18 ネコっかわいがり!

 某日。俺たちは大宮駅西口の広場に集合した。

 桐野が集合をかけた。俺と伊月、黒川の他、六条先輩も来ていた。

 夏の日射しがアスファルトを灼いている。

 炎暑だというのに、黒川はゴスロリのワンピースを着ていた。黒の長袖で、大量にフリルが付いている。装飾的な日傘を差しているが、黒のため、熱を吸収してかえって暑そうだ。

 黒川は荒い息を吐いていた。

「見てるだけで暑いんだけど」

 六条先輩が文句を言う。

 六条先輩はショートパンツにサンダル、V字のシャツの涼しげな格好だ。襟元から胸の谷間が見えていて、俺は視線を逸らした。

「事情は聞いたけど、何するわけ?」

 桐野は頷いた。

「『あなオタ』には草鹿くんの経験が反映されているけど、完全ではないわ。正確なのは主として校内でおきたことだけよ。その中で、黒川さんと大宮で会ったときのことが書かれているのが目を引くわ。けど、黒川さんが『あなオタ』の作者でないことは確認できているわ」

 桐野は言葉を区切った。

「つまり、作者は大宮在住でたまたま黒川さんと草鹿くんが会ったところを目撃したと推理できるわ」

「大宮で何か目立つことをして、作者をおびき出そうっていうんだね」

 伊月が言う。

「ええ。それでこちらに注目している人物がいたら、それが高麗洵よ。できれば、オタサーの王子と囲いっぽいことをしたいわね。高麗洵の関心のありそうなことだから。丁度、男女比も合っているし」

 その言葉を聞き、俺はげんなりした。

「どうしてもやらないと駄目か?」

「どうせ男でオタクなんかやっていたら、オタサーの王子になるのがオチよ。今のうちに予行演習しておきなさい」

 桐野が偏見そのものの発言をした。

「オタサーっぽいことって何やるの? 鉄道博物館でも行く?」

 伊月が偏見そのものの発言を続ける。

「それもいいけれど。久しぶりに鉄道博物館のジオラマも見たいし」

「否定しないのか…」

「けど、今日は高麗洵をおびき出すことが目標よ。鉄道博物館ではそもそも気付かれないわ。草鹿くんと黒川さんが来たという西口周辺に活動するわ」

「その前に」

 黒川が絶息しながら言った。

「我れはもう死にそうなのじゃが…」

 立ち話の間に黒川は熱中症で倒れかけていた。


 俺たちはファミリーレストランのサイゼリヤに入店した。

「オタサーっぽいことって何やるの?」

 伊月の質問に、桐野は目を輝かせた。

「それはもちろん、TCG(トレーディングカードゲーム)よ! ルールを知らなくてもできるように、スターターデッキも持ってきたわ。これでプレイマットを敷けば完璧よ!」

「タロットカード用のテーブルクロスなら持っておるが」

 黒川が言う。

「素晴らしいわ」

 黒川がテーブルクロスを敷くと、桐野はTCGのカードを並べだした。

 店員や他の客がじろじろと見ている。

「これ、すごく恥ずかしいんだけど…!」

「視線が痛い…!」

「これがオタサーよ」

 桐野は堂々と宣言した。

「私がスターターデッキを使うから、六条先輩には私のデッキを貸すわ。レアカードばかりだから光っているわよ。どうせギャルだからキラキラしているものとか好きでしょう?」

「あァ!?」

「ひッ」

 六条先輩に凄まれ、桐野はテーブルの下に隠れた。

「桐野、カードゲームはちょっと…」

 伊月に頼まれ、桐野は渋々とカードを仕舞った。

「仕方ないわね。黒川さん、タロットカード用のクロスを持ってるということは、タロットカードも持っているでしょう? それを使ってゲームをしましょう」

 ニヤリと笑う。

「これは私の考えたゲームよ。策略が交錯し、人の心理を暴き出す、究極の頭脳戦にして心理戦。《汝はサークラなりや?》よ!」

「それ人狼だろ!」

 思わずツッコむ。桐野は無視して説明した。

「《汝はサークラなりや?》よ。説明するわ。舞台はオタサーよ。役職は三つ。王子と囲い、それからサークラよ。ゲームは二つのパートで進行するわ。まずはサークル活動。サークル活動では誰がサークラかを決定し、そのプレイヤーをサークルから追放するわ。決定は投票制よ。続いてオフ会。オフ会では、サークラがサークルから誰か一人を排除できるわ。このターンをくり返し、他のメンバーとサークラが同数になったら、サークラの勝ちよ。ただし、王子は一ターンごとに、指定した人物がサークラかどうか知ることができるわ。どう? 面白いでしょう?」

