マンドレイク5
「馬鹿な……」
オクダイラは仰臥姿勢で小銃を構えると、器用に這いずり回って銃撃を躱しつつ正確な三点射を繰り返した。
神業めいた回避と反撃――まるで
ただし、樹上から落ちて来るのは
観劇めいた銃火の舞踏を眺めながら、芙蓉は全てを察したうえでただその場に伏していた――流れ弾が彼女の頭上をぴゅんと通り過ぎて、背後の樹に突き刺さった。すべては木の葉の向こう側で
《通信を切った理由は何だ?》肩に触れる手――接触通信による強制的な回線接続。《無線を傍受されている可能性が?》
《ちゃう》芙蓉――振り返ることなくかぶりを振った。《
そして疾風は手に持った細い
《やめえや。時間無いんやろ》熱に浮かされた呼気を感じた――頬に触れそうなほどの間近に近づく、
《あと60秒で17時だが、
《なあ。あいつガスが効かんのと、ちゃう》疾風のうなじに滴る脂汗の軌跡を見つめつつ、芙蓉はズキズキと痛む頭部の痛みを堪えながら続けた。《
《分かった》疾風が頷く――《最後の手伝いを頼む、芙蓉。ガスを除いてくれ――
もはや時間は無かった――芙蓉は己の
《抗磁圧を
瞬間、芙蓉を中心に渦を巻く抗磁圧の渦がにわかに勢いを増し――やがて竜巻のような苛烈さを得て凄まじい暴風を作り出し、周辺の大気を薙ぎ払った。
エアロゾル化して空気中に滞留する無力化ガスは突如として発生した大気の奔流に巻き込まれて
《抗磁圧を偏向》――疾風の発した
疾風の背中が遠ざかる――やがてその光景のさらに奥で、頭上の砲炎をすべて駆逐したオクダイラが脚部の大出血すら全く関心の外といった様子で小銃を疾風に向けて構える姿が見えた。
ずりずりと引きずられていく――辿り付いた木陰に座り込んでいるのは、数本の銀糸を両腕の特甲から伸ばした嵐であった。半眼に細めた眠たげな眼で血まみれの芙蓉をちらりと一瞥すると、おもむろに欠伸をかきながらパチンと指を鳴らした。
「
「しね」 芙蓉が悪態をつきながら頭上を見上げると、嵐の指先から伸びたワイヤーが木々の枝を支点に樹上へ広がっている。「ただの呼吸やろ。茶化すな、アホぉ」
「
嵐が指先をほんの僅かに揺らめかせた――すると、さながら投網の如く伸び広がる銀糸の繰り糸の一本がしゅるしゅると巻き戻り、その先端に結びつけられた物が芙蓉の足元へ零れ落ちた――ロート・ヴィエナの構成員達の主兵装である
「ンフフ、その一丁は護身用ね。武器くらい無いと不安でしょ?」嵐は指先の糸を全て液体化して払い落とすと、芙蓉の顔を覗き込むようにしながら立ち上がる。「それともぉ、別に怖くなんかないかな?
芙蓉――流石にイラッとした様子で。「……喧嘩売っとるんかあ」
「
「……あの距離じゃ、弾ァ逸らしきれるかも分からんかったし」芙蓉――否定せず。「まあ、胸に一発喰らって、そのまま
「二度としないでよね。
「は?」芙蓉――畳みかけられる
「せっかく空港からの情報のおかげで勝ちの目が見えて来たってのにつまらない感傷で理屈に合わないことしないでよねホントあと少しでも準備遅れてたら初撃を
「ちょぉ待ち。嵐、いま……」
「おっと、そろそろ時間ですねコレは……」嵐――木の幹からひょいと顔を出して戦闘の様子を伺う/先ほどまでの愚痴はどこへやらといった様子で――「さて、疾風はうまく
「
芙蓉――問いの言葉を紡ぎながら、はた、と思い立った。
「いったい――」
9――嵐の首が上を向いた/その視線の先に何か宙を舞う物の存在を視認――赤い水滴を伴いながら、放物線を描いてこちらへ飛んで来るその物体に、芙蓉の視線も釘付けとなった。
8――ぼてん、と地に落ちたそれを嵐が素早く拾い上げた/そして嬉しそうに微笑みながら芙蓉へ見せつけてくる――手首の部分で切断された褐色の握りこぶし=恐らく疾風が戦闘中に斬り飛ばしたオクダイラの左手。
7――その掌に固く握り込まれていた物=切り詰めた鉄パイプを金属製の蓋で覆った
6――「わぁ、〝キューリ〟だぁ」嵐――手指を引きはがしたパイプ爆弾の金属蓋を導火線ごとワイヤーで切り落としたのち、興味深げに断面を覗き込んだ。「骨董品だよぉ」
5――「危な……」芙蓉――あっという間の爆発物処理速度について行けず、口から思わず警句が零れた。
4――「だぁいじょーぶだってェ、こんな
3――「嵐?」その表情の変化に不安を感じ取った芙蓉が問いかけるや否や、手に持ったパイプ爆弾を地面に空けた穴の中へ叩きつける様にして放り込む嵐――叫んだ。
2――「抗磁圧を偏向!」その台詞に反応した嵐の
1――嵐の両手に形成された抗磁圧の
0――くぐもった爆発音が嵐の掌部の内側から響き渡り、周囲の土が僅かに震え……そして静寂が訪れた。
芙蓉=あまりの急展開に半ば言葉を失いながらも、おそるおそる口を開いた。「その……もうダイジョブなん?」
「前提が違う……」地に両手を突いた奇妙な姿勢で俯いたままの嵐/その唇をわなわなと震わせながら、何やらもごもごと呟き続けている。「それとも、
その顔を覗き込んだ芙蓉が息を飲んだ。
心底愉快そうに吊り上げられた三日月型の口端が形作る笑顔――限界まで広げられた瞼の縁からは、零れ落ちそうなほどにせり出して充血した目玉が躍っていた=人間として明らかにどこかが
「ンフフフフフ」嵐――いつも通りのねちっこい笑い声を零しながら、青ざめた様子の芙蓉へと向き直った。「やっぱり実戦は違うね。予想外の事は起こるし、
「脳への
「そうじゃなくてさ……まあいいや。それより疾風だ」唐突に話を切る――「せっかく
芙蓉――両目をパチクリ/まさか先程オクダイラに向けて飛ばした
「なんとか
「たぶん、て……そんな曖昧な……」
「オクダイラの
「知らない頃の――」芙蓉――ハッと息を飲んだ。
「そうかな? だって、あの
「……
「ンフフ。面白い例えだね、芙蓉」にやり、といやらしい笑みを浮かべる嵐――心底楽し気ないらえ。「わたしたちの脳内チップに適用されたのは〝ヘキサヘドロン・モデル〟だ。相反する二面性が三つで
「……何言っとるかぜんっぜん判らん」
「ンフ。まあ、あれだね。
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