255倍楽しむ方法 後編

 前編のコアなあらすじ


 バンド練習の時に聞いた内容から、白井は疑問を得る。

 「音楽を研究する」とは何か、それについて先輩はゲーム音楽のためと語る。

 常人は到底しないコアな聴き方、それを聞いて白井は改めて驚かされる。

 月無先輩の情熱に惹かれる白井は、その聴き方に興味が湧いてくるが……それ踏みこんじゃっていいヤツなのか、白井の運命やいかに。




「でもそれも楽しそうですよね。何かわかりやすい例とかってありますか?」


 すると月無先輩は嬉しそうに反応した。


「気になる!? よかった嬉しいな! ふふ~、実は白井君にはその素質があると思っていたのだよ!」


 では一例、とスピーカーに先輩愛用のウォークマンをつなぐ。

 満面の笑みを浮かべながら先輩は曲を流した。


「よ~し、折角だからあたしの一番好きな曲で……。まずはこれを聴くのだ!」


 そう言いつつ流したのはファイナルファンタジーⅣの『最後の闘い』。

 小学生の頃にラスボスの見た目の怖さが若干トラウマだったこともあり、非常に強く印象に残っている。

 とはいえ自分もかなり好きで、あぁ、と声を出す。


「お、知ってるね~。この曲の前半部分のベースラインしっかり聴いててね~」


 そう言われ、ベースに耳を集中する。

 注目して初めて気付くが、独特なアルペジオが素晴らしくかっこいい。

 とりあえず一周、と最後まで曲を聴いた。

 最初から最後までクライマックスで、聴きどころしかない改めていい曲だ。

 こんな曲分析をし始めているあたり自分も先輩の影響が出てるかもしれない。


「はーかっこいい……。ほんとこの曲なんでこんなかっこいいんだろ」


 うっとりする先輩に次はと催促する。

 続きが気になって仕方なくなっていた。


「あ、ゴメン、ついトリップしちゃったよ。じゃぁ次はこれ! 拍子違うけど多分すぐわかるよ。組曲だから途中で切るね」


 流された曲は全く知らない曲だった。


「なんだこれ、目茶苦茶カッコいい……」


 つい言葉に出ると、先輩がふふーと笑った。

 冒頭部分の低音のフレーズは確かに似ている。 

 そう思いながら聴いていたが、途中から驚きが隠せなくなった。 

 めくるめくフレーズのそのどれもに不思議な聞き覚えがある。

 ……というかFFで聴いたことあるようなものばかりだ。


 ボーカルが入ってきたところで先輩が曲を止めた。 


「今の最後のとこはⅥの妖星乱舞にそっくりだよね。こういうところから影響受けてるんだなってよくわかるでしょ?」


 納得するような声を出してしまう。

 今の曲を聴いたらこれがルーツなのかと思えた。

 他にも色々と聞き覚えのあるようなフレーズや音色があったし、一曲に留まらず、何曲にも応用しているのかもしれない。


「テンポも拍子も違うから聞こえはちょっと違うけど、実はこれ譜面で見るとアルペジオの形ほんとそっくりなんだよね。少なくともこういうの聴いてないとFFの戦闘曲のプログレ的なアイディアは出てこないんじゃないかな。キメの部分もきっとここから影響受けたんだろうな~って」


 直前に聴いた『最後の闘い』のことを言ってるのだろう、聴き比べでかなりわかった気がして、なるほど以外に言葉が出なかった。


「すごいよね、こんな難しい曲から影響受けて、しっかり自分のものにできるなんて。あ、ちなみにこの曲はE.L.P.の『噴火』って曲ね! アルバム今度貸すよ。他のプログレ系もよかったら聴くといいかも。ピンと来るのいっぱいあるから」


 確かに、真似しようにもできるようなものじゃない。

 参考にして曲を作っても普通なら安易なパクリになりそうなものだ。

 しっかり自分の中に落とし込めるなんてすごい技術だ。


「この曲最初に聴いたのは本当にたまたまだったんだけど、衝撃だったな~。あたしの一番好きな曲にそっくりじゃん! って」


 その発言を受け、一つ気になったことを訊く。


「ゼロムスが一番好きなんです?」


 月無先輩の好きなものを把握しておきたい……というわけではないが、単に一番という言葉が引っ掛かった。

 すると先輩は思い出をなぞるようにして語り始めた。


「そうだね~、この曲は特別かな~。あたし一番最初にやったRPGがFFⅣでさ、もーとにかくハマったの。ストーリーも好きだし、単純に面白かったし。何より曲が全部好きだったの。それでもっとゲームに引き込まれたし、ほんとに夢中で毎日やってたわ。小学生のときだったんだけどね」


 自分もFFⅣは好きだった。

 始めてやったRPGではないが、王道の中の王道といった明快さは名作として心に残っているし、もちろんその音楽も然りだ。


「それでね、初めてこの曲を聴いた時ね、これ、最後の闘いなんだなってすぐに実感できて、涙が出るくらい感動しちゃったのよ。まぁ涙はゼロムスの見た目が怖かったのもちょっとあるんだけどね。これで終わっちゃうんだなって、エンディングはまだなのに、おかしいよね」


 一番の思い出なのだろう。いつになく楽しそうに先輩は語った。

 それとゼロムスはやっぱり誰しもトラウマになるようだ。キモいもんアイツ。


「聴いた曲はどれも大好きなんだけど、この曲だけはなんか集大成! って気がして別格に感じたの」


 共感しつつ相槌を打っていると、ある異変に気付く。

 思い切って冗談めかしく伝えてみる。


「ところで先輩今日も発作出てませんね……朝でもないのに」

「……フッ、そういう時もあるってもんさ」


 イケメンな返しで華麗にスルーされ、先輩は話を続けた。


「絶対今度イヤんなるくらい語ってあげるから覚悟しときなさい。で、実はあたしこの曲から本気でゲーム音楽が好きになっちゃったのね。全クリした次の日にはサウンドトラックを買いに行ってたり」