「人狼だろ」

「人狼じゃん」

「人狼じゃろ」

「人狼ッしょ」

 他の全員が桐野に総ツッコミした。

「ゲームマスターは?」

 草鹿が尋ねる。

「ゲームマスターを除くと四人になるから、そこは互いに協力してやりましょう」

 黒川は納得したように言った。

「桐野がこのゲームを《汝はサークラなりや?》と称したのは、ある意味で適切かもしれんの。五人でプレイして一ターンで二人ずつ抜けるのだから、最高でも二ターン目に勝負は決するわけじゃ。そこで、役職で一ターン目に自由があるのは王子だけじゃ。王子だけが一ターン目に自分の役職を宣言することができる。人狼で言うところの村の予言者じゃが、ゲームにおける影響力を考えれば、オタサーの王子の方が近いじゃろう」

「それっておかしくね? サークラも一ターン目に《自分が王子だ》って嘘の宣言ができるじゃん」

 六条先輩が噛みつく。

 黒川は微妙な顔付きをした。

「このゲームは決着するのに最高でも二ターンかかるのじゃ。一ターン目にサークラが嘘の宣言をしたら、本物の王子が名乗ればよい。そうすれば、二ターンでその両方を追放することができる。つまり、一ターン目に嘘の宣言をするのは、負けを確定させるだけじゃ」

「オタサーの王子が追放されても、オタサーが存続すれば王子の勝ちなんだよね。なんか嘘くさくない?」

 伊月が皮肉っぽく言った。

「伊月さん。オタサーの王子はオタサーがなくなれば王子ではないけれど、オタサーは王子がいなくなってもオタサーのままなのよ」

 桐野が真剣に言った。

「深いな…」

 俺もしみじみと頷く。

「いや、めちゃくちゃ浅いことしか言ってないから…」

 伊月は呆れていた。

 黒川は言い足した。

「加うるに、王子が一ターン目に名乗ったら、サークラはほぼ間違いなく王子を排除せねばならん。一ターン目終了時でプレイヤーは四人。王子以外の三人から一人が排除されるなら、たまたま王子がサークラか審査した人間が排除されるのでない限り、王子には残る二人のどちらがサークラかわかってしまう。そうすれば二ターン目は王子と囲いが協力してサークラを排除するだけじゃ。一ターン目に王子と名乗るのは本物だけだということは、さっき説明したとおりじゃ」

「だから、王子を排除しない限り、サークラは三分の二の確率で確実に敗北するわけだね。しかも、王子が審査した人間を狙って排除するというリスクを冒したところで、得るものはないし」

 伊月が残りの説明を引きとる。

「たしかに王子がこのオタサーを支配していると言っても過言じゃないね。でも、人狼ならわかるけど、オタサーの王子を排除するって何するの」

 伊月の言に桐野は驚愕した。

「オフ会でオタサーの王子とやることなんか、一つに決まっているじゃない! 強引にヤるのよ。そして王子はサークラと恋人になってオタサーから去るのよ。恐ろしいわ…」

「じゃあ、囲いを排除するっていうのは?」

 俺が尋ねる。

「さあ。SNSで炎上させて退学させたり、大学なら単位の取得を妨害したりするんじゃないかしら」

「考えることが陰湿すぎる」

「本当ね。サークラって恐ろしいわ」

「お前のことだよ!」

 六条先輩が溜息をついた。

「いいからそろそろやんね? 人狼と同じッしょ?」

 そうして《汝はサークラなりや?》をはじめることにした。

 役職を決めるのにはタロットカードを使う。わかりやすく、サークラは《死神》、王子は《皇帝》、三人の囲いは《星》、《月》、《太陽》のカードになった。カードを配られたら、自分の手元に伏せておく。

 サークラが誰を排除したかは、全員が顔を伏せている間に、その人物の前にファミレスのコーヒーフレッシュを置くことで示す。

「王子が審査するのはどうするの? 全員が顔を伏せている間にそいつのカードを見ればいいけどさ。全員のカードを見るみたいな不正ができるじゃん」

 桐野は思案した。

「こうしましょう。私たち五人のカードを用意するの。裏返しに並べておいて、審査した人のカードを上下逆さにしておけば、後で確認できるわ。それでも審査した以外の人のカードを見ることは防げないけれど、そこは良心に期待しましょう」

