憧れとのエンカウント 後編

 前編のあらすじ


 部活動PRイベントにて軽音楽部に興味が湧いた新入生の白井しらい青年は、足を運んだ軽音楽部部室で、まさにその原因になった月無つきなし先輩に出会う。

 憧れたその人の実態は……ゲーム音楽の話を始めたら止まらなくなるという状態異常を抱えたヤバい人……ヤバい人。

 妙に気まずい雰囲気になってしまった状況、白井青年の運命やいかに。

 



 うぅむ、どうにも気まずいぞ。

 状況を打破するには……。


「あ! そういえば先輩さっきスマブラしてましたよね?」


 目に入ったTV台には、年代様々なゲーム機が置かれている。

 先輩もさっきゲームをしていたし、そちらに話題を逸らそう。

 コントローラーも複数個あるので皆でやるのだろう。


 ――しかしなんとか切り出したこの提案も、更なる悲劇の呼び水にしかなりえなかった。


「え、あぁスマブラね! よくやるよ~。白井君もやるんだ?」

「結構やってましたよ。高校の時は友達と毎日のように」


 仲間内では一番強かったし、何よりつい最近まで現役でやっていた。


「お、いいね~。せっかくだしちょっとやろうよ!」

「え、でも入部してるわけでもないですし……」

「へーきへーき、どうせ他の部員来ないから」


 自分が場違いであるのは間違いないが……美人の先輩と二人きりの状況をみすみす逃す手もあるまい。

 ということでされるがままにゲームは開始した。


 タイトルは先程のDXではなく、次回作のX。

 得意な方と選ばせてもらった。

 月無先輩が強者であることはすでに明らかだが、Xの方が実力の差は出にくいし、簡単にやられはしないだろう。

 揚々とコントローラーを握る先輩は、場違いに思う不安を払拭してくれるような笑顔を見せてくれた。


「ふんふ~ん、あたしガノンね!」


 ……操作キャラがガノンドロフなのは言いようもなくイヤだけど。

 対戦開始、とランダムで選ばれた対戦ステージは『戦艦ハルバード』。

 作中でも屈指の名曲が流れるステージで、つい口に出してしまう。


「お、この面の曲カッコいいですよね」


 ……これが最高に迂闊であったが、気付いた時にはもう遅い。

 初見殺しの直後、二度はないと高をくくってまた同じ目に会う人は多いだろう。

 しかしよりによって自分が、しかもTV画面内でなく現実でそうなるとは思いもしなかった。


「ね!最高にカッコいいよね!人気も高いしカービィを代表する名曲中の名曲よ!」


 おいおい嘘だろマジか……。

 不条理なコンボは初動を避けなければならないというのがゲームの常識。

 なのに不覚にもそれを自ら喰らいにいってしまったのだ。


 ――ここから始まるのは先程の比ではない圧倒的暴力の奔流。


「何よりスマブラX版のこのアレンジが最高なのよ!原曲はPCM音源のペットの音だったけど、アレンジ版じゃサックスの生音になってるでしょ?原曲の勢いとはまた違ってそれがセクシーでいい味だすのよ!このフレーズサックスで吹いたらカッコいいに決まってるってゆーね!わかる!?Bメロのシンセだってオルガンアレンジになっててその音色でまた原曲のピッチベンドこなしちゃうとか最高にニクいよね!曲全体のゲーム音楽感を大切にしたむやみに生音使わないっていう姿勢もゲー~中略~」


 ……やべぇ、対戦始まってるのにメッチャ話かけてくる。


 語り始めた修羅はさぞ楽しそうな笑顔を浮かべていることだろう。

 しかも話かけてくる割にこちらの応答は全く聞かず、一方的に話を続けてくる。

 外部情報を遮断しつつ猛攻を仕掛けてくるのだ。

 アストロンがかかったまま攻撃してくるようなものだ。


「この曲以外にもたくさんいいアレンジあるじゃない!?『トゲトゲたる迷路』とかほんとすごいよねあれ!イントロのアコギのコードバッキングだけでもう鳥肌もの!なんでこれだけでこんなにかっこよくなっちゃうの!?って!ずるくない!?どの曲もゲームの進化とともに最高の進化を遂げているもんだからもうサウンドテストモードだけでも一日中遊べちゃうってものよ!これあたしのために実装してくれちゃったんですか?ご褒美ですか?って感謝の意がおさまら~中略~」


 何言ってるのか全然わかんねぇ。

 ってか何でこの人喋りながらでこんな強いんだ……。


 実力差は歴然、喋る余裕があるとかそういうレベルじゃない。

 なるほど、相手を屠ることは呼吸に等しいんだこれ。


「でも原曲の音色も捨てがたいのよね~。スーファミ時代のPCM音源の音色って派手でカッコいいじゃない?特に今流れてるこの曲の迫力は本当にすごかったわ!曲自体も最高にカッコいいし、一番はループ部分のキメの『ドン、ドン』ってティンパニの音ね!あのPCM音源特有の楽器なのか効果音なのか区別つかないそれでいて最高に迫力ある音!わかる?『ドン、ドン』!」


 はいはいドン、ドン!


