エアザッツ2



《――あと三分以内に犠脳体兵器SAMを起動して、ジャンボジェット機を撃ち落とすつもりだぞ……!》



 全チャンネルに響き渡る無線通信くさぶえ――交戦中の全員がその意味を把握/理解/焦燥=ロビーのど真ん中で横転した大型トレーラーの向こう側で展開しつつある地対空ミサイルSAM発射台の光景を想像した――ロビー壁面に取り付いて戦場を俯瞰する飯綱・ユカリ・ザートウの無線通信とおぼえ=《狼火姉ェ――ッ! 今の情報ソレ、きっと何かの間違いだよっ! 横転したヤツとはトレーラーの内部で! 既に動き始めてるアレが犠脳体兵器だとしたら、はずでしょ!? そんなのおかしいじゃない!》


「とっくに、死んで――」狼火・シオリ・ザートウの呟き――通信へのいらえを返す前に一瞬の熟考=脳内チップによる分割思考マルチタスクによって戦闘行動を続行しながら状況を推察する器用なさばき。「――既に、私たちが殺して……?」

《狼火姉ェッ! し……した、下ぁッ!》


 投擲カツンッ――足元に闖入者カツンッ=抗磁刀によって生成される防弾力場をすり抜けるように狼火の背後へと落着/豪雨のように吹き付ける銃弾の雨すら弾く抗磁圧のを掻い潜るようにコロコロと転がる球形の物体=ピンの抜けた破片手榴弾フラググレネード――すぐさま何か行動を起こさなければ待っているのは至近距離での爆発と死。

 しかし先ほどから浴びせかけられている弾丸のせいで咄嗟に動くことも出来ず/逃げれず/足元を確認することすら出来ず/ただ抗磁刀を振るい続けて銃弾を防ぎ続けることしか出来ない――背後に蹲る小さな子供逃げ遅れた観光客狼火わたしがここを退けば即座に凶弾の犠牲となる=そのことを分かっていて先ほどから浴びせかけられている銃弾の雨/制圧射撃の見本のような凄まじい火線――たった一人のテロリストによってもたらされているもの。


「はっはっはっはっは。お嬢さんヂェーウシカ、よく頑張ったね。私は君のような娘は好きだよ」焼けた肌と逞しい髭のアラブ人――手元の機関銃へと供給される弾帯は未だ尽きるということがない=背に負う弾薬箱から無尽蔵にも思える量の弾薬を常時供給/ずっと発射/狼火を始めとした特甲児童たちが反撃しようとする気配を見せるたびに正確に照準――弾丸を正面からことが出来る狼火以外の誰もこの筋骨隆々の機関銃手ロシア語を話す変なアラブ人の前に立つことすら出来ず。


「君とはもう少しゆっくり話したかったが、残念ながら今日は無理そうだ。さようならプロシシャーイ、名も知らぬ少女よ」


 親しげな笑み。

 しかしその裏に隠れる明確な殺意を幻視して、狼火はゾッとするような感覚に包まれる。まるで人間味の無い表情――作られたような笑顔は機械マシーネのソレ。

 そして、狼火の背後に庇われながら涙と擦り傷に塗れる子供もろともに、手榴弾はついに破裂の時を迎え――



 ――その直前に、背後から駆け寄ってきた影が手榴弾の上に覆いかぶさった・・・・・・・

 くぐもった破裂音ドカン!――そして静寂。何者かはむくりと起き上がり、そしてポカンとした様子の子供の腕をひっつかむとズリズリと引きずるようにしてその場を離れてゆく。


「…………!?」狼火――自分の背後で何が起こったのか完全には理解できず/しかし銃撃は続いているので目の前の銃弾を捌くことに意識を集中/だが機関銃手のアラブ人もどことなく驚愕びっくりしたような雰囲気――はじめてこの男の人間らしい表情を目にしたかのような気すら感じる。

 すぐにマルティン副長から通信/共有――《秋月ィ! なにしてんのキミィ!?》


 その名に覚え有り=秋月・コリンナ・フィンケ――派兵からの帰還でたまたまこの空港に居合わせた元特甲児童/しかし過去にあったのが理由で戦闘への参加を認められず/背後でマティアス副長指揮してくれる人ハイネマン広報課長なんか偉そうな人と一緒にいた人――なんでここに?


