を諦め八代先輩と二人でバンドのことを色々と決める。

 雨が止んで部室に移動して一人でしばらくゲームをしていると、今度は再び降り始めた雨でビショビショに濡れた月無先輩が。

 一日に二度も可愛い子のそんな姿が見られるとか白井てめぇ。




 今度の雨は一向に止む気配がなく、時刻は4時をすぎたころ。


「困ったなぁ……。傘持ってきてないんですよね。おっと」

「止まないねー。はっ。お、グッジョブ!」


 二人でずっとバイオハザード6をやっていた。


「俺バイトですよ今日。行きたくねぇ……」

「まぁいいことあるよ。あ、あっぶな。そこ次右から来るから気をつけて」

「了解ッス。ちゃんと左に受け流します」

「ネタ古いね」


 二人して熱中する。

 雨と夕方からのバイト、話題は暗いが、これがまた楽しく中々止まらない。


「先輩、六限あるって言ってませんでしたっけ」

「今いいとこじゃん。不可抗力でしょ今日は。雨だし。とりあえずこのチャプターまで。……あ。ピアァァーズ!!!」

「すいません死にました」


 クリスの真似して叫ぶのやめてくれマジで。


 雨でダウナーだからという理由で選択したゲームだったが、先輩がいちいち画面内の様子に反応するのでそこまで静かではなかった。

 文系大学生の自堕落さここにありといった感じだが……雨だから仕方ない。

 ちなみに先輩は5以降のムキムキのクリスが大のお気に入りだそうだ。

 

「ふー、ちょっと休憩しよっか。バイオはメガネ必須だから疲れる~」


 いやもう常にかけててくれマジで。超可愛いんだよそれ。


「それにしても雨あがりませんね」

「そうだねー。レイニーブルーってヤツだね」

「いや結構テンション上がってたじゃないですか」


 こちらの操作キャラ、ピアーズが死ぬたびにクリスの声真似をして叫んでいた。

 

「そうだ! こんな時はゲーム音楽を聴こう! 何がいいかな、さっきメルルやってからメルルからかな!」

「こんな時に限らずいつも聴いているじゃないですか」

「ふんふ~ん」

「え、無視?」


 ツッコみはまるで相手にされず、先輩はスピーカーにウォークマンをつなげた。


「こういう時の気分は~、これだね! ループ再生にしちゃおう」


 そういって流された曲はメルルのアトリエの中でも特別綺麗な曲。

 雨の景色によく合うアコギのアルペジオから曲は始まる。


「モディス旧跡きゅうせきの曲でしたっけ。この曲すごい綺麗ですよね」

「そうそう『寂然じゃくぜんの宿』! これいいよねー。儚げだけどどこまでも綺麗なメロディ! たまんないよねー」


 なんとなく、雨が上がるのを待つ今の気分に合う。

 落ちついた空間が部室内に演出された。


「結構その時の気持ちとか、見てる景色に合わせて曲決めるんだ~。なんか上がりきらない今の気分にはぴったりだよね」


 なるほど、今の状況も相まって納得だ。


「どんな状況でもその時聴きたい曲ってのが見つかるのは、ゲーム音楽ならではのよさだよね! 日常に彩りをつけてくれるっていうか。ほんとはあんまり使いたい言葉じゃないんだけど~……こういう時ばかりはBGMっていう特性を最大限に活かして演出してくれるってわけだね!」


