マンドレイク10



  疾風こども赤軍 が目を覚ました時、落着時の砂煙はまだ晴れていなかった。

 覚束ない意識を必死で保ちながら周囲を見渡せば、さきほどまで己と 死線視線 を交わしていた少女が、全身を真っ赤に染めて倒れ伏していた。痛む体に鞭打ちながら立ち上がった疾風の意識に、痛苦のいらえが茨のように巻き付いている。脇腹に添えた掌が真っ赤に染まるさまを見てとり、疾風は早急な止血の必要性を感じていた。が、 過去むかし の己はただひたすら、熱情のままに駆け抜けることだけを良しとしていた。理性とは裏腹に、熱された本能がどくどくと煮えたぎって、手に塗れた血の滴りを振り払うと、倒れ伏す 仲間を足蹴にして踏みつけた。傷だらけの矮躯が芋虫のようにのたくり、消え入るようなほど小さな嗚咽が零れた。


「あっは……ははっ!」嵐ほどでなくとも、決して浅くは無い創を顔貌に刻みながら、童女は笑った。「を助けるなど、日和りましたか、 おねえさん特甲児童 !」


 すべてが、移ろいゆくかのようだった。

 実際の所、 疾風彼女 意識こころ はどこまでも正気のままだった。ただ、怜悧に研ぎ澄まされて世界を見渡す意識とは裏腹に、そのからだ だけが熱に浮かされたかの如く、己の過去に由来する狂気を発し続けていた。その有様はどことなく酒乱に似て、しかし酔い覚ましの当てすら思い浮かばぬままに、彼女は己の口中から発される実の無い叫びを聞いていた。

 まるで、消し去られたはずの 過去自分 が――その 存在生存 を示し続けようとしているかのように。


「革命の志に水を差そうとする体制の狗が、身をなげう ることを以って人情の真似事を示そうなどと! 不愉快! 欺瞞的です! なんとは成れば、初志の貫徹こそが――」


 自らの口からこぼれ落ちているという事実に、吐き気すら催すほどだった。それほどまでに、身の無い言葉。実の無い演説だった。

  あのテロリストマインホフ 疾風 の生きざまに革命の志を視たと言ったが、その実情はと言えば、このようなものだった。

 彼女自身は、ただ教えられた思想を正義と信じてさえずるだけのカナリア嬢に過ぎず、しかしその真の言葉の届かぬところにおいて――遠くから眺むるにいたっては、さも天稟の才を得て世界を導引せしめようとした麒麟児と映る。


  ウィーンの森山荘事件あのとき

 疾風は確かに、山狩りを行う治安機構の目をかいくぐり、痛打を与えた。それは事実だ。

 しかし、仮にそれを行ったのが 疾風でなかった・・・・・・・ としても、恐らく同じような結果となっただろう。


 たぶん、 ゼペットあのひと は、誰でもよかったんだ――自らの 命令を忠実に実行する 手駒いぬ であったならば、きっと―― それが・・・ あの場所にいた・・・・・・・ 他の誰か・・・・ であったとしても――きっと。


「はーっ……」死に掛けの 少女を思うさま踏みつけ終えると、 疾風こども赤軍 は意を決したかのようにうで を伸ばした。「…… チュースさよなら

 嵐の気絶と共に液状化した液体金属を肩口から零れ落としながら、軋む両手で彼女の首根っこを抑え込んだ。仰向けに翻した彼女の胴の上にまたがると、上半身の自重で押し切る様に、その頸を圧迫していく。今の今まで殺し合っていた相手の命を完全に自らの掌中へと握り込んだ征服感がゆえか、下腹部が妙に熱っぽく感じられた。たまに腰を上下に振っては、より強く掌中に自重を落とし込んだ。一瞬ごとにみしみしと負荷を掛けられていく細首の 終焉折れるとき をいまかいまかと待ち侘びながら、興奮で完全に上気した頬に、常軌を逸した笑みを浮かべ――