《はい。シェパード小隊隊長殿が危険に晒されておりましたので、助けが必要かと》件の秋月が通信に応答――平静そのもののいらえ。《民間人を一人保護。そちらへ連れていきますが、よろしいでしょうか?》

《ああ、ああ、それは構わないが……》副長の《しかし、正気か!? 特甲も無しにあの弾幕の中を……》

《銃撃の殆どは小隊長殿に集中しておりましたし、その背後に隠れれば銃弾を浴びる危険性も薄かったので、と判断しました》

《手榴弾は……》

《死体を活用しました。小隊長殿がしたテロリストが道中転がっておりましたので、


 死体――?

 狼火は銃撃を捌きながらゆっくりと後退し、近場の物陰へと身を隠した。背後に守るものが無くなったからこそ出来た移動方法である。ちらりと自分がさっき足止めされていた場所を見やれば、地面との間から爆発煙をくゆらせ続ける上半身だけの死体が落ちていた。戦闘の最中に狼火が両断した遺体――即席の肉盾として活用したのだ。手榴弾に覆いかぶさることで周囲への被害を抑制した事例は古くから枚挙に暇がない。しかし――


《ところで総指揮官ハイネマン広報課長殿、現状はいかにも不利です。そろそろ特甲の使用許可を与えて下さいませんか? はらわたが煮えくり返っておりますので》


 ――去りゆく血まみれの背中そのすがたを目の当たりにして、狼火はなぜ秋月・コリンナ・フィンケ戦力になりそうな人に特甲の転送許可を与えないのか、その理由の一端を垣間見たような気がした。

 恐らく、爆圧によって胴体死体の切断面から飛び出した内臓をもろに浴びた結果――血液と糞尿を垂れ流す小腸の切れ端を肩口に引っかかってるというのに、一顧だにしない様子――ただひたすら後方の臨時指揮所安全地帯へと邁進中/

おぞましい惨状を目前でまざまざと見せつけられた子供が恐慌状態に陥って叫んでいるがそれも無視=子供の片腕を掴んだまま離さない/文字通り引きずってでも安全な場所へと送り届けようとしている――それ自体は尊い行いかもしれないが、しかし、あまりにもその様相は常軌を逸していて――


《ならん》ハイネマンの応答――苦々しく。《精神鑑定が終わるまで、お前に武器を預ける気にはならんよ。そして、上官に向かってその態度は何だ。だと? 貴様の背中から垂れ下がるはらわたの方を先になんとかするんだな!》


 秋月――指摘されるまで気付かなかったかのように自分の背中を一瞥/返答。《卑劣なテロリストに対して憤っているという意味のつもりでした。言葉足らずをお詫びいたします》


 臓物を、打ち捨て、指揮所への移動を再開する秋月――受け答えはあくまで正常の範疇だが、それが逆に行動の異常性を際立たせる。

 彼女は無頓着過ぎるのだ。あの場の全員が生き残るために必要なことをしてくれたが――それ以外のあらゆる人間として当たり前の倫理的・生理的な諸々に些かの注意も払っていないように見えた。あるいは、ならざるを得ないような場所へ派兵されていたのだろうか。狼火には分からない。だが今は目の前の脅威を排除せねばならない。些事に構う余裕がないという点で言えば、それは狼火も同じだった。礼は後で言おう――無線チャンネルへ接続し、今目前の脅威をどうすべきか考え始める。


