愚かでありたい



 英単語や化学式を学んで、からっぽな頭に近代的理性を詰めこんで、私たち大人になったね。誰かを助けない理由を、誰かを愛さない理由を考えられるようになって、たくさんの荷物を両手に抱え、全力で走らないようになったね。おめでとう。君は立派になったと賞賛され、自分は優秀なんだと満足できたね。


 利口になった私はきちんと自分の利益を考えて生きている。継ぎ接ぎの論理を積み上げる社会で転ぶことなく歩いている。通勤電車の遅延に苛立ち、友人の自殺を既読スルーし、香典の捻出に溜息をつけるようになった。

 いま全力で手をさしのべれば、抱えていた荷物を落とすことになるだろう。そんなことはすべきでないと簡単にわかってしまう。賢い脳みそが重たすぎて俯いてしまうのは今に始まったことじゃない。

 ねえ、理屈じゃ理屈を超えられないよ。両手いっぱいの荷物をかなぐり捨てること。それは愛と呼ばれた。それは勇気と呼ばれた。それは何より愚かだった。


 先生、私やっぱりクズのままです。

 でも、大切な誰かが本当に苦しんでいるとき、まっすぐに手をさしのべられるほど、私は、愚かでありたい。

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