ざんこくぅーってヤツですね!

槙村まき

本編


 彼らは深夜に活動していた。

 明りの灯る街灯を避けた裏通りを、その二人組は歩いていた。

 身に着けているのは、二人とも黒っぽい服。

 一人は、適度に気崩してすこしオシャレに見えるシャツを着たまだ若い男性。二十代ぐらいだろうか。彼は暗闇には似合わないだろうに、髪を金色に染めていて、真っ赤に輝くカラコンで双眸を彩っている。そのうえ、静かな時間だというのに口笛まで吹いている始末だ。夜の仕事をする人間として、服装以外は浮きまくっていた。名をリュウジという。

 一人は、動きやすそうな黒いジャージに身を包んだ若造よりは年上に見える男性。キリッとした眉の下には、切れ長の双眸がただ前を見据えていた。その顔は不機嫌にも見えるが、リュウジから言わせるとこれは通常営業ということらしい。見た目に似合わないジャージ姿なのは、その方が動きやすいからだとか。名をタツヤという。


「ずーっと考えていたんすけど、竜と龍を合わせて竜龍たつたつコンビとかいかがっすか?」

「なんだ、それは」

「オレらのコンビ名ですよ。もうずいぶんと長い間いっしょに活動しているのに、いまだにコンビ名決めてないのオレらぐらいっすよ? だからそろそろなにか考えたほうが活躍も様になるっつーかなんつーか」

「……いや、そんなダサいの名乗れば、逆に浮く。俺らの仕事、なめてるのか?」


 ため息を吐くタツヤに、なおもリュウジは語り掛ける。


「じゃあ、たっつんはなにかいい案あるんすか?」

「たっつんて呼ぶな。俺は先輩だぞ」

「先輩と言えでもコンビですし―。あだ名で呼び合う方が、ファンも喜ぶっていうか―」

「ファンは俺らのまでしらん。よけいな情報は必要ない」

「でもでもでも、やっぱたっつん呼びのほうが呼びやすいんすよねー。タツヤさんて呼ぶのは他人行儀すぎるっていうかぁ」

「そもそも俺らはただの相棒バディだ。日常では他人だろ」

「えー。でもー」


 それでもリュウジは引き下がる気がなかった。――静寂に支配された暗闇の中、なにも喋らずに歩くということがリュウジにはできないということもあるが、寡黙なタツヤといっしょにいるには自分が喋りかけたほうが場の盛り上がりがパないんですよねーと思っている節もあるからだろう。いや、単純に喋りたがりのチャラ男、というのが答えだったりするのだけれど。


「で、今日の出動はオレらだけっすかー? いちばん花のあるピンクのではなく、黒のオレらとか上は見る目ないっすねー。まあ、相手がそれだけ強いんでしょうけど」

「花があるかどうかは関係ない。俺らは、ただ敵を抹殺するのみだ」

「えー。その言い方こっわーい」


 それでもタツヤの言うことももっともだった。

 リュウジたちはただ敵を抹殺する。夜に人が出歩けなくなった原因である、静寂な暗闇に蔓延るを片っ端から屠るのが彼らの仕事だった。


 人は、彼らのことを、魔法少女と呼んだ――。



「つっても、オレら少女じゃなくって、男なんすけどね。それも成人男性」

「だが、そっちの方が子供が喜ぶからという上からのお達しだろ。どうせこの時間、外に出ている人間はいないんだ。たとえ魔法少女の中身が冴えないおっさんだったところで、バレる心配はない」

