序章2
◆
少し森から離れた場所に位置するアトラスフィア中央都市エミーリア。その中央広場に、剣や鎧で武装する狼の耳の生えた獣人であるハーフブラッドと呼ばれるアトラスフィア・ウルフと人間の混血である種族達が大勢集まっていた。中には人間の純種もいるがこの星では純種はむしろ珍しい方だった。
「森が燃えてますヴォルフ戦士長!!」
肩までかかる程度の長さのライトブラウンヘアーを揺らしながら、剣士らしき人間の少女が大きな声を上げた。その少女は身軽な革鎧の装備で腰に刀を携えていた。
「何度も同じ事を言うなよレナ! 見りゃ分かんだろうがよ!」
十六歳の女性平均身長のレナの五割増しくらいは背丈があるヴォルフ戦士長が声を張り上げる。獰猛な獣を彷彿とさせる赤髪と獣の耳、強靭な体に纏われた黒金の鎧。そこから伸びるマントにはアトラスフィアの守護者である天狼のエンブレムが描かれていた。
戦士長はレナと呼んだ少女と少し揉めている様だった。
「何故私達はここで待機なんですか! 天狼様達は危険な状態ではないのですか!?」
「静寂の森は古くからの不可侵領域、それにアトラスフィア・ウルフの力は特別だ、俺らが行っても足手まといにしかならねぇ! 今回は街の酔ったゴロツキ相手じゃねぇんだ!!」
アトラスフィア・ウルフはこの世界に来る前は天狼と呼ばれていた故、未だレナの様に古き名で呼ぶ者も大勢いた。
「もし天狼様達が負けてたらどうするんですか?」
「そりゃおめぇ、本気で言ってやがるのか……? 信じろ──。って、一人で何処に行きやがる!」
レナは一人で森の中で入ろうと足を向けた。それを止めようとする獣戦士達の手をライトブラウンの狼耳と尻尾を揺らしながら器用なステップで掻い潜り回避した。
「早っ! レナさん! 気持ちは分かりますが戦士長の指示に従って下さい!」
「今回はほんとにやばいよ! だから私行くね!!」
そのまま走り出すが、それをヴォルフは許さなかった。レナに負けず劣らずの素早い身のこなしで回り込み、レナの動きをピタリと止める。
「フェンリスとの約束なんだ、森に入る事は許されねぇ。それは彼らの誇りを汚す事になる」
ヴォルフの眼光が鋭く光り、背にかけられた巨大な戦斧の柄の尻を地面に突き立て──ズシン。と構えた。獣戦士長の巨躯から放たれる強烈な殺気がレナに向けられる。彼の実力を知る戦士ならば恐怖に震えて足が竦んでしまうだろう。
「それでも私は行くよ」
……レナはさも当然で在るかのように、ヴォルフを見ずに、風に語りかけるかのようにそう答えた。そして自らの刀を抜き、構える。ここに居る誰もがこの様な事態にまでなるとは思っておらず、動揺が広がる。この二人はぶつかり合う事が多くても普段から仲は良かったのだ。
「……これは軍則違反だ、本気か? ここがおめぇの墓場か?」
「私は死なないし天狼様も助ける」
言葉に淀みが無い。その自信がどこから来るのか分からず、ヴォルフにはレナの心の底が知れなかった。実力で言えばヴォルフの方が上である事はレナも知ってる筈なのに。場の緊張が張り詰める……ヴォルフは最後の質問をレナに投げかけた。
「それで、その抜いた刀でお前は俺をどうしようってんだ?」
彼女は平穏に、ただひたすら元気に暮らしていたただの幸せな街娘であった筈だった。何が彼女をそこまで動かすのか、変えてしまったのか誰にも分からない。レナ・バレスティはふざけている訳でも無く、狂った訳でも無く、ヴォルフへ強固な意志の宿った深緑の目で見つめながら強行突破を宣言する。
「──斬る」
◆
紅く燃え盛る森の崖の上では漆黒の人形と純白の天狼の衝突が繰り広げられていた。
「ここまでやるとは、見直したですよシエラ♪」
刺突。斬撃。打撃。一つ一つがまるで生きた技であるかの様に自在に放たれ、天狼フェンリスの娘、シエラの体に傷を付けて行く。
(まだ……もう少しでお父様達がここに来る! それまで持ちこたえさえすれば)
双剣で刃を防ごうと奮戦するが速過ぎる上に軌道が読み切れない。それにイヴの武器に込められている『存在の力』。並の武器では存在の力の防壁に覆われたシエラを傷つける事は出来ない。敵の星の神であるメアクリスが自分を殺す為にイヴに力を与えたのだろうとシエラは推測した。