 その時――ぽたりと。

 一滴の滴が、機甲化された彼女の拳のうえに零れ落ちた。


「え……?」嵐の首元を抑えつけていた手を緩め、目元を探った――「……涙?」


 疾風はようやく、己の両目が涙を流しつつあることに気が付いた。

 胡乱なセンチメンタリズム――疾風はそう結論付けて、中断した作業へ戻ろうとしたが、どうにも涙が止まらない。丸めていた上半身を持ち上げて、両腕を用い、躍起になって目元を拭うが、涙は後から後からぼろぼろと流れ落ちてきて、止まらなかった。



「そんな……私が…… 悲しい・・・ など……」からだ 意識こころ の両面で困惑しながら、疾風は疑問の声を上げた。「 悲しみ・・・ など――捨て去ったはずなのに!」







「うん。確かに今の疾風ェ、 悲しくって感情で 泣いてるんとちゃうでえ」唐突に背後から声――呆れたようなポーランド訛り。「純然たる 生理反応催涙効果 や―― 無力化ガス催涙剤 のなぁ」







 咄嗟に背後を振り返った疾風の視界には 何も映らず・・・・・ ――しかし、そこに 誰かがいる・・・・・ ことだけは確かだった。


「誰ですか! どこに!?」

「残念やけど、教えられへんなあ。嵐がせっかくウチがおる場所の近くにまで、アンタを誘導してくれたんやから、わざわざ姿見せて殴られようっちゅー道理はあらへんで」


 咄嗟に誰何の声を上げる疾風。しかし、いくら目を凝らそうとも、周囲には声の主らしき影は無く――やがて、息のつまるような感覚に襲われ始めたのを見てとり、疾風は己が 罠にはまったはめられた ことに気が付いた。


「……もっとも、待ち伏せ予定の場所へ向かう途中で嵐が落っこちるなんて、色々トラブルはあったみたいやけど――」

「どこへ――げほっ! うえっ……」

「――まあ、落っこちた時の音いうたら、相当五月蠅かったからなあ。姿消しながら、その音響の発生地点へ向けて移動する程度の事なら、いくら怪我しとるいうたかて、簡単なことやしねえ……」


 時を追うごと、彼女の表情はみるみる 苦み・・ を増していき、やがてその呼吸には嗚咽が混じり始め、落涙は滝の如く増量し、やがてこみ上げる嘔吐感を抑えることすら出来ぬようになると、思わずその身を引いて嵐の身体から逃れ、蹲りながら思う様吐瀉をぶちまけることとなった。やがてがんがんと警鐘のように鳴りやまぬ頭痛に耐え切れず、疾風は思わずその場で ごろり・・・ と倒れ伏した。うつ伏せに地を舐めながらぴくぴくと痙攣する彼女の上体を、やがて誰かの腕がそっと抱き起こした。


「ゴメンなあ、起こしてもうて。ずっと、眠らせておけたらよかったんやけどなあ」疾風の視線の先に浮かび上がる影――申し訳なさそうな表情を浮かべる芙蓉のかんばせ。「でもなあ、ウチらの小隊長、そろそろ返してほしいんや……ええかな?」

「かえ、す……? うえっ――」口を開けた拍子にまた 嘔吐しもどし 掛ける疾風――涙目でえづく彼女の背を、紫色の 特甲うで が優しく撫でた。「――いや、だ……わたし……なにも、かりてなんか、いません……!」

「ええんよ。ほら、興奮せんといてなあ。 きみ・・ はただ、もう一度眠ってくれればええだけなんよ。だから――」



 ――それは、いつか……ベッドの上で聞いた言葉だった。



『疾風、 きみ・・ は眠っているだけでいいからね――』



「うそ、つき……」

「え?」

「嘘つきだ――みんな、みんなそうだ。おまえは こう・・ すればいいんだって、 こう・・ することが 正しい・・・ んだからって―― なのに・・・ 、いつも、最後には翻す…… 絶対手を離さないって言ったのに・・・・・・・・・・・・・・・・


