絆というもの 後編

 前編の心配なあらすじ


 部室に行くと三年生のトロンボーン、秋風あきかぜ先輩と遭遇。

 月無先輩を見るのが好きと言う彼女は癒しの像の如く動かない。

 パワプロをする月無先輩と、話を続ける白井。だんだんと話が曲にシフトしていき、月無先輩も少しずつテンションが上がって……。

 どうなる白井、そして状態異常は大丈夫なのか月無先輩。いざプレイボール。




 月無先輩はペラペラと話を続ける。


「試合の曲好きなんだ。どれもカッコいいよね! ブラスロックでここまで完成度が高い曲は中々ない! ってくらい最高なの多いからあたしも大好きだよ! あたしブラスロックって華やかで大好きなんだよねー。まぁ本物のブラスロックとはちょっと違うけど、それを上手く組み込んでてさ。しかも白井君この曲と10の超決っていいとこついてるじゃん!」


 ブラス……あぁ金管楽器か、それが入ったロックのことかな。


「全部カッコいいと思いますけどね。ラッパといえば野球って感じしますしね」

「そうなの! パワプロの試合にかけるものみたいなのが伝わってくるのがたまらなく好きでさ! パワ松の気持ちがわかるような、ね!」


 あ、これヤバいんじゃね。


 先輩の調子マークはどんどん上がっている。

 会話を成していたし、自分も積極的に色々と話していた。


 ……いや、正しくは話してしまっていた。


 ちょっとクールダウンさせないとマズいかもしれない。

 一球外して打ち気を逸らさねば。


「あ、次の打席きまし」

「ロック基調でバトル曲みたいなテイストもありながらもやっぱり試合の曲だなってわからせてくる説得力!球児たちのアツい想い!坦々とした曲もいいけどやっぱり熱血ってかんじの疼くような、それを呼び覚ますような感覚はパワプロでしか味わえないの!血のにじむような努力とチームメイト達とのアツい友情が発揮される場面ってこと考えたらどの曲も思い入れが詰まっちゃうってもの!どれが一番いいかなんてなかなか決め~中略~」


 マジかぁ……。


 ――語りはぐんぐん伸びていく。


 気付いた時にはもう遅い。

 言葉は遮られ、いつの間にか始まってしまったこのつるべ打ち。

 ゲーム画面なんていざ知らず、既にコントローラーは置いて超集中モードに入ってしまっている。


 秋風先輩もいるし大丈夫と高を括っていた先程までを猛省。次に括るのは腹だ。


「だからどの曲も最高なんだけど、特に12の練習試合の曲はコードの使い方が本当に最高なのよ!同じルートでのメジャーとマイナーの使い分けでこれ以上の曲は中々ないわ!サビ前の盛り上がりでメロディの裏でFmからFmajに切り替わる鮮やかさは鳥肌もの!ここからサビだなって無意識に予感させる完璧なコード使いよね!サビの進行もE♭の次はGじゃなくてG/E♭、その次はA♭、A♭mって、 ルートを安易に動かさないでドミナントの響きを強調するもんだから、メロディの素晴らしさも相まって最高に引きこまれるちゃうの!まさに支配って感じよ!採譜した時一小節ごとに感動しちゃったわ!パワ~中略~」


 うん、全くわからん。

 しかも自分がコードの勉強を始めたせいか、曲内容にやたらと踏み込んだ話だ。

 恐ろしいことに語りのリミッターが一つ外れたということ。

 そうなってしまえば全くもってわかるわけがないし、今まで以上に言葉の羅列を抵抗することなく浴びるだけ。


 一応相槌は打っておくか……。


「そ、そんなによく出来た曲だったんですね……」

「よく出来たなんてもんじゃないよ! あたしがこの曲からどれだけ学んだことか!」


 ん!? 言葉が通じた!?

 なんと今回は奇跡的に言葉が通じた。もしかしたら引き返せるかもしれない。


「でも試合曲以外も最高なのよね! パワプロは!」

「あ、さっきのあおいのきょ……」


 しまったァァァァァッ!! 言った瞬間それとわかる当たりーッ!!