「ほらぁ、私は逃げませんよ? お仲間が来るのを待ってやがるのですよね? それまで生きてられますかねぇ!?」
イヴは機械で出来たイヴの右腕がシエラを突き飛ばし、後ろの巨木に衝突させる。
「ぐっ……!」
硬度の高い機械の腕なだけあって防御力共に攻撃力も高く、イヴは攻守バランスの取れた戦闘スタイルを確立していた。
(このままではマズい……あともう少し……)
俯きかけた顔を上げようとしたその時──シエラは頭の中に違和感を感じた。
「おやぁ……?」
(そんな……まさか……)
ふと、大事な、何かが消えた。それは絆の源であり魂の繋がり。
「どうしたんですかぁ? もしかして大事なお仲間が死んじゃったんですかぁ?」
イヴが握った手を口に手を当てる様なポーズで、こちらを見てニタニタとと笑っている。私はそのイヴの様子を見て気付いた、気付いてしまった。
(……私達の動きが全て読まれて居た? そんな、まさかまさかまさかまさか──。)
「おやぁ、やっと鈍感が気付きやがった様ですねぇ? うんうん、天狼の死体から移植させて頂いた眼の力であなた方ワンちゃん達の狙いを読んでいたのですよ、アハッ♪」
最初に私が超遠距離から魔眼の力でイヴを狙って相殺された時に気付くべきだったのだ──。イヴは確実に私達の意識共有を読み取り、それに悟られない様、効率的に人形を動かし対応してきた。全てを逆手に取られたのだ。もう、仲間との繋がりを感じられない……。私は──本当に、一人ぼっちになってしまった。
それでも、私は流れ落ちた涙を拭い、怒りの声を上げた。
「よくも……私達の絆を……聖域を穢したな……イヴ・イルシオン!!」
「泣いてやがる姿もそそりますねぇ♪ 大丈夫ですよ、あなた方のカビの生えた『天狼の記憶』までは読み取れてませんから、そんなに怒りやがらないで下さい?」
(──黙れ)
「でも貴女は最後の生き残りであり若い雌ワンコですからねぇ? 首輪をつけられて従順にしていれば私達で飼って上げても良いですよ?」
(──黙れ黙れ黙れ黙れ)
もう、怒りに震える私を叱りつける仲間も居ない。
心の鎖が砕け散る。でも、こんな心の自由は要らなかった──。
私の全身全霊を以てこの悪魔をこの世から消滅させる、もう、ただそれだけだ。
「天狼は永劫たる守護者、この地の不滅の繁栄を約束せし者也、あなたを消します、イヴ・イルシオン」
「裏切り者の癖に神聖気取ってんじゃねぇですよ、この雌犬!!」
(刺し違えてでもこいつだけは許さない)
「──!?」
一瞬。父の気配がした気がした。その刹那──、イヴはその場から横へと飛び退く。イヴがいた空間に亀裂が走り──バチィ! と弾ける音が崖上に鳴り響く。
「ぐ……まだ生きてやがったのですか……フェンリス」
よろめきながら恨めしそうに、森の中から現れた純白の巨大な狼を睨みつけながらイヴは呻く。イヴの体からは左腕が消滅させられていたが、得物は右腕の機械腕がまだ握っている。
「お父様……」
「こいつに読まれて居たのは分かって居た。シエラの魔眼が相殺された時からな」
でもどうやって対応したのか、と言う問いをする前にフェンリスは答える。
「何も考えないで陰でサボるのは得意だったからな、しかし肉声で話すのは久しぶりだなシエラよ」
「は、はい……でたらめな所がお父様らしいというか、でもそれって天狼の長として良いのでしょうか……」
「さぁな」
フェンリスは一先ず話を止めると状況説明をする。
「残念だが……読まれてる事に気付くのが遅かった、味方はほぼ壊滅……恐らく無事なのは私達だけだろう」
希望を見た後に続く言葉は過酷な現実を突きつける物だった──。
◆
その後、熾烈な戦いは続いた。イヴは片腕を失いながらも戦いは止めず、しかし余裕は見られない。フェンリスが消滅の魔眼の力と、獰猛な牙と爪でイヴを追い詰める。幹が消滅し軋む音を立てながら倒れる木々、ぽっかりと穴が空く大地。シエラが後ろから存在の力を込めた糸で援護する。戦況は今この場に限って言えば天狼側の優勢だった。だがフェンリスはすぐ様この場を離れ一端退く事を提案した。
「囲まれる前にこの場は一端退くぞ、シエラ」
シエラもそれに賛同し、その場を一端引こうとする。それを見たイヴは怒りの声を上げる。