 BGMか……そういう聴き方もあるか。

 曲の扱い方とも言えるかもしれない。


 確かに、気分や情景に合った曲を流すのであれば、そのものズバリなゲーム音楽はうってつけのように思える。

 気分を変えたい時にも使えるだろうし、人によっては他の音楽のそれよりも効果があるかもしれない。


「でもこの曲のステージ雨降ってないですよね」

「まーそうだけどいいのいいの。曲から受け取ったイメージはこんなところでも合うってだけじゃない。ゲームの場面から離れても活躍できる名曲ってことだよ!」


 改めて聴くこの曲は非常に美しく、ゲームで聴いている時とは一味違うような楽しみがあった。

 プレイ中では気付けない細かなフレーズや音色の変化、その時の聴こえよりもずっと精巧に作られていることに気付いたりと、何周か聴いても飽きずに新しい発見がある。


 ゲーム音楽をゲームと切り離して楽しむ方法と、切り離した時に初めてわかるよさを知るいい機会だったかもしれない。

 うるさすぎない程度に窓を打つ雨音が、また不思議と曲に調和するようだった。


 ……しかしふと思う。

 いつの間にかソファーで寝転んでいる先輩に声をかける。


「先輩」

「んー?」

「すっごい今の状況に合う曲なんですけど……。テンションは上がらなくないすか」

「……だよね」


 曲は気分にすごくマッチングしていたが、それを助長するだけで転機とは全くならなかった。


「ふふっ……。あはは! なんかおかしいね!」


 先輩が笑いをこらえられなくなり、釣られてこちらも笑う。

 何だこの状況と二人で笑っていると、部屋が少し明るくなった。 


「あ……。止んだね」


 雨が上がり、雲間から陽が差す。

 偶然というには出来過ぎなタイミングな気もしたが、相乗効果で気分もよくなった。


「よかったねー、バイト行けるじゃん。いいことあるって言った通りだね!」

「いや行けるじゃんって、雨でも行きますけど」


 バイト先は自転車で向かうので、雨が上がってくれて助かった。

 雨だからとサボるようなことはあり得ないが、本当にテンションだだ下がりのまま始業時間を迎えるところだった。


「そういえば白井君、何のバイトしてるの?」


 大学生らしい話題のハズだがバイトの話はあまりしたことがない。

 自分のバイト先は下宿先から徒歩20分程度、大学がある駅の隣駅に近いコンビニ。

 川沿いにあり客の入りもそこまで多くない、かなり楽な仕事場だ。


「あそこで働いてるの!? あたしん家のすぐ近くじゃん!」

「え、先輩その辺に住んでるんですか?」


 隣駅に住んでいるとは知っていたが、バイト先のすぐ近くだとは。

 距離が近くなった気がして嬉しいが……この人平気で襲撃かけてきそうだな。

 実際、大学の人に見られたくないという意味でも少し離れたところを選んでいた。


「よし、じゃぁ一緒に歩いていこう! あたしももう帰るから」

「……バイト先に突撃してこないでくださいよ」

「や、やだなぁ、あたしそっちのコンビニあんまり行かないし。そんなことしないよ。……多分」

「今何か聞こえたんですけど……」


 就業中の姿を見られるのはなんとなく恥ずかしいので、割と本気で釘を刺しておく。


 §


 二人で肩を並べて川沿いを歩いている間、どぎまぎするような気持ちもあったが、楽しそうな先輩を見ていられれば今はそれで満足だった。


 先輩は雨が上がったのが嬉しいのか、上機嫌に鼻歌を歌っている。


「『不思議なレシピ』ですか?」

「うん、今の気分にぴったりだからね!」


 今日はアトリエの気分なのだろう、自分もよく知るロロナのアトリエのエンディングテーマ。


「いい曲ですよね。まさにロロナのエンディングって感じで」

「そう、まさにロロナってかんじ! アトリエシリーズって本当に世界観大切にしてるんだなってよくわかるっていうか!」


 ハッピーエンドという雰囲気の明るい曲で、ゲームと主人公のイメージにぴったり、そんな曲。

 喜びの涙を誘うような名曲で、これが中々嫌みもなく心に残る。


「わかりますそれ。他のシリーズまで全部はやってはいないですけど。アーランド三部作が一番好きですね。曲はちょっと順位つけられないですけど」

「あたしもそうなの! キャラクターも可愛いし、曲も最高だし! もちろんほとんど全部やってるんだけど、ロロナトトリメルルの三人が一番好き!」


 完全に共通するゲームの話題なので、途切れることなく盛り上がった。


「三部作を通してやったあとに曲を一通り聴き直すとまたたまらないのよ!全部共通しているようで、しっかり曲の変化もあるっていうのがすごくニクい!メルルやった時めっちゃくちゃ衝撃受けたの!え、これマジですかって!」


 あら? いつのまに……。


「戦闘曲が特にそうなんだけどまずはロロナの通常戦闘曲『Full-Bokko』!これが可愛い!戦闘というよりはポカポカ喧嘩って感じが天然ボケなロロナのキャラクターにすごく合ってるの!ちょっと間抜けな印象の曲だけどロロナのアトリエだなって感じがたまらないのよね!そんで今度はトトリ!『Yellow Zone』!これがまたいいの!気弱なトトリが冒険に出て物語を通して強くなっていく、そんな意味を感じさせるような気がするよね!もちろんそれをずばり示すような曲もあるけどやっぱり通常戦闘の時点で滲み出ちゃ~中略~」


 あらあら。お久しぶりです。


「そんでもって満を持してのメルル!ここで!最終作!『Estrella』を初めて聴いた時は衝撃だったな~。もうびっくりしちゃって戦闘止めちゃったもん!……え?……ラテン?ここまでの流れは……?……え?……めちゃカッコいいじゃん!!!って!曲名からスペイン語だし!ジプシーキングスもビックリだよって!影響受けてる作曲家の方多~中略~」