「ほんとよ!あおいちゃんの曲!なんでこんなにいいのかって話よ!パワプロと言えばサクセスの高校によって曲が違うのも特徴だけどそのどれもがちゃんと高校の特色を表現してるってのはさすが!これぞゲーム音楽っていうテーマ性がちゃんと見えてくるの!そんな中12は先生によって曲が替わるからキャラクターのテーマっていう位置づけもあって一味違うの!あおいちゃんの明るい性格と最高の笑顔を表現したかのようなこの曲のよさったらないわ!Emajの明るさがハッキリでるその特色が完璧に使いこなされた可愛くも綺麗なメロディが最高なの!サビのメロディで出てくる増四度の経過音がまたその~中略~」


 うん、聞きもらすわけないよね。

 ロックオンバット持ってるに決まってるわ。


 こちらの失投はもちろん見逃してもらえるわけもない。

 先程の会話がちゃんと頭に残っていれば、あおいの名前だけは出してはいけなかったことに気付けたかもしれないし、まだ被害は抑えられただろう。


 再び始まってしまったこの猛攻、最早コールドゲーム以外の結末はなさそうだ。


「高校それぞれの曲って言ったら他にもたっくさんいいのあるけど~以下略~」


 あぁ……他の曲にまで飛び火した。


 もはや一人ラブパワー。

 先輩の調子マークはうきうきなんて程度を超えて飛び跳ねている。

 飛び火した先はメッタ打ち、それぞれの曲に語りが入る。

 次はこの高校、その次はこの高校、挙句の果てにはホームラン競争やメニュー画面の曲まで、余すことなくパワプロの曲について語った。


 そして完全に失念していたことに気付く。


 ……秋風先輩の存在だ。


 おそるおそるそちらの方に目を向けてみた。

 秋風先輩がこの状態異常を見るのはもちろん初めてだろう。

 でも、引いているというより、あらあらといった様子で少し驚いていた。

 ヒートアップしつづける様に多少心配そうな視線を送っているあたり、めぐちゃんどうしちゃったのかしら、等と思っているに違いない。


 あ、こっち見た。

 「これ大丈夫なの?」といってるような気がしたので、頷いてみる。


 ……あ、やっぱり何も伝わらないですよね。

 自分でも意味わからないことをしたって思いますもん。


 §


 もう何曲目かわからない語りを終え、こちらに勢いよく振り向いた先輩。

 目に入ってやっと秋風先輩がいることを思い出したか、ハッとなる。


 一人ラブパワー中、先輩はリクライニングチェアーに座ったままで、こちら側にはずっと背を向けていた。

 さらに言えば先輩はゲーム音楽状態に入りきると、外部からの接触を遮断する。

 視界も脳内の回想に奪われるのか、文字通り周りが見えなくなる時もある。


 これ完全に秋風先輩のこと忘れてたな……。


 すると途端にしゅんとなってしまった。

 自分は慣れたものだが、今回は状況が違う。

 無言になり、再びこちらに背を向け、うつむいてしまった。


「ごめんなさい、二人とも……」


 困った……何と声をかければ。

 秋風先輩に助けを求めて視線を送ると、とても心配そうな目を月無先輩に向けていた。


「……めぐちゃん大丈夫よ?」


 秋風先輩が声をかけると月無先輩はおずおずとこちらに振り向いた。


「引きますよね……。こんな自己中に一方的に話しちゃって」


 自分には何度もやってるのに……と思ったが秋風先輩は特別なのだろう。

 すごく仲のよい彼女にあの姿を見せたくなかったか。


「あたし、ゲーム音楽の話になると夢中になってこうなっちゃうんです……。今まではずっと抑えてたんですけど、白井君ゲーム音楽好きだから嬉しくなっちゃって。引きますよね……ゲーム女って言われてるあたしが実はゲーム音楽女だったなんて!」


