閑話・エアザッツシュピーゲル1
爆発の衝撃で未だに脳が揺れていた。脳内チップの発するKSE信号――
煤と埃で汚れた
床に投げ出された拳銃を拾い上げる=空港警備に従事していた
「下がれ、秋月」猛獣の唸り声に似た呟き――伏龍・ラング・グナイゼナウの警句は、油断のない視線を大型トレーラーに向けながら発された。「横転したトレーラーはいわば盾だ。そのうち盾の裏側からの援護射撃に押されて、テロリスト連中が押し寄せて来るぞ」
「そうとも。ここで応戦することに意味はない。義務もだ」小鳥のさえずりを思わせる響き――桜花・クリストファー・デリンガーの警句は、やれやれとばかりに肩をすくめながら発された。「あんま気張るなよ、秋月ちゃん? そういうの、もう必要ないんだぜ」
マガジンを
「秋月……!」――いらだつ伏龍。
「秋月ーィ?」――呼ばわる桜花。
秋月――無言のまま視線で応える=だまれ。
やがて銃口の狙う先に動き――自動小銃や短機関銃で武装したテロリストの姿。秋月はトリガーにかけた指を引き絞ると、サイト内に捉えた上半身目がけて銃撃を――
「たぁ――――ッ!!」
絶叫――黒い影が秋月とテロリストの間に割って入り、射線を遮った。秋月は咄嗟にトリガーから指を話して銃口を持ち上げるが、叫び声に反応したテロリストの一人がこちらを向いて銃撃を敢行した。発砲音が断続的に響き渡り、ばら撒かれた小銃弾が闖入者をズタズタの肉塊に――
黒い影が棒状の何かを
「
「へえ? ってことはあのコ、
「そこの方、退避を!」眼鏡をかけた
余計なことを――そう言い返そうとした瞬間、黒い少女の全身が光に包まれる。エメラルド色の転送光――見慣れた光景。かつて自らも纏っていた光/灯=希望の――
《転送を開封》――黒い少女の両腕と両脚がひも状に分解され、新たなフォルムを形作る――日常生活用の義肢が対戦闘用の義肢へと変貌していく光景を前に、秋月は目を奪われた。想起されるのは遠い記憶だ。かつてこんな風に命を助けられたことがあった。特甲児童に。
その姿に自分は
「すぅぅぅぅ」呼気を吸い込み――吐く。「はぁぁぁぁぁ」
あらゆる葛藤を意識の背後に押しやりながら、混乱する脳内を
「
「
「わっせ、わっせ」のしのしと小走りする茶髪の特甲児童――背丈の割に横幅の大きなシルエット=比較的珍しい重装甲型の特甲+背中に負ぶった
ぶつぶつと文句を垂れ流しながら唐突に
瞬間、彼女の立てた片膝の側面に筒状の物体がせり出した。特甲内部から展開したらしいその兵器に、秋月は見覚えがあった――近世における戦場の神=即ち火砲。
「……おねーさん、はやく逃げないとあぶないよお?」ふと、茶髪の特甲児童――風狸、と呼ばれた少女が肩越しに振り返った。「それとも、わるもの退治……手伝ってくれるのん?」
背嚢から取り出した弾薬を膝の内部へ装填する少女の瞳に揺れる感情の色は、親切心が二割と、猜疑心が八割といったところか。無理もない、と秋月は思った。いまの時代において、あらゆる一般人はそのままテロリストへと変じうる可能性を持つ。人種と思想の坩堝であるミリオポリスでは尚更だった。退廃と悪徳のソドムとゴモラ。かつてこの街は核で焼かれる一歩寸前まで行った。そうでなくても死者は毎日のように出る。善人にも、悪人にも。治安関係者にも、テロリストにも。そして多くの一般市民もその惨禍に巻き込まれ、明日にはその絶望を胸に銃を取る。まるで尾を食む蛇であった。犯罪と鎮圧のいたちごっこは終わりを見せず、混沌はいつまでも人の命を喰らって膨らみ続ける。
「ええ」と、秋月は返した。「叶うならば、きっと」
「……?」怪訝そうな風狸――本気にせず。「ありがと。早く逃げてね?」
「はい、ありがとうございます。では……」走り出す直前、つい口を突いて出た言葉。「どうか、御武運を」
「だからァ」不意に横合いからひょいと顔を出す――桜花。「そういうこともう考えなくていいんだってば、秋月ちゃん」
「五月蠅いぞ、桜花」
「自分の身を護る事だけ考えろ」肩に手を置かれる――伏龍。「お前はもう、十分に戦った……秋月」
「触るんじゃない、伏龍……」
「秋月」――桜花の声。
「やめろ……」――背中にかかる声を振り払いながら走った。
「秋月」――伏龍の声。
「やめてくれ……」――肩にまとわりつく手を振り払いながら呻いた。
「おっ、キミが秋月……」――知らない声。
「ねえ、秋月くん」――妙齢の女性の声。「そんなに誰かを殺したい?」
「やめろ!!」
絶叫――直後に深呼吸=