 荒い呼吸を繰り返しながら、うわごとのように呟かれる怨嗟の言葉。

 困惑する芙蓉の視線を真っ直ぐに見返しながら、疾風は熱に浮かされた調子で言葉を紡ぎ続けた。


「私は――私は、貴方の手を取りました。他の全ての手を振り払って――」慟哭――そう形容すべき悲鳴が木霊する。「 ゼペットおじさん師匠 ――私は、 貴方・・ の仰る事ならば、例え正しくなくとも構わなかった。貴方が――手を握り続けて下さるならば、きっと、わたしは――」

「疾風……」

「――わたしは、 友の背中を撃つ・・・・・・・ ことの正しさに、疑いなど……抱くことすら……無かったでしょうに……」


 力なくしな垂れていた疾風の右腕が持ち上がった――天を掴もうとするかの如く、空へ向かって伸ばされ、指を解く――機械仕掛けの指が花弁のように花開き、灰褐色の華を咲かせていた。


「ゼペットおじさん……わたしのてをにぎっていてください――どうか父さんと母さんのように、離さないで……」


 いつだったか、現実に打ちのめされた日の喧騒を、記憶の中に聞きながら。

 救急隊とマスコミに迎えられた森の縁で、担架の上より吐き出した言葉を思い出しながら――ようやく、疾風・クラーラ・アイヒェルの暴走は終焉を迎えた。胡乱な光を抱いていた瞳がにわかに暗い色を帯び、緩んだ頬は苦みと渋みを噛みしめた年かさの人間のそれへと引き締められ、零れ落ちる涙の奔流は未だ止まらずとも、細めた両瞼の裏に覗く眼力は、視る者に軟弱な印象など与えはしない、確固たる意志の光を宿していた。


「芙蓉、心配かけた」――その口から、先ほどまでとは打って変わって、理性的な言葉が零れ落ちた。「ただいま」

「こ、アホォ……」感極まったような芙蓉のいらえ――涙ぐみながら。「おかえりぃ、疾風ぇ」


 疾風はふと、己の全身を撫でる様に包み込む 磁場抗磁圧 の感覚に気付いた。その圧力の発されるところを探る様にして芙蓉の肩口に視線を移せば、 抗磁圧偏向装置追加装備 の無骨な造形が、威圧的な迫力を発していた。


偏向装置こいつ を、恨むべきか、感謝すべきなのか、迷うな……」そっと手を這わせた――渦巻型の整波装置が、奇妙なほどに指先へ心地よかった。「 分解された躯体プラン・・・・・・・・・・ ……恒常的な運用には危険すぎるが、無ければおそらく…… あの照準オクダイラ にやられていた」

「こんなけったいなもん……やっぱ、いらへんよお。当初の作戦通り、 交渉事おとり は警官隊に任せるべきやったんよお。だってウチら、 裏方それ が専門やでぇ……?」

「……それでも、 やれ・・ と言われればやらねばならん。宮仕えの辛いところだが――だが確かに、こんな真似は二度と御免だ。ならばこそ、これから支援小隊の運用プランについては、意見具申をしておかないとな……」


 疾風はぼやきながらおもむろに立ち上がると、けほん、と咳を一つ。

 手足を伸び曲げて、身体の調子を確かめると――先ほどまでの不調が嘘のように回復していた。


無力化ガスアダムサイト ――まともに浴びたのならば、もっと長く苦しむ破目になるかと思っていたが――凄い物だな、 極小機械ナノマシン の混合兵器というヤツは」

「嵐の有機性 液体金属フリュスヒメタル に使われとるのと、基本的には同じやけどなあ。あっちは液体で、こっちは気体で……もっとも、この機能の 原型・・ だった兵器より、ある程度劣化させて制限掛けとるらしいけども。例えばウチも、ばら撒くだけならいくらでも出来るけど、 無害化機能停止 させるとなると、ある程度相手に触れとらなアカンからなあー。嵐もたぶん、同じやろ」

