マンドレイク11

 無線通信へ唐突な乱入者――どこか気の抜けるような語調で投げかけられる応答要請。疾風を含む全員が聞き覚えのある声―― 作戦当初冒頭一行 に投げやりな命令だけ残して消え去った 代理指揮官BVTのオッサン より幾分も若々しい声の持ち主=彼女ら 第一支援小隊卉小隊 本来・・ の指揮者たる男の呼び声。


《マティアス副長――》疾風が応答――小隊長のつとめ。《――なんでしょうか。ちょっとこちら今取り込み中なのですが……》

《いや、定時連絡はちゃんとしなさいよ君ら。犠脳者の存在を報告してくれたとき、芙蓉がまた あったまって暴走し そうだから、急に通信を切った理由について直接確かめてきますって、 代理指揮官様BVTのひと に言ったのは君だろ、疾風》言い切ってからのち、深い溜息――呆れたような声音。《まあ、その代理指揮官本人があっちこっち奔走しまくるせいでぜんぜん捕まらないから、結局代わりに僕が君らのことも気にかけなきゃいけなくなったわけだけどね……で、芙蓉の命令違反の理由はなんだったわけ?》

「んぐ……」黙って通信を拝聴していた芙蓉が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた――オクダイラの捕縛に執着しすぎて単独先行した失敗を思い出したのか、疾風に対してすがるような視線を向けた。「疾風ぇ……」

「わかってる」シー、と口元で人差し指を立てる疾風の返答――《芙蓉隊員は同僚たる嵐隊員の迷彩皮膜が看破されたことから、 通信傍受ワイアタッピング による位置探査が行われている可能性を勘案していたようです。一方的に無線を切断したのは、戦闘中という状況につき、承認を得る余裕が無かったゆえの緊急手段であったと、のちほど弁明を受けております。我々は小隊の運用特性状、想定されるあらゆる障害を除くことが求められているため、彼女の取った判断は些か性急に過ぎる点は見受けられますものの、決して完全に見当違いであったとは言い難く――》

《ふむ。まあ、そんなかしこまった答えを返さなくてもいいさ。別に叱責しようってんじゃないし、問題なかったってんなら、深く追求する気はないよ》あっさりとした返し――あるいは、それは本題ではないという意思表示の如く。《それより君ら、よくやったな。SAM――というより、そこから既に発射された巡行ミサイルだが、どうやら大丈夫そうだぞ。何の誘導機能も発揮されないまま、ジェット機の横合い1kmの地点を通り越して、現在はそのまま南下しつつ、スロヴェニアとの国境へ差し掛かったあたりだ。UAVが動向を監視し続けているから、このまま無人地帯上空に到達した辺りで直掩戦闘機が撃ち落としにかかるさ。 殺さず確保犠脳体兵器の起動阻止 、おつかれさん》

《ありがとうございます。しかし、マティアス副長は空港における 第二・・ 遊撃小隊の指揮に専念されていると伺っておりましたが――そちらの職務の方は大丈夫なので?》


シェパード 小隊のことか? まあ、あいつらなら大丈夫だよ。 卉小隊君ら とは逆に、銃火器もった相手を正面から抑えこむことに特化した部隊だ。本来なら君らの教導を仰せつかってる僕がわざわざ出張るような件でもなかったんだが――ちょっと野暮用があってね》

《野暮用?》

《ああ。新任の 特甲児童・・・・ が――ザッ》その時、マルティン副長の音声通信に 障害ノイズ が混じった。《おい――ザザッ、ザッ、なにが――ザッ、ザッ――》

《副長? 応答して下さい、副長?》


 疾風が聞き返すものの、明確な応答はなく――やがて、三人して互いに顔を見合わせることになった。


「通信障害? なんでまたこんな時に……」――怪訝そうに腕を組む疾風。

「んー、まあ、とりあえず 当面の問題ミサイルに関して はなんとかなったみたいやし、別にええんちゃう?」

「ンフフ。そんならまあ、撤収の準備と行きましょうか」

「いや、まだ帰るわけにはいかんぞ。オクダイラだけでなく、それ以外の無力化されたテロリストたちの拘束と監視――そのうち来てくれるだろう警官隊にこの場所を引き継ぐまでは、私達が番をせねばならない」

