エアザッツ4
『あー、あー、
「…………」
『聞こえてるー? ドイツ語分かるー? 無理っぽい? あーもう、この番号もハズレ……』
「……いや、少し驚いただけだ。ちゃんと聞こえてるよ」
『お! いやー、ようやく
「そいつは何より。で、アンタは誰だ?」
『その前に聞きたいんだけど、きみ、今もしかして空港にいる? もち、ウィーン空港ね。たぶん、死んだか拘束されたテロリストの懐から呼び出し音が鳴ったからとりあえず出てみた……みたいな状況だと思うんだけど、合ってるカナ?』
「ああ、おおむね間違いないかな」
『やたっ! MPBの……あーいや、MPB-Bか。とにかくそういう組織のひとが近くにいない? 電話変わってほしいんだけど』
「近くに……まあ、いるにはいるが、電話に出られる状況かどうかは……」
『なに? 取り込み中?』
「説明が難しいんだ……で、アンタは誰だ? 目的があるなら先に言えよ、それが分かんなきゃこっちも困るだろ」
『あっそ。わたしは嵐・ヨハンナ・ヤンセン。ウィーンの森に救急班を寄こして欲しいのと、あと警告がひとつあるから、MPB-Bの指揮官と早急に連絡が取りたい。おーけー?』
「……もしかして、
『おおっ、それそれ! なーんだ、お仲間?』
「どうだろうな……警告って?」
『飛行機はもう空港に着いてる?』
「いや、まだもう少しかかるはずだが……しかし、お前たちが犠脳者を
『あー、それなんだけど』
「どうした?」
『そっちと通信が途絶したあと、犠脳者は死んだ。ヘマしちゃってね、殺されたんだ。つまり、ミサイルの誘導機能は生きてるから、まだ安全じゃない。ごめんね』
「マジかよ」
『マジマジ。で、ここからが警告なんだけど』
「なんだ」
『ヤツらの目的さ、飛行機を落とすことじゃないよ』
「……地対空ミサイルで飛行機以外の何を落とすっていうんだ」
『あ、勘違いしないでね。ミサイルの標的は飛行機で間違いないよ。ただ、計画の目的は内部の要人の暗殺じゃないってこと』
「目的? 飛行機を破壊する目的が、暗殺以外の何だっていうんだ」
『んー、たぶんだけどさあ』
『宣伝じゃないかって、ウチの小隊長は言ってたよ』
「ムグッ……」猿轡を噛まされた総髪の中年男性――男子トイレの片隅で椅子に縛り付けられた拘束状態/恐怖と屈辱で真っ青になった顔色――「ムグググーッ!」
ハイネマン広報課長――
「厄介な指揮官だとは思ってたが、なるほど。内通者だったか」猿轡を解く――代わりにをズタ袋を被せた。「空港に集まった大量の
「今すぐこの縄を解け!」ハイネマン――椅子をガタガタ揺らして抵抗/罵声。「貴様、自分が何をしとるか分かっとるのか――秋月・コリンナ・フィンケ! この異常者のサディストめ!」
「俺がおかしくなってるのは今更だが、アンタがやってることはそれ以上だよ」空のペットボトルに水を注ぐ秋月――笑いながら。「アンタ、仮にも警察官だろうが。なんでテロなんかに荷担した? 宣伝とやらの詳細もだ。教えろ」
「…………」
「だんまりか。まあいい、準備が無駄にならずに済む」ハイネマンの首を掴むと、そのまま背もたれに押し付けるようにして天井を向かせる――鼻と口に水が入りやすいように。「
ズタ袋の上でペットボトルを傾けた――ゆっくりと零れ落ちる水が鼻先に触れた半秒後には、くぐもった悲鳴を上げながら悶絶/本能的な溺水現象。
「宣伝ってなんだ? 想像はつくが、アンタの口からも聞きたい」一度ズタ袋を取る――死なないように。「誰に向けての宣伝だ?」
