奇跡

 命を懸けて、なんて言えるほど、俺の命は高くない。YouTubeで違法アップロードされたJ-Popを聴く夜、調べてみたら作ったやつは少し前に死んでた。悲しいな、と動画にぶらさがるコメントでも読んでみる。ひとりだよ、今は。

 子どもの頃、将来の夢なんてなかった。プロ野球選手にも警察官にも興味なかった。明日の天気が晴れかも雨かもわからなかった。だけど今ならわかる。明日は雨がふるんだ。明後日も雨がふるんだ。ずっと雨がふるんだ。

 満員電車でスマートフォンを凝視する有象無象の部品共よ。お前らの人生にどれだけの価値があるんだ。最近は人生の価値がすっかり小さくなってしまって、ほら、一昔前からちっとも進歩しないシステムに甘んじてそれで満足かよ。生きろよ、お前ら本当に生きてんのかよ。突如叫びだすアジテーターは気狂い扱いされ、誰もがスマートフォンから目を離さない。

 大人になって、将来の夢は何ですか。とか言われてもさ、そんなもの俺が訊きたいくらいだよ。知らないよ、どうせクズにしかなれないよ。でも、できれば、幸せになりたい。

 奇跡が起これば、奇跡が起これば、って薄給からひねりだした年末ジャンボ宝くじに縋るような日々はもううんざりだ。俺の人生は当選番号を新聞で確認する一瞬のためにあるわけじゃないんだ! 

 抗おうぜ。戦うぜ。人生という絶対に勝てないゲームを続けようぜ。手取り223,698円の給与明細に奇跡なんていらない。ここ数年連絡をとっていない友人にLINEすることに奇跡なんていらない。Twitterの『死にたいね』にいいねをおすことに奇跡なんていらない。本当につらいとき優先席に座ることに奇跡なんていらない。絶対に勝てないとわかっていることは戦わない理由にならないんだ!

 俺達の人生に奇跡なんていらないんだ。いつか誰かが振り返ったそのとき、俺達だった連なりが些細な奇跡になってるだろうから、もう、それでいいんだ。幸せになりたいけど、包丁もって死刑囚になるくらいなら、俺は誇りをもってつまらない人間でいるよ。

 

 雨がふっている。ずっとふっている。男物は暗色しかないから、傘は嫌いだ。いつかオレンジ色の傘をさして、太陽のように歩き回りたい。なんてな。


 

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