マンドレイク11
無線通信へ唐突な乱入者――どこか気の抜けるような語調で投げかけられる応答要請。疾風を含む全員が聞き覚えのある声――
《マティアス副長――》疾風が応答――小隊長のつとめ。《――なんでしょうか。ちょっとこちら今取り込み中なのですが……》
《いや、定時連絡はちゃんとしなさいよ君ら。犠脳者の存在を報告してくれたとき、芙蓉がまた
「んぐ……」黙って通信を拝聴していた芙蓉が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた――オクダイラの捕縛に執着しすぎて単独先行した失敗を思い出したのか、疾風に対してすがるような視線を向けた。「疾風ぇ……」
「わかってる」シー、と口元で人差し指を立てる疾風の返答――《芙蓉隊員は同僚たる嵐隊員の迷彩皮膜が看破されたことから、
《ふむ。まあ、そんなかしこまった答えを返さなくてもいいさ。別に叱責しようってんじゃないし、問題なかったってんなら、深く追求する気はないよ》あっさりとした返し――あるいは、それは本題ではないという意思表示の如く。《それより君ら、よくやったな。SAM――というより、そこから既に発射された巡行ミサイルだが、どうやら大丈夫そうだぞ。何の誘導機能も発揮されないまま、ジェット機の横合い1kmの地点を通り越して、現在はそのまま南下しつつ、スロヴェニアとの国境へ差し掛かったあたりだ。UAVが動向を監視し続けているから、このまま無人地帯上空に到達した辺りで直掩戦闘機が撃ち落としにかかるさ。
《ありがとうございます。しかし、マティアス副長は空港における
《
《野暮用?》
《ああ。新任の
《副長? 応答して下さい、副長?》
疾風が聞き返すものの、明確な応答はなく――やがて、三人して互いに顔を見合わせることになった。
「通信障害? なんでまたこんな時に……」――怪訝そうに腕を組む疾風。
「んー、まあ、とりあえず
「ンフフ。そんならまあ、撤収の準備と行きましょうか」
「いや、まだ帰るわけにはいかんぞ。オクダイラだけでなく、それ以外の無力化されたテロリストたちの拘束と監視――そのうち来てくれるだろう警官隊にこの場所を引き継ぐまでは、私達が番をせねばならない」
「うえー、面倒くさ……」嵐――あからさまなにがり顔。
「まあまあ、でも色々あったけど、初任務としては大成功やん? そりゃまあ、
「個室の支給とかな」疾風――珍しくウキウキしたような調子で。
「えっ、それは――ちょっと、ンフフ、魅力的かも……?」
「
「ンフ……それは勘弁願いたいなあ。芙蓉だけやってよ。
「ええー、一緒にやろうやあー。つれないこと言わんといてえなあー」
「お前たち、あまり浮かれ過ぎるのはよろしくないぞ」疾風の苦言――完全にお仕事終了モードな二人へと釘を刺す/しかし自身も、口角が僅かにつり上がっていることを自覚せず。「こういう時に油断していると、大抵ろくなことにはならないものだが――」
――果たして、その言葉が引き金になったのかどうかは定かではないものの。
疾風の言葉が終わるか終わらないかといううちに、森の只中に
「銃声……しかもこの音、
「え……?」芙蓉――ぽかんとした様子で。「そんな。ウチ、ちゃんと全員が完全に昏倒しとること、確かめたで……? 手足を無くして動けずに居るオクダイラはもちろんのこと、倒れとるやつも全員、むこう数時間はまともに動けやせんはずや……!」
「ンフフ、雲行きが怪しくなってきたねえ」嵐――転送を渋ったせいでぼろぼろのままの両手を見つめつつ。「疾風ェ、斥候のお仕事の時間じゃない?」
「言われずとも!」宣言と同時に、力いっぱい地を蹴った疾風――
《ザザッ――疾風――ザッ――聞こえ――ザザッ》相変わらず雑音だらけの無線通信――しかし、かすかに断片的な単語だけが認識できた。《ミサイルが急に
《
「
その声を木々のはざまで耳にした瞬間――疾風の両足は、その場で止まっていた。