「せ……世界に……向けて……」息も絶え絶えに答える――たった数秒間の"尋問"でこの有様/効率的な死の恐怖体験法。「げ……厳重な警戒態勢で知られる国際空港内部でミサイルを打ち上げ、そして同じ場所に落とす。落ち目のPFLPは……世界へ向けてその力を再発信できる。それだけの……それだけの、単純な計画……だと……」
「同じ場所に」しばしの思考――結論。「つまり、ジャンボジェット機が空港に着陸するタイミングでミサイルを落とすのか。無事着陸の報を聞いたマスコミがこぞって映像を映すだろう瞬間に、狙いすまして……もしかして通信障害もお前の仕込みか?」
「も、もういいだろ……離――」せ、という語尾はまたズタ袋に覆い隠される――「ムガッ! や、やめろ! おまえ、おまえ正気か! こんなこと、こんなことやってタダで済むとでも……」
「思ってないさ。いいからもう一つの質問にも答えろよ」ペットボトルをヒタヒタと課長の首筋に当てる/脅し。「なんでテロに荷担を? 誰に頼まれた?」
「し、質問が増えて……もがっ!」垂れ流される水――溺水の苦しみが再び/今度はさっきよりも長めに。「ぷはっ! やめろ! やめてくれ……わ、私は脅されたんだ! 収賄の証拠を盾に……逆らえば身の破滅だった!」
「誰に脅された?」
「BVT広報部の……私の部下だった男だ。だが……じ、自殺したよ」怖れの表情――拷問にではなく、己の理解の外から訪れる全ての理不尽に対する恐怖。「それなのに、催促のメールは届き続けるんだ……私は、どうしようも……おお、神よ!」
神。
秋月は震えながら許しを請う男が祈りを捧げる相手のことを想った。父なる神。唯一神。GOD。苦境においてすがりつくことのできる相手が存在することを、羨ましいとすら思えた。かつて秋月の心にも神と信ずるものが住んでいた。あらゆる苦難の背後にその息吹を感じていた。どれだけ辛くとも、苦しくとも、その存在の眼差しを夢想するだけで喜びに変わった。この道はその神に続くと信じていた。
信仰が揺らいだのは、一年ほど前。
現地の子供を庇って、外性器を失った。それはいい。救済に身を投げ打つ行為は自身の原体験に繋がる喜びだった。
半陰陽だと告げられた。それもいい。救済には苦難が、苦難には欠損が付き物だ。男性自身の喪失で揺らいだ自己認識は、仲間たちが支えてくれた。
その仲間たちを、自分が助けた子供が殺した。
めげずに復員した/独断専行を繰り返した/騒動の元凶を探し続けた=現地の武装民兵と判明/かつて
合法と非合法の境を渡り歩きながら情報を集めて、今度こそ壊滅させた。報告を抱えて、子供の姉たる女性を見舞った。許すことが大切なんだと言い聞かせながら――民兵の報復によって知らぬ間に切り落とされた唇を目の当たりにして愕然とした/自分たちと関わったせいだ――女性は言った。
「余計なお世話です」震える指で字を書いていた/呪いの言葉。「あなた達なんか、来ない方がよかった」
翌日、女性は病院の屋上から飛び降りた/俺は基地司令官に全てを白状し、裁きを請うた/
秋月・コリンナ・フィンケという名を与えられた/お前の罪を赦そう――基地司令官の差配/人手不足が故のお目こぼし/軍事力によって維持される平和――更なる暴力によって覆されることへの恐怖から人は武器を捨てられず/捨てず/言い訳をひねり出しながら運用し続ける――
「適当な理由をつけて俺を移送し、記憶でも書き換えるつもりだったのか? お生憎様だな」
「しかし、お前に割り当てられたのは
「問題ない。アフリカ土産がある」
「わ、分かった。PDAが懐にある。それを……」パスコードを口にしたのち、おそるおそる尋ねる。「こ、これだけしたんだ。このことは内密に……」
「もちろん」
――――銃声。
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