「待ちやがれです! 外に逃げたらハーフブラッドの獣人どもや人間は皆殺しなのですよ!!」
勿論外まで逃げるつもりは二人には無い。二人は崖から離れ森の中へと入る。
「エモノ、キタ」
「サス、キリサク、ツラヌク」
……森の中には赤色の瞳を光らせた殺戮人形が無数存在し、ケタケタと笑い声を上げていた。敵も木の上や茂みの中に散開し隠れ潜んでいる者が多く、視認し辛い。
「斬り払え──ランティリット」
シエラは存在の力を込め、無数の糸を装備した手甲から森の中へ向けて放出する。潜む殺戮人形と木々をバターの様に丸ごと斬り裂いて行く。しかし木々の上から急降下してくる殺戮人形達までは処理できず、二人に向かって急降下し、刃を向け斬りかかる。
「邪魔だ!!」
フェンリスは傷つきながらもシエラを庇い、爪と牙で応戦する。
「お父様!!」
この時、神々しい白き狼の巨体が正体不明の黒い巨大な塊によって吹き飛ばされた。
「切り札って奴はこうやって使うのですよ、ニヒッ♪」
イヴはそのまま追う事をせず一端崖の上に戻り、最初に崖の上から狙撃していた重火器『ナイトメア・カノン』を操り長距離射撃の態勢に入っていた。
強い殺傷能力を持つ黒き魔弾はフェンリスの巨体の胴体に命中。『ナイトメア・カノン』は存在の力を放出する兵器。並のアトラスフィア・ウルフなら一撃で仕留められる代物だった。
しかし、まだフェンリスは生きていた。並のバイタルでは無いが相当のダメージを負った様だった。
「シエラ、血路は私が切り開く。お前だけでも逃げろ」
彼の声にも余裕が無い。シエラは悲しくなりながらもその言葉に信じられないと言った顔で答える。
「私も一族の守護者です、使命は全うします。寝事は寝て仰って下さいお父様……」
……絶体絶命だった。小さな体の殺戮人形達が不気味な笑いを上げながら集まってくる。
倒れたフェンリスと仁王立ちして庇うシエラの前にイヴが立つ。
「いやー、悲しいですねぇ。生まれて八年、こんなに悲しいと思った事はありません。ここでお二人を殺して後は弱っちぃ雑種と人間共を拷問にかけるだけの日々だなんて。未来は真っ黒じゃないですか」
何が言いたいのか分からないが、イヴは本当に残念そうにしている様にシエラは見えた。私達が死ぬ事で存在する意味が失われる事は確かであり、何よりこの人形は何故か感情がある。そこに希望を少し感じてしまった事にシエラは次の瞬間酷く後悔した。
「なーんて、ウ・ソ☆」
イヴがシエラを瞬時に横切り、右腕に持つ黒い軍刀でフェンリスの足を無残にも突き刺した。
「この……!!」
シエラは反射的に短剣をイヴの首を目がけて一閃したが、予測してたかのように屈まれ避けられる。同時に足払いにかけられ転倒、そのまま軍刀の刃がシエラの首元に当てられた。
「シエラちゃんは私のお仲間に父親をザクザクされる所をその目に焼き付けやがるといいのです、あなたはやっぱり生かしておくですよ。こいつらにしては感情豊かなシエラちゃんは絶望の素質があるです。良いペットになるですよ♪」
フェンリスの体に殺戮人形達が群がり始める。
「シエラ!! 私ごとこいつらを消滅させろ!!」
シエラはこの場で人形達を父親であるフェンリスごと吹き飛ばす事は出来た。だがイヴの言う通りシエラは感情の面が強く、脆い所があった。
「やめて……私なら何でもしますから……お父様を傷つけるのだけはやめて下さい……」
シエラは涙を流し、心が折れ始める……一度、仲間を全て失ったと思い込んだ事もあり余計に脆くなっていたのだろうか、それを見たイヴは高揚し、心底愉快そうな下卑た顔をした。
「はぁ……はぁ……いいですよぉその声、その顔、その台詞。従順な奴隷になる素質がありやがります。さぁ、最高のお土産も出来た事ですし皆さん、フェンリスをぐっちゃぐっちゃにしちゃって下さい! あははは!」
「──止め」
──刹那。
森のさらに奥から一つの人影が矢の如く現れる。
「破ノ型──穿孔滅牙」
イヴの横腹が刃によって貫かれ、貫通した。
「──は?」
イヴは笑った顔のまま、視線を刃の先に向けると。迷い無い深緑の瞳の少女、レナ・バレスティがそこには居た。
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