番外編



 リュウジがタツヤに初めて出会ったのは、十五の時だった。

 花の高校デビューを果たして、髪を金色に染めて、教師から髪の毛を引っ張られる日々を送っていたリュウジは、そんな青春にすこし物足りなさを覚えていた。

 つまらない。だから、もっと刺激のあることがしたい。

 そう思ったリュウジは、深夜に家を抜け出した。

 深夜。家の外に出ることは固く禁じられている。もしそれを破ってしまった場合、キツイ罰が待っていることももちろんしっていた。

 若気の至りだった。リュウジは馬鹿なことがしたくてたまらなかったのだ。

 でもそれは間違いだったのだと、リュウジはすぐにしることになる。

 ――バケモノ、だと思った。

 いや、そうとしか思えなかった。

 うわさには聞いていた。毎夜、魔法少女が夜に巣くう獣と対峙しているのだと。だけどそこまで信じてはいなかった。実際に見たことはなかったし。魔法少女も、獣も。

 でも。リュウジはそれがほんとうだということを即座に悟った。

 黒い歯を光らせて、涎をダラダラとたらしている虎みたいな獣がそこにいた。

 リュウジの真ん前。鼻と鼻が触れ合うほど近くに。

 虎のような黒い獣は、リュウジを値踏みしているようだった。腰が抜けて尻餅をついているリュウジの周りを、虎は昂然こうぜんと歩いている。その足並みはゆっくりだけれど、いまにでも襲い掛かってきてもおかしくはない。

 リュウジは腕っぷしにはまったく自信がなかった。平均並みに運動をできるぐらいだ。自分の取柄と言ったら、だれとでも打ち解けることができることぐらいで、でもそれは人間に限られている。さすがに、獣相手に通用するものではないだろう。

 全身がこわばって、震えることすら許さない。

 そんな緊張感をうち破ったのは、平坦な低音ボイスだった。


「どうして学生がこんなところにいるんだ?」


 同時に銃声。

 唸りを上げて、獣が体をふるわせる。まるで水浴びを楽しんだ後の動物のように、ぶるりと。

 獣は、もうリュウジを見ていなかった。

 そのどんよりと黒よりも黒い瞳を、目の前の獲物ではなく侵入者に向ける。

 リュウジも、その視線を追った。

 だらしない男だと思った。だって、黒いジャージ着てるし、髭も剃っていない。歳は二十代前後だろうか。リュウジとそこまで変わらないようにも見えるが、貫禄のある鋭い目つきをしていた。


「ったく。夜に外に出てはいけないと、きちんと教育しとけよ」


 ぼやく声は、やはり低めだ。

 男はおもむろに懐から魔法のステッキ――いや、警棒を取り出すと、黒い虎に向かって行った。

 そしてリュウジは、その男――タツヤとその相棒により窮地を救われたものの、そのあと親や警察、その他いろいろな関係者からこっぴどく叱られることになるのだが、それはまた別の話。



    ◇◆◇



「ほんっと、あのときのタツヤさんて、カッコよかったんすよ。まあ、いまと違って髭伸ばしっぱなしだし、ビジュアルは魔法少女以前に男としてもどうなのレベルでしたけど。でも、ほんっと、カッコよかったんです! だってあの大きな獣に果敢に挑んでいって、そんで、そのときの相棒さんと一緒に、五分もかからず仕留めちゃったじゃないですかぁー。しびれるぅー。あこがれるぅーって、思いましたよー」


 もうすぐ夜が明けるだというという頃合い。

 タツヤの目の前には、たった一杯のビールで酔っ払う男がいた。名を、リュウジと言う。タツヤより四歳ほど年下の、タツヤの相棒だった。

 タツヤは、リュウジの長話に、適当に相槌を打つ。

 煙草を咥えると、火をつけて、煙を吐き出した。

 その煙を顔面に受けたリュウジが、タツヤに抗議の目線を向けてくるが、無視をする。酔っぱらいの愚痴に付き合わされるこっちの身にもなれ。それから、そろそろ帰れ。おまえの部屋は隣だろうが。と伝えるのも億劫だ。


「やっぱ、仕事終わりのビールってさいっこうですよね。たまにはもう一杯行こうかなぁ」

「吐くまえにやめろ」


 リュウジは前に、二杯続けて飲んで嘔吐したことがある。後片付けをするのも面倒なので、一緒に飲むときはなるべく飲ませないようにしていた。


「いいからそろそろ帰れ。今夜も仕事だぞ。はやく寝て備えろ」

「はやく寝ろって、まだ朝ですよー。て、こんな仕事してるから、オレら昼夜逆転してんですけど。はあ、魔法少女って難儀ですよねぇー」

「……そうだな」


 魔法少女――と言っても、それは単なる活動名分に過ぎない。魔法の力を扱える少女が、悪を駆逐しているという建前で、タツヤたちみたいに訓練された戦士(だとタツヤは思っている)が戦っている。実際に魔法的な力は使えるものの、タツヤたちは魔法少女というほど華やかなものではなかった。むしろ、下手するとこちらが血を見ることになる。実際、過去に殉職している戦士もいる。


「……タツヤさぁーん」


 返事はしない。ただ、喋らせておく。


「オレって、タツヤさんの役にたってますか?」

「……」


 微妙なところだ。前の相棒のほうが戦いやすかったといえばそうだが、リュウジはまだ獣に対する恐れがある。それと見栄っ張りな反面、あきらめの早いところも難点だ。

 けれど、リュウジの魔法適正は、タツヤ以上ではある。これからもっと鍛錬して、実践を積み重ねて行けば、強くなる可能性を秘めている。

 タツヤは迷ったけれど、素直に答えることにした。


「まだまだこれからだな」

「まだまだっすかー。うう、やっぱオレって、役立たずってことじゃないですかぁー」

「これからがんばっていけばいい。十分素質はあるからな」

「うう。たっつんって、いつもそればかりすよー。なのにオレは失敗ばかりして……でも、でもオレはっすねぇ」


 机にうつぶせに倒れていたリュウジが、ぶんと勢いよく顔を上げた。


「なにがあっても、オレはあんたについて行くって決めてるんすよ。もう足は引っ張りませんからねぇ」


 バンッ、と音を立てて、リュウジの顔面が机にぶち当たった。そのまま黙り込むリュウジ。

 寝たのだろう。いつものことだ。リュウジは酔うと、同じ宣言を口にする。


「俺についてくる、か。できるならはやくそうしろ」


 ガラス製の灰皿に、煙草を押し付けて火をもみ消すと、タツヤは唇で軽く弧を描いた。


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