変わらないもの、変わるもの 前編
四月下旬 都内某所 駅前
今日はなんと、駅前で月無先輩と待ち合わせ。
先日の飲み会の後、楽器を選ぶために楽器屋に連れて行ってくれると連絡があり、今に至るのだ。
部の用事とはいえ、憧れの先輩と過ごせるのは非常に嬉しい。
20分も早く来てしまったが、数分もしないうちに先輩らしき人がこちらに向かってぱたぱたと走ってきた。
……目立つから走りながら手を振るのやめてくれ、可愛いけど。
「ごめんね! 待った?」
「俺も今来たところですよ」
「よし、じゃぁ早速楽器屋行こうか!」
っと、一つ気付いた。
これは。めっちゃ似合う……!
「いつもメガネかけてましたっけ?」
「あー、普段は裸眼なんだけどね。遠くのもの見る時とゲームする時はたまにかけてるよ。待ち合わせだったからすぐに見つけられるように!」
なるほど……しかし常に掛けててもいいってくらい似合う。
「白井君すぐに見つかったから、嬉しくなってつい走っちゃった!」
これは無自覚で言ってるいるのか……だとしたら相当なド天然な気もするが。
不肖メガネ好き白井、現実でここまでのメガネ美女を拝めたことを神に感謝。
圧倒的謝謝。
「ずっと着けてると疲れるからすぐ外しちゃうんだけどね。白井君すぐ見つかったから今日の出番は終了! 御苦労さま~」
あぁっと! ……もったいない。
メガネをケースにしまう先輩に願望を込めて眼力を送るも、気付いてもらえない。
仕方ない、隠しキャラと思って割り切ろう。
「そういえば予算っていくらくらい? 今日はいきなりは買えないかもだけど」
言われて気付いたが普通は下調べなどして臨むもの。
浮かれ気分でそれどころではなかった……というか完全に失念していた。
「相場ってどの位なんですか?」
「鍵盤数とかにもよるけど、下は6~7万、上は20万ちょいってところかなぁ」
お、お高い。予想はしていたがそれなりにする。
初月だからと多めにもらった仕送りと、高校時代からちょっとずつ貯めていたバイト代で10万前後ならなんとか都合できそうなのは救いか。
「先輩のあれはいくらくらいなんですか?」
見た目からしてお高そうだったが、知識のない自分には予想もつかない。
「クロノス? あれは25万くらいするよ」
「えぇっ!? お、お高いでやんす……」
「でも最初はあんなに機能いらないから、もっと安いので大丈夫だよ矢部君」
当たり前のようにゲームネタ通じるな……。
やはりゲーム女と言われても仕方ないのではないか。
そして二人で楽器屋へ。
道中では鍵盤楽器について色々聞かせてもらった。
初めは機能面について気にする必要はあまりないとのこと。
§
楽器屋に到着すると、まず物量に面を食らう。
鍵盤楽器専門店なので当たり前だが、眼前に広がる無数の鍵盤に驚いた。
「おぉ、楽器がこんなに……」
「そりゃ楽器屋なんだから……。ここなら大抵何でもあるよ」
まともな楽器屋に来たことが実はほとんどないので、変なことを言ってしまった。
楽譜は実家の近くの書店に何故か売っていたからそれで済んだし、ここまで多くの楽器に囲まれるという体験は初めてだ。
……とりあえず何をすればいいのかわからない。
「オススメってあったりしますか?」
「そうね~、どんな曲をやっていきたいかにもよるけど。よっぽど打ち込み激しい曲じゃなければKORGのSV-1ってやつかな」
なんでも
「これこれ、丸っこくてかわいいでしょ! あ、ずっとピアノやってたならちょっと鍵盤浅く感じるかも」
触ってみなと促され、フレーズにならない単音でちょこっと弾いてみると、
「楽器屋あるある!」
急に先輩がこちらの手元を指さしてはしゃぐ。
何事だ一体。
「試し弾きする時に恥ずかしがって曲弾かないヤツ!」
……確かに構えて曲を弾くことの気恥ずかしさがあった。
ふふ~とニヤニヤする先輩に、こっぱずかしい気持ちが込み上げた。
「試奏はちゃんとフレーズ弾いた方がいいよ。鍵盤の質って後悔することあるから」
確かに、と納得して適当なクラシックを弾いてみた。
多少見栄を張った選曲から有名なフレーズだけ抜き出して。
「確かにちょっと浅いかもですね。でもいいですねこれ。音もキレイだし」
「音作りの手間は省けるかな。値段から考えたら音も一番いいくらい。ってかよく『英雄ポロネーズ』なんて弾けるね。クラシックは全然弾けないからびっくり」
弾けないんじゃなくて弾かないんじゃないのか。
「いや実際最初のモチーフしか全然弾けないんですけどね。イントロ難しすぎて」