「原型――初耳だが、もしやその 偏向装置物騒な物 と同じく、また別の躯体プランからの流用か?」

「いや、別口らしいけどなあ。嵐が言うには、 4JOフィアー・ヨット・オー とか何とかいう遠隔操作型ウイルスらしいけど――よく分からんから、本人に聞くべきやと思うなあ」

「む……」


 ふと、背後を振り返る。

 横たわる嵐の四肢は力なく投げ出され、死体と見紛うばかりだった。仲間の暴走を身を挺して止めた痛ましい姿……まさしく満身創痍だった。


「嵐……本当にすまなかった」疾風は胸いっぱいの謝意と申し訳なさを抱きながら、彼女の身体を抱き起こした。「感謝の言葉も無い。お前は本当によく――」

《いやまあこれも仕事だから感謝とかそういうのはいいんだけどさあ。疾風さん自分のやった事覚えてるんなら意識取り戻した瞬間いの一番にわたしの様子見に来ない普通? なんでナノマシンの名前がどうたらとかクッソどうでもいい雑談交わしてんの? 馬鹿なの? 死ぬの? レズなの?》


  無線通信くさぶえ で吹き鳴らされる罵倒の嵐――その遠慮呵責ない叱責を受けて、疾風は奇妙な脱力感を感じずにはいられなかった。


「思いのほか元気だなお前……」

《んなワケないじゃん。声出すのも億劫なくらい瀕死だっての。わたしもう今日肉声で喋んないからね絶対。疲れた。帰って寝たい。あと自慰したい。Gィー! マスターベーション! セルフファッキング! オーナーニィー!》

「おまっ」 放送禁止用語Pワード の連発に慌てる疾風――手が滑った。「あっ」

《ちょまっ》万有引力に従って投げ出される嵐の後頭部――べしゃん、と地面に叩き付けられた。《痛い!》

「あ……すまん、つい」慌てて抱き起こす――ただでさえ満身創痍だった身体に、たんこぶ傷がひとつ増えていた。「あとレズでもない。部隊内での意思疎通に対して、そういう言い方をするのは良くない」

《この人おかしい……》小声――ふと疾風は、瞑目したまま脱力する彼女の指先から銀糸が伸び、自身の脇腹に纏わりつき始めていることに気が付いた。《ていうか、横っ腹の傷開いてんだからいの一番にわたしのところに来て 応急処置縫合 を求めろっての。そのうち死ぬよマジで》


 みるみるうちに塞がれていく傷――その痛みが消え去ったわけでは無くとも、失われていく血液がせき止められることによって、生命が繋がれているという実感があった。

 ……あらためて彼女の肢体を見つめることで、解る事はあった。瞼一つ動かさぬまま眠り逝ったように見えて、嵐自身、自らの身体に刻まれた傷への 応急処置縫合 は既に終わっていた。それらの傷も、切創や擦過など、見た目こそ恐ろしく酷い有様であっても、命にかかわるようなものは一つも無かった。義肢の損傷具合は酷い物だったが、恐らくこれは、あえて 肉体なまみ へのダメージを避けるために破壊させたものなのだろう。

 なんという精密な四肢の 操縦そうさ ――彼女の有する 特甲パイオニア への適正を象徴するかのような、見事な受け身であった。


 発する言葉にこそ、まるで他人の感情への気遣いという物が存在しないものの――その実、嵐・ヨハンナ・ヤンセンという少女は、常に己の隊員の安全について気を使い続けている。 生命いのち というものに全く価値を見出しておらず、何の幻想も抱いていないがゆえに――それらが如何に簡単に失われるかということを、ある意味いちばん熟知しているのだと言えた。ほんの一瞬の 焦熱ショート によって喪われかねない、ローカルHDD内のゲームデータ――人命とて、それらと同じように儚い物だと知っているからこそ、そういったことへの対応を忘れたりしない。同時に、生命を数字や効率で計る癖があるゆえに、指揮権をこそ与えることはできないものの―― 支援要員サポーター として、彼女は最高のチームメンバーであった。


