『8/輪廻』

 夜になった。


 黒髪の少年は、木々の陰に隠れて家の様子を伺っていた。

 数時間前、女に玄関先でエデとベルとの面会を断られた彼は、諦めて帰ったふりをして、こうして隠れて様子を伺っていたのである。


 窓の灯りが消えた。

 少年は数時間ぶりに行動を開始した。

 立ち上がると音を立てないように慎重に歩き始める。木々の間を抜け、家へと向かう。わずかな草の音さえも立てぬよう、ゆっくりと。そうやって家の前にたどり着いた彼は、そっとドアノブを握り、回した。

 当然、ドアは開かない。もちろん、こんな事態は想定の内だ。

 彼はポケットに手を突っ込み、針金のように細長い、先が直角に曲がった金属製の棒と、針金を取り出すと、鍵穴に丁寧に差し込んで、動かした。

 数分後、がちゃりという鍵の外れる音ともに静かにドアは開いた。

 少年は音を立てないようにドアを押して、室内に侵入する。

 部屋は暗く、灯りはなかった。けれど、窓から差し込む月明かりで、部屋はぼんやりと明るい。

 少年はその場で耳をすました。自身の鼓動と息遣い以外は何も聞こえない。彼はそっとドアを開ける。わずかに軋む音を立ててドアは閉まった。

 彼がこの家に侵入した訳は、他でもない。エデとベルに会うためである。

 エデ、ベル……。

 四年前に彼は彼女たちに出会った。

 彼女たちは、今まで出会った人間たちとは違った。誰よりも穢れを知らず、無垢で、そして輝いていた。彼女たちは小さな身体で精一杯その生を謳歌していた。

 それに、彼の病気のことを知っても、同情しなかった。

 彼はそんな彼女たちに惹かれ、そして恋をしたのかもしれない。




『私たちは友達だよ。だから手術が終わったらまた会おう』

『……でも僕は、手術が失敗したら死んでしまうんだ。もう会えないかもしれない』 

『大丈夫だよ。きっとまた会える』

『どうしてそう言えるの? 母さんは手術の成功確率はかなり低いって言ってたよ』

『あのね、上手く言えないんだけど……。私たちはね肉体とは違う、深いところでつながっているの。それは魂だとか呼ばれたりすることもあるんだけどね、それは肉体を飛び越えてくっついたり離れたりしていて、だから、私たちはたとえ死んだり、何かの理由で離れ離れになったとしても、いつかまた会えるんだよ。知ってた?』

『そう、だから私たちはまたきっと会えるよ』

『それはつまり、輪廻転生とか、そういうこと?』

『うーん。ちょっと違うんだけどね』 

『なんて言えばいいんだろう。難しいね』

『よくわからないけど、ありがとう。なんだかちょっと元気になったよ。ところで、君たちはどんな手術を?』

『えっとね。よくわからないの。ママは、この手術を受けないと死んじゃうから、っていうんだけど、その手術を受けたらどうなるかっていうのは教えてくれないんだよ』

『ママが言うには、手術受けた後と、今の私たちとは全く違ってしまうらしいんだけど……』

『でもきっと、手術を受けたところで私は私だし、エデはエデだよ。何も心配することない』

『うん。そうだね。きっとそうだよ』

『……あ、もう時間だ。僕はもう行かなきゃ』

『じゃあね』

『また、会える日まで』




 手術は成功して、少年は無事退院した。

 けれど、あれ以来エデとベルには会えていない。色々調べはしたものの、どこに住んでいるのか、彼女たちの手術は成功したのかどうかすらもわからなかった。

 それから四年間、少年は彼女たちの行方を探し続けた。そしてようやく、その居場所を突き止めたのだ。

 彼女達はどうやら、周りの村人達から『バケモノ』と恐れられているらしい。確かに彼女達の見た目から、そう恐れられてしまうのは無理がないのかもしれない。

 でも、だからこそ少年は彼女達に惹かれたのだろう。


 少年は部屋を見渡す。

 ドアが二つ。階段が一つ。

 彼女達は外を見たことがないと言っていた。それはつまり、窓のない部屋で今まで生きてきたと言うことに、他ならないのではないか。

 外から見た限りだと窓のない部屋はなさそうだった。ということは、この家には地下室があって、彼女達はそこに住んでいるのかもしれない。

 少年はそう、仮説を立てた。

 少年は音を立てないよう、四つん這いになって歩き始める。床に手をはわせ、地下室への扉を探すためである。

 数分間、そうしていると、右手が床から生えている取っ手のようなものに触れた。

 少年は取っ手を引いた。

 静かに床が開く。床に正方形の穴が空いた形となる。

 少年はそっと覗き込んだ。彼はポケットから取り出したライターをつける。それを地下へ向けた。橙色の炎に照らされて、暗闇の中、ぼんやりと階段が浮かび上がった。地下へと続いている。

 階段は一つのドアへと続いていた。

 あそこに、エデとベルがいるのだろうか。

 少年はゆっくりと階段を降りた。そしてドアの目前にたどり着く。ドアは外からしか開かないように、閂がかけてあった。閂自体には鍵がかかっていないので、誰でも開けることができるようだ。

 少年は閂を開け、意を決してドアを開けた。

 部屋の中は真っ暗だった。


「エデ、ベル……」


 少年は小さく呟いた。

 暗闇の中で何かが動く音がした。


「誰……?」 


 それは、四年ぶりに聞くエデの声だった。少年は懐かしさに顔を綻ばせ、その名を更に呼んだ。


「エデ、ベル……! そこにいるんだね! 僕はロスだよ。四年ぶりに会いに来たんだ」


 ぱちり、という音とともに、部屋の中に明かりが灯った。白熱電球の眩い光が部屋を照らす。

 部屋の隅にあるベッドの上には、エデがいた。

 少年――ロスは驚き息を飲んだ。

 エデは四年前出会った姿とはまるっきり違う姿になっていたのだ。それは四年という年月で成長したのとはまるっきり違う変化だ。


「き、君はどっちだ……? そしてもう一人はどこに……」

「私はエデ……。それよりあなた、いったい誰……?」


 エデは不思議そうな顔でロスを見つめた。ロスは動揺しつつも、こう自己紹介した。


「ロス。覚えていないかい? 四年前、病院で……」

「四年前……病院……」


 エデはロスの言葉をそう反復した。

 突然、エデは頭を抱えて苦しそうに呻きだした。

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