 必死の抵抗もむなしく、残機は減っていった。

 何よりも恐ろしいのは画面に集中しているべきであるのに、ちらちらと視線を感じること。

 どうやら対戦中でも顔を向けて話かけてくるタイプの修羅らしい。


「でも白井君、これの曲名って知ってる?」


 え!? Q&A!?

 ……こっちの応答全く聞いてもいなかったくせに?


 どうやらこの修羅は画面内だけでなく、現実での自由も完全に奪う気らしい。

 しかし戦況の進退は既にきわまっていて、無様に逃げ回ることに終始している。

 画面に集中して死を先延ばしにするより、応答してあげる方が生産的かもしれん。


「メ……『メタナイトの逆襲』!」

「スマブラXだとそうね!でもこれ実はメドレーアレンジになってて~……。本来は『戦艦ハルバード・甲板』と『戦艦ハルバード・艦内』って曲なのよ!」

「な、なんだって!?」


 ぶっちゃけどうでもいい事実が明かされる。

 それに呼応するかのように、画面内の自分の操作キャラも爆散。


 ……リザルトに表示された4分33秒という試合時間。

 なんと月無先輩はその間ずっと喋り続けていた。ジョン・ケージもビックリだ。

 先輩を見ると何故かとても満足気。察するに語りきったようである。


「……先輩めっちゃ強くないですか。あと対戦中話かけてきすぎ」


 恨みごとを言うつもりはなかったが、そんな言葉が口に出てしまった。

 先輩もはっとなる。


「ご、ごめんね、またつい……。ゲーム音楽を好きって言われて舞い上がっちゃって……」


 悪気があるわけじゃないのはわかっている。

 それに、ゲーム音楽という共通点で嬉しくなったのだろう。

 本気で好きならそういうこともあるのかと、正直に感心するようなところもある。


 そこまでしっかり聴いたことがなかったから驚いた、そう伝えると先輩はきょとんとした顔で言った。


「え? だって本当に最高じゃないゲーム音楽って。メタナイトはよく弾いてたし」

「え、この曲弾けるんですか!?」


 『メタナイトの逆襲』は非常に難しく聴こえる。

 というかまず、バンド編成であり、パートそれぞれが複雑なことからピアノで弾こうとは思いもしなかった。

 少なくとも下手にアレンジしては曲の体裁をまともに保てない、それが予想できるくらいにはピアノを知っているつもりだ。


「好きな曲は大体譜面起こしてるよ? ゲーム音楽弾きたくてピアノ始めたし」


 昨日見たあの演奏、今まで見た何よりも強く感銘を受けた演奏。

 それに至るまでに、どれほどの熱意と努力があったかは想像に難くない。

 その根底にあったのがゲーム音楽であったとは、全く予想だにしなかった。

 夢中になれることに羨ましささえ感じるし、それを思うと先程の暴走も不思議と嫌とは思えない。

 むしろその理由が知りたいとさえ思えた。


「でも色んなゲーム音楽弾けたら楽しそうですね。」

「そう! すごく楽しいの! 君もFF弾くならわかるでしょ!? わかる人増えるとあたしもすごく嬉しいな!」


 無邪気な笑顔と裏表のない言葉、とても魅力的でぐらっとくる。

 しかしここまでの流れから少し戸惑ってしまう。

 先輩の熱意にまた新たな憧れを感じているが、優柔不断な性格が災いした。


「で、でも入部するとはまだ……」


 先輩は言葉を失って体の向きをこちらから逸らした。

 失礼なことをしたと思うが、整理する時間欲しさに出た言葉だった。

 多少の気まずさがこみ上げる中、再び先輩が口を開いた。


「……ゲ、ゲーム音楽ってバンドでってなるとやりづらいのよね~」


 ……ん?