「嵐、お前は――」

《なに? このうえまだわたしになんか仕事しろっての? ヤダよ。ちょーヤダ。もうわたし今日新しい特甲転送しないからね。警官隊か憲兵隊かどっちか来て回収してくれるまでここで眠ってます。おやすみ。解散。ばいばい。以上》

「――寝るのは構わんが、せめて口でものを言わんか!  無線通信くさぶえ は記録されてるからみだりに私語へ使うなと普段から言ってるだろうに!」

やだナイン 》嵐――にべもなく。《今更でショ。一回喋るごとに経費が掛かるわけでもなし、本部もこの程度見逃してくれるって》

「だから! そういう! 不正を! 推奨するようなことを!  無線通信記録に残るような場所 で言うなと言っとるんだ!」



 本当に、感謝しかない――しかし問題は、それを直截に伝えることをためらってしまう程の、彼女の生来の口の悪さと空気の読めなさ――そして、疾風自身の不器用な生真面目さから来る衝突だろうか。

 身を挺して自分を庇ってくれたことに対する感謝の言葉を紡ぐ暇も無いほどに――目の前の〝正しく無いこと〟を正さねばならぬという想いが、疾風に心のうちに騒めき始めた。ともすれば、過去の幾度もの訓練において発生した口喧嘩を想起させるほどに、二人の罵り合いは勢いを増して行き――そして、いつものように、間に割り込む影があった。


「はーいなっ。いまそれどころやないんやし、この話はまたそのうち……な?」二人ともの顔を覗き込みながら、言い聞かせる芙蓉――華やぐような"エヴァ"の微笑。「なにはともあれ、疾風も、芙蓉も、無事でよかったわあ。初陣からこの騒動って、どうなるか思ったけど……なんとかなりそうやん? なあ?」


 天稟たる愛嬌と人懐っこい声音でもって、疾風と嵐の間を強引に取り持つ 彼女アイドル の姿――これもまた、訓練の折から、何度も繰り返されてきた光景だった。


「確かにそうだが――元はと言えば、一番はじめに 抗磁圧偏向装置を使ったのは脳内チップに負荷をかけたのは お前だぞ、芙蓉」

《うん。いきなり無線切ったからまた 悪い癖癇癪 起こしたんだってすぐにわかったし……》唐突に同調し始める疾風と嵐――《……あれ? もしかしてこんなに話がややこしくなったのって、もしかして 芙蓉がキレたせい・・・・・・・・ ?》

「ま、まあまあ――」叱責の矛先が己へ向かった事にたいし、冷や汗をかきはじめる芙蓉――露骨に話を逸らそうと。「それより、まずは 殺さず逮捕・・・・・ や。疾風も元に戻ったことやし、あの けったいなオッサンオクダイラ のこと、何とかしよっ? な?」


 芙蓉・エーファ・ベルクマン。見た目の 軽薄チャラ さとは裏腹に、やたらと情の深い 少女おんな ――隊内における 調整役ムードメーカー を担うことが多く、おおよそ"妥協"という言葉を嫌う 隊長疾風 参謀あらし をなだめすかして、意見を取りまとめることの多い悪柄――ただし、その情の深さに由来する激情家な側面がたたって、いちばん暴走しやすい側面もある 問題児トラブルメーカー

 元は 子役芸能人ファッションモデル であったことから来る、過剰なまでの 自己愛美意識 ――たとえどんな鉄火場にあってすら、ほんの僅かな泥にまみれることすら厭うことから、訓練においても問題行動を頻発。結果的に疾風と嵐がその 対処ケツ持ち に回る事から、奇妙な連帯感が醸成され――いつのまにか隊内の和を保つための 重要人物キーマン と化していた。


