変わらないもの、変わるもの 後編

 忙しい人向けの前編の五・七・五


 先輩と

 楽器選びに

 楽器屋へ。

 




 使い方や選ぶ楽器についてひと通り教えてもらったところで、小さい鍵盤が並ぶ一角が目に留まった。


「あの小さいのは何です?」

「あれもシンセだよ。でもあのタイプのアナログシンセは部活じゃ縁がないかなぁ」


 また知らない言葉が出てきた。

 さっきまで見て回っていたデジタルシンセとも違うもののようだ。


「アナログシンセ? 何か違うんです?」

「説明しよう! アナログシンセとは!!」


 ……またかこれ。

 そして先輩はいつか見た謎の解説キャラで説明を始めた。

 慣れてきたのでスルーして説明の内容のみに傾聴しよう。


「そして、この無数にあるツマミを見たまえ。これらをいじることによって音色に変化をもたらすことが可能となる。リアルタイムで感覚的に操作が可能となるわけだ。ライブパフォーマンスにあたっては表現の幅を組み込めるという、デ~以下略~」


 なるほど、デジタルとはそもそも機能面が全然違うようだ。

 使いこなせたら面白そうだが、楽器というより機械をいじる感覚だろう。

 中々自分には難しそうだ。


「でも実際部活でやる曲では使う機会あんまりないのよね~」


 あ、素に戻った。

 しかし音色にすごく拘っていたし、むしろ嬉々として使いそうだが。


「っと思うでしょ?」


 違うらしい。


「実際今言ったことくらいしかわからないし、奥が深すぎて全然……。とくにガチの奴は必要な知識多すぎてよくわかんないの。このジョブになるための前提ジョブいくつ必要なのってかんじ」

「はは、なるほど。自分達の使うものとはまず世界が違うみたいなことなんですね」

「そういうこと! それにあたし、アナログシンセのペラペラした鍵盤ほんとダメなのよ……」


 先程まで見て回っていたデジタルシンセも、ピアノタッチとは違って弾きづらいと感じるものがあった。

 これに関してはもっとペラペラに見える。


「これだからこその弾き方もあるんだけどね~。ピアノ上がりのあたしたちは大人しくハンマー鍵盤使っておけばいいの。ちなみにSV-1はハンマー鍵盤ではめちゃくちゃ安いのよ?」


 便利さや機能面だけでなく、弾きやすさと価格帯も考えてくれていたのか。

 感謝の気持ちを深めつつ、それならばと、買う鍵盤の決心がついた。


「じゃぁやっぱりSV-1にします。わかりやすいのを使いこなしてからですね」

「うむ、素直なのはいいことだ!」


 先輩は満足そうに微笑んだ。

 例の状態異常を除けば理想の先輩像そのものであり、非常に頼りになる。

 しかも今日はそれが全然出ていないものだから、より一層そう思えた。


「あたしもちょっと見ていいかな。気になるのがあって」

「あ、もちろんです」


 思い返せばここまでの時間は全部こちらに費やしてくれている。

 もう少し気を使うべきだったのかもしれないが、先輩の面倒見のよさがそれを感じさせていなかった。


「これこれ、気になってたの~」


 先輩が気になっていたと言うシンセサイザーは、先程ダメだと言っていたはずのペラペラの鍵盤。


「え、でもこれペラペラの鍵盤ですよ?」

「この音を聴いていただければわかるハズ!」


 どこか聞き覚えのある音色。


「いかにもゲーム音楽って感じですね」

「そう! 何を隠そうこれが搭載してるのはFM音源! 鍵盤の質を我慢してでも欲しいのこれ」


 FM音源、その名前もどこかで聞いたことがある気がするが……。


「お、心当たりあるなら~、曲で聴けばわかるかな?」


 そうして先輩が弾いた曲には確かな聴き覚えがあった。


「あ、この曲あれだ、あの……『世界樹』!」


 『世界樹の迷宮』の曲がこんな音色だったことも思い出した。

 FM音源という言葉もこれのサウンドトラックだったかで見た。


「せいか~い。FM音源に聞き覚えあるなら『世界樹の迷宮』かなって。これ結構話題になったからね~」


 しかしながら先輩が弾いてくれた曲名が思い出せなかったのが少し悔しい。


「『白亜の森』ね! Ⅲのラスト面。FM音源の金属的な響きが醸し出す独特な寂しさと哀愁! ただ最後の闘いが待っているだけじゃないっていう暗示にもなるような名曲ね。冒険のラストをドラマティックに演出するフレージングと音源の相性は、これまでないってくらいの素晴らしいマッチングを見せてるわ~。あたしなんて悲しい結末を予想して曲聴いてて涙が出そうになっちゃったよ」


 ――ああっと!