「うえー、面倒くさ……」嵐――あからさまなにがり顔。

「まあまあ、でも色々あったけど、初任務としては大成功やん? そりゃまあ、 暴走・・ はちょっとあったけど、でも、こんだけデカい手柄立てたんなら、ウチらの待遇ももっと良うなるかもしれへんで?」

「個室の支給とかな」疾風――珍しくウキウキしたような調子で。

「えっ、それは――ちょっと、ンフフ、魅力的かも……?」

メディア露出の機会広報任務 とかも、回してもらえるようになるかもしれへんなあ……」芙蓉――うっとり。

「ンフ……それは勘弁願いたいなあ。芙蓉だけやってよ。子役モデルだし、適任なんじゃない?」

「ええー、一緒にやろうやあー。つれないこと言わんといてえなあー」

「お前たち、あまり浮かれ過ぎるのはよろしくないぞ」疾風の苦言――完全にお仕事終了モードな二人へと釘を刺す/しかし自身も、口角が僅かにつり上がっていることを自覚せず。「こういう時に油断していると、大抵ろくなことにはならないものだが――」


 

 ――果たして、その言葉が引き金になったのかどうかは定かではないものの。

 疾風の言葉が終わるか終わらないかといううちに、森の只中に 自動小銃の発砲音死を振りまく音色 が響き渡った。



「銃声……しかもこの音、 .32ACP弾スコーピオン か!」疾風――絶句。思わずその視線を、無力化されていたテロリストたちと最後に接触した者へ向けた。「まさか、 もう動けるようになった者催涙効果の時間切れ が?」

「え……?」芙蓉――ぽかんとした様子で。「そんな。ウチ、ちゃんと全員が完全に昏倒しとること、確かめたで……? 手足を無くして動けずに居るオクダイラはもちろんのこと、倒れとるやつも全員、むこう数時間はまともに動けやせんはずや……!」

「ンフフ、雲行きが怪しくなってきたねえ」嵐――転送を渋ったせいでぼろぼろのままの両手を見つめつつ。「疾風ェ、斥候のお仕事の時間じゃない?」

「言われずとも!」宣言と同時に、力いっぱい地を蹴った疾風―― 風の精シルフ の名に恥じぬ神速でもって、音の発生源へ向けてかっ飛んでいく。周囲の景色が背後へ流れていくさまを据えた瞳で見つめながら、再度の無線通信――《マルティン副長! 応答願います!  オクダイラ被疑者 を拘束していた地点より、謎の発砲音を探知! 確認後、再度報告を――》

《ザザッ――疾風――ザッ――聞こえ――ザザッ》相変わらず雑音だらけの無線通信――しかし、かすかに断片的な単語だけが認識できた。《ミサイルが急に 反転・・ ――ザッ――ECMの発生によってUAVとの通信が――ザザッ》

ミサイルが反転誘導機能が動き始めた !? 待ってください、それって、つまり――》



ロネン・サイード犠脳者 が死んだのさ、疾風。 君が私を殺してくれた時のように・・・・・・・・・・・・・・・ 、私が彼を殺すことによってケリを付けた――老後の醜態を晒すかつての 同僚・・ への、せめてもの手向けとしてね」



 その声を木々のはざまで耳にした瞬間――疾風の両足は、その場で止まっていた。

 もう、駆ける必要がなくなったからだ。辿り着いたその場所に、もはや生者は誰も居なかった。芙蓉の毒ガスによって無力化されていたテロリスト達は、もれなく頭部と心臓を一発ずつ撃ちぬかれて死亡していた。その頭部をざくろのように赤く花開かせながら、死血を木の根に供していた。