「曲によっては鍵盤一人じゃ足りないし~」


 言葉をわざとらしく区切っては、チラチラと目線を向けてくる。


「今はうちの部も鍵盤あたしだけだし引く手数多だな~。スターになれちゃうな~」


 え、これもしかして……。


「男子で鍵盤とかカッコいいしモテちゃうかも~?」


 もしかしなくても誘導だ。しかもとびきり雑なそれ。


「って、やっぱり入るとしたら鍵盤なんです?」

「そう! 大丈夫、あたしもバンドは大学からだから!」


 やはり不安である。

 楽器の心得はあれど、バンドとなったら勝手は違う。


「ちょっと考えさせてくだ……」

「大丈夫! あたしが教えてあげるよ!」


 どこか憶えのあるフレーズで遮られる。


「でも習ってたのも結構昔ですよ?」

「大丈夫! あたしが教えてあげるよ!」


 ……え、何、ファ○通の攻略本なの?


「バンドでのピアノなんて全然わかりませんし」

「大丈夫! あたしが教えてあげるよ!」


 あぁ、しかもアレだ、選択肢間違えると戻るヤツ。


「大丈夫! あた」

「チクショウ! 入部ダァ!」

「やったー!」



 ――白井は入部が確定した!



 かくして、白井青年(俺)の大学生活は始まった。

 憧れた淡い夢は圧倒的膂力ガノンドロフによって爆散したけれど、


「でも入ってくれると本当にありがたいよ~。」


 というか想定外の変人だったけれど、


「あ、あたしも舞い上がらないように気をつけるからさ……」


 演奏中のクールな印象の先輩、そして……


「またゲーム音楽の話もしよっ。ねっ?」


 ――無邪気に夢中で舞い上がる先輩の両方が、頭に残ってめぐりめぐった。



 この人本当にいい笑顔するな……。これはチートだろう。


「……いいですよ。でも鍵盤のこともちゃんと教えてくださいね」

「大丈夫! あたしがおし……」

「それ全然信用できないヤツなんですよ!」


 押される形になってしまったが、どちらにせよ入部していたのだろう。


 本当は演奏時の印象のまま憧れで済ましておくべきだったのかもしれない。

 でもやりとりの中で知った一面に思いの外惹かれていたのも事実だ。


「ふふっ、嬉しいなぁ。来週部会があるから、その時にまた会おうね!」


 そう言って先輩はまた最高の笑顔を見せた。

 顔は赤くなってないだろうか。照れを隠して、挨拶もほどほどに部室を後にした。


 §


 下宿先のアパートに帰宅して、半ばで止まっていた一人暮らしのための荷ほどきをしていると、今日の出来事を思い出す。


 月無先輩、中身はアレだけどいい人だし美人だし。

 というか正直間近で見ると目茶苦茶可愛かったし。

 そんで入部したら同じ鍵盤パートだから教えてもらえるし。


 なによりあんなに何かに夢中な人、今まで見たことがないし。

 ……度が過ぎてるけどね。


 部室での出来事は惚れ直すとは多分違う。

 最初に出会ったのが月無先輩であることがいいことなのかそうでないか、それもわからない。

 でもそこで感じた新たな憧れは、部活動に明るい展望を期待したくなるようなものだった。

 気付けば他の部活という選択肢はなくなっていた。


 ――ゲーム音楽を愛しゲーム音楽に全てを捧げる月無先輩との出会い、自分の大学生活はここから始まった。






 隠しトラック


 ――その晩の月無先輩 ~自宅にて~


「今日来た一年生いい子だったなー。入ってくれないかなー。入ってくれるよね、きっと! でもあんなとこ見せちゃったしなー……。

 ってかあたしあんなんなるんだ……。

 自分でもびっくり……。

 ゲーム音楽の話が思いっきり出来たのってお兄ちゃん以来な気がする。

 でもちゃんと聞いてくれたしなー。

 それに入ってくれそうだし!

 うれしいなー。しかも鍵盤だし! 

 絶対入って欲しいな~。


 ハッ……。もしかしてこれ……。

 嘘……。初めて……?

 初……。


 初弟子!? 初弟子だよねこれ!


 そっかー……。これが弟子かぁ……。

 あたし、弟子持っちゃったんだなぁ……。


 ゲーム音楽好きでゲーム音楽をピアノでも弾いてゲームもそこそこ強くて、ファ○通もちゃんとわかったし、しかもバンドは初めてだから教えてくれって……。

 あたしのために入部してきたようなもんじゃん!

 ……入ってくれたらうれしいなぁ」



*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。

『メタナイトの逆襲』― 大乱闘スマッシュブラザーズX

『戦艦ハルバード 甲板』― 星のカービィスーパーデラックス

『戦艦ハルバード 艦内』― 星のカービィスーパーデラックス

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