エアザッツ3
「はえぇー」溜息を漏らす風狸――なにもかも諦めたように/のんびりと。「飛んでっちゃったねー、ミサイル」
「うん……」応答する飯綱――ぽかんと口を開けたまま/気の抜けた表情。「飛んでっちゃったね……ミサイル」
青空を見上げながら
「航空ドローンを飛ばせ! とにもかくにも映像情報が――」
「市街警備用の汎用ドローンでは話にならんわ! とても高度が――」
「もはや国防軍に最新の
侃々諤々の怒鳴りあいから少し離れた場所で瓦礫の影に腰を下ろす黒髪の少女の姿――失意の中でうなだれる狼火/背後には両断された
パッと見では大型トレーラーにミサイルの発射台を
それでも駆け付けた妹たちや戦闘可能な
自動展開した
しくじった――煙幕に合わせた特攻によって機関銃手の
いますぐ消えてしまいたくなるほどのみじめさと劣等感を抱えながら、瓦礫と銃痕まみれになった空港ロビーの片隅で体育座り/しばらく粉塵塗れの床に"の"の字を書いていじいじしていたが、やがて背後に気配を感じて立ち上がる――ふりかえった先に白髪の少女。
特甲を還送して通常の義肢姿になった飯綱/気まずそうに。
「狼火姉ぇ……」おずおずと近づいてくる飯綱――心配そうにこちらを見上げている。「その……怪我はない?」
「大丈夫ですよ。ありがとう」用意しておいた台詞――同じく用意しておいた笑顔を浮かべて、ほがらかに笑いかけた。「わたしたちは出来る限りのことをやったわ。後は、他の方々に任せましょう」
空元気/強がり/負け惜しみ――自覚はあったが、それでも笑いながら妹の頭を撫でた。くすぐったそうに笑い返す妹を前に、それでも笑い続けるのが姉の仕事だと信じて。
――実情、ミサイルが発射されてしまった今となっては
「二人とも、疲れたでしょう? お姉ちゃん、お水貰ってくるわね」
飯綱と別れ、ロビー端の
戦闘の一段落を経て、空港側が販売物の一部を治安機構へ無料配布中/水分補給用のペットボトル水/エネルギー補給用の菓子類/ついでに包装パン――三人分を分けて貰った帰り、ふと見覚えのある顔を見かけた。
捕縛したテロリストたちの集団と、それを監視するMPB-B隊員の一団から少し離れたベンチで瞑目する緑髪の少女――「秋月さん」
「ん……」狼火の呼びかけに瞼を開く――座ったまま仮眠を取っていたらしい。「あんた、確か……
「狼火・シオリ・ザートウです。先ほどはありがとうございました……あ、そうだ」袋からペットボトルを差し出す――自分の分だが、構いはしない。「これ、よかったら」
「いや、いいよ。俺は――っと……」決まりが悪そうに言いよどむ/咳払いをひとつ。「私は大丈夫です。どうかお気になさらず」
「そうですか……」差し出した手を引っ込めながら観察=奇妙な一人称のブレ――もしかしてけっこう外面を作るタイプ?「あの、
「空港スタッフに預けましたよ。本人が言うには、混乱の中でお母さんとはぐれてしまったらしくて……今頃は防災避難用の広場で、親御さんを探してもらっているはずです」
「そうですか……」一安心――そしてその子の母親が見つかることを/この混乱の中で命を落としていないことを祈りながら。「貴方の勇気に感謝を。貴方が危険も顧みず進み出てきてくれたおかげで、私もあの子も助かったんですから」
「怖がらせてしまった」ぽつりと呟かれた言葉――懺悔にも似た声音。「もう少しマシな対応が出来たんじゃないかと、いつも悔やんでばかりいます」
ちょっと
「不思議に思いますか?」
「え?」
「私のことを――」コツン、と自分のこめかみをつつく秋月。「イカれ野郎のくせに、けっこうまともに話すんだな、って?」
「そんなことは……」
「ごめんなさい。悪ぶりました」ひらひらと手を振りながら答える/自嘲交じりの声音。「なんていうか、自分でもマズいなって思ってたんですよ。だから帰還の許可が下りた時は、嬉しかった……」
「はぁ……」マズいの一言で済ませていいものなのだろうか――あえて突っ込まず。「派兵はどちらの国へ?」
「北アフリカです。ダルフール紛争ですよ」懐かしむように――「六年前に特甲猟兵の脱走があったこと……ご存知ですか?」
「はい。訓練学校で一通りは……」
「その穴埋めです。もちろん
「三年ですか?」まだちょっと眠たそうな表情の少女をまじまじと見つめる――いま何歳なんだろう。「大変でしたねえ」
「そうですね。色々ありましたけど、楽しい思い出も多いし、何より人を助ける仕事だ。行って良かったと思います」ふと、そのまなざしが奇妙な光を帯びた。「そうでないと困る」
「困る?」
「いえ……それより、テロリストの死体の中から
急な話題転換――しかし気になる内容に、思わず耳をそばだてた。「やはり、あの
「でしょうね。つまり、そいつが発射台の物理的防衛装置担当」パチン、と指を鳴らす――そして北西を指さした。「そしてミサイル担当が、森にいるんでしょうね。誘導装置を守るために大脳を捧げたヤツが」
「誘導装置、ですか?」
「ミサイル弾頭には必須の機構です。スティンガーミサイルのような短距離SAMなら赤外線誘導で済みましょうが、あの犠脳体兵器が狙う目標のことを考えれば、射程は恐らく巡行ミサイル並みだ。カメラ式の画像誘導装置を大脳と接続することで、マスターサーバーの干渉を防ぐ仕組みなのでしょう。だから、犠脳者が二人必要だった……」
「…………」
脳裏に過ぎる
森での戦いの行方がすべてを決める。
そう思うと、祈らずにはいられなかった――どうかあの無線通信の送り主に幸運を。
そして。
「指揮官殿――ッ! ハイネマン広報課長殿! どこですか! ああもう、あの人マジで何しに
マティアス副長――全身汗だくになりながら奔走中/卉小隊の元へ手の空いた人員の一部を送るべく各所へ連絡&準備――しかし卉小隊ひいてはウィーンの森での作戦指揮権を持つハイネマン課長の姿が断りもなく指揮所から消失/無線チャンネルの受信周波数を勝手に操作&隠匿。
結果――
「副長さん、また走ってる……」
「狼火さんの時もですか。私の時もあんな感じでしたよ」流石に呆れたように――「MPB-Bって、いつもこうなんですか?」
「BVTの使い走りという意味なら、間違っていませんよ。管区内で物騒な事件が起きた時は、大抵駆り出されますし……」
「こんなことを尋ねるのは申し訳ないのですが、なぜこんなにも立場が弱いのですか?」
「複雑な組織なんです。偉い人は必要悪だって仰いますけど、正直、つらくなる時はあります。張り切って訓練に励む妹たちの姿を見ていると、余計に……」
「必要悪……?」
「MPB-Bが設立された目的のひとつは飼い殺しなのだと、前の大隊長から伺ったことがあります。わたしたちは……成果を上げることを、全く期待されていないんですよ」
――そして、祈る。
どうか、この作戦に成功を。
この底なし沼から抜け出すための、足がかりを。
どうか。
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