 オクダイラは、樹の幹に背を預けたまま、 胸元心臓 を無残に撃ちぬかれた状態で死んでいた。頭部から取り払われた シュマグアラブスカーフ が真っ赤に染め抜かれた状態で膝に掛かっており――その後頭部から額にかけては、ぽっかりと大穴が開いていた――脳を兵器へ供したがゆえの虚無の洞穴。しかして、そこにあるはずの脳は今、遥かこの国の上空の何処かで新たな 身体ミサイル を獲得し、大型旅客機を撃ち落とさんとしている――数十年来の憎悪の発露を実現するために。


 そして――数えきれぬほどの死が芽吹く森の一角に、その男は立っていた。

 片手には Vz61短機関銃スコーピオン を無造作にぶら下げて、もう片方の手の中では、既に嵐が爆破処理していたはずの パイプ爆弾キューリ を弄びながら――見覚えのある後ろ姿が、耳元に当てた 携帯電話旧い通信機器 で、何処かの誰かと会話を交わしていた。


「ああ、 不肖の弟子・・・・・ が来たみたいだ――では、またのちほど」


 別れの言葉を最後に、男は携帯電話を畳み――地面へと投げ捨てた上で、短機関銃の射撃によって粉々に粉砕した。

 パララ、パララ、パラララ……重要な証拠物件が無数の拳銃弾によって粉々に打ち砕かれていくさまを、呆けたような表情で眺めるしか無い疾風に――男は終始なんの言葉も掛けようとはせず、疾風もまた、何の行動も起こせないでいた。


「疾風ェ――!」やがて、背後から響き渡る芙蓉の叫び――「 無線通信くさぶえ だけやない!  転送も阻害されとる・・・・・・・・・ ! 嵐が新しい腕ェ呼べん言うとんのや!」

「芙蓉……」疾風のいらえ――縋るような声色は、かつてないほど弱々しい。「……手を握っていてくれないか。 また・・ 、巻き戻ってしまいそうな気がするんだ」

「は!?」困惑した様子の芙蓉だったが、疾風の背後に立つ人影を目にすると、その表情が俄に引き締まった。「……アンタ、何者や。もしかして、アンタもまた 昔の疾風の関係者・・・・・・・・ か?」

「さて、な。そうとも言えるし、そうでないとも言える。なにせ、私は既に 死んだはずの人間・・・・・・・・・ だからなあ」


 男はおもむろに左手の手榴弾を掲げ、自らの耳元でちらちらと弄んだ――導火線の先でちりちりと瞬く火花が髪の先を焦がしているというのに、それすらも意にも介さないまま。

「ちなみに、この手榴弾は オクダイラの空っぽの 頭の中シュマグの下 へ隠されていたものだ。衣服を剥いたら作動する 仕掛け罠ブービートラップ になっていたわけだが―― 仲間が止めてくれたこと総括を中断出来たこと に感謝するんだな、疾風。でなければ、きみは今頃この世にいなかっただろう。 自分の作った爆弾で死ぬのは、嫌だろう・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ?」

「な……」その言葉に目を剥く芙蓉――「でも、さっき、 その爆弾疾風の手榴弾 は、嵐が処理しとったはずやで!? ウチの目の前でやっとったがな……」


「ンフフフ……どーりでさあ、おかしいと思ってたんだよねえ」いつの間にか疾風と芙蓉の背後へ遅参していた嵐の言――両腕の 再転送修理 は未だ されず出来ず 。「オクダイラの手から疾風が奪ってくれた手榴弾、 軍用・・ の成形炸薬が詰められてたんだ。とても こども昔の疾風 の手作りとは思えないような――外面だけ 手作りハンドメイド っぽく見せかけただけの、時限信管式の官給品さあ。どこの国の形式かは知らないけどね」

「――きみのような娘が疾風のそばにいると知っていたならば、私とて、もう少し直截的な方法を取っていただろうが――」ふとその声色に、幾分か友好的な響きが交じる。「いやはや、今回は失敗したよ。叶うなら、君とはいつか もう一度・・・・ 話したく思うな。とても気が合いそうだ」