「オクダイラ――」これまでのゴタゴタによって、半ば思考の外へ放り出さざるを得なかった人物――誘導ミサイルの犠脳者という最重要確保対象。「確かに、一刻もはやく身柄を抑えねばならんが、うむ……」

《もう死んでるんじゃない?》

「それだ」むっつりとした、しかもかなり気まずそうな顔で頷く疾風――きりりとした目付きのまま、ぽそりと呟いた。「完全に忘れてた。どうしよう」

《あーあ、せっかく人が 下半身撃ちぬかれた膝 の出血止めようとしてたのになあー。誰かさんがさあー。ナイフでさあー。喉元斬りつけて来るからさあー。ねえ、どう思う、芙蓉さん?》

「止血ならウチがやっといたよ? 疾風と嵐が闘りおうとるあいだ、基本暇やったし」

「なにっ!?」

《芙蓉さんマジ天使!》

「いやまあ……ウチもちょっとカッとなって やたらめった統制可能範囲外 ガスばら撒いてもうたから、このままやと地面に倒れとるテロリストとか、全員ゲロ吐いた拍子に喉詰まらせて死ぬんちゃうかなと思って、全員横向きに転がして回っとったんよ。そのついでやねえ」

《ンフフフ、疾風さん聞きましたかこの神対応を。おーっと、そういえば止血と称して 灼けた電磁 ナイフを無力化した被疑者に押し当てて遊んでる人がどっかにいましたねえ……誰でしたっけ? 疾風さぁん》

「か……返す言葉も無い……というより……そうだ……私……昔の身内に……ご、拷問を……?」

「アホーッ! 嵐ィー! せっかく落ち着いた 精神的負荷メンタル由来のフロー を再発させるようなこと言うなや!」

《だーってさあ、今日のこと、物凄い不祥事じゃない? 被疑者確保後に意味も無く拷問した結果死なせるところだったとか、犠脳体兵器のことも鑑みたらだけど、初任務の結果としては最悪とかいうレベルを通り越してもはやこれ利敵行為じゃない? クビじゃない? フツーに考えてさあ、ねえ?》

「う……うう…… おねいさん・・・・・ ――」

「だーっ! また記憶が!」慌てて疾風に 抱きつく・・・・ 芙蓉――「嵐ィ、あんたも手伝わんかい!  直接接触・・・・ すんのが一番効率ええんやからな!」

「……めんどくさいなあ、もう」


 芙蓉に急かされる形で、むくりと置き上がった嵐――彼女も含め、三人全員が互いに互いを抱き合うような姿勢を取り始める。スクラムを組むかのように繋がり合った中で、疾風は己の 精神に残留していた 負荷狂気 が拡散していく感覚を感じていた。

 肌身に直接触れることによって生成される 脳内チップ・・・・・ 同士の双方向的ネットワーク――疑似的な 限定空間ローカルネット の乗算による 協同的ブレークアウト電子支援の真似事 。彼女らの脳内チップに課せられた呪縛を 強める・・・ ための処置。


「――傍目からみるとさあ」嵐――抱き合ったまま、ぽつりと呟いた。「やっぱレズっぽくてやだなあ、これ」

「言うなや」芙蓉――げんなり。「ウチかてせっかく抱き合うんなら男の子のほうがええわボケ」

「別に見てる者もいないんだから、どうでもいいだろうに」疾風――いつの間にか正気を取り戻した様子で。「……まあ、少し変な気分になることは、認めるが」

「レズだ」――嵐。

「ビアンや」――芙蓉。

「色恋に興味は無い」

「うわ」

「ヒくわー、その返し」

「お前ら……」疾風――涙目。「実は私のこと、嫌いか!?」



《――卉小隊応答せよ。繰り返す。卉小隊応答せよ……おーい、君らー、聞こえてるー? ねー?》



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