「あ~、めっちゃ難しいよねアレ。あたしも全然弾けなかった」
「弾いたことあるんですか?」
「この曲だけね、クラシックは。弾こうとしただけで結局挫折したけど。セッツァーのテーマにそっくりな部分あって気にいっちゃって」
……セッツァーって誰だ。
聞き覚えは確かにある名だが。
「え、知らない? FFⅥだよう。憶えてない? キー違うけど、これ」
弾いてもらってなんとなく思い出した。
「あぁ! あのギャンブラーの。確かに左手同じとこありますね。英雄ポロネーズが元ネタだったのか」
「ね、カッコいいよね。でもクラシックは難しくて弾けないから聴くだけ!」
確かにクラシックは別の技術かもしれない。
まぁ自分も大して弾ける曲が多いわけでもないのだが。
そんなことを思いながらもう少し、と鍵盤の感触を確かめた。
気持ちはSV-1に結構傾いているが逡巡していると……。
「あ、実は最初からコレ買わせる気だったよ」
「え」
出オチのような感覚に衝撃を受けるが、色々と理由があるらしい。
「二色あるけど違いってあるんですか?」
「よく見て、鍵盤数が違うでしょ。73鍵盤の方だと、FFⅨのラスボス戦の一番低いCまで。原曲版ならこれで足りるけど……ピアノコレクションバージョンだと足りなくて……弾けない」
「え……」
「73鍵だと……弾けない。そう、だからあたしは88鍵」
……何このキャラ。
「ほら、この曲」
「あ~、ペプシマンの。……ってか指の動き怖ッ」
「ピアコレ版はこう」
「うわエグッ」
「……な?」
「……よくわかりました」
ちょこちょこキャラが安定しなくなる先輩へのツッコみは諦めることにした。
「折角だから色々見て回ろうか! 他に気に入るのもあるかもしれないし!」
§
店内を巡ってシンセサイザーについて色々と教えてもらった。
会社や価格帯などの違いも色々とあったが、何より大変なのは操作を覚えること。
「でもほんと覚えること多いですね。全然使いこなせなさそう」
「う~ん……。デジタルシンセの機能なんて、大学でコピバンやるだけならぶっちゃけほとんどいらないけどね」
「……え? そういうもんなんですか?」
「そういうもんなんです!」
……これ言うと必ずこれ返ってくるな。
しかしそういうもんなんだろう。
中々危うい発言な気もしたが、言われる通り、音を選ぶだけなら必要のない機能の方が多そうだった。
「よっぽど音色追及したり色んなジャンルやらない限りはね。SV-1みたいに音色の種類少なくても元から音質いい方がいいかな。元から音がいいデジタルシンセってなるといきなり値段跳ね上がるし」
「シンセらしいシンセだったら、部の奴借りればいいんですかね?」
「うん、あれも相当いい奴だよ。プロでも使ってる人かなり多いし」
なるほどよくわかった。
SV-1は考えることも少なそうだったし、何よりデジタルシンセサイザーと違ってモニターで色々いじくる必要がないのはよさそうだった。
「先輩はなんでクロノスにしたんですか?」
「……それ聞いちゃう?」
「もったいぶるとこあるんです?」
「いや実際カッコよかったからだったり……だって神じゃん」
……そうだと思ってましたけどね。
多分中二っぽいの好きだなこの人。
「でも万能機じゃないとゲーム音楽できないからね~。音色再現したかったりするとちゃんとしたシンセの機能が必須!」
でたよ謎ワード。
飲み会の時にも言ってたけど全然理解できない。
「音色再現か……。やっぱりゲーム音楽のですよね?」
「うん、気に入った音色は完全再現を目指すよ。適当な音色で真似は失礼」
極端だなとも思うが、そうでないと満足できないんだろう。
凝ったことが出来る機材じゃないと足りなそうだ。
「そこまでやる人他にいないでしょうね」
「……いないかな? ビブラートの振れ幅まで揃えたこともあるよ!」
……そこまでやられると若干引く。
でも本当に愛ゆえか、ゲーム音楽するってそういうことなのか。
「あとそれまでも同じ会社の使ってたからっていうのもある」
「慣れてたってことですか?」
「そうそう。同ランクのは他の会社にもあるけど、替えたらわかんなくなるし」
メーカーの違いはパソコンやスマホのOSみたいなもので、先輩もどの会社のでもわかるといったわけではなさそうだった。
「SV-1買ったら同じKORGだからあたしとおそろいだよ!」
……それはちょっと嬉しい。
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