絆というもの 前編
五月中旬 大学構内 部室
一日の授業が終わり、部室にやってきた。
練習のためにスタジオに向かうのもありだったが、一休みしたかったのでそうすることにした。
部室のドアを開けると案の定、月無先輩がゲームをしている。
お疲れ様ですと言うと、半開きにしたドアの死角、部屋の隅にあるソファーから、聞いたことのない声がした。
「あら、いらっしゃい~」
一瞬ドキッとしてそちらを見ると、初めて話す先輩がそこに。
確か三年生の……しかも代表バンドの方だ。
「白井君よね~? はじめまして~」
何やらのんびりした口調、金髪ロングのおっとりした癒し系お姉さん。
なんだろうこのテンプレ感。
「は、はい一年の白井です」
「私三年トロンボーンの
超美人でそれだけで緊張したが、醸し出す癒しオーラですぐに緩和された。
糸目の優しい印象もあるか、初対面であるのに落ち着くような感覚だ。
「
うふふと微笑む秋風先輩には、月無先輩もかなり懐いてるようだ。
部活の先輩後輩、それ以上のような仲であるような雰囲気。
「秋風先輩は代表バンドですよね? この前曲決めしてる時に俺もたまたまいたんですけどその時は……」
「そうなの~、この前は用事で曲決め参加できなかったの~」
曲決めの時にいたのは四人。
ホーンの方は一人もいなかったし、ボーカルの方も見なかった。
代表バンドに所属する方では、月無先輩以外の女性メンバーは初めて話す。
「白井君もよく部室に来るの~? 私もめぐちゃんがゲームしてるの見に来るの~」
「吹先輩も部室族だよ!」
なんか嫌な呼称だな……。
秋風先輩は月無先輩がゲームをする姿に癒しを感じるとのこと。
しかし、打算ではないが部室によく来る方ならば親交(下心でない)は深めておかねばなるまい。
「ソファー空いてるからどうぞ座って~」
秋風先輩がぽんぽんとソファーに座るようジェスチャーをする。
少し気恥ずかしいので、一つ空席を挟んで座った。
月無先輩はおそらく専用なのだろう、いつも安物のリクライニングチェアーに座ってゲームをしている。
「パワプロですか。結構古いやつですよねこれ」
パワプロはナンバリングだと2011以降しかやっていない。
画面を見ただけではどの年代のものかまではわからなかった。
「ん~? 12だよ。かなり古いけど12のサクセスってなんか癖になるからたまにやるの。難易度ヤバいで有名だったり。ごめんね、キリのいいところまでやらせて」
自分も結構選手を作って遊んでいたなぁ。
野球が好きというより、選手育成のサクセスモードが好きでやっていた。
待っているだけになるのもなんだな、そういえば秋風先輩は……。
初対面で何も話さないのも失礼かと思い、空席を挟んで隣に座る秋風先輩にちらっと目を向けてみた。
「私のことは気にしなくていいよ~。めぐちゃん見てるだけだから~」
「吹先輩は癒しの像みたいなものだよ!」
像って……なんかわかるけど。
話かけるにも話題が思い浮かばないし、わざとらしく話かけるのもよくないか。
かといって無言も微妙に居心地が悪い、パワプロの話題は……。
「あれ、あおいって先生でしたっけ」
丁度よく、画面に映る違和感が目に飛び込んだ。
自分の知るこのキャラクターは選手キャラのハズだったが。
「12のサクセスはあおいちゃんと守は先生なんだよ。可愛いよね~あおいちゃん。白井君パワプロわかる……ってそっか、この前やんすって言ってたもんね」
「2011からですけど結構ハマってましたよ」
「2011面白いよね! 曲もいいし! 甲子園決勝の曲とか最高にカッコいいわ~。中学生あおいちゃんも可愛いし!」
どんだけあおいちゃん好きなんだ。
話が通じるや否や、月無先輩の調子マークは露骨に上がっていった。
「でも白井君もパワプロ好きって嬉しいな! この前矢部君の喋り方してたから、もしかしたらと思ってたけど! たまにパワ松みたいなリアクションするし!」
「ヤンスはともかくパワプロ好きとリアクションは何の関連性もない気が……」
「そうかな~。いやそうだよきっと!」
ってかよく見たら育成中選手の名前白井じゃん……。
察するに、パワ松とはパワプロの主人公のことか。
聞けば月無先輩はこうして部員を選手としてよく作っているらしい。
そんな風に他愛のないゲーム談義をしていると秋風先輩が話かけてきた。
「白井君もゲーム好きなのね~。めぐちゃんも楽しそうだし、部室に一年生が来てくれるのは嬉しいな~」
うふふと笑ってそう言ってくれた。歓迎されているようで安心した。
しかし部室に入り浸っている一年と思われるのもよくない。
少し自己弁解的なことはしておかねば。
「でも練習もちゃんとしなきゃですけどね」
「それなら大丈夫よ~。めぐちゃんから真面目にやってるって聞いてるから~」
話を聞いていたと言っていたとおり、事前にフォローはいただいたようだ。
ということは月無先輩にも悪くは思われていないようだ。
「白井君白井君、この今流れてる曲よくない? 12のこのあおいちゃんの曲すっごい好きなの!」
先程から聞こえていて少しずつ気になっていたが確かにいい曲。
パワプロらしいというか、わかりやすさとメロディのよさが際立っている感じだろうか。
「あおいって感じしますね。パワプロっぽくて元気出る感じ」
「わかる!? パワプロの曲ってわかりやすくてほんといいよね! ハズれ曲もないし! 12の曲が一番好きだから未だにたまにやるんだよね~」
癖になるからとか言ってたが、実のところ曲が好きだからなんじゃないか。
ゲームが楽しみたいのか、曲が楽しみたいのか、それとも両方か。
サントラを買って単品で聴くのとはまた違うんだろう。
月無先輩は人一倍それの楽しみ方を熟知しているように感じる。
でも大丈夫なのかあの発作……まぁ秋風先輩の手前それは大丈夫なのか。
秋風先輩もその姿が微笑ましいのか、にこにこと見守るような目を向けていた。
それにしても、発作はともかく堂々とゲーム音楽について色々言ってしまってるような気がするが……。
一応隠してるはずだよな、ゲーム音楽好きってこと。
……秋風先輩のオーラで緩んでいるのか?
「お、試合ですね」
「試合の曲いいよ~。しっかり聴いておいてね」
そう言われて流れた曲。
「あれ、この曲知ってます。そういえば12でしたね」
「え、知ってるの?」
パワプロのBGMセレクト機能で初めて聴いてから気に入っていた曲だ。
「BGMセレクトだと大抵これか……。10の決定版の奴かな、選んでました。12はもう一つの方もめっちゃカッコいいですよね。2016でDLC買っちゃったんですよね、全曲入ってるやつ」
「……マジで? あれ結構するのに!」
「まぁ全部入ってるならサントラ買うよりいいかなって。さっきのあおいの曲も入ってたのかな、試合のばっか聴いてました」
――思えばこのあたりで止めておくべきだった。
自分もダウンロードして買って聴いていた記憶から、積極的に触れていた。
秋風先輩もいるし、あんなことにはならないだろうと高を括り、あまつさえキャッチボールが成立していると思い込んでいた。
*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。
『野球学校編A組』― 実況パワフルプロ野球12
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