第2話・バターを盗んできた雄猫みたいな笑顔

ピッピはうちのママが作ったチョコレートケーキを口いっぱいに頬張って(ついでに口のまわりをチョコまみれにしながら)こう言った。

「あんたんちの物置にある、あの変なヒモみたいの、何?」

「ヒモ!?」あたしは目をまんまるくしてから7秒後に首を絞められたアヒルみたいな声を出した。

「そう、幅の広いヒモ。あとなんかゴチャゴチャ描いた紙だとか、光ってるボタンだとか、やたら分厚い本だとか。本は鍵がかかってたから見れなかったけどさ。」

「そんなのあった?」あたしはピッピに背を向けてホットチョコレートに入れる角砂糖を取りに棚の方に行った。ピッピはいつだって、あたしの隠し事をすぐに見やぶる。

「…だって、あんたが隠したんでしょ?」

「なんで!?」

「下から2番目の引き出しに入ってて、その上に本を開いて伏せてたから。あんなことして隠すのなんて、あんたくらいだもん。」

ピッピはあたしの隠し事をすぐに見やぶる。

「あー…あれね、あーれはー…あたしもよく知らないよ?それで?それがなんだって言うの?」

「…あんた、あれが何か知ってるでしょ?」

「なんでそんなこと気にするのよ!?」

「だって、見るからに何かありそうだもん。見てると心臓がザワザワしてくるしさ。それで?あれは何?」

このままだとピッピの捲し立てが始まって、知ってることから知らないことから、言っていいことから、言っちゃダメなことまで全部言わされてしまう。先手必勝だ。

「あたしだってよく知らないよ。おばあちゃんが、おばあちゃんのおばあちゃんの形見だって言ってた。」

「それで?」

「あれはレースとかリボンとかボタンとかっていうの。鹿が描いた紙はラッピング用紙っていって、昔はその紙でチョコレートを入れた箱を包んでたんだって。あたしんちは、昔はそうゆう商売をしてたってさ。」

「それで?」

「…それしか知らないよ!」あたしは今日一番の笑顔をしてそう言った。

「…それで?」ピッピはビー玉みたいに目をまんまるくして、ななめ下からあたしの顔を覗き込んだ。

「…なにが?」

「あれはなんで見てると心臓がザワザワしてくんの?あんたがバターを盗んできた雄猫みたいな顔をする時は絶対に嘘をついてる時って決まってるの。それもだいたいろくでもない嘘んとき。あたしの目を見て『あれは知らない』ってもう1回言ってみなさい?こっちはあんたがアヒルみたいな声を出した時から全部お見通しなんだから。あたしの目を見なさいよ。そらすな卑怯者!このままあたしに隠し続けるんだったら、どうなるか分かってるんでしょ?あの時のあんな写真とか、こんな写真とか、あんたが誰にもバレてないと思ってるあの時の、目をそらすな!あの時のあの写真だって全部あたしが持ってんだから、全部あたしが…」

「色だよ!!」ピッピの白目がどんどん充血してきたもんだら、涙目のあたしはついに観念した。

「色?」やっと首をまっすぐにしたピッピがそう聞いてきた。白目の充血が引いてきてる。

「そう、色。あのリボンとかには、色ってのがついてて、昔はもっと濃かったのが、いつの間にか色がすごく薄くなっちゃったんだって。昔はいろんな色があってね、赤色とかピンク色とか水色とかラベンダー色とか。昔は今みたいに土の色と空の色ばっかりじゃなかったんだって。」

「なんでそんなこと知ってんの?」

「おばあちゃんに教えてもらったの。あのリボンとか、あたしも初めて見たときに心臓がザワザワしたから、なんで?って聞いたら、それはドキドキが少し残ってる色なんだよって。」

「ドキドキ?」

「そう。それが心臓がザワザワするってことなんだって。でもドキドキは良いことなんだっておばあちゃんが言ってた。」

「ふーん。なんで隠してたの?」

「ああゆうのは昔、全部禁止されちゃって、取り上げられちゃったらしくて、だからおばあちゃんのおばあちゃんが隠したんだって。だから誰にも言っちゃダメっておばあちゃんが言ってた。ママも知らないんだって。」

「あの本は?」

「あれはあたしも見てないよ。ああゆう物のことがいっぱい書いてるっておばあちゃんが言ってたけど、なんか、開けちゃダメだと思って開けたことない。」

「鍵は?」

「持ってる。」あたしは首にさげてるピカピカ光る鍵を取り出した。この鍵は少しだけ金色が残ってて、上には大きなハートっていう物がついてて、少しだけ赤色が残ってた。昔はもっと、とっても金色で、とっても赤色だったらしい。

「これが色?」ピッピが少し緊張した顔で鍵を指差した。

「そう。これは赤色が少し残ってるんだって。ドキドキの正体だよ。昔の人は、心臓はこれみたいなハートのカタチをしてて、もっともっと真っ赤だと思ってたんだって。そんで、こう、ドキドキするとハートがおっきくなったり、ちっちゃくなったりしたんだって。」

「なにそれ気持ち悪い。他には?」

「他は、ピンク色。ピンク色もドキドキの色だけど、赤色よりも甘いんだって。」

「甘い?色に味があるの?」ピッピが胡散臭そうにチョコレートケーキを頬張った。

「知らない。他には、水色は空とか雨とか海の色だって。みどり色は葉っぱの色。ラベンダー色は、なんか分かんない、花?とかいうやつの色だって。他にもいろいろあるって言ってた。」

「それ全部ホントなの?」

「だっておばあちゃんが言ってたんだもん。」

なんだかすっかりくたびれたあたしは、ぬるくなったホットチョコレートを一気に飲み干した。

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