もう、駆ける必要がなくなったからだ。辿り着いたその場所に、もはや生者は誰も居なかった。芙蓉の毒ガスによって無力化されていたテロリスト達は、もれなく頭部と心臓を一発ずつ撃ちぬかれて死亡していた。その頭部をざくろのように赤く花開かせながら、死血を木の根に供していた。
オクダイラは、樹の幹に背を預けたまま、
そして――数えきれぬほどの死が芽吹く森の一角に、その男は立っていた。
片手には
「ああ、
別れの言葉を最後に、男は携帯電話を畳み――地面へと投げ捨てた上で、短機関銃の射撃によって粉々に粉砕した。
パララ、パララ、パラララ……重要な証拠物件が無数の拳銃弾によって粉々に打ち砕かれていくさまを、呆けたような表情で眺めるしか無い疾風に――男は終始なんの言葉も掛けようとはせず、疾風もまた、何の行動も起こせないでいた。
「疾風ェ――!」やがて、背後から響き渡る芙蓉の叫び――「
「芙蓉……」疾風のいらえ――縋るような声色は、かつてないほど弱々しい。「……手を握っていてくれないか。
「は!?」困惑した様子の芙蓉だったが、疾風の背後に立つ人影を目にすると、その表情が俄に引き締まった。「……アンタ、何者や。もしかして、アンタもまた
「さて、な。そうとも言えるし、そうでないとも言える。なにせ、私は既に
男はおもむろに左手の手榴弾を掲げ、自らの耳元でちらちらと弄んだ――導火線の先でちりちりと瞬く火花が髪の先を焦がしているというのに、それすらも意にも介さないまま。
「ちなみに、この手榴弾は
「な……」その言葉に目を剥く芙蓉――「でも、さっき、
「ンフフフ……どーりでさあ、おかしいと思ってたんだよねえ」いつの間にか疾風と芙蓉の背後へ遅参していた嵐の言――両腕の
「――きみのような娘が疾風のそばにいると知っていたならば、私とて、もう少し直截的な方法を取っていただろうが――」ふとその声色に、幾分か友好的な響きが交じる。「いやはや、今回は失敗したよ。叶うなら、君とはいつか
「まるで、
「さて、な。まあ少なくとも、今日
そう言った途端、男はゆったりとした動作でオクダイラの頭にある空洞の中へ、火の点いた手榴弾を放り込み――同時に、右手の短機関銃の銃口を、己のこめかみへと押し付けていた。
「
止める間もないくらい、ごく自然に――男は己のこめかみを撃ちぬいていた。瞬間、芙蓉の手を振り払いながら、疾風が前に飛び出していた。蹴りあげた土くれをまともに喰らいながら、「もう手遅れやあっ!」という芙蓉の絶叫がその灰色の背に追いすがった。しかし、意外にも、疾風はくずおれていく男の姿を一瞥すらせずに通り過ぎると、手榴弾を放り込まれたオクダイラの死体の方へ両手を伸ばしながら跳びかかった。
「
頭蓋ごとオクダイラの身体を引き倒すことで、遮蔽物とする時間すらなく――疾風はとっさに握りこんだ手榴弾を、抱き込むようにして己の腹の間に包み込んでいた。
そして導火線はその瞬間、ついに燃え尽き――
パイプ爆弾内に封入された数百個にも及ぶ折れ釘や鉄片などの飛散物が、疾風の腹部に接するような至近距離にて――四方八方へと弾け飛んだ。
*
――鋼鉄の筒の中で、その魂は真なる目覚めの時を迎えていた。
その意識に燃え盛る憎悪の炎は、その記憶に陽炎のごときゆらめきを湛えていた。彼がその、決して短くとも、安穏ともして居なかった、あらゆる真実に裏切られた続けた果ての人生の終わりに――自らの求めるところを、広く世界に示し、散るための、最後の手段。
自らに与えられた眼と思考によって、彼はひたすらに刻み始めた――自らの信ずる最も大きいとされる力が、存分に発揮されるその瞬間を。
ごとん、と。
強引な改造によって設えられた増槽をのうち、不要になったものを順に切り離しながら、地対空
2022年5月30日
犠脳体兵器起動阻止命令完遂――『失敗』
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