第2話一学期①
僕が退院したのは、春休みが終わって一週間が過ぎてからだった。入院中はいつも通りの検査の毎日で特に変わった事はなかった、初日と最終日以外は。
変わり映えのしない通学路を一人で歩く、少し早めに出たので他に同じ学校の生徒は見当たらなかった。校門が見えてくると、そこには今年も僕の担任になった伊藤先生がいた、白髪交じりの常に白衣を着ていて、怒った所は誰も見た事がないとまで言われる、とにかく優しい先生だった。そして僕の病気の事を知ってる数少ない他人でもある。
「おはよう、今回は少し長い入院になりましたね」
「おはようございます、親から聞いてると思いますけど、その事で少し話があります」
僕の言葉に先生は首を横に振り、穏やかな顔で口を開く。
「全部聞いているので大丈夫ですよ、わざわざ君が何度も辛い思いをする必要はありません」
先生には僕が辛い顔をしている様に見えたのだろうか、でも今はその心遣いを受け入れる事にした。
「ありがとうございます、3年目もよろしくお願いします」
「こちらこそ、少しでもきつい時はすぐに私に言うように」
ちらほらと登校をしてきた生徒も出て来たので、僕はお礼を言って校舎へと向かった。ただ誰よりも早く教室にいって席に着いているのはなんだか気が引けたので、グラウンドの方へと向かう、朝練をしている野球部や陸上部なんかが大きな声で掛け声を上げているのを聞きながら、その姿を意味もなくしばらく眺めていた。HRが始まる少し前に教室へ行くと、クラスの中は色々な会話が飛び交い、かなり賑やかで、僕は一度深く呼吸をする、クラス替えをして1週間、すでにクラス内ではグループができていて、今年も僕はクラスの輪の外で一人で過ごす、それでいい。だから、ドアを開けて皆の目が一斉に僕を見ても気にしない、どこかから聞こえてくる誰?とか、やっと春休み終わったのかよ、なんて言葉を無視して自分の席に向かう、だけどそこで予想外の事が起きた。先生がなるべく怪しまれないように僕の席を窓側の一番後ろにしてくれたと言っていたのだけど、なぜかそこには人溜まりが出来ていて、クラスで一番大きなグループを作っていた。正確には僕の席の隣りに集まっていて、その中の一人、僕でも知ってるその人は、サッカー部のエースの首藤だった。おしゃれな短髪にイケメンでスポーツ万能、まるで物語の主人公のような存在。そんな人物が熱心に話しかけている相手は人垣でよく見えなかった。
「修学旅行の自由行動一緒に回ろうぜ」
爽やかに誘っている横を通り過ぎ、自分の席に着く、何人かがちらっと見てきたが、すぐにグループの会話の方に戻っていった。そういえば来月には修学旅行があるのか。
「班で自由行動なんだから、皆一緒に回るでしょ」
首藤の誘いに返した声を聞く前から薄々嫌な予感はしていた、でも今の僕には関係ない事だ。
「そういう事じゃなくて、俺は二人で回りたいんだよ」
積極的な言葉に周りの取り巻き達の声も大きくなっていく、ちょうどそのタイミングでHRを告げるチャイムが鳴った。
「じゃあ、また後でな」
去り際に首藤が一言残して、皆自分の席に戻っていった。そこでようやく隣の生徒の姿が確認できた。それは向こうも同じだったようで、そちらを見なくても驚いてるのが分かるぐらい露骨に椅子が動いていた。
伊藤先生が入ってきてHRが始まっても、隣からのちらちらとした視線を感じて、正直鬱陶しかった。そして何度かのチラ見の後、小さい声で呟いてきた。
「おはよう」
その一言は確かに僕の耳に届いたけど、僕は返事をしない、もう椎名とは関わらないと決めているから。
いつかまた、桜の樹の下で 榛葉 @noa212
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