 気にしない気にしない。これは発作のようなものなんだし。


「しかもメルルはボス戦もハンパじゃないのよ!」


 はい、ボス戦突入です。

 トトリやジオおじ様ばりの無限攻撃ですわ。


「ロロナもトトリもボスは通常戦闘のアレンジになってるからキーがAmに移調されてても雰囲気はガラッと変わってるけど全く別物って感じじゃないでしょ?でもメルルは違うの。通常戦闘がスパニッシュにクールに決めてきたと思ったら今度はいきなりのメタルよ、メタル!これまた一瞬何が起きたのかと思ったわ……しかもこれの出来がまたいいのよ!メタルとゲーム音楽が意外に相性いいのはわかるけどアーランド三部作の最後で急にブチ込んできちゃうんですか!?っていうね!これはもうあたしはご褒美として受け取ったね!ご褒美!三作全部やったご褒美!『Estrella』の時点でもういくらでもお釣りがでるくらい最高だったけどなんだか報われた気持ちになったわ!しかもそれだけでも十分なのに『Astarte』のハープシコードのソロなんて鍵盤奏者にとってご褒美の次元を遥かに超えるかっていうカッコよさなもんだからもうこんな曲作ってくれちゃって本当にありがとうございます!ってガスト本社に電話かけたくなるくらいテンションあがっちゃっ~以下略~」


 長い長い。


 しかも今回は久しぶりだからというだけでなく完全に共通するゲームの曲なので、こちらが曲を知っている前提でガンガン飛び火していく。

 さすがに曲名を全て把握しているわけではないので、やはりついていけなくなる。

 しかも不幸なことにゲームの場面と曲名が独立しているので、それだけ言われても大抵どのシーンの曲かわからない。


 §


 結局その後、他の曲についてもひとしきり語り、先輩は満足したのか正気に戻る。


「いやぁごめんごめん、久々に活きのいい話題だったからつい……ね」

「……晴れてよかったですね」

「……フフッ、そうだね!」


 先輩の笑顔は、川沿いの木漏れ日に映えて数倍増しの破壊力を見せつけた。

 久々の状態異常だったが、全く嫌ではなかったし、これだけいいものを見れたのだ、十分にお釣りがくるだろう。

 ……正直CDジャケットに出来るんじゃないかと思うほど。


 先輩も本当に満足したのだろう、こうやって好きなだけ語ることで先輩が喜ぶならと、雨上がりの気分もあってか今まで以上に前向きに思えた。


 晴れるまでは終始気の抜けた文系大学生らしい一日だったが、バイトの前にここまで晴れやかな気持ちになれたのは、やはりゲーム音楽のおかげか。

 ある意味で自分にとってもゲーム音楽は決して放せないものになっていた。


「そういえば先輩ってロロナみたいなとこありますよね。あだ名つけたがるし」

「え、何、可愛いってこと? よ、よせやい」

「……主に第二部の」

「アホの子ってことじゃん!」

「三部でもいいですけど」

「子供じゃん! ……むー」


 バイト先のすぐ近くにある橋で、先輩と別れた。

 橋の向こうを指差してすぐそこと言っていたので、本当に目と鼻の先のようだ。


 気分は非常によかったが、過去最高の笑顔とバイト先襲撃の可能性への不安、良くも悪くも思考の全てが月無先輩に埋め尽くされ、結局その日の仕事は全く身が入らなかった。





 隠しトラック


 ――その晩の白井 ~バイト先にて~


 ――白井、品だし中


 いやしかし今日はほんとグダグダだったけどやっぱ可愛かったな。あの一瞬写真に収めたかったわマジで。アトリエのサントラジャケみたいだったわ。金払ってでも撮らせてほしいわ。


「白井! 品だし遅いよ! 何やってんの!」

「あ、すいません!」


 うわレジ混んでんじゃん。フォロー行かないと。

 ……あの人まさかバイト先に来たりしないよな。いや来たら来たで嬉しいんだけど恥ずかしいというかなんというか。


 ――白井、レジ打ち中


「あれ? 白井じゃん」

「あ、えぇ!? 八代先輩!?」

「お~客だぞ? いらっしゃいませ言えよ~」

「い、いらっしゃいませ……」

「邪魔する気はないから安心して。ここよく寄るからたまに会うかもね。じゃ!」


 びっくりした……。恰好を見るにランニング中ということか。しかし八代先輩も八代先輩で健康的な色気と言うかなんというか……。


「あの子……。知り合い?」

「はい、部活の先輩で」

「ちょっと褐色っ子……。あれは……いいものだ」

「わかる」



*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。

『Full-Bokko』― ロロナのアトリエ

『不思議なレシピ』― ロロナのアトリエ

『Yellow Zone』― トトリのアトリエ

『Estrella』― メルルのアトリエ

『Astarte』― メルルのアトリエ

『寂然の宿』― メルルのアトリエ

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