解説の狂戦士 前編
四月中旬 大学構内 とある教室
憧れた先輩とのエンカウント、その一週間後。
文化部の新入生勧誘期間も終わり、キャンパスを彩る
今日は軽音楽部の部会で、一同が空き教室に集まっていた。
行われるのは学内にある軽音楽部の音楽スタジオ説明と、新入生挨拶。
自己紹介が始まると、部長が名簿を片手に次、次、と当てていった。
40人程度の部員数でも自分にとっては大勢で、かつてないほどに緊張する。
いざ出番が回ってくると、用意していた言葉の半数は吹っ飛ぶものだ。
「えっと次は~。あれ、これどっちだ。しら? しろ?」
「……あ。ら、です」
立ちあがって言葉を探した。
音楽を知っていることは、バンド団体に入部することの必須条件。
かと言って通ぶって、あまり知らないアーティストの名を語るのも自殺行為。
「
……ここは雑食という便利な言葉に頼ろう。
面白い自己紹介にはならなかったが、部員一同の注目を集めるプレッシャーからすれば、それは新入生みな同じように見える。
鍵盤志望ということで「おぉ」と声が上がっただけ、自分はマシというものだ。
「あそこに鍵盤の先輩いるから。スタジオ説明回ってくるまで色々聞いてて」
部長が指差した方を見ると、月無先輩が手をヒラヒラと振っている。
この場に一人しかいない顔見知りなので、すごく安心した。
自己紹介が終わり次第、パート毎のテーブルに着くということで、足早に月無先輩の元へ向かった。
「お疲れ様です。この前はどうも」
「入ってくれたんだね! よろしくね。後でパート毎にスタジオの使い方説明あるから~……。なんかお話してましょ?」
お話……。
「そ、そんなに警戒しなくても。この前みたいなことにはならないから」
「あ、いえそんなつもりでは」
いけないいけない、つい態度に出てしまっていた。
警戒したというわけでは本当にないが、少し申し訳ないことをした。
「スタジオ説明って、何を説明するんですか?」
「主に音響機材の使い方ね。ミキサーとか色々あるから現地で教えたげるよ。勝手にいじって壊すとシャレにならないからね。スタジオ説明はそういう意味もあるよ!」
使い方を知らないままであれば自分もそうなる可能性がある。
部活をやる上で知ることは多いし、最初はこうして学ぶことに終始する機会もたくさんあるだろう。
「そうそう、自分の鍵盤もまだ持ってないでしょ? 鍵盤の使い方も教えてあげる」
バンドで使うのはシンセサイザーというものらしいが、電子ピアノとの差すらわからない。
「来週バンド決めがあるから。白井君貴重な鍵盤だから取り合いになるかもね!」
……初心者にそんなに期待されても正直困るのだが。
そこからはバンド決めの手順や、年間の見通しなどを教えてくれた。
バンド決めは年に三回、春、夏、冬と区切られるそうで、次の部会では春バンドを決めることになると。
「夏に決めるバンドなんかは三年の引退まで続くの! みんな本気でメンバー取り合うから毎年血が見れるよ!」
……文化部で血が流れんのかよ。
しかしこの人、喋り方こそ子供っぽいが説明する時はまともだ。
先日の惨劇が起こる前もいろんな音楽について教えてくれたし、ゲーム音楽を除けば本当に理想的な先輩ではないか。
「あたしは今回代表バンドだから、次のバンド決めは参加しないんだ」
代表バンド、あぁ、PRイベントの時のバンドか。
部内の実力者が集まったバンドだったのか。どうりで上手いわけだ。
代表バンドは、七月に行われる他大学との大規模な合同ライブに出演とのこと。
都心グランド音楽フェスティバル、略して『グラフェス』。課金ガチャみたいだ。
「冬バンドはこの前の新歓ライブまで。新入生が入ったタイミングで春バンドに組み直しね!」
「新歓ライブってなんです?」
「あれ、来なかったの? 一昨日やってたんだよ?」
「え、初耳……。一週間後に部会あるからその時にまたとしか」
新勧イベントが大講堂のあれだけなわけはないとは薄々思っていたが、存在自体を知らなかった。
「……ごめん。あたしが完全に言うの忘れてた。対応した先輩が伝えておかなきゃいけなかったんだった。チラシも渡すの忘れてた……」
あ、あぁ……完全にゲーム音楽のせいじゃん。
でも多分夢中になって忘れてたのだろうし、それ以外にも話したことも多かったから失念したのもしょうがないか。
応対してくれた時の振る舞いは完璧な先輩像だったし、感謝こそすれ、責めることなど出来ない。
「ま、まぁ代表バンドだけでも見られましたし。そんなに落ち込まないでください」
「……かたじけねぇ」