 ……いや、そこじゃないだろ。


 しかし口に出す雰囲気じゃないのでツッコみは心の中で。

 この状況で自分にできることはない。


「何で謝るの? 謝ること何もないじゃない~」


 月無先輩はきょとんと不思議そうな顔をした。


「本当に好きなことなら全然いいじゃない。そのくらいで引くわけないよ~」


 女神かこの人。

 民の全てを優しく享受する女神なのか。


「でもこんな迷惑かけちゃって……」


 月無先輩も簡単には引き下がれないのか、無理して気遣ってくれてるのだと決め込んでどうしても謝るスタンスだ。


「ちょっとびっくりしちゃっただけで何も気にしてないよ? めぐちゃんが一番好きなもの、話せる相手ができてよかったじゃない~」


 得能に母性◎とかついてそうだ。

 ここまで寛容な人は初めてみたし、本当によき理解者なのだろう。


「でも白井君にも迷惑かけちゃってるし……」

「それ今更気にします!?」


 ……つい反射的にツッコんでしまった。

 慣れてきたので今更気にするわけがないし、何よりそれが嫌だとも思っていない。

 ツッコミついでにこちらもそれを伝えた。


「ほら、しろちゃんもこう言ってるんだし、元気だしなよ~。私は楽しそうにしてるめぐちゃんが大好きだよ。さっきのめぐちゃん、すごく楽しそうだったよ~」


 ……いつのまにか自分のあだ名がしろちゃんになっている。

 おかしな体験を共有したおかげか、仲間として認められたのかもしれない。


「それにずっと抑えてたんでしょ? そういうのは自己中って言わないよ~。バンドでもいつも好きな曲とか出さないの心配してたんだから~」


 そのあたりは部長と同じ、先輩方はこうもよく見てくれているのかと感心する。

 それに、一切嘘ではなく本心で言っているのが初対面の自分にもわかる。

 月無先輩もそれはわかっていたのだろうが、どうにも不安だったようだ。


「……本当に? 引かないです?」

「うふふ、本当よ~」


 ぐずる子供をあやすように、秋風先輩はほほ笑んだ。 

 するとそれを見て月無先輩もやっと安心できたようだ。

 緊張の糸が切れたかのように大きく息を吐いた。


「よかったぁ~。吹先輩に嫌われちゃうかと思って本当にショックだったんです~」


 ……何故だろう、何か釈然としない。

 こういう発言を聞くと何か置き去りにされてる気がする。

 月無先輩は安心しきったのか、目尻に少しだけ涙を浮かべていた。


「めぐちゃんを嫌いになるわけないでしょ~。ほらおいで、ぬいぐるみモ~ド~」


 ぬいぐるみ……?

 謎の号令で月無先輩は立ち上がり、ソファーに座す秋風先輩の横に座って嬉しそうに身を預けた。

 これは……これはマズい。


 美少女と、女神のようにその頭を撫でては慈しむ姿。それだけ絵になるのは当然だがぬいぐるみモードと称したこの友情、いや愛情タッグ。視覚満足度過去最高と言って過言ではない。先程までの心配や懸念、疲労感に至るまであらゆる負の感情がまるで浄化されていくように消えていく。なんという女神の力、女神の加護。そうか、この人、秋風先輩はそうなのだ。軽音楽部に顕現なされた本物のめが


「ふふっ、白井君、吹先輩に見惚れ過ぎだよ!」

「はっ、いやそんなつもりでは」


 一瞬正気を失っていた……人のこと言えねぇ。


「も~、いくら吹先輩が美人だからって!」

「いやまぁ……。すいません」


 何故だろう。月無先輩に制止を受けるのはすごく納得がいかない。

 今日はことごとくツッコミどころを逃している気がする。

 そんな自分を尻目に、月無先輩は猫のように秋風先輩にじゃれつく。

 このぬいぐるみモード、尋常じゃない見た目の破壊力である。


「でもよかったね~、一番好きなものお話できる相手ができて~」

「うん! 白井君はいいヤツだよ!」


 ……なんか二人の世界に入り込んでしまっている。

 まぁいい、こちらから注意が逸れたなら広がる桃源郷を凝視させて頂こう。


「今日みんなでお夕飯食べに行きましょうか。可愛いめぐちゃん見れたから私が出すよ~、何食べたい~?」

「二郎!」

「それは却下~」


 §


 その後は三人で夕飯を食べに行った。

 移動中、月無先輩は終始秋風先輩の腕にくみついて嬉しそうにしたりと、本当に信頼し合っているのが様子から見て取れた。


 月無先輩の後輩っぽい一面というのが見えたのも収穫だ。

 普段の喋り方からして子供っぽいくらいな気もするが、それも無邪気で純粋な性格の表れなのだろうし、良い意味での月無先輩らしさだ。

 秋風先輩が素直に愛情をぶつけてくる月無先輩を溺愛するのも、納得がいった。


 パワプロの件はいつになく壮絶だったが、二人の絆は少しの失敗で切れるようなものではないのだろう。

 むしろある意味でゲーム音楽がそれを深めたのかもしれない。

 そう思えるような出来事だった。





 隠しトラック


 ――癒しの像 ~部室にて~


 ――めぐるパワプロプレイ中、及び白井見学中


「……白井君、なんだかいい子そうね~」

「……うふふ、めぐちゃん可愛い。猫みたい~」

「……白井君も楽しそうね~」


 ――数分後


「……白井君は犬みたいね~。めぐちゃんが猫で~白井君が犬~」

「……うふふ、幸せそうね~」

「……そうね~、犬みたいだから~。しろちゃんだね~」


 ――めぐる暴走中


「……あら~めぐちゃんいつもよりとってもおしゃべりね~」

「……ずっとしゃべってるわね~」

「……可愛いわね~」


 ――めぐる暴走中


「……ちょっとびっくり~」

「……うふふ、でも可愛いわね~」

「……本当に好きなのね~」


 ――めぐる限界突破


「……ずっとしゃべってるわね~」

「……でも可愛いわね~」

「……大丈夫かしらこれ~」

「……あ、しろちゃん~」

「え? なんで今頷いたの?」




*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。

『試合1』― 実況パワフルプロ野球12

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