『6/純白』

「どうしたの、エデ」


 ベルの声で我に返った。ぼーっとしていたせいで、ベルを心配させてしまったらしい。

 私は最近妙にぼーっとしてしまうことが多い。多分寝不足のせいだ。


「最近あんまり眠れてないの……」

「どうして?」

「変な夢を見るせいで……、眠りが浅いみたい」


 そう、変な夢。今まで夢なんてあんまり見たことがなかった。

 けれど、最近は毎日毎日夢をみる。しかも全て似たような夢だ。 


「どんな夢?」


 ベルは私の顔を覗き込みながら聞いた。


「あまりよく覚えてないんだけど……」


 私はとうとうと話し始めた。

 最初に私は真っ白な部屋にいる。私はその部屋にあるベッドの上に腰掛けていて、その隣にはぴったりくっつくような近い位置にベルがいる。私とベルはお喋りをする。ずっとずっと――。


「それで終わり?」


 私は頷いた。ベルは不思議そうにこう聞いた。


「それのどこが変な夢なの?」

「変なのはね、私とベルがいる部屋が、全然知らないところだったってところなんだ」


 真っ白な部屋。ただ壁も床も天井も真っ白の部屋。

 私たちが日々を過ごしている、生まれてからずっといるこの部屋ではない。

 本の中に出てくる『病室』というところに似ているような気がするが、実際に『病室』を見たことがないので何とも言えない。


「それにあんまり夢自体を見ないから、変だなぁって」

「そっかぁ。でも急にどうしてだろうね」


 確かに彼女の言う通りだ。最近は毎日のように見るようになっている。以前までは数十日に一回見るか見ないかぐらいだったと言うのに。


「もしかしたら、何かが起こる前触れなのかも」


 ベルは妙に真面目な表情で言った。私は彼女の言葉を反復する。


「前触れ?」

「うん。別に大げさなことじゃないけど、例えば、何かを忘れていたことがあって、それを思い出そうとしている。とか」

「忘れていた、こと?」


 ベルはこくんと頷いた。


「でも、だとしたら私は一体何を忘れてるんだろう」

「心当たりないの?」

「全然」


 私の返答を聞いて、ベルは微笑んだ。それはどこか寂しそうで、悲しそうな笑顔だった。

 何がそんなに悲しいのだろう。私がベルを悲しませているというのだろうか。どうして。

 その時頭が突然びりびり痛みはじめた。そして断片的な映像が私の脳裏に浮かび始める。

 真っ白な部屋。

 無機質な灯り。

 ベルの笑顔。

 私達と同い年ぐらいに見える男の子の姿。


「……うぅ」

「エデ? どうしたの?」


 痛みは数分で治った。いや、本当は数秒だったかもしれない。痛みとともに謎の断片的な映像も途絶えた。


「ううん。なんでもない」

「本当?」


 私はうんと頷いた。ベルはそっかと呟いた。


「ねえ、エデ」

「なあに?」

「もしかしたら、全てを思い出す時が来るかもしれない」


 『全てを思い出す時』?

 『全て』というのは、さっきベルが言っていた『何か忘れていること』だろうか? 最近夢をみることが多くなったのは、その『何か』を思い出す前触れなのかもしれない、という。


「その時、エデはきっとその重みに耐えられなくなってしまうと思う。けど大丈夫。それで前に進むことができるのだから。そうしないとエデはどこにも行けない。ずっと立ち止まったままなんだよ。いつかきっとその重みはエデの糧になる」

「ベル?」


 何を言っているのか、意味がわからない。

 ただどうしようもなく不安な気持ちに駆られて、私はベルの手を握った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る