 殺害予告か、さらっと恐怖するようなことを言われた気がしたが……この曲が先輩の原点であることが知れたのは少し嬉しい。

 ゲームのサントラを買いに行く女児童など聞いたこともないが。


「何千じゃ利かないくらい何度も聴いてるはずだからさ、E.L.P.の噴火を聴いた時にはすぐに確信したんだ。ゼロムスの曲作った人はきっとこういう音楽が本当に好きなんだ! って」

「なるほど……なんか運命的ですね」

「フフ、実際は勝手な思い込みかもしれないんだけどね。でもあたしが研究って名目で色んな音楽聴くようになったのはそこから。この2曲から始まったの。植松様がどんな曲を聴いて過ごしてきたのか知りたい! って」


 月無先輩は研究を通して、ゲーム音楽作曲家の追体験をしようとしているのかもしれない。

 ゲーム音楽をゲームから独立させて考えてることの証左にも思える。


「それにね、単純に楽しいんだ。いろんな音楽に触れることって。ゲーム音楽と繋がらなくても。ゲーム音楽だけ聴いてたら、他のいい音楽との出会いもないでしょ? それに逆もまた然りよ! ゲーム音楽から影響受けている人だって沢山いるし、そういうの聴くと、ふむふむー、君もゲーム音楽好きかねー、とか思ったり! フフッ!」


 先輩はゲーム音楽だけじゃなく、ちゃんと音楽そのものが好きだ。

 その上でこそ気付ける魅力みたいなものだろう。

 実感できる例はまだ今回の一つだけだが、納得はいくものだった。


「そんでさそんでさ、バンドのルーツなんてよく言うけどさ、それって一つのバンドに対してそんなに多くないはずじゃない?」

「まぁ確かに……。あれこれやってても何がやりたいのかわかりませんしね」


 印象の悪いものだと、安易に形式だけ抜き取ってるだけに聴こえるものもある。

 そこまで詳しくない自分でも、そういった印象を受ける経験は幾度かあった。


 色んなエッセンスを使いこなした楽曲、それを作れる人がどれだけいるか。

 しかもゲーム音楽ならそれを多数扱うわけだし、実際とんでもない技量が必要だ。


「ゲーム音楽は色んなジャンルの曲を扱うわけだから、それが尋常じゃない数になるわけよ! そのルーツを全部めぐれたらすごく楽しそうじゃない!?」

「すごい長旅になりそうですね」

「……ルーツを巡るめぐる。 フフフフ……」


 ……どうしても言いたかったのか。

 こういうとこですよ、頭良いって信じたくないの。


「と、ともかく楽しいの! それがあたしの研究内容!」


 下らないオチがついてしまった気がするが、先輩特有の楽しみ方を色々と知れた。

 作曲家の中には扱う曲のジャンルによって勉強を怠らず、例えばそれが民族音楽ならばわざわざ現地にまで赴いて実物を聴く人もいるそう。

 先輩の楽しみ方はゲーム音楽だけでなく、作曲家の方々の努力に対する敬意の表れでもあるのだろう。


「だから色んな音楽も同じくらい聴くんだけど~……結局それもゲーム音楽する中の一つでもあるってワケね!」


 ゲーム音楽するという謎ワードは思いの外、含意が広そうだ。

 

 それに、ゲーム音楽以外の音楽も心から楽しんでいて、研究とは言え、ひたすら楽しいからやっている面もあるようだ。

 ゲーム音楽がぶっちぎり一番なのは当然としても、他のものも本当に好きで、だからこそ相互的に楽しめ、本気で何十倍も楽しんでいるんだなと思わせた。


 自分にそんな余裕はまだないが、いつか月無先輩のように、音楽をより深く楽しめる日が来るのかと期待してしまうような出来事だった。






 隠しトラック


 ――会話のない食卓 ~部室にて~


 ――白井とめぐるゲーム対戦中


「そういえば先輩ちょっと訊いていいですか」

「ん? いいですとも」

「代表バンドってバンド飯の時どんな感じなんです?」

「んーそうだなー。お、惜しいね! でも飛び道具は効かんぞ。

 ……白井君ゲーム中話するの苦手じゃなかったっけ」

「あー、どうせ負けるので別にいいかなァァァッ!! ……って」

「ダメだよ集中しなよ。だから今みたいなやられ方するんだよ」

「……はい。すいません」


 ――休憩中


「で、バンド飯だっけ」

「そうですそう。ちょっと気になっただけですが」

「んー、まぁうちのバンド8人だから大体席4・4でわかれるじゃん」

「男3人でしたっけ?」

「そだよー。だから女子4人席ともう一個ってかんじだね」

「もう一個の方……、男3女1ってなんか罰ゲームみたいですね」

「実際罰ゲームとして使ってるよ」

「え」

「まー、ネタだけど。ヒビキさん喋るけど~、氷上さんと土橋先輩あんま喋らないし」

「あ~……。こわっ」

「しかもヒビキさんも食べてる時全く喋らないから食器の音だけが響くよ!」

「こわっ。見てる分にはめっちゃ面白そうですね」

「見てる分にはね。ちなみに前回はあたしが罰ゲームでした……」

「……どうでした?」

「あたしが全く喋らなくなるって言えばわかる?」

「あ、よくわかりました」



*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。

(今回のように一般アーティストの曲が出た場合、曲名とアーティスト名も記載)

 『最後の戦い』― Final FantasyⅣ

 『Tarkus』― Emerson Lake & Palmer

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