「まるで、 特甲児童3人わたしたち を前にしてなお、逃げられるとでも思ってるみたいな言い草だね?」嵐――勧誘めいた言葉を完全に無視して、何処からか拾ってきた短機関銃を構えた。「この通信障害も、おじさんの仕込みなわけ?」


「さて、な。まあ少なくとも、今日 こちらウィーンの森 へ姿を見せたのは、ただの挨拶代わりさ。後始末ついでの、ね――」男は結局、自ら振り返ろうとはしなかった――その後姿から発される明朗にして泰然とした口調は、どこか吸い込まれそうな危うい響きを伴っている。「じゃあ、 空港にいる・・・・・ 君たちのお仲間にも、よろしく伝えておいてくれ。私はまた、戻ってくると――これで終わりだなどとは、決して思わないでいて欲しいと、ね」


 そう言った途端、男はゆったりとした動作でオクダイラの頭にある空洞の中へ、火の点いた手榴弾を放り込み――同時に、右手の短機関銃の銃口を、己のこめかみへと押し付けていた。



パカーじゃあな 、ピノッキオ―― ダス・ヴィ・ダーニャまた会う日まで



 止める間もないくらい、ごく自然に――男は己のこめかみを撃ちぬいていた。瞬間、芙蓉の手を振り払いながら、疾風が前に飛び出していた。蹴りあげた土くれをまともに喰らいながら、「もう手遅れやあっ!」という芙蓉の絶叫がその灰色の背に追いすがった。しかし、意外にも、疾風はくずおれていく男の姿を一瞥すらせずに通り過ぎると、手榴弾を放り込まれたオクダイラの死体の方へ両手を伸ばしながら跳びかかった。


破片手榴弾なんだッ・・・・・・・・・ !」悲鳴のごとき疾風の叫び――泣きそうなほど悲痛な宣言。「誰かが、 抑えこまなければ・・・・・・・・・ ―― おまえたち芙蓉と嵐 のいるところまで飛び散るッ!!」


 頭蓋ごとオクダイラの身体を引き倒すことで、遮蔽物とする時間すらなく――疾風はとっさに握りこんだ手榴弾を、抱き込むようにして己の腹の間に包み込んでいた。

 そして導火線はその瞬間、ついに燃え尽き――




 パイプ爆弾内に封入された数百個にも及ぶ折れ釘や鉄片などの飛散物が、疾風の腹部に接するような至近距離にて――四方八方へと弾け飛んだ。




 *




 ――鋼鉄の筒の中で、その魂は真なる目覚めの時を迎えていた。

 その意識に燃え盛る憎悪の炎は、その記憶に陽炎のごときゆらめきを湛えていた。彼がその、決して短くとも、安穏ともして居なかった、あらゆる真実に裏切られた続けた果ての人生の終わりに――自らの求めるところを、広く世界に示し、散るための、最後の手段。


 自らに与えられた眼と思考によって、彼はひたすらに刻み始めた――自らの信ずる最も大きいとされる力が、存分に発揮されるその瞬間を。




 ごとん、と。

 強引な改造によって設えられた増槽をのうち、不要になったものを順に切り離しながら、地対空 巡航・・ ミサイル、『ヒュドラの毒矢』は、ECMによって制御を失い失速していくUAVの残影を背後に見送りつつ、いかなる監視者も存在しない自由な空へと飛翔を再開した―― 不死者ケイローン すらをも苦しめ殺す 猛毒ロッド型弾頭 をその身に抱え込んだまま、復讐の嚆矢は雲を裂き、飛び続けた―― エル・アル航空の旅客機ユダヤ人たちの乗る飛行機 へと向けて。






 2022年5月30日

 ウンクラウト 小隊、非公式初出撃


 犠脳体兵器起動阻止命令完遂――『失敗』




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る