憧れとのエンカウント 前編

 四月上旬 大学構内 


 校舎から少し離れた、文化部の部室棟。

 その中にある軽音楽部の部室に、昨日見た部活動PRイベントでそのバンド演奏に感銘を受けて足を運んだ。

 実際のところはバンド演奏というより……その中の鍵盤奏者の方に惹かれてしまったのが理由の大半だったりする。

 とはいえ入部を決めるのは話を聞いてからと、その扉を叩いた。


「はーい、どうぞー」

「失礼しまー……。あっ」


 昨日の今日で起こりうる最大の奇跡。

 その声の主は、憧れを抱いた鍵盤奏者本人だった。

 セミロングの黒髪をヘアピンで左に流した、正に美少女というその人は……フローリングのしかれた床に座り、ゲームのコントローラーを握っていた。

 突然の訪問に面を食らったか、大きな瞳を見開いてこちらの姿を確認する。

 何者かを察すると、慌てるように声を出した。


「え。あ、あぁ新入生!? ちょっとだけ待っててね」

「あ、すいません突然」


 申し訳なさと嬉しさに逸る気持ちを宥めて言葉通り待つと、先輩はTV画面に目をやり……ゲームを再開した。


 待たせてゲームを再開することには若干の違和感はあるが、突然の来訪はこちらの非だ。

 まぁ仕方ない、キリが悪かったのだろう。

 それに、ゲームは自分もかなりやる方だ。

 何のゲームをしているのだろうと気になり、TV画面をチラっと覗く。


 って……えぇ?

 よく知っているゲーム、スマブラDX……でも何かおかしい。

 女子がスマブラをやることを別段おかしいとは思わない。

 大学の部室でみんなでゲームなんてありそうな話だし、正直少し憧れる。


 ……いやでもやっぱ何かおかしいんですよ、その、遊び方が。


 画面内の光景はライト層の遊びではなく修羅のそれ。

 廃人以外はしようとも思わない超絶技巧、独りプレイの極致。

 『ホムコン バット落とし』といえばピンと来る人もいるだろう。


「あ、裏で当たらなかった……もう半歩くらい右ね」


 ……もう絶対ヤバい人じゃん。

 ツッコミ待ちの奇行やジョークの類ではないのは、横顔から覗く瞳の真剣さから伝わってくる。

 話しかけられる雰囲気ではないし、この人の人物像が全く掴めない自分には、ただ立ち尽くして修羅の舞の終幕を待つ他なかった。

 というか頭が追い付かず何も言えない……試されているのだろうか。


 呆然ついでに部室を見まわすと、テレビにソファーに日用品、六畳程度の広さに何でも揃っている……もしかしてここに住んでんの?


「ふうっ」


 0コンマ単位に調整された完璧なプレイングで信じられない記録を叩き出した修羅は、コントローラーを置いてこちらに目を向けた。


「ごめんね~、ちょっとキリが悪くて。入部希望? 今あたししかいないけど」


 いきなり素に戻っただと……!

