序章3

 ◆


 レナがイヴの体に突き刺した刀を抜き放つと同時に鮮血が噴き出す。返り血を浴びた剣士の少女はライトブラウンのミドルヘアーをふわりと靡かせながらシエラ達に笑顔を向けた。


「間に合って良かった」


 突然の救援にシエラ達は驚きに目を見開いた。

 しかし、赤い血を横腹から流しつつヨロヨロと倒れそうになりながらもイヴのその手にはしっかりと得物が握られていた。


「危な──」

「痛ぇじゃねぇですかこの雑兵がぁ!!!!」


 シエラの危険を知らせる声を塗り潰すかの様に発せられたイヴの怒号。それと同時に放たれた手負いとは思えない程のスピードと破壊力を秘めた上段からの一撃が唸りを上げ、レナを一刀両断しようと迫る。


「──!!」


 レナはそれをギリギリの所で真横に飛んで避けた。横髪の先端が斬り裂かれ、レナの頬に冷や汗が伝う。


「おい……見たか? 何だ今の一撃は……!」


 レナの後に続いてやってきたハーフブラッドの獣人の一人がその鬼神の如き一撃を見て信じられないと言わんばかりの声を上げた。

 ……無理も無い話だった。

 振り降ろされた軍刀の先にある筈だったモノ……それが全て『割れ』ていた──空さえも。バチバチと10メートル程斬り裂かれた無の空間は、やがて──バチン! と収束音を響かせ閉じた。


「おやぁ、メアから預かっていた『存在の力』を少し使いすぎてしまいましたね、私とした事が……」


 致命傷を負った筈のイヴの横腹の血が何故かもう止まっている。


「──神の力」


 獣戦士長ヴォルフは後方で殺戮人形の相手をしつつも、横目で今の現象を見てそう呟いた。


「あれあれぇ? そこの人間さんは何故避けられたんですかぁ? 誰が避けて良いと許可を出しましたかぁ?」


 イヴの目に理性の光が見られない。その小さな体躯からは想像も出来ない殺気が放たれ、膨れ上がる。


「ひ……化け物」


 戦士達にトラウマとも呼べる恐怖が植え付けらていく。空気がイヴの狂気に呑まれていく──そんな錯覚をこの場に居る全員が感じた。


「イヴちゃん怒ってないですからぁ? 次はちゃんと斬られましょうねぇ? あなたには真っ二つがお似合いなのですよぉ!!」

「レナさん!!」


 レナに再び刃が降り降ろされようとしたその時、イヴに一本の矢が放たれた。

 しかしそれは、カン。とイヴの機械の腕に当たり、地面にポトリと静かに落ちる。


「──あ?」


 イヴは矢が放たれた先に視線を送ろうとする。

 矢を放ったのはハーフブラッドの少年。

 震えつつも矢を放ったボウガンを構えていた。


「私は横槍が格別に嫌いなんですよ!!」


 その姿をイヴは捉えると眼の力で消滅させようと意識を集中する。イヴが消滅の魔眼を持っている事を知っていたシエラとフェンリス。しかし、二人の視界にレナが居てイヴだけを消滅させようとする事が出来なかった。

 だがそのレナの姿──。満月の光に反射し煌めく一振りの刀。それを、美しく垂直に淀みなく振り降ろした。


「滅の型──狼牙月光斬!!」


 イヴは回避を試みたが魔眼に意識を集中し過ぎていた。黒い殺戮人形の機械の腕が根元から金切り音を上げ火花を散らしながら斬り落とされる。レナは勇敢なる獣人の仲間の作り出した一瞬の勝機を逃さなかったのだ。


 (……あれは?)


 ──その時シエラは気付いた。ハーフブラッドの少女が刀を振り下ろすその刹那、その体に力が集まり、一瞬だが"強化"されていた事に。


「ホムンクルスども!! 今日の所は退くですよ!! 『役目』は十分に果たしたです!」


 両腕を失い不利を悟ったイヴの行動は早かった。一斉に数百体の殺戮人形達がハーフブラッド達への攻撃を止め、退却を始める。


「レナとかいう奴! かならず借りは返すですよ!!」


 月並みな台詞を吐きつつ他の殺戮人形を盾にしながらイヴは逃げる。しかしそれをフェンリスとシエラが何もせずに見ているだけの筈が無い。


「背を向けて逃げる相手たち程、狙い易い相手はいないな」

「同感です、お父様」


 二人は消滅の魔眼を逃げる人形達に向け、情け容赦無く消滅させて行った。ハーフブラッドと人間達はその圧倒的な天狼の守護者たる力を目のあたりにしてわずかながらの希望を取り戻した。

 今回の戦いでフェンリスとシエラ以外のアトラスフィア・ウルフ達を失い、森に大きな消滅の傷痕が残った。ハーフブラッドと人間の犠牲者が出なかった事は奇跡としか言い様が無かった。


 ◆


 ──アトラスフィア上空。

 イヴ達が静寂の森を侵攻している間にある準備がとり行われていた。

 満月の夜空に薄く青く光る漆黒の羽が舞う。大地に居る生き物達は空の違和感に気付き出す。月には黒い点が次第に大きく映り始め、その存在はアトラスフィアの大地に近づくにつれて超巨大になっていった。


「『吸命の杭』……『あいつら』の芸術品をこの愚かな星に使うなんて本人達にとってきっと光栄な事よね」


 巨大な漆黒の杭がアトラスフィアのに向かって落とされようとしていた。軌道や速度はその杭と共に急降下するある存在達にコントロールされていた。その存在とは、黒い羽の生えた生き物……エストラという星では『天使』と呼ばれる存在。

 そして──落下、轟音、地響き。この星への5回もの衝撃はシエラたちがイヴたちを退けた直後に訪れた。

 今日はアトラスフィアに天狼達が移り住んでから丁度593年の記念日。5本の漆黒の超巨大杭はまるで、ケーキの蝋燭の様にアトラスフィアの大地に突き刺さった。


「ハッピーバースディ、アトラスフィア。ふふ……」


 エストラの神、メアクリスによるアトラスフィア侵攻は第二段階へと突入したのだった──。


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