額に浮かぶ脂汗を拭いながら、ふと振り返る――こちらをじっと見つめている何者かの姿/大人/ちょっとカジュアルに着崩したスーツ姿/半端な長さの頭髪と半端に整った容貌――どこかとらえどころのない容姿の人物が、困ったような愛想笑いを浮かべていた。「えーっと、俺、挨拶の仕方間違えたかな?」
「いえ、その……失礼しました」気まずい空気――おずおずと切り出す。「貴方は……」
「おっと、申し遅れまして。MPB副長、マティアス・生駒・ヒルシュだ」男が手を差し出した――握手の要請。「キミが秋月・コリンナ・フィンケ元小隊長で間違いないかな?」
「はい」差し出された手を握り返す――いたって平静に。「MPBの名声はアフリカでもたびたび耳にしていました。副長自ら御足労頂き、光栄に存じます」
「ハハ。ありがとう……それはたぶん、このMPBじゃないけど、まあ、うん」少しバツの悪そうな表情を浮かべるマティアス――やがて気遣うような面持ちに変化。「向こうじゃ大変だったと聞いている。まあ、こちらも色々とアレな事件ばかり続いてるけど……」
銃声と爆炎を背後に望む会話――思わず嘆息。「そのようで」
「……まぁ、それはそれとして、だ!」
「過程はともあれ、キミの帰国は国家により正式に認められたものだ。受け入れ先となる我々ミリオポリス機甲警備大隊はキミを歓迎する……なんせ俺みたいな非戦闘員が現場まで出張るレベルでの人手不足だからな?」マティアスの微妙にヤケクソ気味なテンション――気まずさを誤魔化すように周囲を見渡しながら、うんざりとした様子で肩をすくめた。「キミの出国前に存在したMPB――ミリオポリス憲兵大隊は今現在独立州軍として州知事閣下の指揮下にあるわけだが、だからといって
「――とまあ色々美辞麗句を弄してはいるんだけどサ、つまりウチは
「はぁ」秋月――無表情。「笑えますね、それは」
「でしょ? そのせいかBVT指揮下の組織にしてもなんか妙に人員が怪しいというか、掃きだめ風味というか……だってキャリア組でもなんでもない俺みたいなのが副長になれちゃうし、なんか他の組織から左遷されたみたいな噂の人めっちゃ多いもん。指揮権もよく奪われるしさー、っていうか俺もともと
「
「なにかな」
「ご指示を。転送権限さえ与えて下されば、すぐにでも
「ふむ……」値踏みするような視線――やがて破顔した/心底助かるといった様子の表情。「さっきも言ったが、人手不足だ。マスターサーバーの独占使用権こそ手放したものの、転送塔そのものへのアクセス権限が失われたわけじゃないしな。とはいえ、恐らく送られてくる特甲は
「ならん!!」
唐突な乱入者――振り返れば、総髪を振り乱した中年男性が額に汗をにじませながら荒い息を吐いている。
秋月が視線で副長へ尋ねた――あと少々の小声も交えて。(この方は?)
(さっき言ったBVTの広報課長でMPB-Bの特別オブザーバー)マルティン・生駒・ヒルシュ会心の愛想笑い――口元のヒクつきを半秒でひっこめながら乱入者が息を整えるのを待つ。(あとなぜか今の俺達の指揮官)
(えっマジ)流石に目を見開く――(失礼。指揮系統が滅茶苦茶では?)
(この混乱のせいであの人より階級の高い人がみんな死ぬか連絡取れなくなっちゃって……本部から救援来るまでの暫定だけど、マジなの)
(広報課長なのに?)
(うん)
「ぜはっ、その……特甲児童を……戦闘に参加させることはまかりならん! ああ、クソ、厄日だ今日は……! 何でよりにもよってお前の受け渡しをする時に限ってこんな事件が起こるのか……!」
「受け渡し……?」モノを取り扱うかの如き物言い――秋月の着任の件であると察してか、マティアスがにわかに眉をしかめた。「ハイネマン広報課長殿。事態はひっ迫しております。理想的なチームワークとまでは望めなくとも、要人や避難民の護衛など、担える仕事はいくらでも……」
「私が言っているのはな!」
凄まじい剣幕――ここが鉄火場のすぐ近くであるということを差し引いても、尋常ではない気勢であった。
「戦時国際法違反の件だ。お前の……」一瞬、怒声が途切れる――相応しい言葉を探すかのようにゆらめいた言葉の連なりが、口髭の内側から繋ぎ直されて零れ落ちた。「……お前の兄である震洋・コルネリウス・フィンケ容疑者に関する聴取と精神鑑定を終えるまで、戦闘行為に参加することはこの私が絶対に許さん。分かったな、秋月・コリンナ・フィンケ――元特務少尉?」
告げられた言葉――マティアスの驚いたような表情を見上げながら、秋月は視界の端にチラつくKSE通知を眺めていた――
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