「オレ、おっさんじゃなくってピチピチの二十代なんすけど」

「俺もだ」


 ふんっと鼻を鳴らすタツヤ。これ以上語るつもりはないらしい。

 ほんと淡白な人だなぁーと思いながらも、リュウジはへらりと笑う。


「で、今日のお相手はどんな美人さんなんでしょうね。ちなみにオレはギャルっぽい子よりも清純派のほうがバリ好みだったりするわけですが、たっつんはどうすか?」

「おまえが付き合う女、いつもギャル系じゃなかったか?」

「うーん、やっぱ気が合うからっすかねー。そんなことよりも、たっつんの好みはどうなんすかぁ」

「……そんなことよりも」


 タツヤの声音が数段上がる。

 はぐらかされたとリュウジは思ったが、すぐにそれは思い違いなのだということに気づいた。

 同じタイミングで足を止める二人。

 舌なめずりをすると、リュウジは腰のホルスターから魔法のステッキ代わりの警棒を抜きとった。警棒は魔法の力が込められている特注品だ。警官の持っているものとは違って、殺傷能力もある。夜に蔓延るを倒すための道具だった。


「んじゃあ、先に行ってますね。魔力弾の充填よろしくっすー」

「ああ。出来たらすぐに向かう」

「うぃ」


 適当な挨拶を返すと、リュウジは先に歩き出した。

 この先に、がいる。


「さてさて。今夜のお相手はどんな美人さんっすかね。いや、いままでオレ好みの美人な夜獣やじゅうとか現れた試しがないしなぁ。まあいいや。いつもどおりささっとやりますかね」




 夜獣と相まみえたのは、それからすぐのことだった。

 奴は、空からやってきた。


「上からとかマジ勘弁ッ」


 なんとかすれすれで避けたリュウジは、よろけた体を立て直し、警棒を構えた。

 目の前にいる敵に目を向ける。


「ありゃま、今回はずいぶんと大きい。もとは犬か? つーことは、ケルベロス決定。頭ひとつしかないしケルベロスもどきか」


 ケルベロスもどきの体長はリュウジよりもはるかに大きかった。二メートルは越えているだろう。オレの身長百七十六なんだけどなぁ、それよりも大きいとかどんだけーとか思いつつも、リュウジはその全身にくまなく視線を巡らせる。

 相手がいくら巨体でも、弱点はひとつだけだ。そこさえ破壊すれば、夜獣は簡単に息絶える。


「あったー」


 リュウジはほくそ笑む。

 黒い巨体のケルベロスは、黒い牙を唸らせて、じりじりとリュウジに歩み寄ってくる。


「えーっと。魔法の魔法のステッキちゃん。オレに力を貸してくださいなっと」


 意味のない呪文を口にしながら、リュウジはステッキもとい黒い警棒を振り回す。

 そして、果敢にもひとりでケルベロスもどきに肉薄した。




 鋭い牙が、眼前にある。その顎を警棒で持ち上げながら、リュウジは舌打ちをした。


(熱烈大歓迎って、冗談を言ってる場合じゃないけど。絶体絶命だし)


 ケルベロスもどきは、リュウジに馬乗りになっていた。重い巨体だから当たり前だが、力も相当ある。


(たっつんはまだかよ)


 そろそろ充填は終わっているはずだ。

 だが自分はこのありさま。なんとかケルベロスもどきの顎を持ち上げるのでせいいっぱいで、呪文もうまく使えない。


(くっそー)


 こんなつもりなかったのになぁ、とリュウジは思った。

 もっと華麗に倒すつもりだったはずなのに、ちょっと相手の力に気圧されてしまい、尻餅をついたのが運の尽き。こんな簡単に乗りかかられるなんて思わなかった。


(あーあ。これじゃあそろそろホントにコンビ解散されるかもなぁ。オレ、足引っ張ってばっかだし。つか、タツヤさんもどうしておちこぼれのオレなんて相棒にしたんだか。しかも黒で。黒って、いちばん最強なコンビじゃん。色的にさ)


 グルウウゥウウウ。

 ケルベロスもどきが唸っている。

 ぼとり、とリュウジの頬になにか粘着質のあるものが落ちてきた。

 すぐに、それがケルベロスもどきの涎なのだと気づく。


(きもちわりぃ)


 拭いたくても、両手で押さえている警棒を動かすわけにはいかず、リュウジは再び舌打ちをする。そのときだった。


「どうした。核が見えてないぞ」


 頭上から――正確には、仰向けに寝転がっているリュウジの上のほうから声がかけられた。淡々と響くその声は、ここ数年コンビを組んでいる、相棒のものだった。


「……ッ、ちょっと……タンマッ」


 そう言ってケルベロスもどきが動かないでいてくれる保証はないが、リュウジは力任せに警棒を押し上げる。同時にケルベロスもどきの顎も上がっていく。


(こいつは、まだタツヤさんに気づいていない!)