「妥協のしどころだな。カードはどれにする」

 桐野はすばやくカードを取った。

「私が決めてあげるわ! まずは《愚者》よ!」

 俺は感心して言った。

「へえ、意外に謙虚なんだな」

「自覚があるようじゃの」

「違うの。これは六条先輩ので…!」

 各々、自分のカードを選択する。

「あたし、タロットカードを見るのは初めてだけど、色々あるね。この《THE EMPRESS》… 《女帝》にするよ」

「俺は《隠者》だ」

「なら、我れは《吊るされた男》じゃ」

「アタシはタロット占いをやってたことあるから。アンタたち、センスがオタクすぎッしょ。アタシは《恋人》にしとくわ」

 桐野は泣く泣く《愚者》のカードを裏返しに並べた。

 役職決めのカードを配布する。

「では、《汝はサークラなりや?》開始よ。早速だけど、私が王子だわ」

 伊月が頷く。

「そこの中二病が言ったとおり、この宣言が嘘ってことはないわけだね。プレイヤー数とターン数が少ない分、普通の人狼より純化されてるね。まあ人狼って、誰が人狼かワイワイやってる間が一番楽しいんだけど。ババ抜きやUNOも大勢でやると時間がかかるけど、弱いやつにみんなでババを押しつけたり、UNOで一人に大量に引かせたりしてるときが一番盛りあがるしね」

 伊月の言葉に、桐野は冷然と言った。

「これだから陽キャは嫌なのよ。コミュ障の陰キャの方が孤高で思考力が優れているとあらためて確認させてくれるわ。あなたのような人間が、イジメによる自殺者が出た後で《イジメだとは思っていませんでした》と証言したりするのよ。謝りなさい! イジメを苦にして死んだ三組の山田くんに謝りなさい!」

「誰だよ」

「さてと」

 と、桐野は一息ついた。

「伊月さんからサークラの臭いがするから、とりあえずこのターンは伊月さんを追放しましょう」

「サークラの臭いって何!?」

 伊月が悲鳴を上げる。

「あら、伊月さんはサークラでないのなら囲いのはずよ。囲いらしいことをしなさい。王子の私をチヤホヤするのよ」

「ぐッ」

 伊月は歯噛みした。

「こんなやつをチヤホヤしないといけないなんて…」強引に笑みを浮かべる。「桐野は可愛いなー。桐野はあたしたちが守ってあげる。追放になんてさせないからね。あ、でも桐野はオタサーの王子なんかじゃないよ。オタサーの王子なんて言うやつは、あたしたちが許さないからね」

「無駄にうまい」

 桐野は眉を曇らせた。小声で吐き捨てる。

「…キモッ」

「あんたがやれって言ったんでしょうが!」

 伊月が怒鳴る。

「気持ち悪いから、やっぱりこのターンは伊月さんを追放しましょう」

 俺は黒川たちに言った。

「オタサーの平安のために、まずはあの王子を追放しよう」

「待ちなさい! ゲームの目的を間違えているわ!」

「せめてお前も王子らしいことをしろよ」

 桐野は前髪を指で払った。

「そんなの簡単よ。まず彼女なんかいたことがない、つくるつもりもないと宣言する。そして囲いには女は苦手だけど、お前は友達のようなものだから平気だと言う。もし、勘違いした囲いが告白してきたら誤魔化すか、聞こえないふりをする。これでオタサーの王子をやれるわ」

「ラノベの主人公みたいなやつだな…」

 俺は呆れて言った。

「全然違うじゃない。大体、ラノベの主人公は普通、女でしょう。私も男でさえあれば、オタサーに入るだけで毎日異性からチヤホヤされたのに…!」

 桐野は怨念のこもる声で言った。

「さあ、投票よ」

 全員で同時に指さす。桐野四票、伊月一票だった。

「どうしてよ!」

 桐野が叫ぶ。

「私がサークラでないことはわかっているでしょう? 第一戦はチュートリアルのようなものよ。私が悪かったから、せめてこの一戦だけは真面目にやって頂戴」

 桐野がダダをこねたため、次点の伊月が追放になった。

 伊月はとくに悔しそうでもなく「ゲーム続行だよ」と言った。

「つまり伊月はサークラじゃなかったんだな。次がオフ会のパートだな」

 全員、裏返したカードを手前に置き、顔を伏せる。三十秒ほどおいて顔をあげる。この間に《王子》の桐野は任意のカードを見て、その人物に対応するカードを上下逆さにしておいたはずだ。

