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小説家を目指し始めてから僕は、学校をサボって市立図書館で本を読むようになった。平日の図書館は意外と人が少なくて居心地がいい。今日は学習室に入ってみたけれど、自分以外には誰もいない。
読んでいた物語が中盤にさしかかった頃、部屋の外から小さな足音が聞こえてきた。
僕は急いで近くの本棚に隠れる。以前、心配した担任教師がここにやってきたことがある。前回は見つからずに済んだが、今回もなんとか切り抜けないと。
足音は次第に大きくなり、ゆっくりとこちらに向かってくるのがわかる。閲覧室の戸が開き、足音が先ほどより鮮明に聞こえる。少し歩く音がしたと思ったら途中でピタリと止んだ。
その時、自分が読んでいた本を机に置き忘れていることに気がついた。だが、今さらどうしようもない。
足音の主は、本が開いている状態で置かれているのを見て、不思議に思っているのかもしれない。足音が再び鳴り始め、僕が隠れている本棚に近づいてくる。そして見つかった。
「こんなところで何してるの?」
同じ年頃の女の子が目を細めて僕のことを見ている。
僕はうまい言い訳が思いつかず、正直に言う。
「学校をサボってる」
「なんだ、君もサボタージュか。学校の授業に飽きたんでしょ」
「少し違うな。僕は大学進学のための勉強よりも、小説家になるための勉強の方が大事だと思ったからここに来てるんだ。ところで、サボタージュって何?」
「小説家を目指してるのにそんなことも知らないの?」
彼女は、クスッと小さく笑った。
「サボタージュはね、サボリと同じ意味だよ」
「へぇ。そうなんだ」
一人で納得していると、彼女は僕が座っていた席の隣に座る。そして手招きして僕を呼ぶ。
「ねえ、何か話そうよ」
「ここ図書館だよ。本読まないの?」
「さっきまで一人でかくれんぼしてたんだから暇でしょ?」
彼女は意地悪そうな笑顔を浮かべている。
僕は小さなため息をついてから隣に座った。
「ねぇ、君の名前を教えてよ」
「ありす。『不思議の国のアリス』の主人公と同じなんだよ」
「本名?」
「嘘に決まってるでしょ」
彼女はまた笑った。先ほどとは違い、とても楽しそうに笑う。
「あなたの名前は?」
本名を言いかけたが、すぐに仕返ししてやろうと考え、咄嗟に思いついた名前を言った。
「寂しがりうさぎ」
「変わった名前だね。でも、うさぎが寂しいと死ぬって迷信だよ」
「冗談なんだけど……」
「知ってるよ」
彼女は、また楽しそうに笑う。
僕もつられて笑う。
「君の本当の名前は?」
「ありす」
どっちだよ……。
しかし、彼女にありすという名前は似合わないと思う。
なぜなら、彼女の見た目が『不思議の国のアリス』からかけ離れているからだ。
黒髪に黒い瞳、真っ黒で地味な高校の制服を纏う彼女は、いかにも外国人が好みそうな昔の日本女性、大和撫子という言葉が合う。唯一名前負けしていないところは、一切の日の光を拒絶したような白い肌だけ。
しかし……。
「図書館の前に綺麗な桜が咲いているけど、絶対に人の死体が埋まってると思うの。ねぇ、君もそう思わない?」
中身は嘘つきで変わり者だ。
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