《飯綱、聞こえるかしら?》

《狼火姉ぇ……だ、大丈夫……?》

《ありがとう、大丈夫よ。それより、SAMの内部で組み上がってる物がなにか分かりますか?》

《え? う、うんと、分かんない。パルスクナイ振動探査装置》を打ち込んだ一瞬、細長いシルエットが少し見えただけで――》

《細長い……》思考=各トレーラーに分割して輸送したミサイル弾頭を発射台犠脳体兵器そのものが自らの内部で組み立て中/そのための人脳制御装置――全て推測に過ぎず。《もう一度調べられそう?》

《……ちょっと、難しいかも。クナイを投擲したあと、SAMの護衛に付いてるやつらがこっちに気づいたの。今度同じことしたら、たぶんすっごく撃たれ……》少し間が空く――慌てたように。《でっ、でもあたしっ! できるよっ! 弾なんか怖くないから! 狼火姉ェのためなら、あたし――》

《待って、待って待って、落ち着いて、飯綱。撃たれるのはですよ。貴方が先走ってどうするの。風狸にも観測情報を分けてあげないと、きっとまたブーたれちゃいますよ、あのコ》

《でもぉ……》

《それにね、わたしもちょっと試したいことがあるの。あの機関銃手マシンガン男を一緒にやっつけるために、貴方のが必要です。やってくれますか?》

《う、うん! でも、どうするの……?》

《ええ、それは……》口ごもる/伝え方を考えるために一度通信を切るべきと判断。《パルスクナイ、もう一度投げれるように準備しておいてくださいね。また後で》

《は、はい……》


「ふう……」狼火――おもむろに深呼吸/眼鏡のに指先を添わせる――外して還送/エメラルド色の光に包まれた眼鏡が光の粒子となって消えていく/ぽつりと呟く。「大丈夫。わたしは戦える。わたしはだ。わたしは――」


 自己暗示――眼鏡の取り外し決められた動作で自身の戦意をコントロール/これから行うべきことを何があろうと最後まで遂行するためのおまじない=彼女なりの覚悟の儀式。

 無線通信とおぼえに風狸を接続きょうめい――。《風狸、聞こえますか? そちらの状況はどう?》


《いまそっちに向かってるのん!》別行動の風狸――重装備のテロリスト相手に火力不足気味の空保フルークに協力/残存部隊の指揮下で火力支援に励んでいた。《ロビーの裏手に回ろうとしてたテロリストはほとんど鎮圧したから、あとは任せて大丈夫そうなんよ。狼火ねーちゃんこそ大丈夫なのん? なんか、が出たってさっき……》

《ええ、今からそいつにお返しをするところなの。発煙砲弾スモークシェルを装填しておいて。合図したら、わたしの進行方向に投射をお願い》

《え? それって……》


 換装パキン――抗磁刀の刀身が裂ける/可動する/内部機構が展開される――刀身内部を奔る抗磁圧制御棒が外部へ露出/刀身の周囲が蜃気楼で揺らめくほどの熱を排出――渦巻く抗磁波がその熱を巻き取って蜃気楼の刀身を形成する=触れるどころか近づくだけでしかねないほどの途方もない熱量――飾り耳オーアを最大可動させて熱から身を守らなければ掴み続けることすら不可能な炎の剣きけんぶつ



《――を敢行します。SAMが本当に発射されるのか、それとも別の何かが起こるのか、それは分かりません。けれど、と仮定します。そうであるなら、あの機関銃手は早急に無力化しなければならないわ。ただでさえギリギリの状況で、これ以上事態が悪い方向に動きでもしたら――ミサイルの発射阻止どころか、わたしたちの全滅すらあり得ます》

《ね、ねーちゃ……》

《それに》

 狼火の顔面――夥しいほどの発汗/しかし表情は止水の如く穏やか――なんとしても目的を達成するという

《ミリオポリスの玄関口で特甲児童が丁々発止の大活躍! これって――》狼火――滝のように滴り落ちる汗をペロリと舐めとりながら/不敵に笑った。《とってもって――センセーショナルな見出しになるって思わない?》


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