 何事もなかったかのように修羅の面は優しそうな先輩の面に。

 あんなものを見せた後に普通に話しかけてくるあたり、若干の狂気を感じざるを得ない。

 まぁそれについては考えても仕方ない、目的を果たそう。


「あ、ちょっとどんな部活なのかなって」

「うちは何でもやるよ~。新歓は見てくれた?」


 ここに来た理由と言えば、部活に対する興味というよりも正に目の前にいる先輩への興味だが、そうとは言えるわけがない。

 そのまま肯定し、演奏に圧倒されたことを理由にした。


「ふふー、ありがと。楽器は何やってるの?」


 いざ部活の話になると、緊張が増した。

 何より間近で見るとすごい美人だし、少し子供っぽいくらいの笑顔に後ろめたさをあぶり出されるような気がした。


「昔ピアノを少し……」


 ピアノはそれなりにやったし、今でも弾く。

 圧倒された相手を前に「弾ける」とは言いづらいが、他に言えることもない。


「ピアノ!? ならちょうどいい! 今うちの部活あたししか鍵盤いないの!」


 先輩はピアノという言葉に、身を乗り出すようにして声のトーンを上げた。

 しかし勢いに駆られるまま丸腰で来た手前、いかにも主体性のない返事を返すことしかできないのが実情だ。


「でもバンド経験とか全然なくて……」

「バンド経験者の鍵盤とかほとんどいないから大丈夫!」

「……そういうもんなんですか?」

「そういうもんなんです! だから本当に安心していいよそこは!」


 あぁよかった、よぎった懸念は問題ではないようだ。


 先輩は演奏中の印象とは違い、笑顔で明るく話す人だった。

 そのおかげで、やりとりをする内にいつしか不安も和らいでいった。


「ほら、ここ座って。あ、ちなみにあたしは二年生の月無つきなしね」


 自己紹介を返し、勧められるがままフローリングの床に座った。


「で、新入生の白井しらい君はどんな音楽聴くの?」

「大体有名なアーティストばっかですね……。ミスチルとかサザンとか」


 それからは好きな音楽ジャンルや楽器経験についての話になった。


 揚々と話す月無先輩の音楽知識は広く、どのジャンルも分け隔てなく聴くらしい。

 無類の音楽好き、そんな印象で色々と教えてくれた。

 中高と帰宅部を一貫していたから部活というものの想像はついていなかったが、活動内容も含めて聞く限り、かなり楽しそうだ。


 しかし話すうちにわかったが、自分は思っている以上に音楽を知らない。


「軽音入ったらいっぱい知れるし、すぐに興味持ちそうだから大丈夫だよ! こんなに色々話しがいある人あんまいないし!」


 自分としてはただ無知だから、いちいち詳しく聞いてただけだったりする。

 真面目だなんて言われもするけど、実際は固いだけという自覚もある。

 先輩には意外な程高評価なようだけど、やはり客観に不安は生じてしまう。


「でもやっぱり詳しい方がいいんですかね?」

「そうね……。最初から色んなジャンル詳しい人ってあんまりいないし~、そこの棚にCDいっぱいあるから見てみたら?」


 先輩が指差す先には棚、棚、おぉ、わかりやすい。貸出棚と書いてある。

 立ちあがってラインナップに目を通すと、ジャンル問わず多彩なアーティストのCDがあり、個人の趣味の集積地しゅうせきちといった感じだ。


「その棚ねー、みんなが聴いてほしいCDを適当に置いていくの。好きなアーティストがその中にあったら、誰かしらと話が合うってこと!」

「なるほど……。ちょっと見させてもらってもいいですか?」

「いいよいいよ! 知ってるのあったら言ってみ?」


 棚に並ぶ無数のCDタイトルを一つ一つ見ていく。

 知っているアーティストもそうでないものもあったが、あるものが目に留まる。


「あ、FFだ。俺このサントラ持ってます」

「お、FF好きなの?」


 ファンと自称できる程かはわからないが、人並み以上にゲームはするのでサントラを買うこともそれなりにあった。

 ゲーム音楽自体も他の音楽に比べれば大部詳しい。

 とくにFFは楽譜も一冊持っているし、ピアノで弾くくらいには好きだ。


「好きですね。曲好きなんでサントラ結構持ってます」


 そういえばゲームをしていた。

 月無先輩も知ってるなら、音楽の話題として丁度いいかと会話を続けた。


 ――これが導火線に火をつける行いであることは知る由もなく。


「ゲームのサントラはたまに買ってますね。楽譜もFFのは持ってて、弾いてたりしますよ。ゲーム音楽好きな人もいるんですね。気が合うかもしれない」

「……弾いたりもするんだね! いいよね、ゲーム音楽」


 月無先輩もわかってくれたようだ。

 聴いたことのない音楽の話も興味はそそったが、こっちの方が自分も気が楽だ。


「いいですよね、ゲーム音楽。ゲーム結構やるんで自然と好きになっちゃって。自分から話できるくらい好きなのってこれくらいなので……。先輩がゲーム音楽知っててよかったです。サントラも結構よく聴くんですよね」

「……そんなに好きなの? マジで?」


 他の音楽に比べると一番好きかも知れない。

 実際サントラを聴いている頻度もそこそこだ。


「そうですね……多分一番好き好んで聴いてるかも。わかりやすいカッコよさというか、音楽として好きだったりしますね。ピアノで弾いてても楽しいですし」

「……ほんと? そうなの!?」


 ……ん? 何事?