 ならば、とリュウジは腕にもっと力を入れた。

 相棒のいる位置は、もう把握した。あとは、その相棒に核の部分を撃ち抜いてもらうまでだ。そのために自分ができること。それは、核を露出させること。

 夜獣といえども、動物の体に黒い靄がりついてできた動物もどきだ。ならば、核は基本同じところにある。

 心臓。

 その部分を、相棒に向ける。

 屈強な前足で地面に押し付けられている肩が痛い。

 ぐいぐい顎を押し上げていくと、下半身がやっと動くようになった。


「見てろよ、木偶でくぼう


 ケルベロスもどきのおなかに、両足をつける。

 力任せに、リュウジは足を延ばした。

 折れるかと思った。けれど折れなかった。

 ケルベロスもどきの上半身が跳ね上がり、リュウジの上から消える。直後。

 パンッ、パンッ。

 銃声が二発。

 ケルベロスもどきの吠え声が、空気に掻き消えるように薄れて、消失した。




「ケルベロスもどきもあっけなかったすね」

「ケルベロス? あれがか?」

「もどきっすよ。愛称みたいな? だって、付き合った女の子の愛称ってあったほうがラブラブできるっしょ?」

「いらん」

「えー、だからモテないんすよー。たっつん」

「余計なお世話だ」


 はあ、とわざとらしく、タツヤがため息を吐いた。

 途端、リュウジは不安に思う。


「もしかして、とうとうオレに愛想つかしちゃいました? オレ、いつも足引っ張ってばっかですもんね」

「そうだな。おまえは、まだまだ弱い」

「そうっすよね。オレなんて、役立たずですよね」


 あーあーやっぱりなぁ。どうせオレなんてとうじうじうじうじ悩んだまま暗闇に染まりたくなる。

 そんなリュウジの頭が、ポンっと温もりで覆われた。

 ポンポン、頭をやさしく叩かれる。リュウジの尊敬する大きな掌が。


「役立たずだったら、とっくの昔に切り捨てている」

「えー、でもぉー」

「俺は、見込みがあるからおまえを相棒にしたんだぞ。これから失敗を悔い改めて、成長していけばいい」

「ホントっすか? ホントのホントに、そう思ってるんですか?」

「もちろんだ。まあ、死ななければ、だがな」

「……気をつけまぁす」


 気の抜けた返事を返すリュウジ。

 タツヤはため息を吐くかわりに、懐から煙草を取り出して、咥えた。リュウジはささっとライターを出すと、タツヤの煙草に火をつける。

 吸い込み吐き出す人体に害しかない煙は、ゆったりと夜空に昇って行く。


「でも、なんつーか」


 リュウジはその煙を目線で追いかけながら、もとのひょうきんな声を上げる。


「ざんこくぅーってヤツですね!」

「なにがだ?」

「魔法少女の中身が、男だってことがっすよ。なにも知らない世間の皆様は、今夜も勇敢なキラキラとかわいい魔法少女が街を護ってくれてるーと思ってスヤスヤと眠りについている時間に、実際はキラキラなんてまったくしていない男どもが煙草を吸ってるんですから。ケムケム~って感じですよー」

「夢を見るぐらい、いいじゃないか。俺ら魔法少女と違って、世間の皆様は、臭い現実をしらずに生きていける。それは幸せなことだろ?」

「まあ、そうなんですけどね。オレも幸せになりてぇなぁー!」


 その叫びは、煙草の煙とともに、星々の輝く平和な夜空に吸い込まれて消えた。



 

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