 次に、自分のカードを回収し、ふたたび顔を伏せる。顔を上げると、六条先輩の前にコーヒーフレッシュが置かれていた。

「しゃーねーな」

「六条先輩もサークラではなかったわけじゃな。こう言っては何じゃが、もっともサークラらしい二人が候補から外れたの」

 桐野は顎に触っていた。

「今更だけど、一ターン目で一人抜けるのだから、不正の監視はその人がやればよかったわね。けど、どうしてサークラは私を狙わなかったのかしら。私が審査したのが六条先輩であることに、三分の一の確率で賭けたのかしら。審査したのは黒川さんよ。カードの図柄は《星》… 囲いよ。つまり、草鹿くんがサークラだということになるわ。黒川さんも同意するわね?」

「うむ」

 草鹿は《死神》のカードを表向きにした。

「これでオタサーの勝利ね! でも、どうして私を狙わなかったの? 戦術的に不利よ」

「設定とはいえ桐野に迫るのは嫌だったから…」

「どうしてよ! まあいいわ。オタサーの勝ちよ。これからも私と黒川さんによるオタサーの活動が続いていくのよ」

「悪夢としか思えんの」

「やっぱり、一ターン目に桐野を追放しておいた方がよかったんじゃないか? この世のために」

 口々に好きなことを言う俺たちに、桐野は肩を震わせていた。


「それでは第二戦よ」

 桐野が宣言する。

「《汝がサークラなりや?》が人生の本質を突いたゲームだということがわかったでしょう。顔芸や下品な罵倒といったこけおどしばかりの底の浅いギャンブル漫画には描かれることのない、人間の本性を露わにするゲームよ」

 含み笑いをする。

「そうね。ゲームを面白くするために、第二戦からは賭けにしましょうか。サークラが勝利したら、オタサーの奢り。オタサーが勝利したら、サークラの奢り。そのときは四分の一だけよ。どうかしら?」

「いいね。面白くなってきたじゃん」

 六条先輩が乗り気になる。

「不正が発覚したときは?」

 伊月が尋ねる。

「そのときは、不正を行ったプレイヤーの一人負けにするわ。誤った不正の指摘も同じ扱いにしましょう」

「わかった。乗るよ」

 賛成が多数派になり、俺と黒川も賭けに同意した。

 役職決めのカードが配布される。

「あ。アタシ王子だ」

 六条先輩が声を上げる。

 伊月が微妙そうな表情をした。何か言いかける。

 それを遮り、六条先輩に尋ねた。

「六条先輩は誰を審査するんですか? あらかじめ審査する人物を宣言しておけば、サークラは自分の正体を隠すために王子を排除する必要がなくなるので、二ターン目まで延命しやすくなりますよ。そのときはサークラも指名された人物を排除することになりますね。まあ、サークラにとって王子を排除するのが安全策なのは変わりないですけど」

「でも、気休めくらいにはなるってわけか。じゃ、アタシは桐野を審査しようかな」

「何てことをしてくれるのよ、草鹿くん。それだと六条先輩が排除されなければ、私が排除されるじゃない!」

 桐野が奮然として言う。

「今の反応は自然じゃったの。サークラなら定石どおり六条先輩を排除すればいいだけじゃ。ということは、桐野はサークラではなかろう」

 六条先輩が頷く。

「そっか。じゃあ、審査するのは伊月にしとくよ」

「なら、追放するのは我れか草鹿のどちらかじゃの」

「あら。一ターン目で勝負が決まったかもしれないわね」

 決をとる。草鹿三票、黒川二票だった。

「外れだ。囲いだよ」

 草鹿が《太陽》の図柄を見せる。

「抜け番だからちょっとトイレ行ってくる」

 そう言うと、桐野は顔を赤らめた。

「男の子がトイレに行くとかあまり言わないで頂戴」

 伊月も苦笑する。

「男子の下ネタってウケるより引くよね」

 これが貞操観念の逆転するということか。頭痛を感じながら、俺は洗面所に行った。


 テーブルに戻ると、場が緊迫していた。

「誰が排除されたんだ?」

「我れじゃ」

 黒川が言う。

「なら、六条先輩が伊月の白黒を言って、ゲームは終了だ」

「それがややこしいことになっておっての」

 伊月が言う。

「だから、本物の王子はあたしだって」

「それはありえないわ。もし六条先輩の王子という宣言が嘘だったなら、その時点で名乗っているはずよ。そうすれば、二ターンで確実にオタサーの勝利になるのだから」

「それだと、二分の一であたしが一ターン目に排除されるじゃん。あたしも戦術的に無意味な嘘の宣言をするとは思わなかったし、二ターン目に残りたかったから黙ってたんだよ」