 ……とはならない?

 いつもの調子だともう遅いかと思ったが意外にも普通に弾いているだけだ。

 てっきり迂闊に開けた扉の先で毒吹きアゲハに蹂躙されるがごとくhageるかと思ったが。


「……どうしたのなんか身構えて」

「あ、またハイになるのかなって」

「むー、失礼なー」


 取り越し苦労だったようだ。


「でもさ、鍵盤あるなら弾いた方が早くない? 言葉よりも雄弁に曲が語るってね。あとさすがに人前でハイになるのは……ね?」


 俺は人ではないと……。

 若干引っ掛かるが一応TPOはわきまえていて、人前だと状態異常耐性が付く模様。

 別にあれがイヤとは思わないが、一瞬ヒヤッとしてしまった。

 

「この曲もいいよね~」

「あ、ヨエーナ鳥さんチース!」

「お、なかなかわかるね~!」


 それから先輩は世界樹の曲の他にも色々と弾いてくれるだけでなく、音色毎に相性のいい試奏フレーズなども教えてくれた。

 何でもかんでもゲーム音楽に繋がるし、選曲がことごとくゲーム音楽なのが多少気になったが、それぞれがなるほどと納得できる内容だった。


 §


 数分後、デジタルシンセコーナーに逃げるように戻ってきた。

 その理由というのも……


「なんかライブ状態でしたね。人集まってきちゃってたし」

「弾くのに夢中になってて気付かなかったよ……。恥ずかしかった……」


 先輩の演奏は、その近くの人皆を惹きつけたかのように人だかりを作っていた。

 拍手をしている人もいたくらいだし、自分も、ただただ聴き入り、他の聴衆と同じく貴重な体験をしたのだった。


「でもやっぱりゲーム音楽っぽい音ってのもいいですね」

「それがわかってくれるとは!」


 先輩は目を輝かせた。


「実は世界樹にはすごい思い入れがあってさ。いつからかゲーム音楽って生音とかフルオーケストラが当たり前になっちゃったじゃない?」


 まぁ確かに……結構昔とはいえ、むしろ世界樹の曲の方が時代としては珍しい。


「それももちろんそれでいいんだけど、昔ながらのゲーム音楽っていうのが聴ける機会が減るような気がしてさ。そんな中で世界樹はFM音源にこだわって、ゲーム音楽らしいゲーム音楽を見せてくれたの。Ⅳ以降は生音だけどね」


 自分が世界樹の曲を聴いている時も感覚としてあった。

 音色自体も良いと思ったし、無意識にそれを感じていたのかもしれない。

 ゲーム音楽らしいゲーム音楽、考えたことはなかったが自分も思っていた以上にそれが好きなようだ。


「昔ながらの、とかっていいですよね」

「うん、最高! でもなんかDSが出たころって色々あったらしいよ」

「色々?」

「DSが超流行った時に、生音録音じゃなくて打ち込みで曲作れる人が必要だったんだって。それで、昔から作ってる人の力が即戦力として必要だったんだってさ」


 生音録音で曲を作る人では、それに対応しきれなかったということだろうか。

 プログラミングとかのことを考えたら録音した方が手っ取り早いかもしれないし、打ち込み(PC等、機械での音楽作成)となれば作曲と別の技術も必要なんだろう。


「でもさ、世界樹はそれだけが理由じゃなくて、大袈裟かもしれないけど、あたしにとっては『ゲーム音楽とはこういうものだ!』っていう意思表示にも聴こえたの。お手本みたいに、見よ! 若造どもよ! ってさ!」


 ベテランが見せる見本ということか。

 確かに世界樹の音楽全体の完成度は、ぶっちぎったレベルで高い。


「普通のBGM化とかよく言われるようになったけど、そういう頼もしいことをしてくれる作曲家の方がいてくれるなんて! ってね。だからすごく感動しちゃってね。それでいて曲はわかりやすくカッコよくて、音源の質だけが音楽の質じゃないってことまで証明してくれたような気がして」


 本当にいい曲となると音源の質は関係ないかもしれない。

 色んな素材をふんだんに使ったものもいいが、シンプルなものでも、完璧であればそれに匹敵するような感じか。

 何か実感できる例えを思い浮かべてみよう。


「生音だったりすると、表現力の幅ってすごく広がるでしょ? でも安易に頼っちゃうと本来のゲーム音楽らしさって、どこか行っちゃいそうじゃない」

「あ、わかった!」

「え? 何が?」


 こういうことだ、違いない。


「高級レストランの卵料理VS職人が作った厚焼き卵的な!」

「……?」


 ……あれ、違う?