 月無先輩の声色が急に変わった。

 振り向いてみると……期待に満ちた目でこちらを見つめているではないか。


「それ、あたし! それ置いたの、あたし! 君ゲーム音楽好きなの? 普段からよく聴く? FF以外にも聴く!?」


 な、なんだこの圧力は……。

 子供のような無邪気さを孕んだ笑顔で、スイッチが入ったかのように問いかけてくる。


「は、はい。気に入ったゲームのは結構聴きますね……」

「マジで!? ほんと!? 楽譜持ってて弾くくらいならちゃんと好きじゃん!」

「えぇまぁ……。マニアというほどではないですが……」


 なんだこの食いつきは……。


「それで!? 何のゲームの曲が一番好きなの!?」

「い、一番はやっぱFFですかね……」


 ヤバい、めっちゃぐいぐい来る。怖い。


「FFね! 王道中の王道ね! ゲーム音楽といえばまずこれね! それでそれで!? 曲は何が一番好き!?」


 普通に話していた時も明るくよく喋る印象だったが、その比ではない。

 まるで子供のようにはしゃぎ、無邪気な瞳でこちらの答えを期待している。


「『独りじゃない』とかですかね……」


「『独りじゃない』わかるの?じゃぁ結構ちゃんと聴いてるじゃない!あの曲最高よね!悲しみに暮れるジタンの元に仲間が集まるⅨでもトップクラスに感動的なシーン!物悲しいAメロから始まって力強いサビのメロディがその場面全てを物語るゲーム音楽をまさに体現する屈指の名曲よ!音色による表現力もすさまじくって!正に寂しさを音にしたようなメロはジタンの心そのもの!ギターがそれ~中略~」


 ……おい何か始まったぞ。何かしてはいけないことをしたのだろうか。


 突如、こちらのことはお構いなしに、処理できようもない情報量をぶつけてきた。

 現実にトランス状態になる人がいるなんて思ってもみなかった。

 ……なるほど、貸出棚のサントラは撒き餌だったというわけか。


 しかしぶっちゃけ何言ってるかわからないし、終わる気配もないので聞いてるフリだけして放っておくしかなさそうだ……。


「場面が進んで皆が集まることを暗示するかのように曲が進むにつれて続々とパートが追加されていくのもたまらないわ!強がって仲間を巻き込まないようにしようとするジタンに最後までついていくっていう覚悟を語る、それを曲が表現するの!サビの二週目で集大成かのようにコーラスの音が追加されるところなんてまるで仲間達の声が聞こえるかのような気になっちゃって涙が止まらなくなっちゃったわ!優しさと悲しみを表現するのに適してるAマイナーキーで作られていることでその説得力も最大限に引き上げられてるの!シーン自体も最高だけど音楽でまでそれを最高に引き上げちゃってどこまで嫌味なく泣かせにくるのよこのゲーム!最高に決まってるじゃない!こんなもん泣くに決まってるじゃ~以下略~」


 いつまで続くんだこの猛攻は……。


 あぁわかる、今ならわかってやれる。

 戦闘開始直後にわけのわからない初見殺しで死ぬまで殴られ続けるファミコン時代の主人公達の気持ちが。

 或いはもう一つのFF、ファイナルファイトのハメパンチコンボを死ぬまで喰らい続けるザコ。辛かったんだなお前達……。


 実際のゲームなら「ハッ、クソゲー」と一笑に伏して電源を切るところだが、悲しいことにこれは現実。

 受け入れたくない気もするが憧れた人だし、さっきまではすごくいい人だったから様子を見よう。


 そしてまさに怒涛、何がしかの覚悟を決めた時、先輩ははっと我に返った。


「はっ……。ご、ゴメンね? つ、つい……」

「す、すごい好きなんですね……」


 うわ、すごい申し訳なさそう。 

 でもこちらのHPはすでにミリ残し。

 気の利いた返しなど出来るわけがないんです。


「本当にゴメンね……? ゲーム音楽好きって自分から言ってくれた人初めてで。それにあたしも大好きな曲だからついテンションあがっちゃって~」

「いえ、本当に全然……」


 変な人なのは間違いないが、悪い人でもない。

 それに、本当に好きなのだろう。

 一方的に愛をブチ撒けられただけだったけど、悪く思う気には不思議とならなかった。


 でもちょっと気まずいぞ。

 何か他に話題はないだろうか……。




*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。

『独りじゃない』― Final Fantasy Ⅸ

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