「説得力がないわ。そう、嘘の宣言には戦術的に意味がないのよ。だから六条先輩の宣言が嘘だとは考えにくいわ。後から名乗ったあなたが怪しいのよ」

「そうだよ。合理的に考えれば六条先輩の宣言が嘘のはずがない。だから、二ターン目にわざわざ自分が不利になる嘘の宣言をするはずがない。だってあたしが名乗ったのは、六条先輩が誰を審査したか言う前なんだもん。六条先輩が排除された黒川を審査していたら、桐野とあたしのどちらがサークラか確定できないから、まだ六条先輩を味方につけて桐野を追放することができるかもしれない。実際、そうだったし。それが唯一の勝ち筋でしょ? それを放棄するわけないじゃん」

「合理的思考という仮定を逆用されたわ」

 桐野は唸った。

「それに六条先輩が審査する人間を偽ってたっていうのも怪しいでしょ。六条先輩がサークラで、あたしと桐野のどっちが王子かわからないから、とりあえず排除した黒川を審査したと言ってるだけなんじゃない? そうすれば、囲いの方を味方につけて王子を追放できるかもしれないから」

 六条が反論する。

「指名したのと別のやつを審査するのは当然じゃね? サークラが指名したやつを排除すれば、そいつも白ってわかるから一石二鳥っしょ。指名したやつが黒だったら、確実に王子を排除するはずだし?」

 桐野は頭を抱えていた。

「どちらかがサークラなのよ… 私が見抜くかどうかで勝敗が決まるわ…」

 顔を上げた。哄笑する。

「ハハハ。どちらがサークラかわかったわ!」

「いいけど、お前、顔芸してるぞ」

 俺を無視し、桐野は続けた。

「店員さん! クリームソーダを注文するわ。ストローは二本よ。草鹿くん、カップル飲みしましょう。伊月さんの奢りでね」

 桐野は勝利を確信していた。

「伊月さん。あなた、イカサマしたわね? たしかに六条先輩が誰を審査したか言う前に王子を騙るのは不合理だったわ。実際、審査したのは排除された黒川さんで、それで不利になったわけだもの。真相は簡単よ。伊月さんは、黒川さんが審査されなかったと思ったのよ」

 《王子》が審査した人物を示すための五枚のカードを指す。無論、すべて伏せられたままだ。

「黒川さんのカードは《吊るされた男》よ。この図柄は、男が逆さ吊りにされたものなの。だから、一見したところ逆位置が正位置に見えるわ。伊月さんはタロットカードに触れるのはこれが初めてだと言ったわね。だから、不正に黒川さんのカードを見たとき、六条先輩が逆さにしたものを正しい向きだと思ってしまったのよ。そうなると、六条先輩はどちらがサークラかすでに確証していることになるわ。ここで伊月さんは定石どおり六条先輩を排除するのではなく、黒川さんを排除して、六条先輩をサークラだと思わせる作戦に出たのよ。私の洞察力に期待してね。そう、私の優秀な頭脳によ」

