ありすは死んだ。


 ありすは死んだ。


 ありすは死んだ。


 親に殺されたのかもしれない。

 自殺したのかもしれない。

 事故によって死んだのかもしれない。

 どれかはわからない。けれど、結果はすべて同じ。

 ありすは死んだのだ。

 時計を持ったうさぎを追いかけて不思議の国へ行ったのではない。

 彼女が死んでから僕は、学校はもちろん、図書館にも行かず、自分の部屋から一歩も出なくなった。そして毎日布団の中で過ごしている。

 しかし、ずっと眠りにつくことはできないでいた。当初は学校に行けとうるさかった両親も、精神的にも肉体的にも衰弱していく僕を心配したのか、今は何も言わないでいる。

 眠れない僕は床に座り込んで、ありすのことばかり考えるようになった。


 ねえ、ありす。

 僕は今でも君の名前が、嘘じゃないかと思っているんだ。


 君は両親が嫌いだったよね。その両親から与えられたもの全てが嫌悪の対象だと言う君が、名前を偽らないはずがないと思うんだ。その真偽を今更確かめることはできないけれど、どうせなら名前だけでなく、存在さえも偽りだったら良かったのに。

 そうすれば僕は、こんなにも悲しい思いをすることはなかったんだ。

 

 こんなことばかり考えている自分は、本当に弱い人間だと思う。

 僕の部屋には、彼女がこの世を去ってから色々なものが増えた。ロープ、ナイフ、睡眠薬など死に直結するものばかり。

 しかし、彼女ならこう言うだろう。


「弱い人間が自分を殺せるはずがないでしょ」

 

 その通りだよ、ありす。

 僕は死ぬ勇気もない弱い人間だ。死にたいと言っても、部屋の中のものを使って死ぬことはないだろう。けれど、僕のような弱い人間でもできることはあるんだよ。

 それは、人の死を受け入れること。

 僕は君の死を受け入れ、これからも図書館に通うよ。

 たくさんの本を読み、君が忘れてしまったことを僕が代わりに記憶していく。

 そして僕がこの世とお別れしたら、たくさんの知識を持って君に会いに行くから。

 勝手なことばかり言うけれど、僕は君のことが本当に――。


 考え事をしているうちにいつの間にか眠っていた。久しぶりの睡眠だ。

 深い眠りにつこうとしている時、僕は夢を見た。

 夢の中では、ありすが図書館の玄関前に立っている。

 気まずそうに近づいていくと、彼女は笑顔で迎えてくれた。

「会いに行かなくてごめんなさい。デートは……また今度ね」

「そうだね……」

 ありすの死を受け入れたはずなのに。また悲しみが押し寄せてくる。

「簡単に受け入れられるわけないよね」

「うん……」

「少しずつでいいよ。私の死を受け入れてね」

「うん……」

 いつの間にか僕は涙を流していた。だけど、止めようとは思わない。

「でも、私のことを……忘れないでね」

 ありすも泣いている。彼女も涙を止めようとしない。

「一つ聞いていい?」

「なに?」

「君の本当の名前は?」

「新聞で調べればいいでしょ。死亡記事に載ってるんじゃない?」

 ありすは、いつものように笑う。

 僕もつられて笑う。


 目が覚めたら図書館に行こう。

 

 だけど今はもう少しだけ――彼女と一緒にいたい。


               了

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短編小説『明日も彼女は嘘をつく』 川住河住 @lalala-lucy

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