「でね、そんな中で世界樹はゲーム音楽らしさと、そのよさをまざまざと見せつけてくれたの」


 うわ……ガチのスルーだよ。

 ウケ狙ったわけじゃないけどこのスベり方はキツい。


「ゲーム音楽もどんどん変わってきてるんだけど、変わらない素晴らしいものを作ってくれる方がいるっていうのは、ファンとしては嬉しい限りだよね」


 自分も世界樹の曲は音源の質に関わらず好きだし、何よりカッコいい。

 FM音源だからこその魅力というのも、先輩の演奏でよりはっきり感じ取れた。


 先輩はスマブラの時もスーファミの音源の迫力について言っていたし、それには生音録音には存在しえない魅力が詰まっているのだろう。

 立ち戻ってやっぱりいいなと思える。そういったものだろうし、ファンとしてそれが嬉しくてたまらないもの、そんなものに違いないのだ。

 スルーされたせいか開き直ってやたらクリアに選評出来た気がする。


「世界樹の曲いいですもんね。Ⅲまでは全部持ってますよ」

「ほんと!? じゃぁⅣ以降とアレンジ版も今度貸してあげるね。こっちは生音だけどこれもやっぱカッコいいから!」」


 すでに結構な枚数借りているので申し訳なく思ったが、先輩曰く共有できることが嬉しいのだから気にしてはいけないとのことだった。

 ここまでしてもらえたら、この人のことは絶対に裏切れない、そう思うくらいによくしてもらえている。


 §


 結局最初に勧めてもらったSV-1をローンで買い、楽器屋を後にした。


「結局先輩も買っちゃいましたね」

「うん、明日は一日中これでゲーム音楽するの! それにさっき結構弾いてたらシンセ鍵盤慣れちゃった」


 ゲーム音楽するという謎ワードは先輩の中では常用語らしい。

 『よくわからないけどツッコむ気が起きないワード』に登録しておこう。


「今日は付き合ってもらってありがとうございました。」

「いえいえこちらこそ! 何かあったら遠慮なく聞いてね!」


 本当にいい日だった。

 楽器も買えたし、何より先輩と一日過ごせたのが嬉しかった。

 シンセサイザーに関する知識を得られたことも非常に有意義だったし、楽器を通じてゲーム音楽を見たことでかなり聴き方が広がったような気がした。

 帰り際に先輩は「音色の勉強をするならゲーム音楽が一番てっとり早い」とも。 


 ゲーム音楽に限らずこれから無数の音楽に出会うだろう。

 いろんな音色でいろんなフレーズを弾いてみる楽しみがあるかもしれないと、心踊らずにはいられなかった。





 隠しトラック


 ―その晩の月無先輩② ~自宅にて~


「買っちゃった買っちゃった~。

 ついに! あたしの元に! FM音源が!

 明日は何弾こうかな~。

 ……いっそFM音源時代の曲で知ってるの全部弾くか!

 あ、でも世界樹ⅠからⅢ全部弾くのもいいな~。

 もう明日の授業はいいか! 不可抗力!

 あれ、メール来てる。誰だ~。……お、白井君だ。

 え~となになに、


 『今日はありがとうございます、すごく楽しかったです。』


 お、礼儀がしっかりしてるなこいつは。


 『演奏も聴けたし機材の知識も教えてもらえたしうんぬんかんぬん』


 ながっ。でもいい子だな白井君は。


 『折角なので明日はSV1で色々試したりバンドの音取りしたり』


 ……ふふっ。そっかー、偉いな白井君は。

 じゃぁ折角だから見に行ってやるか!

 こっちはいつでも弾けるし、白井君多分音取り初めてだよね、様子見にいこ」




*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。

『セッツァーのテーマ』― Final FantasyⅥ

『迷宮Ⅴ 白亜ノ森』― 世界樹の迷宮Ⅲ

『戦乱 荒れ狂う波浪の果て』― 世界樹の迷宮Ⅲ

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