 不敵に笑う。

「その点は褒めてあげるわ。けど、これで終わりよ。伊月さんに一票!」

 六条が続く。

「マジ? じゃあ、アタシも伊月に一票。アタシの勝ちだね」

 《死神》の図柄を見せる。

「あーあ。負けか」

 伊月が《星》の図柄を見せる。

 桐野は沈黙した。

「六条先輩、どうして一ターン目で嘘の宣言をしたんですか? 負けが確定するじゃないですか」

 俺は気になって尋ねた。

「え? サークラなんだから王子を装うことができるッしょ。したら攪乱できるじゃん」

 六条先輩は不思議そうに言った。

「黒川の話をまったく理解してなかった…」

 伊月が言う。

「イカサマと、イカサマの誤った指摘は一人負けだよね。この場合はオタサー側じゃなくて桐野の一人負けになるね」

 店員がクリームソーダを配膳する。

 桐野は全員に泣きついた。

「待って。今月、金欠なの。今回は見逃して頂戴…!」

「こいつ、自業自得のくせに言い逃れしようとしてきやがった…! 人間の本性を露わにするのをやめろ!」

「もう一戦よ! 今回は無効にしましょう!」

「デスゲームのゲームマスターでも見苦しく思う往生際の悪さだ!」

 そうして俺たちはファミレスで過ごした。


 気付くと夕方になっていた。

「結局、高麗洵らしき人物は現れなかったわね」

「後半はほとんど普通に遊んでたしね」

 三々五々に解散する。

 俺は溜息をついた。首を回すと、誰かが慌てて建物の陰に入るのに気付いた。

 気になり、様子を見にいく。長身の女性が隠れていた。

 木島先生だった。

「先生。俺たちを尾行してたんですか!」

 愕然として尋ねる。

「そんなわけないだろう! たまたま貴様たちに気付いただけだ!」

 木島先生は憤然として言った。

「もしかして、この辺りが地元なんですか?」

 疑念が深まる。が、木島先生はあっさりと否定した。

「いや。生徒の進路相談で来ただけだ。家は川越だ」

「そうですか」

 疑いはやや晴れた。だが依然として木島先生が疑わしいことに変わりはない。

 木島先生に言う。

「個人的に会えませんか」

 先生は顔を赤らめた。

「なッ… 貴様、教師が男子高生と二人だけで会ったりしたら、淫行になるだろうが! 懲戒免職ものだ!」

 ハッとした顔になる。

「いや、冷静になれ。私の人生二十七年間、一度もいいことがなかったし、これからもないだろう。懲戒免職になってもいいんじゃないか? 生徒の男子高生とヤッたと知ったら、先に結婚した同窓生たちも羨ましがるに違いない。むしろ、私はこのために教師になったのではないか? 職を賭す価値はあるのではないか…?」

「冷静になってください!」

 木島先生は我に返った。

「すまん。つい動揺してしまった。第一、私が職を賭すのは退学になりかけた生徒を救うときと決めているのだ」

 俺の両肩を掴む。

「それで、どこで会う。どちらの地元からも離れていなければ駄目だ。必ず変装してくるんだぞ!」

「ひッ」

 木島先生の必死さに俺は怯えた。

「草鹿、それ誰?」

 六条先輩が現れた。

「いかん。本当に通報される!」

 木島先生は顔を見られる前に逃げた。

「いや、誰?」

 俺は遠い目をして言った。

「可哀想な人かな…」

 六条先輩は顔に同情を浮かべた。

「草鹿も大変だね」

 咳払いする。

「後で気付いたんだけどさ。賭けのとき、アタシ、自分で負けを確定させてたんだね」

「まあ、そうですね」

「でさ、草鹿は伊月に合図して、負けを確定させるのをとめてくれたッしょ。伊月にも礼を言っとくけど… その後も見張りをやらないで、桐野が自爆するようにしてくれたし」

 俺は否定した。

「それは桐野の自業自得ですよ」

「バイトの金もあるし奢るのはいいんだけど、恥をかかずに済んだ。ありがとね」

 六条先輩は何か言いたそうにしていた。意を決し、メモを差しだす。

「それアタシのLINE ID。キモかったら見ないで捨てていいから! じゃあね!」

 脱兎のごとく去る。俺は呆然としていた。


 家で風呂から出ると、パンツがなくなっていることに気付いた。

 妹の部屋に行く。

「紬、俺のパンツを知らないか?」

 紬は学習机に向かっていた。目を泳がせる。

「え? 紬、知らないよ?」

 リビングに向けて大声を出す。

「母さーん! 紬が俺のパンツを…」

 紬は俺に飛びついた。

「待ってぇー! 返すからお母さんには言わないでー!」

 この世界になってから、たびたび紬による性被害に遭っていた。どうやら思春期らしい。ラノベなら妹にパンツを盗まれるというのは萌え属性だが、この世界ではありがちなことで、ただの性欲の発露らしい。俺はげんなりした。

 部屋に戻り、今日のことを考える。

 木島先生は高麗洵として疑わしい。現国教師が副業で小説を書くなど、いかにもありそうなことだ。だが、木島先生が世界を転移してきたなら元の世界の住人のはずだ。木島先生はこの世界で言うところの処女を拗らせている。それが疑問だった。

 思考に沈んでいると、スマホにLINEの通知がきた。

 笹木のメッセージだ。

《お前、ツイッターで晒されてるぞ》

 リンクにアクセスすると、ファミレスにいる俺たちの写真がツイッターにアップされていた。《ファミレスにきたらオタサーの王子がいたww》というコメントが付されている。たしかに、テーブルクロスを敷いてタロットカードを使っている俺たちはTCGをしているようにも見えた。

 すでにツイートは三千リツイートされていた。

《友達は選んだ方がいいぞ》

 笹木のメッセージに、俺は肩を震わせた。

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