24 こみっくパーティー

 コミックマーケット三日目。ついに俺がコス売り子をする当日になった。

 出発前、大宮駅前のドトールで桐野と最後の打ち合わせをした。俺は現地でサークル主と落ち合い、サークル入場するため、桐野より先に出発する。

 今日、高麗洵と会うかもしれないと考えると緊張した。高麗洵が世界を転移する秘密を知っているのなら、そのまま桐野と別れることになるかもしれない。

 俺は表情を引き締めた。

「桐野。言っておきたいことがある」

「何かしら」

「好きだ。付き合ってほしい」

 桐野は硬直した。

 脳内でさまざまな思考が巡っているらしく、そのまま停止している。

 やがて、桐野は俺の肩をパンチした。

「何でだよ!」

 反射的にツッコむ。

 桐野がおずおずと尋ねる。

「あの… どうして私と付き合いたいと思ったのかしら」

「だって… お前は可愛いし、面白いし、気が合うじゃないか」

 桐野は両手で顔を覆った。テーブルに伏して悶絶する。耳が赤くなっているのが見える。

「何かしら、これ。すごく恥ずかしいわ!」

 ようやく桐野は顔を上げた。

「不思議だわ。すごく恥ずかしいの。もう草鹿くんにセクハラをできないできないかもしれないわ」

「しなくていいんだよ!」

 桐野は赤くなって狼狽えていた。

「どうしよう。今まで気にならなかった感情が、急に大きくなってきたの。草鹿くんに尊敬されたいし、草鹿くんに嫌われるのが怖いの。何かしら、すごく恥ずかしいわ! 自分で言うのも何だけれど、私もっと恥ずかしいことを言っていたわよね!?」

 俺は咳払いした。

「それで、返事はどうなんだ」

 桐野は急に縮こまった。テーブルに両手をついて低頭する。

「こちらこそよろしくお願いします…」

 俺は表情を改めた。

「それから今更だけど、前にセックスを断ってごめん。俺の心の準備ができていないだけだったのに、子供じみた理想論でお前を傷つけた」

「別にいいわよ」

 顔を赤くして視線を背ける。指に髪の毛先を巻きつけていた。

「認めたくないんだが… 俺はあのとき、お前に愛されていなければセックスしたくないと思っていたらしい」

 見ると、桐野は手で口元を覆っていた。小刻みに震えている。

「ちょっと… そういう恥ずかしいことを言うのはやめて頂戴」


 しばらくして、唐突に桐野が蒼い顔をした。

「恐ろしいことに気付いてしまったわ」

「どうした?」

「できたばかりの彼氏を成人向け同人サークルに送りこむなんて、寝取られ漫画の導入の典型じゃない。きっと打ち上げでグラスに睡眠薬を入れられて、レイプをビデオで撮影されて、それでまた脅迫されるのよ。そして一ヶ月後くらいにはコスROMの購入者と乱交させられたりするのだわ!」

「現実とフィクションを混同するなよ… そんなに心配なら夜に電話するよ」

「通話している最中に犯されているシチュエーションじゃない!」

「現実とフィクションを混同するなって言ってるだろ!」

 桐野はフッと笑った。

「十六年と十ヶ月、妄想と性欲を煮詰めていた処女を舐めないことね。私と付き合うとはこういうことよ」

 堂々と宣言する。

「今日は家に帰ったらあなたで三回はオナニーするわ! コミケ最終日であるにも関わらずよ。この意味がわかるかしら?」

「ハハハ…」

 俺は苦笑した。

 桐野は真顔に戻った。

「けれど、これできちんとセックスできるかしら。正直、二次元ばかりオカズにしてきたし、特殊なオナニーも試していたから、いざ本番になったとき不能にならないか不安だわ。というか、これであなたとの初体験に失敗したら首を吊る自信があるわよ」

 脅迫的な言葉に引きつつ俺は言った。

「そのときはまた日を改めればいいんじゃないか。焦らなくてもいいだろ。リア充の笹木も伊月も童貞だし処女らしいからな」

 失言に気付いたとき、すでに桐野は有頂天になっていた。

「伊月さんが処女というのは本当なの? …勝ったわ!」

「何に!?」

 今後が思いやられる反応だった。


 その晩、桐野に電話した。

「もしもし。草鹿だ」

《寝取られ実況中継の電話がかかってきたわ!?》

「違うって言ってるだろ。高麗洵が打ち上げにいたことについての裏付けがとれた」

 桐野の語調が真面目なものになる。

《本当?》

「ああ。高麗洵じゃなくて《モテ期が到来中》のやつだった」

《……》

 桐野は電話口で沈黙した。

 かくして高麗洵に連絡をとる目論みは潰えた。

 夏休みの残る期間、俺は部室でだらけたり、桐野と近場でデートしたりして過ごした。

 夏休み明けに騒動が待っていることは予想だにしなかった。

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