それに、キャンパスでもしてたハズの勧誘には足を運ばず、いきなり部室に突貫した自分にも非がある。
責任を感じさせたくはないからフォローしておこう。
「いえ、自分も勝手でしたし……」
「痛み分けってワケね」
ちょくちょく語彙おかしいなこの人。
「そろそろ次だから鍵盤行って~」
痛み分けで微妙な空気になったところで部長から指示が出された。
「はーい。ほら行くよ白井君! 気を取り直して!」
……いやそれこっちのセリフなんですけどね。
気を取り直して二人でスタジオに向かった。
§
PRイベントが行われた大講堂の地下、建物を横にブチ抜く大きな通用路。
それを廊下とした一角に、軽音楽部のスタジオはあった。
「ほら、あの扉ね。ダンジョンの隠し部屋みたいでしょ! フフッ!」
通用路入り口の大きなガラス扉から覗くと、前のパートのスタジオ説明がちょうど終わったようで人がぞろぞろと出てきた。
「よし、いこ!」
入れ替わりとなって鍵盤パートの自分と月無先輩でスタジオに入る。
外からでは様子がわからなかったが、スタジオは30畳程はありそうな広さ。
大きなスピーカーやらドラムセットやら、豪華さの基準はわからないが、しっかりした音楽スタジオといった感じだ。
広いスタジオに二人きりの状況に少しテンションが上がったが……
「……何であんなん貼ってあんの」
音楽室の肖像画よろしく貼られた、スティーヴィー・ワンダーの写真から感じるプレッシャーに諌められた。
「音楽スタジオは初めて? なんだかわくわくするでしょ!」
こうした場に来るのは初めてだ。
楽器がところせましと並んでいる光景に、未体験の高揚が起きる。
「じゃぁ、まずはミキサーの説明ね! 鍵盤は自分で使えないとマズいから!」
紹介されたのは盤状の音響機材。
楽器とスピーカーの中継器の役割で、鍵盤をこれにつないで設置された大きなスピーカーから音を出す……らしい。
見ただけではツマミやら何やらが沢山あってよくわからない。
「これがミキサーですか、なんかメカメカしくてよくわからな……」
「フッフッフ」
……え、何?
唐突に不敵な笑みを浮かべ、わざとらしくこちらの言葉を遮る。
「説明しよう! ミキサーとは!」
謎のテンションとともにビシッとこちらを指差し大袈裟なポーズ。
「えぇ……。なんだこのキャラ……」
こちらの当惑は全く意に介さず先輩は説明を始め……え、この感じで説明されんの?
無知な自分にも随分わかりやすいがキャラが一向につかめないままそれは続いた。
「これを見たまえ。この上下するものが繋いだ楽器ごとのボリューム! フェーダーと言う名だ、覚えておきたまえ。そしてゲインと書かれたツマミが見え~中略~」
多分この謎の解説キャラにツッコむのは不毛だろう。
真面目に説明部分だけ聞こう。
「以上がミキサーの説明ね!」
謎の解説キャラでミキサーの説明を終え、先輩は素に戻った。
……それにしてもツッコミ待ちじゃないのか今の。最後までアレで説明したぞ。
もしかしたら基本スタンスからバグっているのかもしれない。
§
話だけで終わる範囲のスタジオ説明をしてもらうと、次は実演編と続いた。
「よし、じゃぁ鍵盤を実際につなげてみよう!」
弾いている姿を見れるかと気持ちが高鳴る。
「じゃああたしのシンセを」
壁に立てかけた特大のケースの中から、重厚なシンセサイザーを運び出す。
女性の細腕に似つかわしくない巨大なそれを、先輩は慣れた手つきで持ち上げた。
「じゃーん! ほら、カッコいいでしょ!」
シンセサイザーというものを間近で見るのは初めてだが、洗練された機械的なフォルムにすぐ惹きこまれた。
「クロノスっていうの! 名前までカッコいいでしょ!」
「……なんかめっちゃ中二感ありますね。黒いし」
確かにかっこいいがそれとなく口に出てしまった。
「ま、まぁそれは置いといて」
……名前と見た目で選んだなこの人。
図星を突かれたかのような反応をしつつ、先輩はセッティングを始めた。
その間に少しスタジオを見まわしてみると、他にも鍵盤楽器が目にとまった。
「他にもありますけどあれは部のなんです?」
「あー、1台は部ので、もう1台はあたしの。もらいものなんだけど、トライトンエクストリームってやつ。でもそれはね……」
暗い含みを持たせてゆっくりと言葉を続けた。
……何かいわくつきなのだろうか。
「なんかヤバい気がして使えないのよ」
……何か大人の事情があるらしい。
それにしてもトライトンエクストリーム、どこかで聞いたような気がする名だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます