12 School Days
俺たちが部室で過ごしていると、木島先生が入室した。
木島先生は桐野に言った。
「黒川を更生させた貴様に頼みがる。生徒を一人、引き受けてくれないか」
黒川は「更生…」と微妙な顔をした。
「『私ガイル』ではないんですから、生徒に学校の問題を丸投げしないでください。丸投げするにしても、せめて生徒会でしょう?」
「職務怠慢じゃないですか?」
俺も呆れて言った。
「ええい、うるさい! 散歩するだけで《DKお散歩》と称して時給一万円を稼ぐ男子高生が仕事を語るな! この間も、街コンで年収と公務員であることをアピールしたら参加者全員に引かれてしまったのだ。これも私の年収が低いからだろう」
「《DKお散歩》って何?」
「引かれたのは年収と公務員なのをアピールしたからではないですか?」
俺と桐野のツッコミを木島先生は無視した。
「とにかく、私は次の街コンまでに手当と賞与を稼がねばならんのだ。貴様たちだって学校に貢献すれば内申点が上がるのだから、やって損はなかろう」
「あら。先生は私の成績が優秀なことをご存じでしょう?」
桐野は長い黒髪をかき上げた。
「現国だけだろうが! 現国の成績だけに頼っていると将来、苦労するぞ」
「そうですね。先生みたいに現国の教師になってアラサーの処女になんかなりたくありませんし」
木島先生は絶句した。
「恐ろしい未来予想図じゃ…」
黒川も戦慄く。
「先生が帰ったら塩を撒きましょう」
「廊下を汚すでない」
黒川が眉をひそめる。
「けど、中年処女の呪いを浄めないと」
「盛り塩にすべきであろう」
「名案だわ!」
木島先生は無言で拳を震わせていた。
「お前ら、何でこういうときだけ息ぴったりなんだよ」
二人にツッコむ。
「貴様ら、本気で内申点を下げてやるからな…! 問題の生徒は明日この部室に来させる。名前は六条麗奈(りくじょうれな)。三年三組だ。素行不良で単位数と出席日数が足らん。公立校で留年を出すわけにはいかん。貴様たちで更生させてやれ」
木島先生はそう言い捨てて出ていった。
「どうするんだ。先生、怒ってたぞ」
「その生徒を更生させればいいだけよ」
桐野は涼しげに笑った。
六条先輩は翌日の放課後、尋ねてきた。
「チィ~ッス。こんなとこまで来させられてマジ下がるわ。でも、アタシ本読まないから文芸部来んのとか初めてだしウケる~。キジセン(木島先生)に来い、ッつわれたから来たけど、アンタら何なの?」
桐野は俺の背中に隠れていた。
「何でだよ!」
「わかるでしょう!? オタクにとってギャルとヤンキーは天敵なのよ! カツアゲされたりパシリをさせられたりするわ! あなたはコヨーテから逃げるウサギを臆病だと罵るの!?」
六条先輩は金髪に染めていた。吊りぎみの目にアイシャドーをしている。胸が大きい。制服の胸元をはだけていて、胸の谷間が見えていた。
「文芸部とかオタクっぽいとか思ってたけど、マジで根暗そうなのばっかでウケる~」
黒川が距離をおいて反論する。
「汝れ、初対面で無礼ではないか」
「何その口調。邪気眼? 中二病? 本物見るのは初めてだわ。オタクきんもーッ!」
「ううう…」
黒川は涙目で退散した。
桐野が俺に囁く。
「とにかく、適当に話を聞いて帰ってもらってちょうだい」
仕方なく俺が代表した。
「このままだと六条先輩が単位数と出席日数が足りなくて進級できなさそうだから、理由を聞いてくれと木島先生に頼まれました」
六条先輩は鼻で笑った。
「アタシ、セフレ五人いてさ、学校いってる暇とかないんだよね」
自慢げに言う。
桐野はなぜか「ピピピ…」と謎の効果音を口ずさみはじめた。
「昨日も朝までセフレとヤリまくりでさ~。腰がマジ痛いわ」
「一〇〇〇… 二〇〇〇…」
桐野は小声で数値を唱えはじめた。
六条先輩は気付かずに自慢話を続けた。
「アタシ、めっちゃテクあるらしくてさ~。昨日もフェラだけで二回イカせたし? 男って亀頭が感じるんだよね。結局、五回くらいイカせたわ」
「ご、五回?」
現実味のない回数に俺は声をあげた。
桐野は呟きながら動揺していた。
「三〇〇〇… 四〇〇〇… バカな、まだ上がるだと…!?」
六条先輩は黒川に言った。
「あんたモテなさそうだから、ヤレるかどうかわかる方法を教えてやんよ。これはアタシの経験則だけどさ。部屋が汚い男はヤレる」
桐野はついに大声を出した。
「ボンッ! この処女力二十万まで測れるスカウターが壊れただと!?」
震える手で六条先輩を指さす。
「カカロット、お前がナンバーワンだ…!」
「処女じゃねーし!」
六条先輩は顔を赤くして叫んだ。
「アタシが嘘ついてるッつうのかよ! 陰キャが調子のんな!」
桐野は耳に片手を当てた。
「処女が何か言ってるわね。黒川さん、聞こえる?」
「うむ。まったく聞こえんの」
六条先輩はますます顔を赤くした。
「マジ殺すよ!?」
「処女は言うことが野蛮ね。精神が未熟だからだわ」
ついに反論を諦めたらしい。六条先輩は雄叫びをあげた。
「処女でもいいだろ!? アタシは処女を捨てるために努力してんだよ! そのために髪染めて日サロいって、居酒屋でバイトしてんだよ!」
激昂する六条先輩に尋ねる。
「じゃあ学校にこないのは」
「疲れて寝てんだよ! クソ、それなのに…」
六条先輩は歯噛みした。
「社員やフリーターのクソ女がバイトの高校生や大学生を喰うんだよ! 三十歳すぎてフリーターやってるようなクソどもなのに! 一緒にバイトはじめた他校の男子高生は、いつの間にか店長とデキてるしよお…」
最後に吠える。
「アタシは悪くねーし!」
桐野は六条先輩に指を突きつけた。
「六条先輩。あなたは間違っているわ」
「何だよ」
先輩はたじろいだ。
「あなたのやり方では一生、処女を卒業することはできないわ。明日この時間に来てちょうだい。本当にモテる方法を教えてあげるわ」
「わ、わかったよ」
桐野の妙な迫力に気圧され、六条先輩は頷いた。そして退室した。
「さて。学校裏掲示板に六条先輩が非処女をよそおったイキリ処女であることを晒して、明日までに学校に来られなくしておきましょう」
桐野はあっさり言った。
「鬼かお前は」
俺はドン引きした。
「だってギャルの世話なんてごめんだもの。木島先生には悪いけれど、彼女には正当に留年してもらいましょう」
「いや、待ちたまえ」
扉が開き、一人の少女が入ってきた。半眼で、口元にニヤニヤした笑みが浮かんでいる。
「副部長!」
桐野が慌てて居住まいを正す。桐野が逆らえない相手というものを俺は初めて見た。
「久しぶりだね、草鹿くん。黒川ちゃんとはこのあいだ会ったね。文芸部副部長の三宅小雪だ」
俺は三宅先輩を伺った。
「この人がサークルクラッシュされたという、あの…」
「過去をふり返らないのがいい女の条件だよ」
桐野が俺に囁く。
「都合の悪いことはなかったことにするだけよ。気を付けなさい。こういう性格よ」
三宅先輩は桐野を見た。
「桐野ちゃん、六条ちゃんをモテるように指導してやりたまえ」
「どうして私が…」
桐野は不満そうだった。
「それはもちろん、面白そうだからさ。それとも桐野ちゃん、私の指示が聞けないと言うのかい?」
「…承知しました」
唸った末に承諾する。
「どうして副部長に逆らえないんだ?」
桐野に囁く。
「副部長には毎月、お宝映像の入った数テラバイトの外付けハードディスクを貰っているのよ。まるで餌で条件付けされたサルだわ… 黒川さんが入部しようとしたときも、副部長が現れて入部届けを渡させたのよ」
「私は文芸部を活性化しようとしているまでだよ」
三宅先輩はそらぞらしく言った。
桐野の肩を叩く。
「それだけでなく、君はモテる方法がわかっているだろうと思ったからだよ。ぜひ六条ちゃんに伝授してやりたまえ」
「そうですか? 実は自分でもそう思っていたんです! モテのことなら私に任せてください!」
桐野は途端に得意になった。
三宅先輩に囁く。
「どういうことですか?」
「モテない人間に限って、モテに一家言あるからね」
先輩が小声で言ったのを、桐野は聞いていなかった。
翌日、桐野はホワイトボードを出していた。六条先輩がソファに着席している。傍らで俺と黒川が見守っていた。
桐野はホワイトボードに《笑顔》と書いた。
「モテる第一の条件は笑顔よ。モテたい人は自分を高く見せようとして不愛想にしがちだけど、逆効果だわ。いつも不機嫌な人を好きになると思う? 六条先輩のように攻撃的なのは論外よ」
「ぐぬぬ…」
「ほら。早速、不機嫌そうな顔になっているわ。笑ってちょうだい」
六条先輩は強引に笑みを浮かべた。
「同じ理由で万人に優しいことも条件よ」
ホワイトボードに《優しさ》と書く。
「雨に濡れている子犬がいたら、そっと抱きあげる。こうした優しさに男性は惹かれるのよ。そして、そのとき表情は」
「笑顔」
六条先輩は即答した。
「川に流されている犬を見つけたら」
「笑顔!」
「それじゃサイコパスだろ」
俺はツッコんだ。
「笑顔になっているあなたを見て、一緒にいる男性もあなたへの好感が上がるでしょうね」
「相手の男もサイコパスかよ」
桐野は俺を無視して続けた。
「それから、基本的なこととして気前の良さね。あとは話術よ」
ホワイトボードに《気前の良さ》《話術》と書く。
「ンなことなら言われなくてもわかってるし」
六条先輩は不服そうに言った。
「気前の良さは、単に財力を見せるだけではないわ。相手にどれだけの価値を認めているかも知らせることになるのよ」
「なるほどね」
六条先輩は納得したように頷いた。
「気前の良さを見せる場面は色々あるわ。例えば、夜道で男性が靴紐を結ぼうとしているときは、お札に火を点けて明かりにしてあげるのよ」
「船成金かよ!」
俺はたまらずにツッコんだ。
「そしてこれが話術よ。適切なボケとツッコミが会話を盛り上げるの。六条先輩もくり返して。《船成金かよ!》」
「《船成金かよ!》ってツッコミを使う機会、人生でもう二度とないだろ!」
俺は呆れて言った。
「もっと現実的な場面を想定できないのかよ」
「甘いわね。私が現実に大金を持っていたら、その辺の男の頬を札束で叩いて、処女を捨てるのに使っているわ」
「クズすぎる」
六条先輩も言う。
「マジありえねーし。その金で何でも解決しようとする態度… 船成金かよ!」
「本当に使わなくていいですから! 喩えがわかりにくくて逆に会話の流れが悪くなっちゃってるじゃないですか!」
六条先輩は桐野の手を握った。
「アンタの講座、マジだってわかったわ」
「今ので!?」
「これからもアタシがモテるように指導してくれよ」
「当然よ」
桐野は悠然と微笑んだ。
俺には嫌な予感しかしなかった。
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